第16話 3人の魔女、3人のダララ

 ディカーン歴504年3月1日

 フシュタン公国歴107年3月1日


 フシュタン公国魔法局は首都のロマにある。南北に長いこの国の南側に位置するのがエルコテ魔法学園のあるチリャーシ地方。そして北側にあるのが首都のロマ地方である。首都ロマとディカーン皇国の国境にはガルタル湖という湖があり、その湖を周回するように鉄道が走っている。鉄道と湖に面した町同士をつなぐ航路によって首都ロマは完全に森に囲まれたチリャーシとは異なり近代的に発展した都市であった。


 田舎者。


 古い歴史を誇るチリャーシ出身者をロマの者達はそう呼んでいる。そう呼ばれたチリャーシ出身者は例外なく憤慨し、場合によっては怪我人を出す事件になる事もあった。そう言った事情から今では田舎者という表現は禁句となり、表だって使われる事は無くなってきている。が、それでもロマ出身者とチリャーシ出身者との間には近いが故の遺恨が残っていた。


 ハンス・フシュタン4世公爵が住む、ミケレジエロ城から同じ名前の橋を渡った先にある塔が魔法局である。垂直に伸びた円筒形の外観で、エルコテ魔法学園の校舎の様な美しさや品の様なものはどこにもなく、ただただ頑強に建てられた要塞であった。


 「無粋な塔ね」


 最後に馬車を降りたアレグラ・カルデララは高さと大きさだけは目を見張るものがあるその塔を見上げて呟いた。


 「はい。品性の欠片も感じません」


 先に降りてアレグラを待っていたエレオノーラ・カルデララがそういうと、同じくアレグラを待っていたオロロッカのメンバーも口々に呟き、2人の言葉に同意した。


 馬車から降り立ったのは10人の生徒。その身にはエルコテ魔法学園の漆黒のローブを身にまとっている。魔法局の入口の門を抜け、塔の目の前で降りたその生徒達を待ち受けていたのは1人の魔法使いだ。アレグラ達が馬車から降りるのを見届けたその魔法使いは、おもむろに歩み寄り被っていたローブのフードをゆっくりと取るとアレグラ達に声をかけてきた。


 「エルコテ魔法学園の生徒の皆さんですね。遠いところを遥々ようこそ。私は魔法局局員のラウラ。ラウラ・ダララです」


 日焼けした顔をフードの奥から覗かせたのは、アレグラ達と同年代の少女だった。魔法局の局員だけに許された純白のローブをまとい、こちらに向かって笑顔を向けてはいるが、その瞳は笑っていない。身長はジョーヴェことデボラ・バルトリに匹敵するかのように長身だが、短く切りそろえた髪の毛は赤毛で、ミアルテことピア・コロナロの様でもあった。どちらもアレグラにとっては嫌な要素だ。こちらを見下ろすラウラを見上げながらも黙って見つめ返すアレグラの横で、エレオノーラがその名前に反応する。


 「ラウラ……ダララ……あなたが」


 エレオノーラがあからさまに敵意を向ける。普段はエルコテ魔法学園内で互いの勢力争いをしているアレグラ達であったが、外にはエルコテ魔法学園の生徒全員の敵となる魔法使いが何人かいた。その数少ない敵の中の1人が目の前の少女、ラウラ・ダララだった。彼女はロマ魔法学園を最短の4年で卒業し、その後首席でロマ魔法局に入局した。その偉業はエルコテ魔法学園まで届いている。


 ただし、それだけなら彼女はただの成績の良い魔法使いで終わっていた。そんな人もたまには居るだろうという程度でエルコテ魔法学園の生徒もそれほどこのラウラを意識する事は無かっただろう。逆に憧れを持つ者達が居てもおかしくはない。だが、そうはならなかった。何故なら彼女は、エルコテ魔法学園だけでなく、チリャーシ八家の血筋の者達全員の敵であるカルロタ・ダララの娘だからである。


