第50話 オデの左手、輝く右手

 3月24日


 西バラート商会を出た俺達は、丸一日かけてトルーの王都にある大聖堂に辿り着く。だが、そこにはアダマンタイトは無く、大聖堂で待っていたミシェルさんを知る者にさらに2時間程離れた岩山の麓に案内された。


 「この岩山にアダマンタイトがあるのか……ね」


 テオフーラがそう尋ねると、俺達を案内してきた者は首を横に振る。


 「いえ、大司教様。この岩山が全てアダマンタイトでございます」


 そう言われた俺とテオフーラは目の前の岩山をゆっくりと見上げた。デボラの魔法によるアダマンタイトや、ミシェルさんが作っていた像のアダマンタイトとは異なり、ガタガタというかザラついた岩肌のこの山が全てアダマンタイトだというのだ。


 「なんだか、少しゴツゴツしていますね」


 「そうだな……ね」


 俺の意見にテオフーラが同意する。


 「この岩山は天然のアダマンタイトです。ここまでの大きさはとても珍しいのですが、マイタイ様がこの山々の中から見つけ出され、アダマンタイト以外の部分を削り取りここまで来たのですが、アダマンタイトが表面に現れて以来、作業は難航しております」


 「アダマンタイトが硬くて切り出す事もできないということか……ね」


 「その通りです」


 「そうか、案内ご苦労だ……ね。今からここでやる事がある……ね。私達以外はこの場を立ち去れ……ね」


 テオフーラがそう言うと、案内して来てくれたものは深々とお辞儀をする。そして自分が乗って来た馬車に俺達が乗っていた馬車の御者を乗せて大聖堂へと帰って行った。


 「さて、実験を始めるか」


 純度の高いアルゴナイトを手に入れ、アダマンタイトも目の前にある。全てがうまく行った事に満足げなテオフーラは俺にアルゴナイトが入った袋を差し出した。


 「まずは輝くトラペジウムを作ってもらおうか」


 「はい……あの、本当にやるんですか? 結構危険な気がするのですが」


 「危険? 危険がどうした? これは魔法と魔術の歴史を塗り替える程の実験なのだぞ? そんな偉業を前にして危険がどうだというのだ? さっさとやれ!」


 「わ、わかりました」


 俺は袋の中から3つのアルゴナイトを取り出した。袋の中にはまだ10個以上アルゴナイトが残っている。


 「おい、何をしている」


 俺の右の掌に乗っているアルゴナイトを見てテオフーラが俺を睨み付ける。


 「え?」


 「全部使え」


 全部だと? ミシェルさんに渡された3つのアルゴナイトで出来たあの水晶ですら、あの暴れ回る像を生み出したと言うのに、それはあまりに危険すぎるだろう。


 「いえ、前回は3つで行いましたので」


 3つだった事を伝えた俺だが、テオフーラの表情は変わらない。


 「そうか。だが今回は全部だ」


 テオフーラは俺からアルゴナイトの袋を奪い取ると、サイコロの様な石を1つずつ取り出し、俺の右の掌の上に乗せていく。


 「適当にやって失敗しては意味が無い。やるなら出来る事を最大限にやるのだ。そうやって私は今まで魔術の実験を繰り返してきたのだ」


 テオフーラの顔に刻まれた皺がその実験が毎回成功してなどいなかった事を俺に訴えていた。


 「わかりました」


 俺の右の掌には全部で17個のアルゴナイトがあった。それを俺は溢さない様にゆっくりと握りしめる。そしてあの時と同じように思い切り握りしめた。


 ビギギギィィィギギギギイイイィィィィィィイイギギイィイィィィィィィィッ


 激しい音が辺りに響き渡る。その音に驚いたテオフーラが両耳を手で塞ぎ片目を瞑ったしかめっ面で俺の右拳を睨み付けている。俺はテオフーラが見つめる中、ゆっくりを手を開いた。


 「こ、こここ、これが! これがそうなのか!?」


 俺の手首を握りしめ、顔を近づけて来る。俺も自分の右手の上にあるものをじっと見つめる。


 あれ? こんなにはっきりと赤い目が見えただろうか? あの時はミシェルさんに教えられ、この黒い水晶の中を覗き込んでやっと気づいたというものだったのだが、今、俺の手の上にある真っ黒でいびつにねじれた水晶にはその水晶から浮き出る様に赤々と三つの目が輝いていた。


