第35話 最重要保護対象

 3人の局長とテオフーラがアルゴナイトを持ってフシュタン公国の君主である公爵に会いに城に向かってからしばらくして、局長室に各組の組長たちがやって来た。組長たちは等間隔に間を開けて決められた場所に立っていく。恐らくだが、左前に一番隊一組の組長が立ち、そこから右に二番隊一組、三番隊一組と並び、右端に九番隊一組の組長が立っている様だ。その後ろに二組、三組と九組まで縦に並んでおり、もちろん、その中にミシェルさんも立っている。


 特に声を発してはいけないという命令は無かった筈だが、組長たちは誰一人として声を発する事はなく、ただ、黙って立ち続けていた。そして、最後に現れた組長、右から3列目の前から2番目なので、七番隊二組の組長が空いている場所に立った時、参謀が声を発した。


 「現在、国家の存亡に関わる重要な案件で、3局長とテオフーラ様が公爵様に会いに城へ向かわれている」


 参謀はそこで言葉を切った。そこから先を話す事を少し戸惑っているという様子だ。それを見て組長達がざわつく。


 「マリンボス参謀? 何故続きを説明いただけないのですか?」


 前列の方に並んでいる組長から質問がでる。当然と言えば当然の質問だが、それでも参謀は続きを言いあぐんでいる。


 「うむ……そうだな。この件についてしゃべってはならぬとは言われていない。3局長とテオフーラ様が戻られた後の初動を迅速に行う為にも、上級局員には知らせておこう」


 参謀が先ほどこの局長室で起こった事を順を追って説明した。その結果、組長達から口々に質問が飛び交う。


 「アルゴナイト? しかも、3局長の最上位魔法が入ったものだなんて……」

 「アルゴナイトがこの国から産出されるとなると、大陸の勢力図が変わってしまうのでは?」

 「直接見た事は無いのですが、3局長の魔法を吸収できるようなものなのでしょうか?」

 「強い魔法を吸収させると崩壊する恐れがあるはず」

 「いや、いくつかのアルゴナイトならできると言われているが」

 「そうなのか?」

 「何だったかな? 確か10個程有名なアルゴナイトがあったはず」


 その時、後列のミシェルさんが口を開いた。


 「ホープ・アルゴナイトですね。その他には、エタニティ、エクセルシオール、オルタンス、シャー、バジニア・ウルフ、ミレニアムなども有名ですね。後、アンクル・サム、インコンパラブル、ルートヴィヴィなどですね」


 スラスラと有名らしいアルゴナイトの名前を話すミシェルさんの言葉を他の組長達が静かに聞いていた。だが、それはその知識に対する敬意ではなく、小ばかにしたような嘲りの沈黙であった。


 「三八の組長は、日がな一日アルゴナイトのお勉強でもしていたのか?」

 「給料の殆どをつぎ込んで購入した、あのただの岩場の価値を確かめるのに必死なのさ」

 「組長の職に長年しがみついて何をしているのやら」


 ミシェルさんは他の組長達から本当に馬鹿にされている様だ。


 「ははは……」


 だがミシェルさんはそれについて特に反論しようとする様子はなく、小さな声で笑っていた。


 「ミシェル組長か、そう言えば私達が来る前からミシェル組長と、そこに居る者はこの局長室に居た様だが、何があったのか説明してもらえるかな?」


 参謀がそう言うと、周りの組長が怪訝な表情で入口の横の壁際に立っている俺を振り返った。組長の内の何人かは、俺がここに居る事に初めて気づいたという様子だった。


 「参謀、ミシェル組長は午前中に爆発に巻き込まれ、まだ体調も記憶も万全ではいでしょう」


 参謀以外の誰かがそう伝える。


 「ああ、そうかそう言えば、そうだったな。だが、この部屋に居たのは事実。そうだな、正しい情報では無いとしても、覚えている範囲で何があったのかを説明できるか? 皆も参考程度に聞くように」


 「はっ!!」


 参謀の言葉に組長達が返事をする。そして、ミシェルさんが午後からの出来事を説明しはじめた。


 「あ、あのですね。私はですね。アイーラ局長とですね。テオフーラ様とですね。ピエトロ・アノバ君とですね。4人、そう4人でですね。アルゴの岩場にですね。行ったのですね」


 先程、アルゴナイトの名前をスラスラと説明したミシェルさんとは打って変わって急にたどたどしくなったミシェルさん。緊張しているのだろうか? そんな様子を周りの組長達は笑いながら聞いている様だ。


 「何を言っているんだ?」

 「ですね、ですねって……ねが多すぎるだろ」

 「自分の岩場にアイーラ様とテオフーラ様を連れて行くなんて何を考えているんだ?」

 「さあね、金でもせびってたんじゃないか?」


 こそこそと小声で話してはいるが、少し離れた場所にいる俺にも聞こえるのだ、列の中に居るミシェルさんにも全て聞こえているだろう。


 「そこでですね。あのピエトロ・アノバ君がですね。アルゴの岩場のですね。岩をですね。握るとですね。アルゴナイトにですね。なったのですね。そのアルゴナイトにですね。アイーラ局長がですね。カクトスをですね。唱えてですね。それをですね。アルゴナイトがですね。吸収したのですね」


