第18話 筋肉の証明

 「その部屋は石の棺桶が並ぶ地下の墓地でした」


 俺はこの姿で目が覚めてからの出来事を掻い摘んで説明した。オデさんに出会った辺りから、アレッサンドロさんも5人の女の子達も口を小刻みにパクパクさせていたのでちゃんと聞いてもらえているのか不安だったが、とりあえず最後まで説明する。


 「……すまないが、ちょっといいか?」


 ジョーヴェがもう我慢できないとでも言うように声を発する。


 「はい、なんでしょう」


 「うむ。お前の話に出てきた……オデさん? についてだが、もう少しその容姿について詳しく聞きたい」


 「わかりました。オデさん、先程も申しましたが、本当の名前は知りませんが、僕がオデさんと呼んでいたモンスターは身長は3mから4mくらい。これは、体全体がたくさんの触手でできているようで、呼吸や移動などで絶え間なく伸縮させていましたので、その時々で異なるという感じです。その触手の上に円錐形の頭があります。円錐形の大きさは高さが50cm、円の直径が1mぐらいありました。炎の様に赤く燃える目が3つ。口は水平に避ける様な大きさで、口の中には無数の鋭い牙がありました。頭全体の皮は表面はぶよぶよで柔らかく、毛を毟った鳥の皮膚と言った感じです。触手は体の中心に行くほど太く、そして外に行くほど細いという感じです。どの触手も自由に動かせる感じでした」


 俺が詳しくそう言うと、俺以外の全員の顔からどんどん血の気が引いていくのがわかった。


 「お前……それ、魔神じゃないか……三角の頭に、燃える三つ目、そして無数の腕……」


 ジョーヴェがそういうと、アレッサンドロさんの姉もそれに同意する。


 「ええ……誰もが知る……恐怖の対象……でもあれは、子供を躾ける為のおとぎ話のはずです」


 「そうですね」


 「という事は、この話は嘘だと」


 アレッサンドロさんの姉の両側に座る少女達が俺の話を疑っている発言をするが、そう思っているのはアレッサンドロさんを含めた全員の様だ。そして、今の俺にはオデさんの存在を証明する方法は何一つない。まあ、わざわざ彼女達やアレッサンドロさんに証明する必要などないのかも知れないが、嘘つきだと思われるのは今後の筋トレ布教に影響しそうで、それだけは回避したかった。


 「すみません。僕が見たオデさんに対するお話を証明できる証拠は何もありません」


 「ほう。自分の話に説得力が無い事を認めるのか」


 ジョーヴェが俺の反応に興味を示す。


 「はい。ただ、僕としてはここで皆さんに嘘を言う意味が無いとだけ、お伝えしておきます。既にアエリアさんとの約束を破り、自分の部屋から出るという危険を冒し、最悪、この学園を出て行かねばならいという立場にいるのですから」


 俺がそう言うと、アレッサンドロさん以外の5人の顔が少し綻んだ。


 「ふ、その心配はない」


 「ええ、ありませんわ」


 ジョーヴェとアレッサンドロさんの姉が答える。


 「一度、入学が認められた生徒は、己の意思で出て行かない限り、この学園の生徒であり続ける権利がある。まあ、常識的に基礎3年、初級3年、中級3年、上級3年、合計12年以上居る者は居ないがな」


 「そうね10年以上この学園に居る事は、その魔法使いが無能であったという証明ですからね」


 「は、はあ。そうなんですか。出て行かないで済むのでしたら、それは本当にうれしいです」


 「ピエトロさん! 良かったですね!」


 俺がほっとした表情をした事に気づいたアレッサンドロさんが、笑顔で言ってくれた。アレッサンドロさんはやっぱり素直で良い少年だ。


 今はこの学園を出ていきたくはない。アレッサンドロさん以外にも筋トレを布教するという目的があるからな。森に戻ると肉には困らないが、人には全然会わなかったからな。水回りを自由に使えないと言うのが唯一の問題だが……そう言えば、オデさんも魔法は使わなかったが、あれは使わなかたのか、使えなかったのかどちらだろうか? 魔神だと言うなら魔法は使えそうだが、俺との戦闘でも使っていなかった。やっぱり使えないのかな?