 今から約30年ほど前、首都ロマには2人の問題児がいた。一人の名はカルロタ・ダララ。もう一人の名はエルメラ・ダララ。2人は双子の姉妹で、どちらも魔法が得意だった。しかし貧しい2人は魔法学園に入る事はできず、毎日持て余した魔力を使って町の中で暴れ回っていた。その都度、魔法局の警備隊に捕まり檻に入れられていたが、数日して出てくるとまた暴れるという事を繰り返していた。


 そうやって成長していく中でカルロタとエルメラの2人は魔法局の正式な局員である警備隊の者達をその魔法で度々倒す様になってくる。少数の隊員では最早捕らえる事が出来ないため、2人が暴れだすと警備隊の小隊が出動しなくてはならいという事態に発展し、それを見かねた当時の局長アイーラ・ローレンは、自らが警備隊を指揮し2人を捕らえると、自分の屋敷へと連れ帰り、魔法の修行という名目で厳しく2人を躾けた。


 その数年後、フシュタン公国の魔法局の入局試験でそれは起こった。


 魔法局の局員になるという事はエリート魔法使いである事の証明。その地位を求めてフシュタン公国の魔法使いだけでなく、近隣諸国やディカーン皇国の魔法使い達も入局試験に集結する。また、試験官となる魔法局局員にとっては己の実力を示す事で局内での出世の切っ掛けにもなる大切な行事である事も相まって、当日は大々的に観客を入れて行われる。その試験でカルロタとエルメラの2人は同じ受験者を蹴散らし、さらに局員達をも倒して試験に合格した。2人が圧倒的な力を示した為、その年の合格者はカルロタとエルメラの2人だけだった。


 それ以降、毎年行われる魔法局の入局試験でカルロタとエルメラの2人は受験者を完膚なきまでに叩きのめし、一気に局内での役職が上がり、入局僅か8年で局長に上り詰めた。その時からフシュタン公国魔法局の局長は3人となる。カルロタとエルメラの師匠であり、長きにわたり局長を務めている「氷結」の異名を持つアイーラ・ローレン。問題児ダララ姉妹の姉「雲渡り」の異名を持つエルメラ・ダララ。ダララ姉妹の妹「獄炎」の異名を持つカルロタ・ダララ。人々は畏怖、そして恨みを込めて3人の魔法使いをこう呼んだ。


 3人の魔女と。


 魔女とは魔法使いの女性を表す言葉であるが、その意味は別のところにある。悪魔の化身、呪われし者、穢れし者の事で、その魔法によって暴風、嵐などの悪天候を起こし、作物を枯らしたり、家畜を病気にすると信じられていた。伝説の魔法使いキッカ・ロッカが現れるまで女性の魔法使いが世に出る事は無かった。現在では公では使用されない言葉であるが、言葉が持つ意味や表現は今も残っている。


 アイーラがそう呼ばれるのは殆ど濡れ衣に近いが、カルロタとエルメラがそう呼ばれるのには理由があった。それは暴れる事が好きな2人が、アイーラの目を盗んでは試験官として現れ、入局を目指す者達達を蹴散らしていたからだ。3日間行われる入局試験で2人が現れない日の情報は次第に高値で取引されることになるが、現地であるロマ地方の魔法使い以外の者達、特にチリャーシ地方の者達にとってはその情報を入手する事は困難で、2人が局員になった年から今までにチリャーシ地方やエルコテ魔女学園から入局できた魔法使いは数名しかいない。魔法局の局員はエリートの証だ。その人数が少ないという事はおのずと、チリャーシ地方やエルコテ魔法学園の魔法使い達よりもロマ地方の魔法使い達が優秀であると言う事になってしまう。


 「獄炎の娘」


 エレオノーラと共にオロロッカのメンバーが小声でそう呟きながら睨み付けて来るのを、ラウラは冷ややかな笑顔で見つめ返した。


 「やめなさい。相手を睨むなど弱者のやる事。私達が今日、何をしにここまで来たのか忘れたの?」


 アレグラはエレオノーラ達にそう問いかけた。


 「使徒を倒した私達の祝賀会なのよ。この魔法局の局長達ですら成しえなかった偉業を称えて行われる祝賀会のね」


 アレグラはそう言うと満面の笑みでラウラを見つめる。


 「チッ」


 目の前に立つラウラはアレグラ達に聞こえる様に舌打ちをした後、踵を返して塔の中に入っていく。


 「もたもたせずに、さっさとついてきなよ」


 最初の丁寧な口調はどこへ行ったのか? と言う粗野な言い回しにアレグラも驚きを隠せず、つい隣のエレオノーラと顔を見合わせるが、すぐに気を取り直してラウラの後を追った。魔法局の中は外から想像するのと同じような頑丈なだけの要塞然とした建物で、廊下の隅々に土や砂が積もっておりあまり小まめに掃除されていない事を物語っていた。


