第34話 冥府と噴火と竜巻と

 「握力にも色々ありますが、アルゴナイトを作るのに必要な握力はものを握りつぶす力です。その力を鍛えるには単純に硬い物を握り続ける事が必要です。力を入れて握り、限界まで握ったら力を抜く。これを繰り返します。その時、素早い動きは必要ありません。1回、1回、限界まで力を入れるのが効果的です」


 俺は魔法局の局員に説明する台詞を頭の中で考えていた。握力を鍛えるか……皆でやったら楽しそうだな。これは是非とも実現したいものだ。


 「おい、お前邪魔だぞ」


 筋トレ指導の妄想をしている俺の背後で声がしたので振り返ると、そこには魔法局の白いローブを着た局員が立っていた。全部で10名程。


 「あ、すみません」


 入口の前に俺が立っていたせいで中に入りにくかったようだ。俺は扉の横に避けて彼らの道を空けた。


 「来たか」


 入って来た局員を見てテオフーラがそうつぶやく。だがその目線はまだ机の上のアルゴナイトを見つめていた。それとは異なり、声を発する事無く机の横から壁際へと下がったミシェルさんはその後、徐々に俺の方に近づいてきていた。


 「ん? 局長はまだおられぬのか?」


 集団の先頭で入って来た女性がそう言って辺りを見渡した。


 「ああ、そうだ。アイーラ局長は公爵に会いに行っている。残りの2人は今呼びに行かせた」


 机の奥に立っていたテオフーラはそう言いながらも、まだ顔を上げずアルゴナイトを見つめている。先頭の女性の表情は俺の場所からは見えないが、あからさまに嫌そうに語り掛けた。


 「テオフーラ様、ここは局長室で、その机は局長の机です。そう簡単にそちら側に立たれては示しがつきません」


 先頭の女性の意見に同意するかのようにその後ろの者達は整列していた。俺から見えるのは後ろ姿だけだが、その背中にはミシェルさんや局長達と同じ模様が背中に入っている。確か国章だと教えてもらったな。


 上級局員は組長81人、副長9人、参謀1人、そして局長3人だった。立場的には逆の順で、局長、参謀、副長、組長だったはずだ。


 テオフーラは上級局員では無い。局長に対しても偉そうだが。


 「ん? お前は……確か……」


 そこでやっとテオフーラが少し顔を上げ、視線を先頭の女性に向ける。が、その女性の名前を思い出せないとでも言うように言葉が途切れる。


 「マリンボスです、テオフーラ様。いい加減、私の顔と名前ぐらい覚えていただきたい」


 「ああ、そうだったな。マリンボス。そう、参謀のマリンボスだ」


 名前を聞いた事で、その女性、参謀から興味が無くなったとでも言うように再びアルゴナイトに視線を戻したテオフーラ。恐らくそれを快く思っていないであろう参謀の後ろに居る者達の体が一瞬身動ぎ、その中の数名が前に飛び出していた。


 「え!?」


 その前に飛び出した者の中の1人が、何かに気づいたような言葉を発する。


 「ま、まさか!?……それは!……テ、テオフーラ様!……そ、そそそ、それは!!」


 決して大きな声では無いが、後ろ姿からでもわかる程の驚き様だ。


 「お前は、これを見た事があるのか?」


 それまで首以外全く上げようとしなかったテオフーラが体を起こしてその局員を見上げた。


 「は、はい。私はディカーン皇国の北部、ロルアサの出身ですので。し、しかし……それにしても、このサイズといい、このカットといい……これ程の物を見た事はありません」


 テオフーラは一度だけ深く頷く。


 「ああ、そうだ。この大きさと結晶の完成度はただ事ではない。ところでロルアサの情勢は?」


 「……はい。皇国内であるにも関わらず……紛争状態が続いています」


 アルゴナイトに気づいた者の言葉を聞くと、テオフーラがチラリと俺を見た。


 「だろうな。アビデスの連中は皇国の深部にまで勢力を伸ばしているからな」


 「ロルアサとアビデス!? そ、それでは、まさか……そ、その机の上にある……その石は……ア、アルゴナイトでしょうか!?」


 参謀が机の前まで歩みより、先程までのテオフーラと同じ様にアルゴナイトに顔を近づける。後ろに居た連中もそれにならって机の周りに集まった。そして、いつの間にかその集団の中にミシェルさんも参加していた。


 「し、しかし、テオフーラ様。私が聞き知っているアルゴナイトとは……その、色が異なるのですが?」


 アルゴナイトを見つめたままの参謀がそう質問する。


 「このアルゴナイトは既に魔法を吸収している。カクトスをな」


 「は!? カ、カカカ、カクトスですか!? と、いうことは! アイーラ局長の!?」


 「そうだ」


 「そ、そんな馬鹿な……これ程のアルゴナイトだけでも、その価値は大変な物なのに……そこにアイーラ局長のカクトスが吸収されているだなんて……こ、これは、このアルゴナイト1つで、紛争になりますよ!?」


 ダンッ!


