第33話 どちらにせよ大事

 ディカーン歴504年3月20日

 フシュタン公国歴107年3月20日


 俺は今、かなり興奮気味のテオフーラと疑心暗鬼なアイーラ局長と、記憶を失っているので俺の言っている事を全く信じておらず心配顔のミシェルさんを連れて再びアルゴの岩場に向かっていた。


 既に午後になっている為、魔法局の陰に隠れていた西区にも陽の光が注いでおり、岩場までの家々からは人の気配が溢れ路地は賑わいを見せていた。だが俺達に気づいた人々は窓の扉を閉じ、路地で佇む者は立ち上がって去って行き、すれ違おうとする者はその場で別の路地に入るか逃げる様に引き返していった。ここに居るのが巡回担当の局員であれば、そういった者達を怪しい人物として処罰までとは行かずとも、捕らえて職務質問などをするのだが、局長やテオフーラが巡回の職務を行う事はないのでそういった人物を無視して先を急いだ。


 「着いたぞ」


 ハアハアと息を切らしているテオフーラがアルゴの岩場を背にして俺に言う。


 「ピエトロ・アノバ。お前の話が真実でなければ、ここがお前の死に場所となるが良いな?」


 アイーラ局長が別の何かを期待するような目で俺を見つめる。全然、全く、良くない。


 「ほ、本当です。あの、ミシェルさん、この岩場の岩の欠片を貰ってもよろしいですか?」


 俺がそう聞くと、ミシェルさんは今にも泣きそうな顔で俺を見上げた。


 「き、君ね。何を言っているのね。今すぐアイーラ様に事故の事を謝ってね。許していただける方法をね。一緒に考えようね。君は私の組の大切な局員だからね。私も一緒に謝ってあげるからね」


 ミシェルさんは本当に優しい人だ。本当に俺の事を心配してくれている。朝の事は覚えていなくても、俺に1週間の間、色々教えてくれていたことは覚えてくれている様だ。そのミシェルさんが俺とアイーラ局長の間に入り両膝と両手をついた。


 「アイーラ様。テオフーラ様。彼、ピエトロ君は私の組の局員です。彼の罪は私の罪でもあります。ですので、もし彼が罪に問われるのであれば、どうか私にも同じ罪を与えてください。そして、もし可能でしたら彼の罪の軽減をお願いいたします」


 ミシェルさんの行動に驚いた俺は、俺の為に手をついてアイーラ局長にお願いしてくれるミシェルさんのすぐ後ろで同じように手をつき、頭を下げた。


 「だめだ。魔法局を裏切るという罪が確定した場合、その罪を軽くする事はできないし、関係の無い者に罪を負わせるわけにはいかない……」


 そこまで言ってアイーラ局長は一旦言葉を止めた。


 「……だが、長年魔法局に対し身を粉にして尽くしてくれているミシェル組長の願いだ、考慮しよう」


 「ほ、本当ですか!? 君、良かったね。良かったね良かったね」


 ミシェルさんが俺の手をとって喜んでくれている。


 「ちっ、それでは血の宣言の効果を確かめられないではないか? わざわざここまで来たと言うのに、無駄足になったな」


 テオフーラは先程俺が一生懸命局長室で説明した話を全く信用していない様だ。この岩の欠片を握って結晶にしたらそれがアルゴナイトになったというのがそんなに信じられない事なのだろうか? 


 「ミシェルさん、ありがとうございます。でも、僕の話をミシェルさんにも信じて頂きたいのです。それが本当にアルゴナイトなのかどうかは僕にはわかりません。ですが、爆発の原因がその結晶であった事は本当なのです。ですから、この岩場の岩の欠片をいただいてもよろしいですか?」


 俺の真剣な目を見て、ミシェルさんは覚悟を決めたように頷いてくれた。


 パギッ


 「アルゴナイトの結晶が、この何でもない岩場の岩からできるはずが……なっ!?」


 ここに居る事に全く興味が無くなったテオフーラが何かを呟いていたが俺は構わず岩の端を砕き、朝と同じように拳ぐらいの大きさの欠片を手にして握りしめた。


 パキキキキキキキキイイィィィィィッ


 朝と同じように俺の手の中の岩の欠片から何かが擦り合わさる様な音が鳴り響く。その音を聞いたミシェルさんも、アイーラ局長も、テオフーラも自分の耳を両手で塞ぐ。


 手を開くまでもなく感触で朝と同じ結晶ができていることが分かった。そっと手を開くと俺の掌にはちゃんと水色と白が混ざったようなサイコロの様な結晶ができていた。その結晶を俺はアイーラ局長、テオフーラ、ミシェルさんが見える様に差し出す。両手で耳を塞いでいた3人が俺の手の上の結晶を覗き込む。