 「なんて汚い場所なの」


 エレオノーラが眉間に皺を寄せる。


 「そういう人達が集まる場所ということなのよ。残念だけど、やっぱり私はフィロートに入局するわ」


 「はい、その方が良いと思います」


 アレグラの発言にエレオノーラが同意する。


 「ここは国防と外交の最前線、いわば前線基地だよ? お坊ちゃん、お嬢ちゃんが通う田舎の学園じゃあるまいし、必要以上に掃除する余裕なんてないの」


 2人の話を聞いていたラウラが振り返って説明する。確かに、この場所は学園や城の中とは明らかに雰囲気が違った。塔の中を行きかう局員達の顔は皆百戦錬磨の気迫のような物を漂わせている。エルコテ魔法学園の中ではその強さによって周りの生徒に威圧感を与えるアレグラ達であったが、実際に命のやり取りを覚悟している魔法局の局員達にしてみれば、まだ幼い学生でしかない事は事実だ。


 「そのお坊ちゃん、お嬢ちゃんに先を越された感想を聞かせてくれるかしら?」


 アレグラがラウラに問いかける。


 「チッ」


 再度舌打をしたラウラは塔の中央らしき部屋の扉の前で立ち止まった。


 「ここよ」


 そして、鉄でできた枠でできた木の扉を押し開いた。部屋の中は円筒形で、扉の反対側に低めのステージがあり、そこに向かって入口から真っすぐに白い絨毯が敷かれている。その絨毯の両側にラウラと同じ純白のローブをまとった者達が背を向けて並んでいる左右に5人ずつ、それが10列はある事から、この部屋には100人は入っている様だ。


 その並んでいる者達の背中にはラウラとは異なり、フシュタン公国の国章が描かれている。大きな盾の中心に小さな盾が描かれ、その小さな盾の周りを上下左右に四分割し、フシュタン公国に関係する国家や地域の紋章が描かれている。


 左上にディカーン皇国の黄色地に黒き鷲の紋章。

 右上にチリャーシ地方を表す8本のボーダーと緑色の草冠の紋章。

 左下にロマ地方を表す赤と白の2色の紋章。

 右下に魔神を表す女性の首に獣の体の紋章。

 中央の小さな盾はフシュタン家の家紋である上が黄色、下が赤の盾。


 この紋章が背中に入っているのは魔法局の局長以外では参謀、副長、組長などの上級局員達だ。おそらくそれらの一般局員以上の者達全員がこの部屋に集まっているのだろう。そして、白い絨毯の先に3人の魔女の姿が見える。アレグラは扉の前でこちらを見ているラウラに気づかれないように唾を飲み込み、一歩、部屋に足を踏み込んだ。そのすぐ後をエレオノーラが続き、オロロッカ達は2列になって2人の後を追う。


 左右に立っている上級局員達が顔は動かさずに視線だけで自分達を見ているのを横顔と背中で感じながら、それらの最前列を通り越し、3人の魔女の前までやって来た。アレグラがこの3人の姿を見るのは何年ぶりだろうか、はとこに当たる魔法使いがこの終局試験を受けるのを見に来たのは10年程前だった。その魔法使いが誰なのかは覚えていないが、開始早々にエルメラに病院送りにされ再起不能になっていた事は覚えている。そして、その時のエルメラの詰まらなさそうな顔を。