 「あの……」


 「何だ?」


 「オデさんが魔神だとすると、オデさんは魔法が使えたのでしょうか? 僕と一緒に居た時は、その戦った時も使っていなかったようなのですが……」


 俺がそう言うと、全員の眉間に明らかに皺がよる。なんと、あの素直で良い少年のアレッサンドロさんの眉間にもうっすらと皺が刻まれ、軽く首を傾げていた。


 「何だその質問は? どういう意味だ?」


 「魔神が魔法が使えたか? 本気でそれを聞いているのですか?」


 「記憶を失っているとはいえ、そんな事も分からないなんて……」


 「そんな事ありえるでしょうか? ありえませんよね?」


 「ジョーヴェ様、この者、いかがいたしましょう?」


 5人の少女達が口々に俺の質問に対して疑念を唱える。どうやら俺は質問に失敗してしまった。これ以上オデさんの話はしない様が良さそうだ。


 「ピエトロさん。基本的にですが魔法が使えないから魔神と言われてきました。ですが、最近ではその強さの源は魔法の力ではないかと言われています」


 アレッサンドロさんが教えてくれた。


 「へ?」


 だが俺は意味がわからず驚きが口から洩れる。


 「あ、いえ……そ、そうでしたか。す、すみません。何分、魔神についての記憶もないものでして」


 アレッサンドロさんにそう言い訳、いやこれは本当のことなのだが、とにかくそう答えて微笑んでみたが、全員の俺に対する疑いは全く晴れていないどころか、どんどん濃くなっているようだ。もう、この場から出て自分の部屋に帰りたくなって来た。


 しばらく……実際には数秒だったのかも知れないが俺には何分にも感じられた沈黙の後、うーんと唸る様にジョーヴェが口を開いた。なんだかんだ言っても俺に対する興味はまだ彼女たちの中に残っている様だ。


 「まあ、魔神について何も知らないと言う発言に対する筋は通っているな。にわかには信じられないが……だが、それを証明する方法が一つだけあるぞ」


 ジョーヴェの口元が少し笑っている。最初は悪巧みをしているようにも見えたのだが、その目を見ると素直に面白そうと思っているようだった。


 「お前の力を私に見せるんだ。魔神やあの巨大な使徒を倒したというお前の力をな」


 「そうですね。それ以外に証明する方法はないですね」


 ジョーヴェとアレッサンドロさんの姉が俺を見つめる。だがその目の奥は、俺ではなく互いを牽制しあっている様に見えた。


 「ジョーヴェさんは先日、アレッサンドロと決闘をしたばかりですので、私がお相手をしましょう」


 「いや、その様な気遣いは無用だ」


 そう言いあった後は、互いに見つめ合っていた。その眼には冷ややかではあるが、確実に闘志が込められている。


 「あの……決闘と言いましても……ピエトロさんは魔法が使えませんが?」


 アレッサンドロさんのその発言は、俺を助けようとしての事だったのだが、結果としては火に油を注ぐ事になった。


 「そうだ。その魔法が使えないこいつが、どうやって魔神や使徒を倒したのか? それを知る為にはどうしても決闘で、こいつの実力を試すしかない。そう思わないか? アレッサンドロ」


 「あ、そ、そうですね……ジョーヴェ様」


 アレッサンドロさんの発言がとどめとなり、俺はこのジョーヴェとアレッサンドロさんの姉のどちらかと決闘するしか無くなってしまった。


 魔法使いと決闘? 魔法が使えないのに? 素手の俺が?


 この少女たちが使う魔法が俺が想像している通りの魔法だとすると、素手のパワー系の天敵が魔法使いだという基本中の基本によって悲惨な結果が俺に降りかかってくるようにしか思えない。


 死ぬのか? ここで?


 「アレッサンドロもこう言っている。私が試すで問題ないな?」


 「問題あります。アレッサンドロが認めたのは、試す方法が決闘しかないという事であって、誰がこの方と決闘するかはまた別の話。そうですね……せっかくですから、この方に決めて頂きましょう。挑戦者はこの方なのですから」


 「……うむ。仕方ない、こいつに選ばせよう」


 再び2人の視線が俺に向けられる。当然、2人ともが自分を選べと目で俺にプレッシャーをかけて来る。


 「あの……決闘って、どういったものですか? その……魔法で大怪我とか、命を落とすこような危険はあるのでしょうか?」


 殴り合うと言うのなら、筋肉で耐える事ができそうだが、熱かったり、冷たかったりするのにどれだけ耐えられるのか、全く自信が無かった。


 「魔神や使徒を倒したと言う者が魔法を恐れる? ははは、お前、この私を舐めているのか?」


 え? 怒ったの? どうして?


