第17話 呼び出されたアレッサンドロとピエトロ

 ディカーン歴504年3月1日

 フシュタン公国歴107年3月1日


 アレッサンドロさんが気を失ったまま2日目の朝を迎えた。校舎の1階の医務室で診てもらった話では疲労によるものらしいので、怪我や病気と言う事もなく、命の危険はないらしい。、唯一の筋トレの理解者を失う事は無い様だ。俺は新しいアレッサンドロさんのメニューを考えながら、自分の筋トレを続けた。俺が逆立ち親指腕立てをしていると、部屋の扉がノックされた。


 コンコン


 「どうぞ」


 俺がそういうと、扉が静かに開く。


 「あの、ピエトロさん。よろしいでしょうか」


 逆立ちの姿勢から頭を上げ、上を覗き込むように視線を上げるとそこにはアレッサンドロさんが立っていた。


 「アレッサンドロさん!」


 俺はアレッサンドロさんの名を呼びながら逆立ちを止めると、扉の前に歩み寄った。俺が近づくと彼は少しだけ顔を歪めた。


 「どうしました? 大丈夫ですか!?」


 俺の問いかけにアレッサンドロさんは、少し困った表情を見せる。


 「あの……大変申し上げにくいのですが……臭いが、その……」


 臭い!? あ、そうだ。そう言えば蛇口が使えないという理由でトイレを流していなかった。いや、ちゃんと蓋はしているがその中にはまだちゃんとあいつは居座っている。


 「すみません。水が流せなかったもので」


 「そ、そうでしたね! 直ぐに流します」


 彼は手で鼻を抑えながらトイレの扉を開き水を流した。


 モジャーゴポポポポ……


 少し詰まったかのような音がしたが、そっと蓋を開けるとちゃんと流れていた。


 「ちゃんと流れました、ありがとうございます」


 「窓を開けて換気をしておいた方が良いですね」


 「あ、そうですね。でも、確かアエリアさんに窓も開けるなと言われていましたが大丈夫でしょうか?」


 「そうですか……あの……ピエトロさんにお願いがありまして……」


 アレッサンドロさんは、トイレの臭いについて話す時よりももっと困った顔をしながら俺の顔を見上げる。


 「なんでしょう?」


 「あの……僕と一緒にこの部屋を出て、ジョーヴェ様の部屋に来ていただきたいのです」


 ジョーヴェ? 誰だっけ?


 「部屋を出る。ですか? でも、それは……」


 アエリアという女の子とした約束を破る事になる。そうなると俺はこの学園を出ていくことになるかもしれない。


 「アエリアさんとの約束を破ると学園を出て行かなければならないと言う事は無いのでしょうか?」


 俺がそう聞くと、アレッサンドロさんは少し考えた後、首を横に振った。


 「わかりません……僕もこの学園の隠れた決まりについて詳しいわけではありませんので。しかし、実はその事もジョーヴェ様には既に伝えているのですが、構わないから一緒に来るようにと言われましたので恐らく大丈夫なのだと思います」


 「ジョーヴェ様が? そうですか」


 誰だか分からない奴にそんな事を言われてもなぁ。俺がそんな顔をすると、アレッサンドロさんは俺を見上げて両手を胸の前で握りしめた。


 「ジョーヴェ様は強くて、一見、怖そうですが、とても優しい方です。そして、決して嘘はおっしゃいません。僕はそう信じています」


 おおっと、金髪の少年がこちらを見上げている。めちゃめちゃかわいいな。そうだな、アレッサンドロさんは俺の筋トレの唯一の理解者だと先程思っていたところだ。この少年のお願いを聞く事は俺にとって損な話ではないはずだ。


 「わかりました。アレッサンドロさんの事は信じていますので、その話ももちろん信じます。では、行きましょうか」


 「ありがとうございます。あ、その前に着替えを持ってきました。あと、その、申し訳ないのですが、シャワーを浴びて頂きたいのですが……」


 アレッサンドロさんが部屋の扉を開けると、そこには籠があり、タオルと新しいローブらしいものがあった。そう言えば俺はこの学園に来てからちゃんと体を洗っていない。


 「いいですね! 僕もシャワーを浴びたいです」


 「はい、ですが、少々お待ちください。人目につくとまずいので」


 アレッサンドロさんは扉から顔を出し、辺りを見渡した。


 「今は一時限目の授業中ですので、誰も居ないようですね。ついて来て下さい。シャワールームは各校舎の両端にあります」


 俺の部屋は校舎の真ん中にあるので、たくさんの部屋の前を通る事になるが、授業中なら誰も居ないのだろう。だが、そうなるとこのアレッサンドロという少年は授業に出なくても良いのか? たしか、魔法に耐えられないから魔法が使えないと言っていたから、魔法学園の授業には出れないのかも知れない。あまりそういう事を聞くのは嫌な思いをさせるのかと思って触れない事にした。