 「え?」

 「へ?」

 「ん?」


 ほぼ同時に3人の声が漏れる。そして俺の手の上の物をそれぞれの額がぶつかりそうになるほど寄せ合って睨み付けている。朝とは違い陽に光に照らされて結晶が輝きを放つ。


 「これは……まさか……本当に?」

 「どうなんだ? これは……そうなのか?」

 「ん、んんん、んんんんん!!」


 テオフーラの手が結晶へと延びる。そして、本当にそっとそっと指先の腹の部分で結晶の表面を撫でた。


 「こ、こここ、これは……この感触は……かつて帝国で見たアルゴナイトと同じに見えるが……」

 「ほ、本当なのか!? 確かにこのような形や色をしているのを見た事はあるが、しかし、それでもだな」

 「んんんんんんんんんんん!!」


 テオフーラとアイーラ局長の会話が続く中、ミシェルさんは朝と同じように唸り続けるだけだった。


 「あの、朝はこれがアルゴナイトかどうか確かめる為にここに魔法を込めていました。たしか、エクスプローシブフレイムという魔法です」


 俺がそう言うとテオフーラが顔を上げた。


 「そ、そうだったな。確か先ほどもそう言っていたな……そうか、そうだな、確かめるには魔法を放つしかあるまい」

 「ここでか? そんな危険な事は認めるわけにはいかん」


 アイーラが近くに居住区があることから魔法の使用について懸念を示す。それはそうだ。あの部屋の爆発を考えれば危険な事はできない。


 「そ、それでは、シャイニングでよろしいのでは?」


 ミシェルさんがそう提案した。シャイニングという魔法は聞いたとこが無いが、爆発するような事は無いということだろうか?


 「確かにシャイニングなら明るくなるだけだから問題ないだろう」


 アイーラ局長がそう答える。


 え? そんな危なくない魔法もあるの? じゃあ、なんでミシェルさんは朝、爆発するような魔法を使ったんだ?


 「確かに。だが、それではいまいちつまらんな……アルゴナイトに込めるにしては魔法がつまらなすぎる」


 テオフーラがその案に異を唱える。


 つまらないって……そういう問題じゃないだろう。


 「そ、そうでした。申し訳ございません」


 いやいや、安全に確認できる魔法があるならそれでいいだろう?


 「うーむ、分かった。それでは私の最大の魔法を唱えてみよう。それを吸収できれば、これがアルゴナイトか、それに近い物であることが証明できたと考えて良いな?」


 アイーラ局長がそう言うと、テオフーラが頷き、ミシェルさんが喉を鳴らして唾を飲み込んだ。俺の脳裏に朝の爆発の光景が過る。


 「よし、では掴むぞ」


 アイーラ局長がそう言って俺の手から結晶をそっと掴み、もう一方の手に軽く握った。そして、深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。


 「カクトス」


 アイーラ局長がそう唱えると、アイーラ局長の手の辺りの空気がひび割れる様に凍り付き、その亀裂の様な結晶が急激に広がっていく。が、それは周りにいる俺達に届く前にアイーラ局長の手の中に消えて行った。


 「きゅ、吸収されたぞ!!」

 「は、はいぃぃぃぃ!!」


 テオフーラの叫ぶような言葉に、それ以上の叫びでミシェルさんが答える。魔法を唱えたアイーラ局長は自分の手の中で起きた事をまだ信じる事ができないとでもいうようにそっと手を開いた。


