第43話 監獄での再開

 俺は今、大きな石が積み上がった壁に取り囲まれた牢獄の中に居る。壁にある薄い隙間から光が差し込んでいる事からこの牢獄が地下ではなさそうという事は分かる。


 いつになったら事情を聞いてもらえるんだ?


 牢獄の広さは両手を広げた幅より少し大きいという物なので大体2mぐらい。縦も横も高さも同じぐらいなので、俺の頭の上に居る小さいオデさんは天井スレスレでモキュモキュ言っている。光が差し込む壁と反対側の壁には金属でできた重そうな扉があるが、内側にノブの様なものはなく、外からしか開くことはできない。


 待っていろと言われたが、そのまま誰も来ないな?


 町からこの牢獄のある大きな建物まで20分程俺は馬車に乗せられていた。そして、降りた場所にはロマの魔法局とは異なり、高さは低いが広大な敷地の砦の様な建物があった。奥行きは分からないが、左右に広がる砦の様な建物の壁は、端が見えない程続いていたのだ。


 大きな両開きの扉の左右には黄色いローブを着た魔法使い達が警備しており、連行されている俺はそのまま建物内を移動してこの牢獄に押し込まれた。それが大体10分ぐらい前だと思う。


 あくまでも体感なので実際には2分しか経っていない、という事もあるかもしれないが、ここに入れられてからずっとスクワットをしているので、その回数から考えても10分は経過しているはずだ。


 誰も来ないな? 俺の話を聞いてはもらえないのか?


 このままここに居てもあまり意味が無さそうだ。宣戦布告をしたと思われたままなのは嫌だが、ここを抜け出す事も考えないといけないな。スクワットを止めて俺は目の前の壁、左側に扉、右側に光が差し込む壁のある何もない壁の強度を図るために大きな石を握った拳の先でノックするように小突いた。


 コンコンッ、バギィッ! バガララララァァ!


 あ! 砕けた!!


 俺が小突いた大きな石が粉々に砕けてしまった。壁には俺が砕いた石1個分の50cm四方の穴が開く。


 「な、なんだ!?」


 その穴の向こう側から何者かの声が聞こえた。


 「すみません!!」


 壁の石を砕くつもりの無かった俺は、慌てて向こう側の人物に謝った。


 「ん? その声……お前、ピエトロ・アノバか!?」


 壁の向こう側の人物は俺の事を知っている様だ。だが、その姿は見えない。


 「あの、どちら様ですか?」


 穴から向こう側を覗くと俺が居る部屋と同じ様な広さである事がわかる。声の感じからも近くに居る様だが、やはりその姿は見えなかった。


 「私だ、テオフーラだ」


 名前を聞いて、穴の先から姿が見えない理由がすぐにわかったので、俺は壁の穴の下にある石を同じ様に小突く。


  コンコンッ、バギィッ! バガララララァァ!


