第36話 小指の呪い
「これは、珍しいな」
枯れ木の様なミイラとなった2人の副長の体を調べていたテオフーラがそう言って何かを拾い上げた。
「お前達、この2人の副長の名は何と言う?」
「カルフン?」
「そうです。シヨン・カルフンと……」
「ゲリマンダ?」
「私はここに居ます」
「いえ、ハムリンです」
「そうです。ハニ・ルバー・ハムリンです」
「あの2人がどうして……」
テオフーラの質問に対し、残っている7人の副長達が互いに視線を交わしながら即答した。そんな中、前から2列目に座っているミシェルさんの姿がチラリと見える。
あれ? ぐったりとうなだれてないか? ひょっとして、気を失っているのか?
局長室での緊張具合から考えると、それもあり得るかもな。直ぐに様子を確認しに行きたかったが、小柄なテオフーラとは異なり、俺が自由に動き回れる程馬車の中は広くは無かった。
「そのカルフンと、ハムリンは何処の出身だ?」
テオフーラの質問が続く。馬車の中は揺れてはいるが外と完全に遮断されている様で、テオフーラの声が隅々まで届く。
「シヨン・カルフンは南カーロス、ディカーン皇国の北西部の南カーロス出身です」
「ハニ・ルバー・ハムリンもディカーン帝国出身です」
「そうです。ディカーン帝国西部の西ラフンク出身です」
ミイラになった2人を良く知っているらしい副長が、知りえた情報を答える。
「どちらもディカーン皇国。お前達の中で他にディカーン皇国の者はいるか?」
「私は違います」
「私も違います」
「違います」
「違います」
「私はロマ出身です」
「私は違います」
「私もロマ出身です」
テオフーラの質問に副長達が即答する。裏切者の仲間だと疑われたく無いという思いからか、それとも疑いをかけられた事への怒りなのかは不明だ。
「そうか、ディカーン皇国出身はこの2人だけか。だが、おかしいのだ。この2人の左手の小指の先が無いのだ」
テオフーラが手にしているのは、なんと2人の副長のミイラの小指だった。枯れ枝の様なその小指は確かに第一関節から先が無い。だが、それとデイカーン皇国出身である事に何の関係があるのか? 俺には意味がわからないが、副長達にも理解出来ていないのか険しい表情をしている。
「ディカーン皇国は広いが、小指の先を切り取るような風習は聞いたことがない。自らがそうしたというのでは無いとすれば、この姿になった時に小指の先が消えた事になる。全身の血液が渇くことによって欠損するという事は、その部位に血が集まっていたという事だ」
テオフーラの説明は続くが、小指に血が集まる事の意味が分かる者はこの中には居ないようだ。
「左手の小指に血が集まるのは呪いをかけられた者の特徴だ。お前達、左手の小指を見せろ」
「あ!?」
「なっ!」
「うそ!?」
「え!」
「うお!」
「ひぃ!」
「はぁ!?」
口々に悲鳴とも驚きともとれる声を上げた副長達。その左手の小指の先は紫色とうか、黒というか、丁度第一関節から先の部分だけが明らかに変色していた。
俺は!? あれ? 俺の小指は何ともなっていないな。
「私はなっていない」
テオフーラが自分の左手を見せる。確かに小指の先は普通だ。
「何故なら、これは義指だからな。呪いを防ぐ最も単純で確実な方法だ」
え? そうなの? 小指が無かったら呪いにかからないの? いや、そうだとしても自分で自分の小指を切り落とすなんて事、そう簡単にはできないだろう? それをやってしまえるテオフーラの覚悟というか、生きてきた環境というか、今までの人生というか、それら全てが俺が思っているよりも、もっとずっと壮絶なものであったのだろうと俺は驚きを隠せなかった。
「ピエトロ・アノバ。お前の小指を見せろ」
テオフーラの小指に驚いていた俺は、そう言われても直ぐに反応する事ができなかった。
「小指を見せろと言っている」
「え? あ、はい」
目の前のテオフーラに睨まれて俺は左手を見せた。
「やはりな。お前にこの呪いは効かんだろうな」
テオフーラが俺の小指をつまんだり、ひっぱったりして確かめる。
「な! き、貴様が我々に呪いをかけたのか!?」
「くそ! 許さんぞ!」
俺の前の席に居る2人が俺に向かって魔法を放とうと手を伸ばしてきた。
「無駄だ。やめておけ」
そう言ったのはテオフーラだ。
「お前達の魔法ではこの男を傷つける事はできない。そもそも、この男は魔法が使えない。つまりお前達に呪いをかける様な事はできないのだ。さらに、この呪いは魔法が使えない者にはかからない、というか、かけても意味が無い。これはそういう呪いだ。メンテコントロロ、古い魔法だ。呪いをかけた魔法使いの精神を一時的に操る事ができるというもの。だが操っている間、自分の体を動かすことができなくなり、下手をするとそのまま意識が戻って来ない事もある危険な魔法。それ故、今では誰も使わないのだがな。そうだろう? ミシェル。ミシェル・レスコ」
え? 嘘!? ミシェルさんが!? これをやったのか?
