第32話 アルゴナイトに魔法を込めて

 ミシェルさんの部屋は俺と同じ一般局員の宿舎の端にある。組長でも一般局員の宿舎を使用する人が数人いる様で、ミシェルさんもその1人だ。宿舎の部屋は玄関を入ってすぐのリビングとその隣にある寝室、あと小さいキッチン、シャワールーム、トイレしかないので、家族が同居する局員はあまり住まないし、平の局員よりも高給を貰っている組長以上の局員が住む事も珍しいらしい。


 狭いし、あまり綺麗ではない、そして何より陽当たりが悪い。その中でも比較的ましな方の一番南の端に数名の組長が住んでいるとミシェルさんは言っていた。その南の端にある部屋の扉の前に辿り着いたミシェルさんは部屋の扉に手をかける事無くこちらを振り返る。


 「こっちね! 早くね!」


 両手にあの結晶を握ったまま、内開きの扉を蹴破る様に開け放ちミシェルさんは部屋の中に飛び込んだ。


 あんな荒っぽい事をするなんて。


 俺はミシェルさんらしからぬ行動に少し面喰いながらも、開け放たれた扉からミシェルさんの部屋に入った。


 「お邪魔します」


 そう言って中に入る。外も薄暗いが、部屋の中はもっと薄暗い。目を凝らして中を見渡すと、部屋の中央辺りにあるテーブルの向こう側にミシェルさんは立っている様だ。


 「部屋の明かりをつけてね!」


 そう俺に命令するミシェルさん。この宿舎はエルコテ魔法学園とは異なり、機械式とでもいうのか普通のスイッチで全てが設置されている。どうやら機械式の方が安く、魔力を使うものは高価らしい。


 ガチリ


 壁に付いているのはスイッチというよりは装置とでもいうような大がかりなもので、半円形の本体からコの字型のレバーが突き出しており、そのレバーを握って上にあげると部屋が明るくなった。


 「テーブルの上にそこにあるハンケチーフを広げてね!」


 テーブルの向こう側のミシェルさんは両手に結晶を持ったまま立っており、目で俺にハンカチの在りかを指示した。その指示通りの方向にある棚の上に折りたたまれた白いハンカチがあったのでそれを掴み、テーブルの上にそれを広げた。ミシェルさんはその上にそっと手の中の結晶を乗せる。


 「んんんんんんんんんんん!!」


 テーブルに顔を擦りつける様に様々な角度から結晶を凝視するミシェルさん。テーブルの周りをグルグルと回りながら、歯を食いしばって唸り続けている。


 「んんんんんんんんんんん!!」


 何かに取り憑かれたかの様にテーブルを回り続けるミシェルさんは、丁度俺の前にやって来た時に急に振り返って俺に訴えてきた。


 「これね! やっぱりね! アルゴナイトだね!」


 「そ、そうですか」


 アルゴナイトというのがどれ程のものなのか知らない俺に対し、テンションマックスで詰め寄って来るミシェルさんの目は正に狂気に満ちた目にしか見えなかった。


 「でもね、本当にアルゴナイトかどうかは、試さないとわからないね。でもね、それはね、この結晶をね、砕かないとね、わからないんだよね……できないよね、そんなこと!?」


 血走った目で俺を見上げて来るミシェルさんがいよいよ怖くて俺は一歩後ずさった。


 「あ、でもまだありますよ、ここに」


 俺はミシェルさんを追いながら両手に持っていた岩の欠片を握って新たに2つこの結晶を作ってローブのポケットに入れていたことを思い出した。


 「これを使えば分かるのでは?」


 俺が差し出した2つの結晶を見て、ミシェルさんの動きが止まる。


 「きききききききき、君ね……ききき……き……」


 その結晶を見てミシェルさんが真後ろに倒れそうになったので、俺はミシェルさんの腕を掴んで支えた。


 「ん!? あ、す、すまないね。あまりの事にね。ちょっとね。意識を失ったみたいだね」


 そう言いながらも俺の手の上の2つの結晶を凝視する。


 「ここここ、これもアルゴナイトみたいだね。い、良いのかね? 本当に使って見ても良いのかね?」


 「はい、どうぞ」


 ゴクリッ


 ミシェルさんの喉が鳴る音が部屋に響き渡る。ミシェルさんは呼吸をするのも忘れたかのような集中力で、2つの結晶を1つずつ両手で掴んでは、テーブルに広げたハンカチの上に移動させた。


 「どどどどどどどどれで試すか迷うね。んんんんんんん……こ、これでやってみるね」


 そう言って3つの中の真ん中の結晶を手に取るとミシェルさんは魔法を放つ。


 「エクスプローシブフレイム」


 ミシェルさんの手から爆発する炎が広がるが、その熱や光が辺りに伝わる前にその手の中に消えて行った。


 「わ、私の魔法が……吸収されたね? されたよね?」


 「は、はい。そう見えました」


 「んんんんんんんん! これ凄いよね! 本物だよね!」


 ミシェルさんの声が部屋に響き渡り、それが鎮まるとミシェルさんはゆっくりと結晶を握っている手を頭上に掲げた。


 「でもね。これが本当にアルゴナイトだったらね。私の魔法ぐらいなら何発でも吸収できるはずなんだよね!」


 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」


 上に伸ばしたミシェルさんの手は丁度俺の胸の辺りの高さになるのだが、その手を中心に何度も炎の爆発が現れては消え、現れては消えを繰り返す。


 吸収されているから大丈夫かもしれないが、もしそれが爆発したらこの部屋どうなるの? いや、部屋というか、俺とミシェルさんは確実に吹っ飛ぶんじゃないのか?