 アレグラは向かって右側に立っている魔法使いから視線を逸らすことができなかった。そこには10年前と同じ様に詰まらなさそうな顔をしたエルメラが立っている。


 「ようこそ、魔法局へ。私は魔法局局長アイーラ。アイーラ・ローレンだ」


 真ん中に立つ黒髪の女性がアレグラに話しかける。これが氷結のアイーラか。アレグラは口の中が渇いているおかげで喉を鳴らさずに済んだことにほっとしながら頭を下げた。エレオノーラやオロロッカのメンバーもおそらく同じように頭を下げているだろう。そして、ゆっくりと顔を上げる。


 氷結のアイーラは思っていたよりも背が低く、そして若かった。身長は160cm前後、年齢は30代前半ぐらいに見える。だが、アレグラが知っているだけでも氷結のアリーラの逸話は40年以上は前の話だ。そんな人物の姿が30代前半に見えるとは……自分は何か既に氷結の魔法の影響下にあるのかも知れないとアレグラは警戒して辺りの変化を探る。だが、特に異変はなかった。ただ、ずっとアイーラと目が合い続けているだけだった。


 「エルメラ、挨拶だ」


 アレグラに微笑みながら、アイーラが小声でエルメラに声をかける。中央に立つアイーラの右側には、ラウラと同じ赤毛で長身の日焼けした女性が立っている。ラウラと違うのは髪の毛の長さだ。細かなウェーブのかかった髪の毛は腰のあたりまで伸びている。その髪の毛を小刻みに揺らしながら、上級局員とは明らかに生地の質が異なる上等な式典用のローブの袖を嫌そうに何度も手で引っ張っている。ものすごくダルそうで姿勢も悪い。アイーラがかけた声を聞いて、エルメラが今気づいたかのように驚き、話し始めた。


 「あ、私か。えっとなんだっけ? これって? え? 祝賀会? 何の? え? あ、ああ、ああああ、ああ、そうか、ふんふん、そうだった。えっと、あれだよね? あのでかいの殺ったんだよね? おめでとう」


 エルメラはアレグラ達の右側の後ろに立っている上級職員達を何度もチラ見しながら声をかけてきた。どうやらどうしてここに集まっているのか分かっていなかったようだ。


 「もう良い。では、カルロタ、お前も挨拶だ」


 エルメラに怒りの表情を浮かべた後、反対側のカルロタの方を向く。そこにはエルメラと何から何まで同じ姿の女性が立っていた。やっていることも同じだし、その姿勢も同じだった。


 「え? 挨拶? あ、そうか。あぁっと、ま、よろしくね」


 「お前たちは自分の名も名乗れないのか?」


 「でも、この子達ってエルコテの子なんだよね? じゃ、私達の事知ってるでしょ? 一々名のらなくっても? もし、知らずにここまで来たなら褒めてあげるよ」


 「そうそう、私もそう思った。ま、アイーラの事は知らないかもしれないから別にいいかって思ったけど」


 アイーラの言葉にダルそうに反論するエルメラとカルロタ。その反論は息ピッタリだが、内容には品性の欠片もなかった。


 「私はエルコテ魔法学園、アエリアの校舎の代表、アレグラ・カルデララです」


 「同じくエルコテ魔法学園、アエリアのルーナをしています、エレオノーラ・カルデララです」


 一応、局長達の挨拶は終わったようなので空気を読んでアレグラは挨拶をした。


 「おお、すまないね。この2人の事はご存じだろうが、私と同じ局長のエルメラ・ダララとカルロタ・ダララだ」


 「はい、お名前は存じております」


 「そうか。今日は遠路遥々良く来られた。ここはあなた達の偉業を称える会だ。楽しんでいってくれ。そして、その話を私達に詳しく聞かせて欲しい」


 アイーラはそういうと、控えていた者達に合図を送る。すると開け放たれていた入口の奥からテーブルや椅子が次々に運び込まれてきた。下級職員のローブを着た者達が、会場のセッティングをするようだ。本当なら三局長の挨拶の後、もっといろいろな手順があったのだろうが、自分以外の局長達のやる気の無さを感じ取ったアイーラが機転を利かせて食事の用意を早めたようだ。


 アレグラとエレオノーラは三局長と同じテーブルに招かれた。オロロッカ達はそのすぐ横のテーブルにまとめられている。着席したアレグラとエレオノーラ達の前に次々に料理が運ばれてくる。どれも見たことが無い様な量が盛り付けらてた雑な料理だ。