 そう言って参謀が机に勢いよく両手をつく。衝撃を与えると良くないと思うのだが、アルゴナイトに特に変化は無い様だ。俺が掴んだ時は直ぐに爆発したのだが?


 「確かにな。各国が帝国のアビデスの様な組織をこのフシュタンに送り込んで来るだろう」


 テオフーラがそう言うと、周りの者達が互いに顔を見合わせた。


 「だから、お前達をここに呼んだのだ」


 「わ、わかりました……しかし、このアルゴナイトを何処から?」


 「それは、全員が揃ってから説明しよう」


 バンッ!!


 部屋の扉が勢いよく開かれ、部屋に居た全員が音に弾かれた様に入口を見つめる。


 「あれ? アイーラはまだ来てないんだ?」


 「ほんとだ。あ、でもテオフーラはいるよ」


 入って来たのは双子の局長。エルメラとカルロタだ。いつみてもラウラにそっくりだ。いや、ラウラがこの2人とそっくりなのだが、出会った順から言うとやっぱり2人はラウラにそっくりなのだ。


 「来たか」


 テオフーラがそう言うと、机の周りに集まっていた局員達が左右に分かれて退いた。


 「エルメラ局長、カルロタ局長のお戻りだ」


 ダンッ!


 そう言って背筋を伸ばしたのは参謀で、左右に分かれて整列している者達は同じように背筋を伸ばした状態で片足で床を蹴って鳴らした。


 いや、だから、衝撃を与えない方が良いと思うのだが。


 「何を見てたの?」


 「ん? それ何?」


 部屋に入ってすぐにテオフーラの前にある物に気が付いた2人は机の前まで歩み寄った。


 「これが何かわかるか?」


 テオフーラの問いかけに双子がアルゴナイトを見つめる。


 「え? これ?」


 「何だろ? 四角いね」


 「待て! 触るな! あ! やめろ!!」


 テオフーラが声を荒げるが、2人の内の片方がアルゴナイトを手に持った様だ。


 うわ! やばい! 爆発するんじゃないか!?


 「何か模様が動いてるね」


 「うん。ねえ、テオフーラ、これ何?」


 局長室の大きな窓から差し込む陽の光に照らす様に手にもって眺めている2人にテオフーラは怒り交じりの声で返事をする。


 「それはアルゴナイトだ! だから、それを元に戻せ!!」


 「え? これ、アルゴナイトなの?」


 「私、初めて見た!」


 「私も! じゃあさ、これ、魔法吸収するんじゃない?」


 「そうだね。やってみよっか」


 「はあ!? 何を言っているお前達!! やめろ! すぐに元に戻せ!!」


 2人の局長からアルゴナイトと取り上げようと、テオフーラが詰め寄るが、身長差で手が届かない。それが分かっている2人は、テオフーラを無視して会話を続けている。


 「まずは、私からね!」


 そう言って右側の局長がアルゴナイトを掴んで掲げた。


 「するい! で、何を使うの?」


 「うーん、そうね……せっかくだから大きいのを一発やっちゃうね」


 「じゃあ、ウタカラク!!」


 そう右側の局長が言うと、その手の中から爆発の様な衝撃が押し寄せ、マグマの爆発の様な物が現れたが、アイーラ局長の時と同じようにそれらは全てアルゴナイトの結晶の中に吸収された。


 「ば! お前! カルロタ! それは爆炎系最上位だぞ!」


 テオフーラが必死に止めるのも、カルロタと呼ばれた右側の局長は、もう一方の局長にアルゴナイトを手渡した。


 「ほんとに魔法を吸収したよ!? すごいねこれ! あと、魔法を吸収される時、ちょっと気持ちいいかも」


 「うそ! じゃあ私もやってみよ!」


 もう一方の局長もアルゴナイトを掴んで掲げる。当然だがテオフーラには届かない。


 「テ、テオフーラ様……そのアルゴナイトには既に、カクトスが吸収されていたのですよね?」


 参謀がそうテオフーラに確認する。


 「ああ、そうだ」


 「い、今、カルロタ局長のウタカラクも吸収しましたよね?」


 「……そうだ」


 「そんなに吸収できるものなのでしょうか? アルゴナイトとは?」


 俺には魔法の強さはわからないが、テオフーラの様子を見ているだけでそれがどれくらいやばいのか容易に想像できた。


 「もし、今、この愚か者の局長が手に持っているアルゴナイトの結晶が砕けたら、我々どころかこの魔法局の塔は跡形もなく吹き飛ぶだろうな……」


 「ひっ……」


 整列して様子を伺っていた上級局員達が、俺がいる入口の壁際まで慌てて退避した。テオフーラの言葉が真実なら、そんな事で防げる筈もないのだがそれでも少しでも危険を回避したいという気持ちの表れと言える。