 「ミ、ミシェルさん!? それ以上は危険では!?」


 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」


 この爺は狂っているのか!? 俺の声など全く聞こえていないようで、自分の手を見上げながら息を荒げて魔法を唱え続けている。


 「はあはあはあ……まだまだ、まだいけるよね……本物ならね……」


 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」


 「はあはあ……」


 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」


 「まだ……まだまだ……」


 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」

 「エクスプローシブフレイム」


 「……もう……無理……だね……私の魔力が……これ以上はね……」


 そう言って部屋の床にへたり込んだミシェルさんは、手の中の結晶をそっと覗き込んだ。


 「はあはあはあはあ……これね……ほ、本物だね……これ……ね……」


 そう言って床に倒れこんだミシェルさんの手の中の結晶の表面は白ではなく、赤とオレンジと黄色が燃える様に蠢いていた。


 熱いのかな?


 そう思って俺はそっと指先で結晶に触れてみる。


 熱くない。


 触った感触は元の結晶のままだった。ただ、このまま床に倒れているミシェルさんの手にあると危なそうなので、俺はその結晶を掴んでそっとテーブルのハンカチの上に置いた。


 ピキィィィィィ


 「え?」


 そっと置いたつもりだったが、何故か結晶が俺の手の中で砕け散る。つまり、その結晶が吸収していたミシェルさんの魔法が一気に解放される。


 危ない!!


 俺は解放された魔法を抑え込もうとテーブルの上の残っていた2つの結晶ごと両手で握りしめた。だが、爆発の様に燃え広がる魔法の広がりは俺の手の隙間から漏れだし爆炎となって部屋に広がる。


 ボゴォォォオオォオオオォォオオン!!


 俺の手の隙間から四方に広がる爆炎はミシェルさんの部屋を吹き飛ばした。轟音と共に屋根や壁に大穴を開けたが、ミシェルさんは無事の様だ。俺のローブも焼け焦げているが身体に怪我は無い。魔力が弱いとはいえ、魔法局の局員であり何年もの間組長をやってきたミシェルさんの魔法が何発も込められた結晶の威力は半端では無かった。爆発の衝撃が収まっても、部屋のあちこちから黒い煙が上がっている。その煙の向こうから人影が近づいて来た。


 「お前! 何をしたんだ!!」


 局員が煙にまみれながら現れた。俺とミシェルさんの存在に気づいた局員は直ぐに横の局員に指示を出す。その指示を受けた2人が倒れているミシェルさんを抱きかかえて運び出すと、残っていた4人が何故か俺の周りを取り囲んだ。


 ここは一般局員の宿舎だ、魔法局とも目と鼻の先だから、こんな大きな爆発があれば局員達がすぐに駆けつけて来てくれるとは思っていたが、まさかこの爆発の犯人が俺だと思われ、魔法局の地下牢に入れられることになるとは思っていなかった。


 俺は魔法局の地下に縁があるのかも知れないな。


 テオフーラが居た地下とは反対側にあるとミシェルさんが言っていた地下牢の一室に俺は入れられている。出ようと思えば出れそうだが、血の宣言をしているので無理やり出て、それが裏切りと判断されては一大事だ。まあ倒れていたミシェルさんが目を覚ましたら事情を説明してくれるだろう。それを待つしかない。時間を有効に使う為に牢の中で基本的な筋トレを勤しんでいると、地下牢の入口から誰かの足音が近づいてきた。


 「貴様、何をしている? あまり怪しい事をするな。とりあえず釈放だが、アイーラ局長がお前をお呼びだ。今すぐ局長室に向かえ」


 牢の扉の鍵を外し閂を抜いた局員は扉を開けたままどこかに行ってしまった。魔法局の地下牢ってこんな適当な感じで大丈夫なのか? と思ったが、来た時も今もこの地下牢に入っていたのは俺だけだった様で、普段は殆ど使われていないらしい。そう言えばミシェルさんが、魔法局に捕まる様な悪事はロマでは殆ど起きないと言っていたことを思い出した。


 治安の悪い西区でも殆どがその場で罪を認めて罰を受けるか、逃げ出して居なくなるかのどちらかで、罰は主に魔法局局員の魔法によって即時に執行されるらしい。結構、危ないシステムだがこれが普通の事なのだと言う。そんな切捨御免な事で住民が納得するのかと聞いたら、住民が治安維持のためにそれを望んでいるらしいのだ。


 魔法という恐ろしい武器になる力が一般的に使用されている世界ではそういうものなのかも知れない。


 そうやって即時に処罰されるので牢は殆ど使用されることが無いらしい。なので警備する必要もなく、専用の局員も居ないということのようだ。俺は、地下牢を1人で出て地上階へと上がった。


