第49話 西バラート商会
オデさんが食べた盗賊の血でベトベトの俺はテオフーラを掴むと馬車の列の横の茂みを西バラート商会の入口に向かって走り続けた。その途中で何度も盗賊や、その盗賊から馬車を護る兵士達に見つかったが、オデさんの触手や滴る血のおかげで盗賊からも兵士からも怯えられ、襲い掛かって来られる事は無かった。そうやって小一時間程すると前方に光が点々と続くものが見えて来た。
「あれが西バラート商会の入口だ」
光っているのは商会を取り囲む壁の上の警備兵が持っている灯りの様で、人影が動くとそれに合わせて左右にゆっくりと動いていた。
「警備の兵の数が凄いですね」
「そうだな」
「中に入れるのでしょうか」
「大丈夫だ」
鉱山と同じ様に元十賢者である事を名乗るのか? まあ、それが一番手っ取り早そうだが。だがミシェルさんの仲間の石工の長老達はどうやって見つけるのだろうか? テオフーラなら何か見つける方法を知っているのかもしれない。
高い壁の前まで来ると城か砦の様な大きくて重そうな扉があった。扉の左右と上には街灯の様な物があり、炎ではない灯りが俺達を照らしている。
この扉を持ち上げるという筋トレも楽しそうだな。なかなか重そうな立派な木と鉄で出来ているしな。どんな木を使っているのか何となく気になった俺は、触って確かめようと手を伸ばした。
ガチャン
俺の指先が扉に触れる直前、扉の内側の丁度俺の目線の先に菱形の穴が空き、中から声が聞こえてくる。
ガチャリ
「何者だ? 不用意に扉に近づな。本日の開門時間は終わっている。明日の朝8時まで待っていろ」
男の声だ。声の前のガチャリというのは、何かの仕掛けを作動させたような音だった。菱形の穴の奥で何かしているのだろうか?
「開門時間が終わっていて申し訳ない……ね、でも私達を中に入れてもらいたいんだ……ね」
ん? なんだその話し方は? まるでミシェルさんの下手糞なもの真似みたいじゃないか?
「無理だ、明日出直せ。しつこい様ならこちらとしても別の手段で対処せねばならなくなるぞ」
兵士がそう言ってカチャカチャと何かの準備を始める。
「私の名前を……ね。警備の責任者に伝えて欲しいんだ……ね」
テオフーラはしゃべり方を元に戻さない。ミシェルさんの真似にしては相変わらずの出来だ。テオフーラは一体何がしたいんだ? 結局ここで名を名乗るならわざわざミシェルさんっぽいしゃべり方をする必要などないだろう?
「名前だと? どこのお偉いさんだ?」
「私の名前はミシェル。ミシェル・レスコと言うんだね」
「え!?」
テオフーラの言葉に驚いた俺は思わず声に出してしまう。
「え!?」
だが驚いたのは俺だけで無かった様で、扉の向こう側からも驚きの声が聞こえていた。
「……大司教様ですか?」
「そうだ……ね。君は私の事を知っているのか……ね?」
「は、はい! もちろんです! しょ、少々お待ちください!」
ガチャガチャ、ダダダダダダッ
菱形の穴を向こう側から閉じると、扉から走って遠ざかって行く足音が聞こえた。
「あの……どうしてミシェルさんの名を?」
テオフーラに確認する。
「ミシェル・レスコの名を知っているという事は、そいつらが石工の長老の関係者という事だ」
え? いや、確かにそうだろうが……うまく行くのか? そんな事が?
「お前の話を聞く限り、ミシェル・レスコは石工の長老の中の大物だったのだろ? 無理を言っても押し通せる。それが大物の特権ということだ。まあ、お前の話が本当だったならな」
なるほど。言われてみればその通りだ。自分の事をミシェルさんだと思わせることが出来れば、ここでの情報収集は簡単に出来そうだ。
ガチッキィィィ
俺達が待っている扉の脇の壁から音がしたのでそちらを見ると警備の兵が数名中から出て来てこちらに向かって来た。
「大司教様、こちらから、う、ひぃっ!!」
テオフーラに話しかけて来た兵はテオフーラの横に居る俺の姿を見て喉の奥から絞り出したような声を出す。
「気にしないで……ね。彼は私が連れて来たんだ……ね」
「は、はひぃ」
テオフーラを案内する為に出て来た兵だが、俺とオデさんに怯えているせいか、物凄く距離をとりながら俺達を壁の内側に誘導する。
「こちらです」
壁は思っていたより分厚く、ちょっとしたトンネルの中を通り過ぎるような感じで俺達は内側に出た。
「ようこそおいでくださいました、大司教様」
「ようこそおいでくださいました、大司教様」
「ようこそおいでくださいました、大司教様」
中に入ると黒いローブを着た者達が3人、声を揃えて挨拶をして来た。
「急に来て悪かった……ね。少し緊急の事態があって……ね」
テオフーラがそう言うと、3人の内の1人が顔を上げる。
「お話は伝わってきております。トナンの大聖堂での実験が成功したとか、しなかったとか。しかし消息不明という情報でしたが、ご無事で何よりです」
「そうだ……ね。詳しい情報は今は言えないが……ね。とにかく、私と後ろの者の顔を表せ洗わせてもらえるか……ね」
「は、はい! こちらへどうぞ!」
何だかうまく行きそうな気配だ。ローブを着た3人は俺を見て声には出さなかったが顔は明らかに驚いていた。だが、あの破壊神ヴァドラの事はある程度知っている様だ。恐らく、俺の姿はそれに何か関係があるのだろうと自分を無理やり納得させているのだろう。恐怖と興味が入り混じった様な顔で何度も俺の方を振り返っていた。