 「高級ではないが魔法局で局員達が食べる食堂の品々だ。どれだけ食べても公爵が払ってくれる。遠慮せずに食べなさい」


 アイーラに勧められるが、アレグラもエレオノーラも手を付ける気にはなれなかった。が、そのアイーラを挟んで座っているエルメラとカルロタの2人は、食前の祈りもせずに料理を頬張り始める。アレグラ達の事など完全に無視している様に見えた。


 「まあ、食べなくても良いが。そうだ、あの巨大な使徒に出会った時の事を聞かせてくれないか。勿論、報告された内容は理解しているのだが、本人に直接聞くのが良いと思ってね」


 アイーラがアレグラとエレオノーラの顔を見比べて森の狩猟会での出来事を訪ねてきた。


 「はい、アイーラ様。それでは、くわしくお伝えします」


 そう言ってアレグラは使徒を倒し、その遺体を持ち帰るまでの話を説明した。勿論その話にピエトロ・アノバの事は一切出てこない。アレグラとエレオノーラ、オロロッカのメンバーで仕留めて、学園まで運んだという話を適度な臨場感を混ぜて説明した。


 「なるほど、大変興味深い話だった。ところで少し詳しい話を聞いても良いかな? あの使徒の額にはおそらく使徒を絶命させた直接の原因と思われる、というかそれ以外に傷らしい傷は無かったのだが、大きな穴が開いていた。一体どのような魔法を使えばそんな事ができたのか教えて欲しい」


 アイーラの目が急に鋭くなった。全てを見透かすような瞳がアレグラに突き刺さる。が、そのような視線はアレグラにとっては日常茶飯事だ。それがたとえ魔法局局長、氷結のアイーラの視線であっても、心の焦りを表面に出してしまうという事は無かった。


 「それを言うわけには参りません。私達の研鑽の賜物。そうお考えください」


 「うん、たしかに。そうだな、これは失礼をした。今の質問は無かったことに……」


 「え? 聞かないの? それを聞かないなら、何でこんな会をしたの?」


 「うん、私もそう思った。アイーラが聞かないなら私が聞くね? ねえ? どうやったのか、あの柱でやってみてよ。壊しちゃっていいからさ」


 魔法使い同士の作法として、自分が使う魔法の情報を開示するかどうかは本人に委ねられる。アイーラはそれを礼儀として守り、エルメラとカルロタはそれを無視した。


 「それを言うわけには参りません。申し訳ございません」


 アレグラは顔色一つ変えずにそう言い放った。


 「うーん、だめなの? なんで? 興味あるんだよね、そこだけだけど。だって、全然強そうに見えないし。あなたも、あなたも、後ろの連中も」


 「そうそう、私もそう思った。これであれが倒せたのって? だって、これだよ? これ?」


 エルメラとカルロタは手に持ったナイフとフォークでアレグラやエレオノーラ、オロロッカのメンバーを差し示しながら素直な感想をぶつけた。


 「お前たち、いい加減に……」


 アイーラがそう言って立ち上がりそうになった時、アレグラとエレオノーラの背後から大声で話しかけてくる者がいた。


 「私も知りたい。だって、この子たちが私より強いとは到底思えないんだもん」


 その声の主はラウラだった。


 「ね、じゃあさ、方法はいいから、とにかく私と勝負しようよ。えーっとあなた達の学園の勝負方法でいいからさ。ね? どうせ何も食べてないんだし、いいでしょ?」


 ラウラはどっちでもいいから私の相手をしてよとでも言わんばかりに、アレグラとエレオノーラの肩に気安く手を置いた。


 「あの、これはさすがに失礼なのでは? アイーラ様、これが魔法局の礼儀なのでしょうか?」


 「あ、ああ、そうだな。申し訳ない。確かに失礼ではあるが、この者達の知りたいと言う気持ちも分からんでもない。どうだろう? 食後の運動がてら、そのラウラと一手手合わせしてみると言うのは?」