 結局最後までたどたとしいままの説明だったが、言っている事は正しい。が、この場に居る誰もがその内容を信じていない事は明らかだった。


 「うむ。やはり、まだ体調がすぐれないようだな」


 参謀がそう言うと周りの者達もそれに同意する。


 「そうですね。まだ記憶が定かでは無いのでしょう」


 周りの組長達は相変わらず小声でミシェルさんを馬鹿にするような事を言い続ける。


 「おいおい本当に自分の持っている岩場から出たとか言いだしたぞ」

 「怖い怖い、金の亡者かよ」

 「狂言まで言い出すとは、もはや組長という立場にふさわしくないのでは?」

 「そうだな、もう引退してもらうのが良さそうだ」


 酷い言われようだ。だが、今この場で俺がミシェルさんを庇うような事を言っても逆効果になる様な気がして、俺は何も言い出せなかった。ミシェルさんの言葉が本当かどうかは、アイーラ局長とテオフーラが戻ってくれば分かる事なのだ。


 コソコソと小声の会話が続く微妙な間を打ち砕く様に、待望の2人と双子が部屋に戻って来た。


 バタン


 両開きの扉が勢いよく開かれた。それを見た参謀が背筋を伸ばす。


 「アイーラ局長、エルメラ局長、カルロタ局長、テオフーラ様のお戻りだ」


 ダンッ!


 参謀のその言葉に組長達が左右に分かれて床を蹴る。その間をアイーラ局長を先頭に4人が通り過ぎる。最後に続くテオフーラは出ていく時とは異なり自分で歩いているが、その様子は疲れ切っているという様子だ。


 部屋の奥の中央にアイーラ局長、その後ろに双子の局長とテオフーラが立つと、参謀がアイーラ局長に報告する。


 「上級局員91名、全員揃っております」


 参謀の報告に無言で頷くアイーラ局長の表情は険しい物だった。


 「皆に、アルゴナイトの事は言ったか?」


 「はい、既に伝えております」


 「そうか。では、ミシェル組長の話は聞いたか?」


 「はい。しかし、ミシェル組長はまだ体調が優れないようでして……」


 「ん? 何だ?」


 「その、あの男が岩場の岩を握ると、アルゴナイトができたとかどうとか……その、おかしな事を言っていまして」


 参謀がそう言うと、アイーラ局長は黙って頷いた。


 「わかった。仕方あるまい」


 「は! 参謀の権限で、ミシェル組長にはしばらく休みを与えようかと」


 参謀のその言葉に周りの者達が頷く。


 「いや、そうではない。仕方あるまいと言うのは、お前達がミシェル組長の言葉を信じる事ができないという事が仕方がないと言っているのだ」


 「え? それはどういう意味でしょうか?」


 「ミシェル組長の話は全て事実だ。あのピエトロ・アノバがミシェル組長が所有しているアルゴの岩場の岩を握り、アルゴナイトの結晶を生み出したのだ」


 アイーラ局長がそう言い切ると、局長室が静寂に包まれた。


 「私達はその事を公爵様に伝え、今後の方針を決定してきた。その結果を伝える」


 静寂に包まれたまま、アイーラ局長の話は続く。


 「三番隊八組組長ミシェル・レスコ。お前を現時点をもって組長の任から外す。そして、三番隊八組組員、ピエトロ・アノバ、お前もだ」


 え? それはどういう事だ? ミシェルさんは何も悪い事は……いや、俺が一般局員宿舎の爆破の犯人ではないという事が証明されて、その責任がミシェルさんに行ったとか?


 「この2人をフシュタン公国の最重要保護対象とし、魔法局から公爵の近衛隊の保護下に置く。これは魔法局の警護が手薄になる事を意味している。つまり、このフシュタン公国が大陸全土から侵略を受けるという事だ」


 アイーラ局長の言葉に驚きを隠せないのは、参謀や副長、組長などの上級局員達だけでなく、当の本人のミシェルさんもだ。


 「我が国で前代未聞のアルゴナイトの結晶が産出されたという情報はどうやっても他国に漏れるであろう。その結果、各国から何らかの特殊部隊、または外交的な圧力がかかり、最悪の場合、戦となる事もある」