 「わ! お前、やるなら先に一言声をかけろ!!」


 穴が下に広がったおかげで、穴の前にこちらを向いて立っているテオフーラの姿があった。


 「すみません!」


 「しかし、この堅固な牢獄の石壁を簡単に砕くとは……やはりお前は破壊神だな。で、お前はいつからここに居る?」


 砕けた石の欠片を払いながらテオフーラが俺を見上げる。


 「10分程前に……」


 俺がそこまで伝えた時に俺の頭の上で小さいオデさんが声を出した。


 「モキュモッキュゥ!」


 それを聞いたテオフーラが眉間に皺を寄せる。


 「何だ? 何を言っている?」


 「あ、これは僕ではなくて、頭の上にいる小さいオデさんです」


 そう言いながら俺は頭を前に倒して、俺の頭の上でずっと髪の毛に絡まっている小さいオデさんをテオフーラに見せた。


 「ん? 何だ?」


 「モキュキュウ!」


 俺の髪の毛の絡まりながら楽しそうな声を出す小さいオデさんは、落ちまいとして俺の髪の毛にさらに絡みついた。


 「何か頭の上に居るのか?」


 「はい、そうなんです。ゆがんだ水晶を砕こうと握りしめたら小さいオデさんになってしまいました」


 頭の上の小さいオデさんを撫でながら俺がそう答えると、テオフーラの眉間の皺はさらに深くなった。


 「何を言っているのか意味が分からん! 外が騒がしかった事と何か関係あるのか? そうだ、ミシェル・レスコは何処にいる? あいつからは色々聞きたい事があるんだ」


 「ミシェルさんは死にました」


 「はぁ? 何故だ?」


 「像に、アダマンタイトで出来た巨大な像に潰されました」


 「アダマンタイトだと? そんな像が何故ある? お前の言っている事は訳が分からない、最初からちゃんと順を追って説明しろ!」


 確かにテオフーラの言う通りだ。俺は船でテオフーラと別れた後の出来事を順を追って説明した。


 「石工の長老だと!?」

 「ゆがんだ水晶? ま、まさか、輝くトラペジウムなのか!?」

 「破壊神ヴァドラ!?」


 ここに至るまでの話をしていく中でテオフーラが何度も声を荒げる。そして、俺が像を砕き、ゆがんだ水晶を握りつぶそうとして小さいオデさんが生まれた事を説明し終えた時、テオフーラの顔から完全に血の気が引いていた。


 「いくらお前が異端者で破壊神の可能性がある常軌を逸した者であったとしても、今の話をはいそうですかと信用する事はできないな。破壊神が現れてそれをお前1人で倒したなどと……私は幼いころに初代十賢者が倒した破壊神の爪痕を実際この目で見ているからな」


 テオフーラは200年以上前から生きていると言っていたから、ミシェルさんが言っていた失敗作の破壊神が世界を壊した後を見た事があるのだろう。


 「それはどんな感じだったのですか?」


 「お前に言っても分からんだろうが、どこまでも果てしなく真っすぐに伸びた傷痕、それは町を城を森を大地をえぐり、そして跡形もなく破壊した。ヴァドラの矢と言われた恐るべき力だ」


 テオフーラが語った破壊神の傷痕の話は、あの像が放った光で溶けてしまった町に似ている様に思えた。ここを出てテオフーラに見てもらう事ができればな。


 「しかし、あのミシェル・レスコが石工の長老だったとは……奴め、私の存在を知ってロマの魔法局に入局したのだな」


 テオフーラが腕を組んで首を傾けた。


 「それはどういう意味ですか?」


 「石工の長老とは、魔法ではなく魔術を受け継ぐ者達の末裔だと言われている。恐らく、失われた多くの秘術を知っているのだろう。お前の言う事が本当なら、アルゴナイトの流通をコントロールしていたぐらいだからな。そんな者達が元十賢者で魔術について研究している私を捨て置くと思うか?」


 そう言われてみればそうだ。ミシェルさんは魔法使いの中で特に十賢者に対して強い思いがあったようだし。


 「魔法局の組長として、三番隊の八組目の組長として必要以上に恐れられず、適度に侮られながら目立たない様に私を監視していたのだろう。お前が現れるまではな」


 「は、はあ」


 「とりあえずここから出て、お前が言う破壊神の被害を見に行くぞ」


 傾けていた首を俺と俺の頭の上の小さいオデさんに向けたてテオフーラがそう言った。


 「え? しかし、このままですとフシュタン公国が、ロマの魔法局がこの国に宣戦布告した事になりますよ!?」


 「ふ……戦など大陸中の何処でもやっている。フシュタン公国と国交が無い様な小国などどうでも良い。小国であればある程、すぐにそう言う言い方をするんだ」


 宣戦布告という言葉に対し、軽い嫌悪の表情を見せたテオフーラは外の光が差し込む壁を指さした。


 「早くこの壁を壊して外に出れる様にしろ」


 「ほ、本気ですか!?」


 「当たり前だ。ここが何処かもわからないんだぞ!? まあ、ワールロ川の流域という事は、レオルアン、トルー、トナン辺りの何処かだろう。どの国もディカーン皇国の顔色を伺って生き延びたつまらん国だ」


 「は、はぁ……わかりました」


 俺は体をかがめてテオフーラの側に移動し、光が差し込む石の壁を外側に押した。


 ゴバァ、ドンッ! ゴバァ、ドンッ! ゴバァ、ドンッ!