 「いや、あの……僕は魔法をまだちゃんと見たことが無いので」


 「魔法を見たことが無い? それはつまり、記憶を失ってからということでしょうか。まあ、これまでの話の中と辻褄はあっていますが……信じがたいですね」


 ジョーヴェが怒り、アレッサンドロの姉が不機嫌そうに俺を見つめる。


 「ピエトロさん。決闘と言っても直接魔法で戦う事はありません。挑戦を受けた方が魔法で創りだした物を、挑戦した方が破壊するというものですので心配されるような事は無いかと思われます。ただ、創りだされた物によっては、多少怪我をされる方もおられますが」


 直接戦うのではない? そうなの? それならちょっと安心だ。


 「あの、一つ質問してもよろしいでしょうか?」


 「なんだ?」


 「かまいませんよ」


 「その、そういったものがあるのかどうか分かりませんが、お二人が使われる魔法の属性の様なものはあるのでしょうか?」


 俺の質問にジョーヴェとアレッサンドロの姉以外の少女が激しく反応し、一瞬で俺に詰め寄る。


 「失礼にも程がある! エスロペ様が使われる魔法の属性を訪ねるなど!」


 「そうです! それを知らない事も、直接訪ねる事も、私には許せません!」


 「ジョーヴェ様、こいつに魔法を食らわてもよろしいでしょうか?」


 聞いてはいけない事だった様だ。でも、できるなら熱かったり、冷たかったりしない方を選びたい。


 「フランカ、待て。一応、こいつは記憶を失っていると言っているのだ。それは我々の常識がそのまま通用しないという事。それぐらい許してやれ」


 「そうですね。それぐらいは許してあげましょう」


 ソファに座ったままの2人がそう言うと、俺に詰め寄っていた3人はしぶしぶ元居た場所に帰っていった。


 「私は土属性を使うぞ」


 ジョーヴェがそう答える。


 「私は雷と炎ですね」


 アレッサンドロさんの姉も答えてくれた。


 土と雷と炎。どう考えても雷と炎は熱くて痛そうだ。土なら固いだけ? いやいや、もし溶岩とか出てきたらどうして良いのかわからないな。その時は謝って許してもらうしかないかもしれないが、そうなると筋トレを布教するのに大きなマイナスになりそうだ。


 どうしよう……。


 どっちを選んでも危険はあるが、可能性という事を考えると土の方が安全そうだ。炎や雷を触るのは嫌だからな。


 「あの、こちらの方でお願いします」


 俺は土属性のジョーヴェの方に手を差し出した。


 「よし! 行くぞ!」


 それを聞いたジョーヴェは直ぐに立ち上がり、赤毛の少女と共に部屋を出ていく。


 「私なら手加減して差し上げたのに。残念ですわ」


 アレッサンドロさんの姉もその後をついて行く。左右に居た少女はずっと俺を睨んでいた。部屋に残ったのは俺とアレッサンドロさんの2人。


 「ピエトロさん、こんな事になって済みません。でも、きっとピエトロさんなら大丈夫です。怪我をするような事にはならいと思いますので……多分ですが」


 俺の手を掴んで謝罪してくるアレッサンドロさんは、相変わらず可愛らしい。


 「だ、大丈夫です。僕も怪我をしないように注意しますし、最悪、謝って許していただきます」


 「もし、そうなったら僕も一緒に謝ります。ジョーヴェ様のルーナになった僕も一緒に謝ればきっと許していただけるでしょうし」


 やっぱりアレッサンドロさんは優しい良い少年だ。


 「では、中庭に参りましょう。ジョーヴェ様を待たせすぎると良くないので」


 そう言って部屋を出ると、既に廊下にはたくさんの生徒が出て窓側に陣取っていた。


 「ジョーヴェ様がまた決闘されるぞ!」

 「今度は誰が相手なんだ?」

 「鉄壁の黒がまた見れるのか」

 「アレッサンドロ様が再戦されるのかしら?」

 「あのお子様が? まさか」

 「あなた失礼よ! あの方はエスロペ様の弟君よ!」

 「そうよ! それにあの可愛らしいお顔!」

 「そうえば、もう元気になられたとか?」

 「ええ、そうらしいわね」

 「ただの貧弱なガキじゃないか」

 「全くだ。女子は何もわかってないな」

 「わかってないのはあなた達でしょ」


 口々に噂しあっているせいか、俺とアレッサンドロさんが部屋から出ようとしている事には気づいていないようだ。一瞬、足がとまったアレッサンドロさんだったが、そっと扉を抜け出し無言で手招きする。だが、そんな小細工は直ぐに見つかってしまう。