俺だけでなく副長達全員が、うなだれたままのミシェルさんを振り返り、そしてミシェルさんの左右にいる副長2人が距離をとった。
「さすがですね。さすがテオフーラ様ですね。こんなに早くこの魔法の事が露見するとは思っていませんでしたよ。もう少し魔法局から離れていたかったのですけどね」
ミシェルさんの話し方が局長室に居た時と異なり、いろいろと俺に教えてくれていた時と同じ、落ち着いた口調に戻っている。その事が逆に俺には怖く思えた。
カッ!!!
一瞬、見つめていたミシェルさんの顔が白く輝く。というか、馬車の中が光に包まれた。それは後ろの窓から降り注ぐ激しい光だった。その光の直後、激しく馬車が揺れる。
「うお!!」
「なあ!」
「ぐふっ!」
「ぎぁ!」
馬車の中に悲鳴が広がる。何が起きたのか分からないが、揺れが収まったので顔を上げると、俺は草むらの上に転がっていた。
「痛てて……え? 何あれ?」
起き上がった俺の前に広がっていた光景は、見事にひっくり返り大木にめり込むようにぶつかっている馬車ではなく、さっきまで乗っていた馬車が走って来たであろう道の先にあるキノコ雲だった。
爆発? さっきの光はあのキノコ雲と関係があるのか?
「素晴らしいですね。あれが3局長の最上位魔法が合わさったアルゴナイトの力。人が操る事ができる最上位魔法のさらに上を行く魔法の力なのですよ」
馬車の陰から現れたのはミシェルさんだった。
「神々の力に匹敵する素晴らしい力だと思わないかね? 破壊神と呼ばれる君なら、あの力の素晴らしさを理解できると思うのだが、どうだね。おや、その顔は? 嫌いかね? 魔法の力は?」
俺は無意識だがミシェルさんを睨み付けていたようだ。自分では理解していなかったが、あのアルゴナイトが爆発したという事は、その爆発地点はロマの城のはず。そのすぐ隣にある魔法局が爆発に巻き込まれていたら、俺の最大の理解者であるアレッサンドロさんも無事では済まない。
許せるか? そんな事が?
