第21話 破壊神と十賢者の伝説
ディカーン歴504年3月1日
フシュタン公国歴107年3月1日
朝から色々あったが、午後になって俺とアレッサンドロさんはジョーヴェの校舎に連れてこられていた。部屋の引っ越しだ。特に荷物のない俺は、アレッサンドロさんの荷物を持って一緒に部屋に入った。アレッサンドロさんがジョーヴェのルーナになるのは決定の様だが、俺が次期ジョーヴェになるかどうかはまだ決まっていないらしい。俺との勝負の後、ジョーヴェが部屋に閉じこもったまま出てこないので、ジョーヴェの生徒達もどうして良いのか分からないという状況だとアレッサンドロさんが教えてくれた。
「あのアレッサンドロさん、ちょっと教えていただきたいことがあるのですが」
俺とアレッサンドロさんは同じ部屋となり、今は小さいテーブルを挟んで椅子に座っている。アレッサンドロさんがいれてくれた紅茶を飲みながら休憩をしているのだ。肉体的な疲れというよりも、午前中に起こった色々な事の整理ができておらず、脳が疲れているという感じだ。
「はい、なんでしょうか」
紅茶を飲んでいたアレッサンドロさんが、手に持っているカップをテーブルの上に置き、俺の顔をその可愛らしい瞳で見上げてきた。
「この学園の事、魔神の事、異端者の事……あとは魔法局の事を詳しく知りたいです」
俺がそういうと、アレッサンドロさんは少し困った顔をする。
「それは……一言では説明できませんね」
確かに、いきなり俺は質問し過ぎた様だ。全然ちょっとじゃなかった。
「でも、今日は部屋を出るなとフランカ様もおっしゃられていましたので、僕が知っている範囲でという事になりますが、一つずつご説明しますね」
「はい! よろしくお願いします」
「では、まず、この学園の何を知りたいですか?」
アレッサンドロさんは邪魔臭そうな素振りを一切見せずに俺に問いかけてくれた。
「はい。あの、ジョーヴェとかルーナとか、いまいち良くわからなくて」
「では、まず星様達の話からしましょう。エルコテ魔法学園の基本ですから、そんなに難しい事はありませんよ。ただ、皆さんの名前を覚えるのは大変かもですが」
アレッサンドロさんはそう言って、この学園の事を順を追って説明してくれた。俺はやっとアエリア、メルクーリオ、エスロペ、ミアルテ、ジョーヴェ、サトゥルノというこの学園の塔と校舎、そして生徒とその代表である星、そしてルーナの意味が分かった。そう言えば、確かあのイノシシを置いた台にも書いてあったな。さらに、現在の星達とチリャーシ八家、そして伝説の魔法使いキッカ・ロッカの事も結構詳しく教えられたが、すでに名前を覚える許容範囲を超えていたので、なんとなくの状況だけの理解に留めて置いた。
次に教えてくれたのは魔神の事だ。魔神と使徒、そして異端者と破壊神、これらの事がいまいち繋がらない。さらに魔神、使途、異端者、破壊神は魔法が使えないらしいが、ミアルテは生きていたら全員魔法が使えるとも言っていた。これは矛盾している事だし、俺には意味が分からなかった。
「諸説あるのですが……」
アレッサンドロさんは難しい顔をしながら話し出した。どうやらそれぞれの国や地方によってかなり考え方が異なり、正確なところは何も分かっていないというのが現状らしい。そもそも、隣のディカーン皇国が出来てから3度は世界が破壊されているというのも、全世界というよりは、大陸の一部が怪物に襲われたというのが真実らしい。この世界はヌーナ大陸という一つの大陸の上にあるらしく、その中央に巨大なディカーン皇国があるようだ。大雑把な地図を指でテーブルに描いてくれたが、なんとなくでしか理解できなかった。
魔神やその魔神の使徒というのは、森や山、海、湖など人があまり立ち入らない場所に生息しており、稀に人里に現れて暴れるのだという。その暴れ方が特にひどかったのが過去に数回あり、場合によってはその被害が数か国に渡ったため、世界が破壊されたと言われたのだという。大陸には大小50近い国があるというのに、数か国で世界を破壊とは大袈裟なと思ったが、被害に合った人たちの数は万を超えるというから、ただ事ではないのは確かだ。
で、ディカーン皇国の何代目かの教皇が、その魔神や使徒が魔法を使わず、そして魔法使い達を襲う事から、魔法を使えない者達が魔に落ちた姿だという事を皇国内だけでなく、大陸全土に流布した。それは大体100年ぐらい前の話らしい。それから異端者という言葉が生まれ、異端審問や異端者の処刑が始まったという。