 「あ! アレッサンドロ様よ!」

 「キャー!!」


 黄色い叫び声が廊下に響くと、アレッサンドロさんは一瞬で女生徒に取り囲まれ、そして抱き上げられていた。


 「あ、あの、す、すみません皆さん、と、通してください……」


 アレッサンドロさんは手足をばたつかせて抵抗しようと試みるが、相手が女性である事を遠慮して本気の力は出していない様だ。どこまでも優しい少年だと俺は扉の陰から感心していた。


 「アレッサンドロ! まだこんなところに居たのか!? さっさと奴を連れて降りてこい!」


 廊下の先から厳しい声が響き、女生徒達の声が一瞬で鎮まる。


 「フランカ様! た、ただいま参ります。皆さん、申し訳ないのですが通していただけますか?」


 静かになった女生徒達は、素直に道を空けてくれた様だ。


 「お前はもうジョーヴェのルーナなのだ。ジョーヴェでは遅れる事は全く許されない、そう思え」


 「は、はい!」


 アレッサンドロさんがそう返事すると、一旦静かになっていた女生徒達が再び悲鳴を上げる。


 「うそ!! アレッサンドロさんが、ジョーヴェのルーナに!!」

 「きゃー! やった! これでいつでも会いにいけるわ!」

 「わ、私、基礎学年の指導の担当になるわ!」

 「だ、だめよ! 私がやるんだから!」


 悲鳴を上げながらも、道は空けてくれている様で、困り顔のアレッサンドロさんは扉の陰に居る俺を見上げて手招きする。


 「ピエトロさん! さあ、早く!!」


 「は、はい」


 女生徒の中に踏み出すのは少し気が引けたが、俺は扉の陰から廊下に出た。


 「ひぃっ!」

 「きゃあ!」

 「いや!」


 女生徒達から一斉にアレッサンドロさんとは異なる悲鳴が上がる。そこには恐怖と言うか、驚きに包まれた表情があった。


 まあ、俺はデカいからな。


 前を歩くアレッサンドロさんに比べると2倍程身長があるように見えなくも無い。実際には無くても見上げる者にはそう見えるだろう。俺の困惑を感じ取ったアレッサンドロさんは、俺の手を取ると、駆け出す様に廊下を抜けて塔の階段を降りていく。


 その道中もずっとアレッサンドロさんへの黄色い悲鳴と、俺への恐怖と驚きの悲鳴が交互にやって来た。


 やっとの事で1階に着くと、俺は元の校舎へとアレッサンドロさんに連れていかれる。中庭を見ると、既にジョーヴェが立っていた。窓ガラス越しに廊下を移動する俺をずっと見ているのが分かる。


 「おい、あれあの時の巨人じゃないか?」

 「あ、ああ。あいつ、あの巨大な使徒を運んでいたよな?」

 「え? 何、その話?」

 「でもどうして、アレッサンドロ様が一緒なの?」

 「おい、そんなこと言ったらお前にあの雷が落ちるぞ!」

 「ひぃ、わ、私、今あの巨人と目が合っちゃった……こ、怖い……」


 生徒達は中庭のジョーヴェと後ろを通り過ぎる俺とアレッサンドロさんを交互に見つめながらも、決闘への期待が高まっている様だった。


 「では、ここから出てください。最初にジョーヴェ様が魔法を使われますので、その後、それを破壊してください。もし無理そうでしたら、その場で謝りましょう」


 アレッサンドロさんが、塔にある中庭への出口の前で俺にそうアドバイスしてくれた。その手は少なからず震えている。まるで自分の事に用に俺を心配してくれているようだ。ここに来るまで不安しかなかったが、そんなアレッサンドロさんを見て、俺は覚悟を決めた。