「心配しなくても爆発したのは城だけだよ。魔法局は被害はでただろうが、中から吹き飛ばしでもしない限り耐えるだろうね。あの建物は要塞の様なものだからね」
魔法局は大丈夫なのか……いや、そんな事を簡単には信用できない。直ぐに引き返してアレッサンドロさんが無事かを確かめないと。
「おっと、動かないでね。君には大人しくしてもらいたいからね。確かアレッサンドロとか言っていたあの少年。仲が良かったよね? あの少年の小指の色は、何色だろうね?」
「な! それはどういう事ですか!? ミシェルさん!!」
「そのままの意味だよ。君にとってあの少年の命の価値がどれ程のものか。それを教えてもらえるかね」
ミシェルさんはそう言って、自分の左手の小指を立てて見せた。アレッサンドロさんにも同じ呪いをかけているというのか? しかし、アレッサンドロさんの小指の色がどうだったか思い出せない。一般局員の宿舎が爆発する前の日に一緒に居たのに。言われてみれば、そうだった気もするし、そうじゃなかった気もする。
「やめてください! アレッサンドロさんには何もしないでください!」
「もちろん何もしないよ。君が素直に私の言う事を聞いてくれさえすればね」
ズズズ
そう言ってミシェルさんは、馬車の中から何かを引きずり出した。それは気を失っているテオフーラだ。
「テオフーラ!?」
「息はあるね。死んでいてもらっても良かったのだけど、保険は多い方が良いからね。君、馬を繋いでいた縄を外してもらえるかね」
ひっくり返った馬車に繋がれていたはずの馬はどこにも居ない。爆発の衝撃で吹き飛んだのか、それとも逃げ出したのか? とにかく馬に繋がれていた縄は馬車の先頭から垂れ下がっていた。俺はそれを根元から引き千切りミシェルさんの所に戻った。
「それで、このテオフーラ様を縛ってね。あ、強く縛りすぎて殺してしまわないように……いや、別に死んだら死んだで良いけどね」
ドザッ
そう言ってミシェルさんは、掴んでいたテオフーラを地面に転がした。
「は、はい」
俺はテオフーラの胴体に両手ごと縄を巻き、最後に縛った。
「ま、それで良いよ。じゃあ、テオフーラ様を担いでついて来て。ここからは歩きだよ。乗り継ぎ地点まで行けていたら歩かないで済んだんだけどね」
ミシェルさんはそう言って歩き出した。
「あの、副長達は?」
俺がそう聞くと、ミシェルさんは何の感情も無い顔で俺を振り返る。
「気にしなくて良いよ。どうせ血が渇いて生きていないからね。互いの魔法を打ち合ってね。馬車を壊したのも、君を馬車の外に吹き飛ばしたのも、テオフーラ様を気絶させたのも、彼らの魔法が原因だからね。あ、あの爆発はもちろん私が起こしたのだけど、私は血の宣言なんてしていないからね。大丈夫だよ」
大丈夫って、別にミシェルさんの事など今となっては心配などしていないが、血の宣言をせずにどうやって魔法局の局員になったのだろうか。俺はテオフーラを小脇に抱えながらミシェルさんの後に続いた。
ミシェルさんはどこだか分からない一本道をどんどん進んでいく。道の両側には大きな木々が立ち並び、視界の先には森しか無い。高い木々のせいで道まで光は届いておらず、道は薄暗く続いている。時間的には昼過ぎ頃だったはずだ。木々の隙間から見える空の色も夕方というにはまだ明るかった。
「どこまで行くのですか?」
俺がそう聞くと、ミシェルさんは振り返りもせずに答える。
「それを聞かれて私が本当の事を言うと思うのかね?」
……確かに。
「まあ、別に嘘を言う気はないよ。君にとって大切なのはアレッサンドロという少年であって、フシュタン公国や魔法局に特別な思い入れはないだろうからね。今、私はディカーン帝国に向かっている。魔法局の連中にそう思わせる為にね」
確かフシュタン公国とディカーン帝国の間には深い森があって、俺がオデさんと出会ったのもその森だ。だが、そう思わせる為という事は、どこかで方向を変えるということだろうか? 別の馬車に乗り継ぐという事はどこかでこの道が分岐しているのかもしれない。
「しかしこの速度では遅いね。そうだ、あの時と同じように私も君に運んでもらう事にするよ」
ミシェルさんはそう言って俺の前にやって来た。
「空いている方の手で私を抱えて走ってね」
「は、はい」
ミシェルさんが背を向けて立ち止まる。俺は右にミシェルさん、左にテオフーラを抱きかかえ上げる。
「そうそう、これだよ。じゃあ走ってね。道なりに真っすぐね。暫く走ると吊り橋があるからそこで止まってね」
道なりに真っすぐか。状況は最悪だが思い切り走れるのは嬉しい。俺は足を踏ん張り思い切り走った。
「ぐうぅぅぃぃぃぃ」
俺の腕の中でミシェルさんが呻いている。俺が本気で走る速度に怯えているのか、風を顔に受けて息が苦しいのかは分からないが、どう考えても悪い事をしているミシェルさんを少しでも懲らしめる事ができるならという気持ちが少しだけ湧いてきた。あの呪いがどうやったら解除できるのかが分かるまでは、ミシェルさんの言いなりになるしかないのだが、それを見破ったテオフーラも一緒に居るのだから何とかなるだろう。
どんな状況でも走るのは楽しい。腕が自由に触れないので全力全開という訳には行かないが、俺は森の中の一本道をただ走り抜けた。
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