 「ここにもうアイーラの魔法が入ってるんだ」


 そう言って手に持ったアルゴナイトを見つめた左側の局長、右側がカルロタなので、恐らくはエルメラなのだろう局長は嬉しそうにこちらに結晶を見せびらかした。


 「氷と炎か、じゃあ、私は風にしとくね」


 「いいかげんにしろ!」


 テオフーラがいよいよ切れだした。だが、アルゴナイトを気にして魔法を使う事はせず、相変わらずぴょんぴょんと飛び跳ねながらエルメラから奪い取ろうとしている。


 「エデン!!」


 エルメラがそう言うと、その手から強烈な大気の渦が現れた。それは見る見る内に巨大な竜巻へと成長するかと思われたが、無事と言うか何と言うか、すぐにアルゴナイトに吸収された。


 「うわ! ほんとだ! これ、気持ちいい!!」


 「でしょ! 魔法を思いっきり放った時の痛みが全くないのよ!!」


 「うん! そう! そんな感じ!!」


 「じゃあ、次はもう1回私ね!!」


 「じゃあ、その次は私! あ!」


 エルメラがカルロタにアルゴナイトを渡そうとした隙をついて、テオフーラが横から奪い去った。


 「お前達! いい加減にしろ! これ以上はさせん!!」


 テオフーラの手が2人の局長が掲げた手に届いた理由。それは、テオフーラが机の上に乗っていたからだ。


 その時、部屋の扉が音もなく開く。


 「ん? なんだ、何をしている?」


 入って来たのはアイーラ局長だ。それを見た上級局員達は、再び整列する。


 「アイーラ局長のお戻りだ」


 ダンッ!


 「うむ。で、テオフーラ、お前は何故、私の机の上に乗っているのだ?」


 アイーラ局長が上級局員の間を抜けてテオフーラに近づく。直前まで楽しそうにしていたエルメラとカルロタは視線を逸らして遠くを見つめる。


 「どうもこうもあるか! これを見ろ!!」


 テオフーラは手に持っているアルゴナイトをアイーラの目の前に差し出した。机の上に乗ったまま。


 「な! これは!? 確か白と黒に渦巻いていたはず。何故そこに赤と……これは緑? が加わっているのだ!? しかも、渦巻く速度が倍増しているように見えるが?」


 その言葉にテオフーラは頷き、そしてアイーラの左右にいる2人の局長を順に見つめた。


 「お前達、このアルゴナイトに何をした!?」


 アイーラ局長に襟首を掴まれた2人の局長はそれぞれアイーラ局長から顔を逸らした。


 「べ、別に……何も……」


 「う、うん。何もしてない……よ」


 明らかに、明らかに、これ以上無いくらい明らかに嘘と分かる言い回しの2人に変わってテオフーラが叫ぶような声でアイーラに告げる。


 「アルゴナイトにカクトスだけでこの国の安全が脅かされる事態だったが! 今はこの国の存亡の危機だ!! この馬鹿2人がウタカラクとエデンを放ってくれたからな!!」


 そう言われたアイーラ局長の両手に力がこもり、首を掴まれている2局長が苦しそうに手足をバタつかせる。だが、アイーラ局長はその2人を無視してテオフーラとの会話を続ける。


 「何だと!? いや、まて……最上位魔法を3つも吸収できるアルゴナイトなど聞いたことがないが?」


 「私も知らん! 聞いたことも見た事もないわ! だが、そんなものが、世界に一つしかないであろう、そんな危険なものが、ここにあるのだ」


 「……もう一度、公爵殿にお会いしてくる。テオフーラ、お前も来い。後の者達はこの部屋で待機。一歩も外に出るな、出たものはこの魔法局を裏切ったとする。いいな、例外はないぞ!!」


 「はっ!!」


 アイーラ局長の言葉に部屋に居る者達が返事をする。2人の局長を除いて。


 「何をしている? 行くぞ、テオフーラ」


 アイーラ局長がそう言ってもテオフーラは机の上から動こうとしない。


 「いや、ちょっと公爵には会いたくないな」


 「だめだ、私だけでは説得力に欠ける。お前には絶対ついて来て貰うぞ。お前以外にそのアルゴナイトを持たせるわけにもいかないしな。エルメラ、カルロタ、テオフーラを捕まえてついて来い。そうすれば、今回の事、見逃してやらんこともないぞ」


 荒々しく命令したアイーラの言葉に、エルメラとカルロタは無言で頷いた。


 「わ! ちょっ! やめろ! 放せ!! いやだ! 公爵には会いたくない!! いやだぁぁぁぁ!!」


 身をよじって抵抗するテオフーラだが、力は2人の方が強い。がっちり両肩を担がれて、持ち上げられ、両足が宙に浮いたまま局長室から運び出されていった。

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