 「ありがとうございます。全力でやるだけやってみます」


 「はい!」


 俺はアレッサンドロさんの手を握り返し中庭に出た。


 俺が中庭に出た瞬間、どよめきが巻き起こる。その声を最も楽しんでいるのは目の前にいるジョーヴェの様だ。


 「遅いぞ。私が名乗った後に、お前も名乗れ。その後に私が魔法でアダマンタイトを創る。準備で来たら声をかけてやるから、好きな方法で壊せば良い。いいな?」


 「はい」


 「我が名はデボラ・バルトリ。この決闘の挑戦を受ける」


 「僕はピエトロ・アノバです」


 俺が名乗ると、生徒達が騒めくが、ジョーヴェは意に介さず、俺に近づく。


 「よし、では両の掌を前に出せ。こうだ」


 俺は言われるがまま掌を前に出した。触れるか触れないかという距離でジョーヴェが手を寄せる。


 「では、向こうの入口まで下がれ」


 「はい」


 俺が言われた場所まで下がると、ジョーヴェが声をかけてきた。


 「こっちを振り返って見ていろ。では、参る。ロッククリエイション」


 ジョーヴェの右手、向かって左の手が光っている。


 「うお!」


 思わず俺は声を出していた。だって手が光っていたからだ。これが魔法かと驚いていると、中庭の中央にサイコロの様な赤茶色の金属っぽい塊が出現した。1mぐらいはありそうだ。それがクルクルと激しく回転する。


 これ、飛んで来たら結構いたそうだな。


 そう思って見ていると、回転しながら色が銀から金へ、そして徐々に黒くなっていった。


 「でた! 鉄壁の黒だ!」


 どこかで生徒の声がする。鉄壁の黒、なかなかかっこいい名前だ。中庭の中心にモノリスみたいなものが回転していた。そして、その回転がゆっくりと止まる。魔法ならそういう事もできるのかな? と思ってみていたが、1mもある様な金属が浮いていたと思うと、やっぱり魔法はただ事ではない力なのだと、改めて気が付いた。


 「さあ、これを壊して見せろ」


 準備を終えたらしいジョーヴェが俺にそう声をかけた。


 「あの巨人、どんな魔法を使うんだ?」

 「っていうかあの体なんだよ! 本当に人なのか?」

 「ああ、気味が悪いな」


 ぼそぼそと言う声が聞こえるが、俺はとにかく黒い塊に近づいた。


 「あの、触って見てもいいですか?」


 「もちろんだ」


 俺がそう尋ねると、腕を組んでこちらを見ているジョーヴェは頷きながら許可を出した。


 「おい、触ってもいいかだって?」

 「馬鹿じゃないか? 触ってどうするんだよ」

 「さあね。硬さでも確かめるんじゃないのかしら?」

 「アダマンタイトの? 意味あるの? そんな事して?」

 「アダマンタイトを知らないのかもな」

 「どこの田舎者だよ!」


 俺は硬そうな四角い塊に近づき、指先で触れてみる。


 ツンツン


 熱くは無い様だ。


 ナデナデ


 掌で触っても熱は無い。一安心だ。


 コンコン


 拳で叩くと金属音が響く。


 コンコン、ゴンッ!


 え?


 「え?」


 俺の気持ちと同じ声が、ジョーヴェから洩れる。硬い金属の表面が俺の拳の出っ張りの形にへこんでいる。


 うそ……まだそんなに力は入れていないぞ!?