まあ、オデさんは確かに魔法は使わなかったし、イノシシに魔法が使えるとも思えない。その事をアレッサンドロさんに聞いてみると、小さな動物でも実は魔法が使えるらしい。その多くは身を護るためのものだが、中には狩りに使用する者も居るとのことだ。なので全く魔法を使わない生き物というのはやはり特殊なのだとういう。
つまり俺は特殊なのだ。
「きっと使える様になりますよ」
そもそも魔法が使えないという者に出会ったことがないというアレッサンドロさんには魔法が使えないという事が理解できないらしいので、そのアドバイスも気楽なものでほわっとしている。まあ、何も考えなくてもできることをできない人に説明する事は難しいだろう。それができるのはできない事をできる様になった者だけだ。
「異端者は全員、処刑されるのですか?」
「ディカーン皇国ではそうです。ここ、フシュタン公国でも。ただ、確かどこかの国では異端者と言えども命を奪わずに隔離するに留めているという話を聞いたことがあります。良く言えば人命を大切にしていると言えるのですが、一般的には軍事利用をしようと実験しているのではないかという噂もあります」
まじか。そこに行けば魔法を使えない者達から魔法を学べるのかも知れないが、実験台や戦争の道具になるのは嫌だな。俺、まじめに魔法勉強した方が良いかも……。
「破壊神って何でしょう? ものすごくやばそうな名前ですが」
「伝説です。言い伝えというか……世界が3回破壊されたという話は先程しましたが、その3回の内、2回目の破壊が最大のものだったそうです。ディカーン皇国の東、このフシュタン公国とも繋がっている森の中から現れた魔神によって、2つの王国と、ディカーン皇国の都市が2つ、破壊されたそうです。死者は10万人とも20万人とも言われています」
10万と20万ってかなり違うが、まあ何百年も前の話ならそうなるか。
「その時の魔神の姿が今でも言い伝えで残っているのですが、その姿は巨大な人の姿だったと言われています。その事が大きなきっかけとなり、魔神や使徒は元々人だったのではないかという噂が流れる様になりました」
人の姿か。巨大なね……それを知っている者達からしたら俺は破壊神っぽいのかもしれないな。
「どれくらい巨大だったのですか? その破壊神は?」
「はい。雲を突き抜ける程だったと言われています」
「え?」
「雲を突き抜ける程です」
「何が?」
「体がです。大きすぎて、頭が見えなかったと言われていますし、ディカーン皇国の東に現れたのに、その姿が西の端でも見えたと言われています」
いやいやいや。それはないだろう? そんなに大きかったらもっと被害出てるんじゃ? っていうか、人型かどうかも怪しいな。
「どうやって、そんな大きな化け物を倒したのですか? いや、そもそも倒せたのですか?」
「はい! 倒せたのです!! すごいですよね!!」
俺の質問にアレッサンドロさんが椅子から立ち上がって答えた。口元に笑みが浮かび、ものすごくうれしそうな顔をしている。
「ど、どうやって?」
俺のその質問を待ってました! と言わんばかりにアレッサンドロさんは両手をテーブルについて身を乗り出した。
「英雄、初代十賢者が魔法を使って大地に封印したと言われています!」
「初代十賢者?」
「はい! 大陸全土から集まった魔法の全てを知る魔法使い達です。もちろんその中にキッカ・ロッカ様も含まれています」
「は、はあ」
「でも、キッカ・ロッカ様がご生誕されたのは今から250年程前なのですが、この破壊神が現れたのは300年以上前という記録がありまして、その50年のずれがいろいろと問題になる事があります」
「問題? どんな問題ですか?」
「はい。十賢者というのは今も大陸全土から最高の魔法使い10人にだけ許された名前なのですが、フシュタン公国、特にここチリャーシでは、その初代の10人の中にキッカ・ロッカ様が含まれるという歴史を学ぶのです。ですが、他国、特にディカーン皇国内ではその10人にキッカ・ロッカ様は含まれない歴史を学びます。その認識の違いが原因で過去に外交問題に発展したことがあります。つまり、戦争です」
まじか!? まあ、歴史認識ってなかなか難しいが、それで戦争するって、魔法使いって基本短気なのか?