 「フシュタン公国をですか? しかし、そうなると同盟国であるディカーン帝国とも敵対する事になるのでは? そんな事をする国があるでしょうか?」


 組長の1人の発言に同意する組長達。


 「あり得る。それ程の事なのだ、このアルゴナイトはな。最上位魔法を誰もが使用できる。それがどれ程の事か、想像するのは容易いだろう」


 「う……」

 「確かに」

 「それは……」


 アイーラ局長の言葉を聞いて、やっと理解したというように組長達が唸った。


 「ミシェル・レスコ。お前が持つあのアルゴの岩場だが、公爵の命でフシュタン公国が買い取り、国有地として保護する事になるのだが、それで構わないか?」


 局長がそう言うと、ミシェルさんは即答する。


 「は、はい! もちろんです!」


 「うむ。快く受け入れてくれたこと感謝する。ピエトロ・アノバ、お前が生み出すアルゴナイトについては、今後はテオフーラ立ち合いの元、全て公国が管理する。不用意にアルゴナイトを生み出した場合、魔法局だけでなく、国家反逆罪となるからな」


 俺を見てそう宣言するアイーラ局長の言葉は真剣な物だった。


 「それに伴い、テオフーラも今より魔法局ではなく、近衛隊の所属となる。3人は今すぐ城に移動せよ。副長は全員で3人を警護するように」


 「は!」


 9名の副長が返事をし前に出た。


 「テオフーラ何をしている。さっさと城に戻れ」


 アイーラ局長の言葉にテオフーラがため息を漏らす。まあ、先程まで城に居たのだから、もう一度城に行くのは邪魔臭いのだろう。


 「そもそもお前は城に残っていれば良かったのだ」


 ん? テオフーラは自ら戻って来たのか? 何の為に?


 「嫌だ! 私はもう城には行きたくない! 地下に帰らせてもらうからな!!」


 そう言って逃げ出そうとしたが、すぐに副長達に捕まった。先程もそうだったが、一体何がそんなに嫌なのだろうか?


 「すまんが、ミシェル・レスコ、ピエトロ・アノバの2人はテオフーラについて行ってくれ」


 「はい!」

 「はい!」


 ミシェルさんと俺はアイーラ局長の言葉に返事をしてテオフーラを捕まえて連行する副長達の後に続いて局長室を出た。背後では、アイーラ局長と参謀による国防についての相談が既に始まっているようだった。



 フシュタン公国の王城は魔法局の隣にあり、いくら俺とミシェルさんが保護対象となったとしても、副長が全員で警護する意味があるのだろうかと不思議に思いながら俺は魔法局を出た。隣にある城を眺めながら魔法局の前の広場に停められている馬車に向かう。


 総勢12名が余裕で乗れるであろうその大きな馬車には8つの車輪があり、馬車の前には6頭の馬が繋がれていた。暫く局長室で体を動かし切れていなかった俺は、その馬の代わりにこの大きな馬車を引きたくなったが、今はそんな雰囲気ではないのでおとなしく馬車に乗り込む。俺の後に2人の副長が乗り込んで馬車の扉を閉じると、防音でもされているのか外の音が一切聞こえなくなった。


 暫く間が空いてから馬車がゆっくりと走り出す。魔法局と城の敷地はそれぞれに広いが、直通の専用通路があるので、それ程長い距離を走り続けるわけではない。その割にそこそこの速度を出すんだなと俺は窓の外の景色を眺めていた。


 が、問題はそこではなかった。どう見ても馬車の走っている場所がおかしい。ミシェルさんに教えてもらった専用通路ではなく、どう見ても町の中の狭い路地を走っていたのだ。そして、どんどん人里離れた場所へと進んでいるように見える。


 「あの、この馬車は城に向かているのですよね?」


 俺がそう言うと同時に、俺の後から乗って来た2人の副長が馬車の中で立ち上がる。馬車の中は3人程が同時に座る事ができるソファの様な座席が5列あり、俺は前から4列目、最後に乗って来た2人は俺の後ろに座っていたのだが、気配でその2人が立ち上がったのが分かったのだ。


 「バキュームウォール!」


 その言葉と同時に馬車の内部が魔法の壁に包まれた。壁も床も天井も。


 「ぐおぉぉぉおおお!」


 そしてその直後、その2人が苦しみだす。俺がその2人を振り返って眺めていると、馬車の最前列に座らされていたテオフーラの声が聞こえた。


 「お前達、魔法局を裏切ったのだな!?」


 目の前の2人の身体が赤い霧に包まれて見えなくなる。苦しみのたうちまわる2人は、座席の上で暴れだし、すぐに動かなくなった。


 「え?」


 思わず声を上げた俺の目に映っていたのは、全身が渇き切ったミイラの様な姿の副長2人だった。そこにテオフーラが座席を乗り越えてやって来た。


 「おお! これが血の宣言を破った者の姿か!!」


 何故か嬉しそうなテオフーラの声、だが馬車の状況は変わらず、結構な速度でどこだかわからない場所を走り続けている。


 「くそ!」


 そう言って馬車の内側を包み込む魔法の壁に手を触れたのはミシェルさんの隣に座っている副長だ。


 「解除できるか?」

 「ああ、だが時間がかかる!」


 そう言って残りの7人の副長達が魔法の壁の解除を試みる。俺にはどうしようもできないので、嬉しそうなテオフーラが揺れる馬車の中で転ばない様に体を支えていた。


 俺達はどうやら誘拐されたようだ。

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