 局長室は俺が居た貴賓室と同じ塔の最上階。確か10階だったはず。俺は上への階段を1階から順番に上り続けた。この時、敢えて爪先立ちだけで上がると脹脛の良い筋トレになる。まだまだもっと上り続けたかったが、あっという間に最上階に辿り着いた。


 「あ!」


 局長室の前まで来た俺は、扉の左右に立つ門番の様な局員が俺を見て眉間に皺を寄せる様子である事を思い出した。


 そう、俺のローブは焼け焦げてボロボロのままだったのだ。


 アイーラ局長に呼び出されたとはいえ、こんな格好のまま来てしまったのはまずかったかも知れない。俺はそれでもすぐに局長室に入った方が良いのか、一旦宿舎の部屋に戻って着替えてきた方が良いのか悩んだが、宿舎に戻ってもう一度来れば、階段を使った筋トレをもう一度できるという事に気づき、踵を返して引き返えした。


 「何処に行く?」


 最上階に上がってこれる唯一の階段の前まで来た時に、丁度今上って来たところのテオフーラに出会った。


 「あ、え、えっと、アイーラ局長に呼ばれているのですが、その、服がボロボロでしたので、一度部屋に帰って着替えて来ようかと思いまして」


 「ん? ああ、そうか。だがだめだ。忙しいのに私も呼ばれていてな、お前が戻ってくるまで待ってなどいられない。迷惑だ」


 「え? あ、はい」


 テオフーラはそう言って俺の横を通り過ぎ、局長室へと向かった。俺は仕方なくその後に続く。


 「お待ちしておりました、テオフーラ様」


 扉の前の2人が声を揃えてお辞儀をした後、向かって右側の局員が扉の中に入って行く、そして直ぐに内側から扉を開き、テオフーラを誘う。


 「何をしている。お前も早く来い、時間の無駄だ」


 部屋の中に入ったテオフーラが振り返って俺を呼ぶので、俺は速足で部屋の中に入った。俺が入るのと同時に部屋を出ていく局員が俺を下から睨みつけるようにしている事に気づいてはいたが、俺は目を合わせない様にして通り過ぎた。


 「来たか」


 局長室の正面にある立派な机の奥に座っているアイーラ局長は、テオフーラに向かってか、俺に向かってか、あるいは両方に向かってか、それだけ呟くと椅子から立ち上がり机を迂回してこちらにやって来た。局長室の机は正面の奥と、その左右に3つあるが今、この部屋に居るのはアイーラ局長だけの様だ。


 ミシェルさんは居ないのか。


 「ピエトロ・アノバ、君の一般局員宿舎の爆破行為が魔法局へ背いた裏切り行為かどうかの判定をこの場で行う」


 「え?」


 俺が地下牢から釈放されたのはミシェルさんが目覚めて爆発の原因を説明してくれたからじゃないのか!?


 「私が呼ばれたという事は、アイーラ局長は既に判定結果を決めているということだな」


 俺とアイーラ局長の間に立つテオフーラはアイーラ局長ではなく、俺の顔を見上げながらそう言った。


 「そうだ。異端者であり破壊神かもしれないこのピエトロ・アノバが血の宣言でどうなるか興味があるだろうと思ってな」


 「面白い。何度か血の宣言によって命を落とした者の姿を見た事はあるが、目の前で死にゆく姿は私でも見た事がないからな」


 いやいやいや、いやいやいやいやいや、俺が死ぬこと前提でこれ以上話を進めないでくれ!


 「お待ちください! あれは事故だったんです! ミシェルさんに聞いていただければわかります!」


 俺がそう言うと、アイーラ局長は静かに顔を横に振った。


 「ミシェル組長は爆発の原因について記憶が無いと言っている。恐らく爆発の衝撃によって一時的な記憶喪失になっているのだろう」


 「ミシェルさんが!? 記憶喪失!! じゃ、じゃあ、あの、アルゴナイトの事もお忘れなのでしょうか?」


 ミシェルさんの記憶が無くなっているのは俺にとって最悪の事態だが、それでも原因自体の証明はあの結晶、アルゴナイトさえあればできるはずだ。


 「今、何と言った?」


 俺のアルゴナイトという言葉にテオフーラの表情が変わる。


 「えっと、アルゴナイトです。ミシェルさんに教えていただきました」


 「それがお前が起こした爆発と何の関係があるというのだ?」


 テオフーラの質問にアイーラ局長も頷いた。


 「あの、今朝から爆発までの出来事を順を追って説明してもよろしいでしょうか」


 俺がそう言うと、テオフーラとアイーラ局長は顔を見合わせた。


 「いいだろう、言ってみろ」


 アイーラ局長の代わりにテオフーラが俺にそう返事をする。俺は命がけの説明をする緊張から、口の中の唾を喉を鳴らして飲み込んだ。


 ゴクリッ


 そう言えば、ミシェルさんも部屋でこんな音を鳴らしていたな。ミシェルさんの喉の音を思い出しながら、俺は今朝、ミシェルさんが早めに俺の部屋にやって来たことから説明していった。

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