 「色が……変わっている……」


 水色と白に輝いていた結晶は、白と黒が渦巻く模様になっており、その渦は勢いを失う事無くぐるぐると回転している。


 「魔法を吸収した……しかもアイーラ局長のカクトスを……」


 テオフーラがアイーラ局長の手の中の結晶を見て言葉を失う。


 「ひ、久しぶりに見ました。アイーラ様が氷結魔法最上位のカクトスを唱えられる姿を……」


 ミシェルさんは結晶の事よりも、アイーラ局長が唱えた魔法に感激している様だ。


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 しばらくの間、3人は無言のまま結晶を眺めていた。


 「あの、これがアルゴナイトでしたら、僕への疑いは晴れたということでよろしいでしょうか?」


 「…………」

 「…………」

 「…………」


 俺の質問に誰も答えてくれない。


 「あの……」


 もう一度確認しようと声を発した瞬間、テオフーラが怒ったように俺を睨み付けた。


 「うるさいぞ! お前、事の重大さがわかっているのか!?」


 「え?」


 「そうだな……これは、そうだな……」


 「いえ、あの、何がですか?」


 「あのカクトスを……このような間近で……」


 疑いが晴れたのかどうかも分からないまま、俺はテオフーラに怒られ、アイーラ局長は悩み出し、ミシェルさんは未だ別の事で感動していた。


 「だめだ、ここではこれ以上話し合う事もできない! アイーラ局長、一旦局長室に戻るぞ! これは魔法局どころかフシュタン公国の存亡にかかわる問題だぞ!!」


 「そうだな、先に行っていてくれ、私は一旦、公爵殿にお会いしてくる。テオフーラ、これを安全な場所に保管してくれ」


 「ああ、わかった。先に戻って上級局員を集めておく」


 「あ、あの……僕はどうすれば?」


 「お前もついてくるに決まっているだろう!? これはお前が引き起こした事なんだぞ!!」


 「えええ!?」


 「ピエトロ・アノバ。お前の裏切りの疑いは晴れた。それだけは伝えておこう。だがな、これはそれ以上の問題なのだ」


 何が問題なのかは分からないが疑いは晴れたようだ。つまり俺の血が渇く様な事は無くなったわけだ。ほっとした俺とまだ感動しているミシェルさんを残して、テオフーラとアイーラ局長が魔法局に向かって急いで歩き出した。


 「何をしている、早く来い!」


 振り返ったテオフーラが俺を呼びつける。


 「あの、ミシェルさんは?」


 「放っておけ!」


 俺の為に頭まで下げてくれたミシェルさんを放っては置けない。俺はミシェルさんを抱き上げてテオフーラの後を追った。ここに来るまででも息を荒げていたテオフーラは西区の上りの路地で立ち止まっている。手に持ったアルゴナイトを落とさない様にしながら、急いで魔法局に戻るのはテオフーラには無理なようだ。右手にミシェルさんを抱きかかえている俺は、空いている左手でテオフーラを抱き上げた。


 「何をする! ん、まあ良い、急いで局長室に戻るんだ!」


 テオフーラは両手でしっかりとアイーラ局長の魔法を吸収したアルゴナイトを掴みながら俺に指示を出す。両脇に重しを抱えてのダッシュで西区の路地や魔法局の階段を駆け上がる事ができるなら、再び爪先立ちで走るしかない。本当は敢えてゆっくり歩くと言うのが良いのだが、今は止むを得ない。


 局長室のある魔法局の最上階まで一気に駆け上がった俺は、テオフーラとミシェルさんを下におろした。


 「よし、着いて来い」


 テオフーラが先頭に立って歩き出したので、俺はその後をついて行った。ミシェルさんは、まだアイーラ局長の魔法に感動しつづけているようだ。


 「テオフーラ様、今、局長はどなたもおられません」


 門番の様な局員がやって来たテオフーラに声をかける。


 「知っている。アイーラ局長はいま、公爵に会いに行っている。お前たちはすぐにこの局長室に上級局員を集めるんだ。あの2人はまた訓練場にいるだろうから、忘れずに連れて来い」


 「あの2人……エルメラ局長とカルロタ局長の事ですか!?」

 「え!?」


 2人の局員が驚く。


 「そうだ」


 テオフーラはそう言ってそのまま部屋に入って行った。


 「わ、私、上級局員の方々を呼んできます!」


 扉の右側に居た局員がそう言って駆け出した。


 「あ! ズルいぞ! 待てよ!!」


 左側の局員はその駆け出した局員の後を追う。あの2人の局長を連れて来るのがそんなに難しい事なのだろうか? 良く分からないが先程とは異なり、俺の横を通り過ぎる時にこちらを睨み付ける事も忘れる程大変なことらしい。


 2人が居なくなってから俺とミシェルさんは局長室に入った。部屋の中ではテオフーラが正面にあるアイーラ局長の立派な机の上にアルゴナイトの結晶を置いて、そのテーブルの上をぐるぐると回るように見つめ続けていた。暫くすると部屋の中を物色し始め、壁際の棚から白い布を取り出すと、それをアルゴナイトの横に敷き、その上にそっとアルゴナイトを置きなおした。


 白い布の上に置いた方が何か良い事があるのだろうか?


 テオフーラがそうやって机の周りを回りだすと、いつの間にかその動きにミシェルさんも参加していた。


 「これがね……カクトスの魔法をね……渦巻いてね……これがね……」


 ミシェルさんはアルゴナイトを見ながらも、アイーラ局長の魔法の事を考えているようだ。相当アイーラ局長の事が好きなのだろう。


 「これは……大変な事になる……大変な事になるな……いや、大変な事だ……」


 テオフーラはアルゴナイト自体に興味がある様で何か相当やばい事がこれから起こるらしい。結局、どんな大変な事をしでかしてしまったのか分からないままだが、うまくやれば握力の重要性、つまり筋トレの素晴らしさを伝える事が出来るかも知れない。


 人が集まるまでの間にちゃんと考えてみるか。

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