「とにかく初代の十賢者によって破壊神は倒されたと? いや、大地に封印されたのか」
「はい! その伝説をしても良いですか?」
アレッサンドロさんに満面の笑みでそう言われると、俺にそれを断る事は出来なかった。
「初代十賢者。10人の伝説の魔法使い達が今のフィロートの地に集結した所から物語は始まります。時の教皇、16代カリトゥトゥスが神に祈り、その神の声を聞いた選ばれし10人が同時に集結したのです。北海から白き金剛のケイテル。天空山から灰の碧鋼のコークマン。黒土湿地から黒真珠ビビーナ。大樹の森から蒼き青玉のゲドウラ。赤砂海から鉄紅玉のラーゲブ。太陽神殿から黄金のテフレアト。鉄鋼大地から七緑玉のネッツァーク。八大湖から橙水銀のホホド。満月城から紫銀のイーエード。皇都から四色水晶のマルクットです」
10人か……多いな。
「4人目の大樹の森の蒼き青玉のゲドウラが、キッカ・ロッカ様だというのがこの国での歴史になります。大樹の森はディカーン皇国とフシュタン公国の間に広がる森の事で、蒼き青玉はキッカ・ロッカ様の目の色というのがその説です。特に重要なのが、ゲドウラが使ったとされる六つの魔法が、キッカ・ロッカ様が我々、チリャーシの魔法使いに伝えた六法魔法にそっくりなのです。今の歴史家が研究しているのですが、どの文献にある魔法も六法魔法と同じだと公国では認定されています」
「年齢や、名前が違うのは?」
「年齢の問題はまだ謎です。名前の件は、当時各地でいろいろと問題を起こされていたキッカ・ロッカ様の偽名の一つだったと言われています」
「問題?」
「はい……その……キッカ・ロッカ様は恋多き女性でしたので……それが他国であまり評判が良くない原因だと言う学者さんもおられるようです」
アレッサンドロさんが申し訳なさそうに目を逸らし首の後ろをかく。別にアレッサンドロさんが困る必要はないだろう。だが年代のずれがそのままだったとしたら、キッカ・ロッカが単に十賢者の名前を語ったのではと普通は考えるよな。だが初代十賢者にキッカ・ロッカがいると思っている側のアレッサンドロさんにそうは言えなかった。
初代十賢者はそのフィロートの地に集い、東の地にそびえる巨大な破壊神に向かいその場からそれぞれ魔法を放ったという。魔法はまとまり重なって雲の遥か上の破壊神の頭を貫き、飛び散った体、10の部位をそれぞれが追い、その地に封印したという。その封印した場所が、現在魔神がいると言われている場所らしい。
アレッサンドロさんの熱い話が続く中、俺たちの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「アレッサンドロ・ロンヴァルデニ、ピエトロ・アノバ、入るぞ」
俺たちの返事を待たずに部屋に入って来た赤毛のは少女だから、ジョーヴェのルーナであるフランカか、ミアルテのどちらかだ。
「フランカ様」
アレッサンドロさんは直ぐに分かるらしい。見分け方は今度教えてもらおう。
「ジョーヴェ様がお呼びだ。2人ともついて来い」
フランカの後に続いて、俺とアレッサンドロさんは再びジョーヴェの部屋に向かった。
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