 「誰も居ませんね。では、参りましょう」


 そう言ってアレッサンドロさんは扉を出て左側に進んだ。


 「反対側にあるのは女性用のシャワールームなんです」


 「そうですか」


 「ですので、どの校舎でも女性用のシャワーに近い部屋に女性が、男性用のシャワーに近い部屋に男性が入る事になります。その為、比較的真ん中あたりの部屋が空くことが多いんです」


 俺が真ん中の部屋になったのにはそう言った理由もあるのかと、なるほどと思った。アレッサンドロさんの言う通り誰にも出会わずに校舎の端の男性用シャワールームに着いた。中に入ると脱衣所の様な場所があり、たくさんのロッカーが本棚の様に並んでいる。一度にこんなにたくさんの生徒がシャワーを浴びる事ができるという事なのだろうか?


 「こちらでローブを脱いでください。僕も一緒に入ります」


 そう言ってアレッサンドロさんが服を脱いだ。男同士だとはわかっていてもつい目を逸らしてしまう。その横で俺もローブを脱いで、ロッカーに置いた。


 「では、行きましょう」


 「はい」


 脱衣場とシャワールームを隔てる扉は気ではあったが何か防水の加工がされているのかテカテカと光沢があった。扉の向こうは部屋と同じく細長い作りで真ん中に仕切りの壁があり、全部で4列のシャワーヘッドが並んでいた。パッと見は古い感じだが、良く掃除されているのか、金色のシャワーヘッドは曇りなく光っている。


 「こちらに来てください。シャワーのお湯をだしますので」


 シャワーヘッドの位置は固定で動かす事ができないので、アレッサンドロさんと俺は隣り合ってその下に立つ。下に立つと言っても俺の場合は頭の直ぐ上にシャワーヘッドがあるので、少し下がって前かがみになる必要がありそうだ。


 「では、出しますね」


 そう言ってアレッサンドロさんが、俺の腰辺りの高さにある突起物に振れる。壁から10センチ程出ているそれは、小皿程度の小物入れの様なものが上に着いた棒だった。その棒の先に触れると頭上のシャワーからお湯が出てきた。シャワーと言えば、最初は水で、しばらくしてからお湯になると思っていたのだが、このシャワーは直ぐに良い感じのお湯が出て来る。しかも、俺好みの強めの勢いで。


 「お湯の温度の調整や強さは大丈夫ですか? 調整はできないのですが、奥に行くほど温度は比較的低く、勢いも弱くなります。もし、合わない様でしたら移動しましょう」


 場所によってそういうのがあるのか。単純に元栓からの距離なのかも知れないが、魔法があるのにそういうところはローテクなんだなと俺は何故か感心してしまった。


 「なるほど……」


 「何がですか? 場所、移動しましょうか?」


 「あ、いえいえ、大丈夫です! 勢いのある方が好きですので。あと温度も丁度良いです」


 「よかったです。いきなりシャワーを浴びて欲しいとか変な事を言いまして申し訳ございません。ただ、ジョーヴェ様からお連れする前にシャワーを浴びて来てもらいたいとお願いされまして」