 俺は縦に3つの石を外に押し出し、外に出る事ができる道を作った。


 「魔法が通じぬ耐魔石を使った壁をこうも簡単に壊されるとは誰も思うまい。これだけの音を出しても誰一人やって来ない事を考えても、ここの警備も知れているという事だな」


 「この建物はかなりの広さでしたが?」


 「そうか……愚かな国ほど大きさや広さを誇るもの、それを運用する事の大変さよりも見栄を重視するということだ。まあ、その最たる国が皇国だがな」


 俺が空けた穴を抜けて俺とテオフーラは牢獄から抜け出した。抜け出した外には高い壁や堀などは何もなく、そこはいきなり街道になっているようだった。


 「見ろ、牢獄の外がいきなり町になっているなんて普通考えられるか? 耐魔石でできた牢獄から抜け出せる者が居るとは普通は考えないとしてもだ」


 テオフーラは呆れた様に首を振ると、スタスタと街道を歩き出した。人通りの少ない街道ではあったが、いきなり壁を壊して現れた俺とテオフーラを見て逃げ出し、その後、遠巻きにこちらを見ていた。


 通報したり、大声を出したりしないんだな?


 人はあまりにも常軌を逸した物を見た時には意外と何も出来ないと言う良い例だろう。今回はそのおかげで大きな騒ぎにならずに済みそうだ。まあ、既にあの像によって町が破壊されるという大きな騒ぎがあったのだからそれどころでは無いのかも知れない。


 「あの、道を知っているのですか?」


 街道を迷う素振りも見せず歩いて行くテオフーラの後について歩きながら訪ねる。


 「知るわけないだろう? だが、この道の先に町が見えるだろう? そこに行けばお前の言っていた町の被害について何か情報を得る事ができるだろう」


 確かに道の先には像が壊していた建物と同じような建物が見える。


 「しかし、あのミシェル・レスコが……あの力を知っていたとは。くそ、完全に騙されていた。魔法局に私以外に魔術について知る者がいたとは。捕らえて尋問できればよかったのだが……」


 「ミシェルさんの周りに居た人達の内、何人かは生きておられたと思いますよ」


 「何!? それは本当か!? 何処に居る!?」


 「いえ、それはわかりません。僕はそこを飛び出して像を追いかけたので」


 「チッ、役立たずめ」


 え! それひどくない!? 暴れる像を止めようとしたのに。


 「お前の言う破壊神ヴァドラが本当にいたのなら、何故それを壊す前に私を探しに来なかったんだ?」


 「え!? いえ、町の人々を助けようと思いまして……」


 「それに何の意味がある? ヴァドラと輝くトラペジウムの方が重要だろう!」


 ミシェルさんも人の命を重要視していなかったが、テオフーラもそうなのだろうか?


 「そう言えば、純度の高いアルゴナイトから輝くトラペジウムを作ったと言っていたな? では、アルゴナイトの鉱脈に行くとするか。そうすれば、新たにお前に輝くトラペジウムを作らせることもできるし、生き残った石工の長老達を見つける事も出来るかもしれないからな」


 あれをもう一度作る? それは危険すぎるだろう? あ、でも像にはめなければ、この小さいオデさんになるだけというならそんなに危険という訳でもないのだろうか?


 「大丈夫なのでしょうか? そんな事をして? それよりも先に魔法局に戻った方が良いのでは?」


 「ん? んんんんん」


 俺が魔法局の話を出すと、テオフーラは難しい顔をして少し考えた。


 「確かにアイーラ局長に状況を伝えておきたいという気持ちはあるが、帰ってしまうとお前が城に保護されて動きが取りにくくなるからな。このまま帰らずに行動するぞ。お前は異端者で破壊神だが、人助けが好きなんだろう? ならば石工の長老を捕らえる事は今後の人助けに繋がるだろう?」


 うーん……そうかも知れないが、本当にそうなのだろうか? うーん。まあ、そうかもな。


 「わ、わかりました」


 俺はスタスタと歩いて行くテオフーラの後を追って、街道を進み町に入って行った。

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