 これは、とってもやばそうだぞ。


 「あの、これ、前の時よりも光っている目がその、はっきりとしているんですが」


 俺がテオフーラにそう伝えると、テオフーラは物凄く嬉しそうに笑顔を浮かべる。


 「ほう、それは面白い。で、これをどうやってアダマンタイトに埋め込んだんだ?」


 「え、いや、それはミシェルさんがアダマンタイトにある窪みにはめ込まれたので、良くはわかりません」


 目の前のアダマンタイトの岩山にこれをはめたらどうなるのか? この岩山がいきなり暴れだしたりするのだろうか? 足も腕も無いのに? 想像もできない事が起こりそうだな。


 「では、この辺りの溝にはめてみろ」


 テオフーラは山の岩肌にある削り損ねの様な水平の溝を指さした。だが、その溝の幅は俺の右手にあるこの水晶よりも明らかに狭い。


 「この溝はちょっと無理なのでは」


 「ぐっと押し込めば良いだろ? そうじゃないとうまく引っ付かないだろうからな」


 ぐっとって、変に力を込めたら2体目のオデさんが生まれて来るかも知れないのに。俺はテオフーラの言葉を無視してそっとその溝に水晶をあてがい、落ちないようにはまらないか角度を変えたり回してみたりしてみた。


 「何をしている? ぐっと押せ! そして無理やりはめ込め!」


 俺の作業をイライラしながら見ていたテオフーラが怒りを込めて命令する。


 「いや、しかしですね……え?」


 いろいろと水晶をいじくりまわしている内に、俺の手の中で水晶にある変化が起きた。


 「ん? どうした?」


 「熱い! あ、熱いです!!」


 右手の中の水晶が急激に熱くなる。


 キュキュキュキュキュキュキュキュキュ


 何か嫌な予感しかしない音が水晶の中から響いてきた。


 「何だ? 何が起きている?」


 「こ、これは、この水晶から光が出ます! 町を破壊した光です!!」


 「おお! それは見てみたいぞ! 早く見せろ!!」


 いやいや何を言っているんだこいつは!? どこに向かって光が放たれるかもわからないのに! 俺は右手から光が溢れ出しそうな熱い水晶を、あの時と同じように握力で握りつぶそうと左手で右手を掴む。


 もう1体、オデさんが生まれるかも知れないが、ここであの光が溢れ出すよりはましだろう!


 「モキュキュッキュッキュキュキュ」


 何だ?


 それまでずっと大人しく俺の頭の上に居たオデさんが急に暴れだした。


 オデさん! 大人しくしてくれ! そんなに暴れたら、水晶を落としてしまうじゃないか!!


 俺は首をのけぞるように動かして、暴れるオデさんを振り払おうとするが、俺の髪の毛に絡みついているオデさんはそう簡単には落ちたりしない。分かっていた事だが、それでも手が使えない俺は頭を振り続けた。


 「モッキュキュモッキュモッキュキュキュ」


 「何だ? 何をしている? ちゃんと説明しろ!」


 両手で水晶を握りしめながら頭を振り回している俺に向かってテオフーラが説明を求める。


 「水晶が熱くなってます! もうすぐ光が溢れそうです! それと関係あるのかどうかわかりませんが、急にオデさんが暴れだしたんです!!」


 「ほう……それは、興味深いな。おい、お前、頭を振るな。そいつの好きにさせるんだ」


 「いや、でもですね!! ちょ! オデさん!!」


 暴れるオデさんが俺の頭から首元に下りて来た。


 「だから動くな!! そいつの好きにさせるんだ!!」


 「ど、どうなっても知りませんよ!」


 「大丈夫だ、お前は殺しても死なないだろう?」


 いや、俺の事じゃなくて、あんたの事を心配してるんだよ!! こうなったら光が漏れるのを抑えきるしかない。俺はずっと熱いままの水晶に耐えながら、右手で水晶を握り、その隙間となりそうな場所を左手で包み込む様に握りしめた。


 「モッキュキュッキュ」


 俺の首まで降りて来ていたオデさんはそこから一気に左手の所まで移動し、細長い触手を使って俺の左手に巻き付いた。


 「オデさん! そこは危ない!!」


 両手で握りしめてはいるが、その隙間から洩れた光がオデさんに当たってしまうかもしれない。せっかくもう一度会う事が出来たオデさんなのに、こんなにすぐにお別れするのは悲しすぎる。だが、しっかり巻き付いたオデさんの触手を振り払う事は無理そうだ。


 あ、来た!!