 アレッサンドロさんが申し訳なさそうにしている。


 「いえいえ、僕も浴びたかったのでお気になさらずに。逆に感謝しているぐらいですよ」


 「そうですか。それは良かったです。また、人が居ない時に来ましょう」


 「それはいいですね! 是非お願いします」


 俺はシャワーを浴びながらアレッサンドロさんを見下ろした。俺の視線に気づいたアレッサンドロさんは持ち込んで壁の突起物に引っ掛けていた籠から何か白い物を取り出す。


 「この石鹸を使ってください。これは僕が家でも使っていたもので、いい匂いがするのと髪の毛から全身まで全部綺麗に洗えますよ」


 「ありがとうございます」


 「髪の毛は手で泡立ててから使うと洗いやすいです。体は直接石鹸を当てて洗っています」


 「なるほど」


 言われた通り石鹸を手で擦ると直ぐに泡が出てきた。石鹸を突起物の上の小皿に置いてから泡を髪の毛につけワシワシと洗う。ちゃんと髪の毛を洗うのは初めてなので物凄く気持ちがいい。前の事ははっきりと覚えていないが、こんなに髪の毛は長くなかったし、もっと癖が強かったような気がするが、今の髪の毛は癖はあるがサラサラで石鹸が良くなじんでいる。髪の毛の泡を一通り流した後、手に石鹸を持って体に擦りつけた。


 本当は垢擦りでゴシゴシ洗いたいけどな。


 肌には悪いと言われても俺は痛いぐらい垢擦りで洗うのが好きだ。単純に洗った気がしないというのがその理由だが、今は石鹸を使えるだけでもありがたいというものだ。俺が洗い終わるよりも前にアレッサンドロさんは洗い終わっていた様で、俺が泡を流すのを待っていてくれた。


 「では、出ましょうか」


 そう言って俺の側の突起物にアレッサンドロさんが触れるとシャワーが止まる。びちょびちょのまま脱衣場に戻ると、アレッサンドロさんがタオルを出してくれた。少し小さめのタオルだが、何とかそれで体を拭き切ると、今度はアレッサンドロさんが新しいローブを渡してくれる。その上にはパンツもあった。何から何まで申し訳ない。そう思って俺は深々と頭を下げてそれを受け取った。


 「気にしないで下さい。これは僕の感謝の気持ちです」


 「感謝?」


 「はい、ピエトロさんに鍛えていただいたおかげで、僕は魔法を使う事ができたのですから。その後、気を失ってしまいはしましたが……」


 一瞬その笑顔に負けて頭を撫でそうになってしまったが、なんとかその欲望を抑え込んで俺はパンツとローブを身に着ける。アレッサンドロさんも着替え終わったようで、籠を持って脱衣場の出口に立っていた。


 「籠を片付けて来ますので少し待っていてください」


 「わかりました」


 その後、すぐに戻って来たアレッサンドロさんと一緒に俺は廊下と塔といくつか通り過ぎ、1階から5階まで階段を上がった。5階の校舎の端には明らかに他の部屋と異なる立派な扉があり、その扉には中庭で見たのと同じ文字で【ジョーヴェ】と書かれた文字が飾られていた。


 「ジョーヴェ、ここがジョーべさんの部屋なのですね」


 「はい。ご存知でしたか?」


 「いえ、扉に書かれていますので」


 「え? これが文字だとご存じなのですか? これは確かかなり古い文字で、この学園の生徒でも殆どの生徒はただの模様だと思っている物ですよ。しかも、読めるなんて……ピエトロさんは本当に不思議な方ですね」


 アレッサンドロさんと俺が扉の前で話していると、扉が内側から開かれた。


 「ひぃっ……つ、着いているなら……中に入りなさい」


 開いた扉の隙間から俺の顔を見上げた赤毛の小柄な少女は、すぐに視線をアレッサンドロさんに向けると、扉を開いて中に入るように指示する。


 どこかで見たことがあるような。そう思ったが、赤毛の少女は直ぐに部屋の奥に行ってしまったので確認はできなかった。


 「参りましょう」


 アレッサンドロさんに続いて俺も部屋に入ると、部屋は俺の部屋の倍以上はあった。


 「ここなら……」


 思い切り筋トレできる。


 そう思って俺が部屋を見渡していると一人の少女が駆け寄って来た。その少女もどこかで見たことがある。


 「無事でしたか! アレッサンドロ!!」


 「はい、お姉さま。でも、ご心配は不要です。ピエトロさんはとても親切な方ですから」


 アレッサンドロさんに抱き着いた少女は抱きしめたアレッサンドロさんの肩越しに俺の顔を見上げる。アレッサンドロさんと同じ金髪で色白でとても美しいその少女は疑いの視線を俺に向ける。


 「そう……それなら良いのだけれど」


 「ご安心を、もしもの時は私達がお守りします」


 そう言って俺とアレッサンドロさんの間に身を乗り出してきたのは、結構背が高い少女ともう1人の少女だ。


 「あ、あの……来てはいけなかった様でしたら、僕は部屋に戻りますが……?」


 俺がそういうと、一番奥でソファに座っていた少女が初めて声を出す。


 「その必要はない。この私の部屋に、私が招いたのだ。エスロペ、セレナ、ミランダ、自重しろ」


 話の内容から、その少女がジョーヴェなのだろう。その言葉を聞いて、俺を見上げていた少女たちは一旦ソファに戻り腰かけた。アレッサンドロさんに抱き着いていた少女は座る時に自分の膝の上にアレッサンドロさんを乗せる。


 それってちょっと変じゃないか?