 アイーラは最早、3人のダララを止める気は無い様だ。


 「アレグラ様! 帰りましょう! こんな失礼な事を言われてこれ以上ここに居る意味はありません。どうせ私達にはこんな魔法局などどうでも良いのですから」


 エレオノーラは肩に置かれたラウラの手を振りほどき、立ち上がった。それと同時にオロロッカのメンバーも立ち上がる。


 「あら帰るの? 違うか、逃げるのか。まあ、チリャーシの子達って逃げるのが得意だって聞くから、あなた達もそうなのかな?」


 立ち上がったエレオノーラやオロロッカ達にラウラがそう声をかける。自分達を挑発して決闘に持ち込もうと言うラウラの魂胆は見え見えなのだが、それが見え見えなだけに、露骨な物言いが苛立ちを倍増させる。そして、そのラウラの台詞を聞いた上級局員の中からラウラに賛同する声が徐々に上がって来る。


 「そうだ! 勝負しろ! 勝負!」

 「せっかく来たんだから何か見せて行ってよ!」

 「怖くて逃げちゃうんですかぁー?」

 「ははは、お前それは言っちゃだめだろ?」


 最悪の雰囲気だ。そん中、アレグラはそっと立ち上がった。


 「帰りましょう。ここに居る意味は本当に無さそうね」


 「え? ホントに帰っちゃうの? 帰っちゃうんだ……すごいね、ある意味すごいね」


 ラウラが驚きの表情でアレグラを見つめる。


 「そうか。残念だがそれも致し方ないな。またの機会を待うとしよう。ところで、その森の狩猟会である噂、これはエルコテ魔法学園の生徒達が噂していた事らしいのだが、使途を学園まで運んだのは巨人だったと言うのだ、これについては何か知らないか?」


 アイーラからのその質問にさすがにアレグラの顔色が一瞬だが変化する。


 「おや、何か知っている様子だな。いや、別に何でも良いんだ。知っている事ならどんな些細な事でも」


 「そのような噂は知りません」


 アレグラは、目を逸らしながらそう言うのが精いっぱいだった。


 「そうか、わかった。ところで、本日、エルコテ魔法学園で決闘があったそうだ。決闘するのはジョーべともう一人、たしか、アエリアの生徒だと聞いている。これについては何か知らないか?」


 え? アエリアの校舎の生徒が、あのジョーヴェと決闘を? 何の為に? 何が目的で? アレグラの頭の中には次々と疑問が沸き起こる。エレオノーラも同じような顔をしている。


 「それでは失礼します」


 別れの挨拶をしたのはアレグラただ一人。エレオノーラもオロロッカのメンバーも一言も発することなく魔法局の塔から出て行った。


 「あれは、なんかいろいろ隠してるね」


 「うん。どう考えても嘘くさいしね」


 「まあ、そうなんだけど……それにしたってお前たちはどういうつもりで!」


 「あ、いい事思いついた!!」


 「え? 何々、エルメラ教えてよ」


 「うん。ラウラを転入させてみようよ」


 「うわ! それは面白い! いいねやろうやろう!」


 「よし、じゃあ、ラウラ! 今すぐあの子達を追って転入してくること!」


 「ちょっと待てお前たち! 転入がそんな簡単にできるわけないだろ!」


 「できるよね。アイーラが公爵にお願いしたら」


 「うん。できる」


 エルメラとカルロタは2人でアイーラの左右の肩を叩く。


 「じゃあ、行ってきまーっす!」


 そう言ってラウラはアレグラ達の後を追った。


 「行ってらっしゃーい」


 「情報掴むまで帰って来るなよぉー!」


 エルメラとカルロタは、開いている手を振ってラウラを見送った。


 「じゃ、みんな解散ってことで」


 「あ、でも料理はもったいないから食べちゃおっか」


 「そうだね。じゃ、みんな食事続けるってことで」


 「手をどけろ! 私は今すぐ城に行ってくる。おい、お前ら何人かついて来い!」


 アイーラはそう言ってエルメラとカルロタの手を払いのけて立ち上がると、白い絨毯を勢いよく歩きながら、不運な上級局員を数名とっ捕まえて城へと向かった。

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