 それは一瞬、正に一瞬の出来事だった。右手から溢れる光と熱が俺の両手を焼き尽くすかの様に広がると、白と言うか黄色というか、無数の色が集まった様な光が俺を包み込む。


 これは死んだ!? 俺も、テオフーラも、オデさんも!!


 そう思った時、光と熱が消え去ったのを感じた。目を閉じていた俺は、ゆっくりと瞼を開いて辺りを見渡す。岩山はある。どこも燃えていないし破壊されてはいない。テオフーラもいる。しかめっ面だがどこも怪我はしていないようだ。


 「おい、お前何をしている。何があったんだ?」


 あれ? あんなに光が溢れ出たのにテオフーラは何も気が付いていない様だ。


 「あの、先程、この手から凄い光が漏れましたよね?」


 そう言って俺はまだ左手で右手を握ったままの手をテオフーラに向かって差し出した。


 な、何だこれ!?


 「な、何だそれは!?」


 俺の心の声と同じ事をテオフーラが叫ぶ。が、俺は驚きのあまりその問いに答える事は出来なかった。というか何が起きているのか理解できなかった。ただ、目の前にあったのは、俺の左手の手の甲にいるオデさんらしき顔の生き物と俺の指が増えたかのように揺ら揺らと動いているオデさんの触手だった。


 え? ちょっと待ってくれ! 何これ? 何々? 何これ!?


 左手の手の甲の上にオデさんが乗っているのなら別に構わない。だが、そうではないのだ。オデさんの頭の部分が円錐形の頭の部分が完全に俺の手の甲と同化しており、その裏側である掌からはオデさんの細い触手が指の付け根の辺りから生えて来ていた。


 「せ、成体融合だと!? お、お前! そんな魔術をどこで知ったんだ!?」


 「成体融合? これがですか?」


 俺の左手に合体したオデさんの頭や触手をつついたり、つまんだりしながらテオフーラは質問を続ける。


 「感触はあるのか?」


 「あります」


 「モキュゥ」


 俺と同時に、左手のオデさんも一緒に返答する。


 「この触手を操れるか?」


 「いえ、ちょっとわかりません……」


 そう言いながらも俺は触手を伸ばす事を指を動かすのと同じように考えてみた。すると、物凄く自然に触手が真っすぐに伸びる。


 「あの、出来ました……」


 「そうだな……出来ているな……これは疑いの余地の全くない、完全な成体融合だ。お前はどこまでも私を楽しませてくれるな」


 テオフーラは狂気じみた笑みで俺を見つめた。いや、そんなつもりはないがな。そう言おうと思った時、俺の右手の表面が赤く光っている様に見えた。


 え? こっちも? あ、そう言えば熱くなくなったけど右手には水晶があったんだった。


 「へ?」


 薄っすらと表面が赤い右手をくるりと回し、その掌を見た俺の口から?マークをそのまま吐息にした様な気の抜けた声が漏れる。


 「どうした?」


 俺の左手をつついたり、つまんだりし続けていたテオフーラが顔を上げて俺の右の掌を見つめて固まった。


 「……ぶ、物質……成体……間……融合……だとぉ!?」


 物質成体間融合。おそらくそのまんまの意味なのだろうが、俺の右手の掌にはがっつり黒い水晶が埋め込まれており、浮き出ている赤い3つ目がギラギラと輝いていた。


 「あの、これ、どうなるんでしょうか?」


 俺の問いかけにしばらく無反応だったテオフーラは俺の左手と右手を掴み、強く強く握りしめる。


 「そうだな。お前は完全に全人類の敵になったな。面白い、面白いぞ、左手に魔神、右手に混沌の彼方。そんな者が私の目の前にいるのだ。長生きはするものだな!!」


 俺の両手を握りしめて踊りだしそうなテオフーラを見下ろしながら、俺は自分の両手から、計り知れない力を感じていた。

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