 そう思ったが、誰もそれに突っ込みを入れないようなので、姉弟だとそういうものなのかも知れない。その少女はまだ少し濡れているアレッサンドロさんの髪の毛を指先でゆっくり撫でる様にすいては毛先の臭いを嗅いでいる様だった。


 ああ、少し変態なのか。


 怪しい行動を繰り返す少女の事が気になったが、俺はどこに座れば良いのだろうと辺りを見渡していると、どこかに姿を隠していた赤毛の少女が背もたれの無いオットマンの様な椅子を持ってきた。


 「あなたはこれに座りなさい」


 向かい合ったソファから少し離れた場所にそのオットマンの様なものが置かれる。招かれはしたが、警戒はされたまま。そういった感じがありありとしている。まあ、俺は魔法も使えないし、魔法学園ならそういう地位なのかも知れないな。


 「それでは本人も来たことだし、まずはアレッサンドロの件から片付けようか」


 俺達が来る前に既に何らかの話が進んでいたようだ。


 「アレッサンドロはもちろんエスロペの生徒にします」


 アレッサンドロを抱きしめながら姉という少女が言い切る。


 「だから、それを決めるのはお前ではない。校舎の代表である私との勝負に勝った、いや、本人の進言により負けという判定にはなったが、事実上は引き分けと言って過言ではない結果を考えれば、次期ジョーヴェの候補者である事は自明の理だ。それを、伝統を重んじるお前の弟、アレッサンドロが認めるかどうか。論点はそれだけだ」


 ジョーヴェのその言葉にアレッサンドロさん側の少女たちは言葉を失う。


 「ジョーヴェ様、僕の様な未熟者がそのような大役……僕では力不足です」


 その空気を感じ取ったのかアレッサンドロさんが口を開いた。


 「ほう。私の魔法で造ったアレをあれだけ変形させておいて、力不足というのか。では、かすり傷を付ける事ができたフランカの事もそう思っているということかな?」


 ジョーヴェの後ろに控えている赤毛の少女が目を見開きアレッサンドロさんを見つめる。


 「確かに、私の力ではジョーヴェ様やアレッサンドロさんの足元にも及びません。もし、アレッサンドロさんがジョーヴェ様のルーナを辞退されるというのでしたら、私も辞退せざるを得ません。力なきものがジョーヴェ様にお仕えし、次期ジョーヴェの候補者を名乗るなどありえませんので」


 瞬き一つしないでアレッサンドロさんを見つめるその瞳には言葉とは裏腹に何か闘志めいたものを感じすには居られなかった。


 あれ? この人もひょっとしたら筋トレしてくれるかもしれないな。


 「そ、そうですか。それは……困りましたね。わかりました。僕はジョーヴェの生徒になり、フランカさんと共にジョーヴェ様のルーナとなります」


 「ちょっと! アレッサンドロ! 何を言っているの!!」


 「そうですよ! アレッサンドロ様!」


 「ど、どうしてですか!?」


 少女たちの問にアレッサンドロさんは姉の膝の上から立ち上がり、丁度ジョーヴェとの間、俺の正面の位置に移動すると全員を見渡してから微笑んだ。


 「お姉様やセレナ様、そしてジョーヴェ様は間もなく卒業されてしまいます。その後の校舎の代表はミランダ様とフランカ様でしょう。僕はまだ基礎学年の生徒ですので、その地位にはおりません。元々、エスロペの校舎とミアルテの校舎は交流が深く、仲も良い。そこに元ミアルテであり、来年以降もミアルテの代表をされるピア様とも近いフランカ様がジョーヴェとなられましたら、ミアルテとジョーヴェの仲も今まで以上に良いものとなるでしょう。そのジョーヴェ様のルーナとして、力不足ながらも僕が居れば、エスロペとジョーヴェの仲も今まで以上に良くなると思います。卒業される先輩の皆さんに後顧の憂いなく旅立っていただくには、僕がジョーヴェの生徒になり、フランカ様に仕えるのが一番良いのではないか、そう思ったのです」