部屋に案内された俺とテオフーラは部屋の洗面所でとりあえず顔を洗った。俺が顔を洗っている間、オデさんは俺の背中に移動していたが、オデさんの触手の先の肉片はもう無くなっていた。
全部食べたのか。確かにオデさんは少し重くなった様な気がしないでもないが、洗面所の鏡で確認する範囲では大きさに変化は無い様だ。オデさんの成長というのは結構ゆっくりなのかもしれない。
森でもたくさん食べていたな。
オデさんとの森での生活を思い出して複雑な心境の俺を洗面所に残し、テオフーラは部屋に運ばれてきた大きめのクッキーの様なものと、温かいお茶を食べていた。一通り食べ終わった後、部屋の扉の外に居る者にテオフーラが何か声をかけていたようなので俺は洗面所から部屋に戻る。
しばらくすると部屋の扉がノックされ、黒いローブの3人が入って来た。
「ご用件を伺いに参りました」
3人の真ん中にいる男がそういってか顔を上げる。門の所で見た時には全員男だと思っていたのだが、両端にいる2人はどちらも女だった。髪の毛を耳の上辺りまで刈り上げているので、恐らくという範囲を越えないが多分、女の人だと思う。
「実験は成功した……ね。成功はしたが、結果としては失敗だった……ね。その為、もう一度、実験を行いたいのだ……ね」
テオフーラの「ね」の付け所がいよいよやばくなってきているが、目の前で跪く3人の顔に疑いの様なものは見えなかった。
「何をご用意すればよろしいでしょうか?」
「これよりも純度の高いアルゴナイトと、アダマンタイトが必要なのだ……ね」
テオフーラは3人の前に鉱山で手に入れたアルゴナイトの袋を差し出した。
「拝見させていただきます」
そう言って袋を開けた男は中からアルゴナイトを2、3個取り出すと部屋の明かりにかざす。
「悪くはない品ですね。これ以上の純度となりますと、量的にその、すぐにお持ちする事が難しいのですが……」
男は物凄く不安そうな顔をする。
「そうだ……ね。持って来れるだけで良い……ね」
テオフーラの言葉を聞いてあからさまにホッとした男は右隣の女に目配せする。女は無言で頷くと音もなく立ち去った。
「アダマンタイトはいかほど必要でしょうか」
「それは、ある場所が分かれば良い……ね」
「分かりました。マイタイ様がお集めになられていましたが……確か、トナンの隣の小国に運んでおられたはずです。確かトルーでした。レオルアンの方にも運ばれているという話もありましたが、トルーの方が多かったと思われます」
その話を聞いたテオフーラは小さく頷いた。
「ではトルーに向かうとする……ね」
「トルーに着かれましたら、王都の大聖堂にお向かいください」
「分かった……ね」
テオフーラはそう言った後、わざとらしく顔をしかめると、ゆっくりと目を閉じ顔を横に振る。
「トナンでの出来事で我らの力の一部が失われた……ね。魔術の叡智が記された物はここにあるか……ね」
「は! 少々お待ちください」
男はそう言うと、残っていた左側の女と共に部屋を出て行った。テオフーラのギリギリのもの真似でも何とかなってしまった様だ。その後、魔術についての書物を何冊か持って来られたが、テオフーラはどれも見た事があった様で残念そうな表情をすると、それらは必要ないと男達に返してしまった。だが同時に運ばれてきたアルゴナイトは相当良い物だった様でテオフーラの顔は明らかに喜んでいた。
テオフーラと黒いローブの3人とのやりとりを感心しながら聞いていた俺は、テーブルの上に置かれている大きめのクッキーを触手を伸ばして口に運びモキュモキュと食べ続けるオデさんによって、話のかなり前半の時点でクッキーの粉まみれになっていた。
「明日はトルーに向かう。そこでお前が言ったことが真実か試させてもらうぞ」
テオフーラはそう言うと部屋にあったソファに寝転び寝てしまった。俺はもう一度洗面所に行って粉まみれの頭を水で洗い、背中に避難したオデさんの妨害を受けながらうつ伏せの姿勢で床に寝転んだ。
少し腕立て伏せをしてから寝るか。
「で、その偽大司教様は誰なんだ?」
西バラート商会の会頭の部屋に集められているのは先程までミシェル・レスコと名乗る人物と対峙していた3人の男女だ。
「恐らくではあるのですが、元十賢者のフェリプス・アウレオルス・テオフラストス・ボンバストス・フォン・ホエンハイムだと思われます」
「ほう、元十賢者? 今は何をしている?」
「確か、フシュタン公国の魔法局に在籍していたはずです」
「フシュタン? あの3局長の居る魔法局か……面白い。これは皇国に高く売れそうだ。で、その偽大司教様は次にどこに向かうのだ?」
「トルーに向かいます」
「ではトナンのあの件は、その偽大司教様に罪をかぶってもらおう。うまくトルーに入れるようにしておけ」
「は!」
肩の後ろまで伸びた黒髪を耳の後ろにかき上げながら、部屋から出て行く3人を見届けた西バラート商会の会頭は、すぐに皇国の使者を部屋に呼び出した。
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