 「待て!」


 そう言ってジョーヴェが駆け寄って来た。


 「は、はい」


 俺は一旦、手を引っ込める。


 「な、なんだこれは!?」


 ジョーヴェが呻くよな声を上げた。


 「お前がやったのか?」


 「いえ、あの、た、多分……そうです」


 俺と凹みを何度も見比べる。


 「その手でか?」


 「は、はい」


 「思いっきり殴ったのか? そうは見えなかったが?」


 「あ、いえ。まだ力は入れていません」


 「何だと!?」


 「あ……」


 俺は素直に返答し過ぎたようだ。


 「そうか、なら、私の目の前でこれを思いっきり殴って見せろ!」


 「は、はい」


 本気で殴るとどこかに飛んでいきそうな気がした俺は、空手の瓦割りの様に真下に向かって殴ってみる事にした。拳の骨が折れたら痛そうだな。できれば布を間に挟めないかな。


 そうだ。ローブがあった。


 俺は、先ほど着替えたばかりのローブを脱いだ。


 「は!? な、何をして……げぇ」


 ジョーヴェが俺の裸を見て、カエルの様な声を出した。


 「あ、す、すみません。裸で。でも、素手でこの塊を殴って、手の骨が折れると嫌だったので」


 俺はそう言いながら、ローブを畳んで鉄の塊の上に乗せる。これならさっきよりはましだろう。失敗しても骨を折るまでは行かないかなと、拳を何度か押し当ててみる。


 「ま……て……な、なんだ……」


 殴る準備をしていた俺にジョーヴェが声をかける。その声は少し擦れていた。


 「何なんだ……お前の……その……からだは? ひ、人なのか?」


 ジョーヴェの掌が俺に向けられる。


 「ちょ! わ! 何ですか!? 人です! 人ですって!! ほら? ほらほら? ふ、普通ですよね?」


 俺は、パンツだけの状態で、いろいろとポージングをして見た。


 「ぎぃ」


 またしてもジョーヴェから謎の声が漏れる。


 「ジョーヴェ様! お下がりください!!」


 赤毛の少女が耐えきれなくなったと言う様子で中庭に入って来る。それをきっかけに、赤毛の少女の後からたくさんの生徒が中庭に入り、俺とジョーヴェを取り囲んだ。


 「お前! なぜ服を脱いだ!! その穢らわしい体で何をする気だ!?」


 赤毛の少女もジョーヴェ同様に俺に掌を向ける。それに合わせて、周りの生徒達も一斉に掌を向けてきた。


 「あ、いえ、あのですね、この金属をですね……」


 俺は一生懸命説明しようとするが、焦ってうまく説明できない。そうこうしている内になんとなくだが、生徒達の掌が光りだしている様に見えた。


 「待ってください!!」


 中庭にアレッサンドロさんの声が響く。


 「皆さん! 今はまだ決闘の最中ですよ! この中庭にはジョーヴェ様とピエトロさんしか入ってはいけないはずです! それとも、ジョーヴェの皆さんはこの学園の決闘のルールを破り、ジョーヴェ様が失格されるのを望んでおられるのですか!?」


 「な!? 何を言う! アレッサンドロ! ジョーヴェのルーナである私がそんな事を望んでいるわけがあるものか!」


 「はい、わかっております。だからこそ、敢えて言いました。皆さん、お下がりください」


 「わ、わかった。だが、あれをそのままにはしておけんだろ!?」


 「大丈夫です。ピエトロさんは服を脱がれただけです。体は変かもしれませんが、悪い方ではありません!」


 え? 俺の体って変なの? 結構、いい感じで筋肉ついてるのに?


 「皆、校舎に戻れ。すまなかった、私が動揺したせいで。だが、もう大丈夫だ。もう見慣れた。さ、アレッサンドロの言う通り、中庭から出るんだ」


 「は、はい」


 ジョーヴェの言葉に素直に従い、生徒達は校舎に戻っていった。


 「すまなかったな。さあ、続けてくれ」


 ジョーヴェは俺から少し離れた場所でこちらを見つめる。いつでも行動できるようにする為か、先程とは異なり、腕を組むのはやめた様だ。


 「わかりました」


 筋肉が変と言われて少し気がそがれた俺だったが、ここで成果を出すことでこの筋肉の良さを伝える事ができればと気合を入れなおす。


 「よし」


 校舎に取り囲まれた空を見上げて深呼吸をしてから俺はローブを乗せた金属を見下ろした。そして、拳を当てる。


 ここに拳を叩き込む。こうなったら骨が折れようが構わないから、本気で殴る。


 そう、心に決めてゆっくりを拳を引いた。


 ゴクリッ


 俺ではなく、ジョーヴェの喉が鳴る音が聞こえた。その音を合図に俺は拳を振り下ろす。


 ギグォォォオォオオォォォォォォォオン!


 聞いたことも無い様な金属音が鳴り響く。俺の拳には確かに硬い物を殴ったという衝撃が伝わる。が、ローブのおかげか、拳はどこも怪我をしていない様だ。胸を撫で下ろした俺はふっと息を吐いた。


 「ば……かな……」


 ジョーヴェが声を漏らす。


 「え?」


 自分の拳からジョーヴェに視線をずらし、そして、そのジョーヴェの視線の先を追った。そこには破け去ったローブの下に、粉々に砕け散りながらも中庭の地面にめり込むというか、突き刺さる黒い金属の姿があった。

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