 アレッサンドロさんの言葉にその場にいる誰もが言葉を失う。


 「うむ、見事だ。想像以上の答えをもらった。そうだな、フランカ」


 ジョーヴェの言葉に赤毛の少女が深く頷く。


 「はい。アレッサンドロさんが下級学年になられた暁には、私が彼に仕え支えましょう。それに値する、いえ、それ以上の答えをいただきました。ただし、その時に彼が私より強ければですが」


 そう言って少女は胸の前で腕を組む。


 「まさか、あのアレッサンドロがこんな立派になるなんて……」


 「うう……私、今年卒業するの止めようかしら……もっとアレッサンドロ様を見守っていたい……」


 「あ、それは禁句ですよ!」


 少女の言葉を身を乗り出して制した少女だが、それを聞いてアレッサンドロさんの姉と、ジョーヴェはなるほどという表情で頷いた。


 「なるほど、その手もあるな」


 「お母様に相談してみなくては!」


 アレッサンドロさんの姉が立ち上がると、最初にそれを提案した少女と、その言葉を制した少女が必死に姉を止めている。


 「まあ、冗談だがな。アレッサンドロの件はこれで片付いたとして、残りはこの男だ」


 ジョーヴェが俺を見つめる。


 「で、お前は何者だ。何故、この学園にいる。いや、どこから来て、どこに行こうとしているのだ? 全て話してもらうぞ。嘘は言うな。身の為だ」


 いきなり俺はジョーヴェに脅された。勿論、その後ろの赤毛の少女も俺を睨む。


 「そうですね。アエリアさんの指示があったとはいえ、私の大切な弟に何をしたのかちゃんと教えていただきますよ」


 アレッサンドロさんの姉にも、その姉の隣の2人も同じように俺を睨んでいる。


 「皆さん、誤解です。確かにピエトロさんは魔法が苦手なようですが、決して悪い方ではありません!」


 5人の少女に敵視されている俺の唯一の味方はアレッサンドロさんただ一人だ。


 「あ、でも僕もピエトロさんの事は良くは知りませんでした。ひょっとしたら元々は悪い方だったのかも知れませんね」


 良い意味でも悪い意味でもとても良い子のアレッサンドロさんらしい他意の無い発言だが、今の状況では少々厳しすぎる。


 「では、全て聞かせてもらおうか。時間はまだまだある。そうだな、あいつらが戻って来るのに後2日はかかるだろうからな」


 「2日?」


 俺が聞き返すとジョーヴェは邪魔臭そうに手をヒラヒラさせる。


 「いい、気にするな。とりあえず名前と生まれから教えてもらおうか」


 「はい、えーっと僕はピエトロ・アノバ。15歳です」


 「え?」

 「え?」

 「え?」

 「15歳? だと?」

 「くっ!」

 「うそ……」


 俺の言葉にアレッサンドロさん以外の少女たちが敏感に反応し、立ち上がる。正面のアレッサンドロさんも少し後ずさった。


 「貴様! 異端者か!?」


 異端者? なんだっけそれ? あ、いや、待てよ。そう言えば15歳だとまずいんだったっけ?


 「あ、いえ……その……もうすぐ……15歳になるかなぁ……って」


 思いっきり怪しく俺はごまかしてみた。


 「ん? どういう事だ?」


 ジョーヴェがそれに反応する。


 「いえ、あの、自分の生まれた年を良く知らないので……」


 俺がそう誤魔化すと、少し場の空気が和らいだ。


 「そ、そうか。庶民の間には稀にそういう事があるらしいが、お前もそういう境遇に生まれたということか」

 「そうですね。そう言う話は聞いた事があります」


 ジョーヴェとアレッサンドロさんの姉の言葉に少女達とアレッサンドロさんが疑心暗鬼のまま頷く。


 「確かに……」

 「そうですね」

 「うーん……」


 「信じていただけないかも知れませんが、僕には最近の記憶しかありません。一番最初の記憶は、暗い部屋に閉じ込められていたというものです」


 その場にいる全員が俺の話に興味を惹かれたようで、少しだが身を乗り出してきた。

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