第39話 混沌の彼方
円卓のある四角い部屋の扉の前で俺が筋トレを楽しんでいる間に11人の者達が円卓を取り囲んで座っていた。結局最初の男以外でミシェルさんに息の根を止められるような失敗をした者はいなかったのだが、それは2人目にやって来た女が後から来るものに状況を説明していたであろうことは、3人目以降の者達が皆、部屋に入ってすぐに正面に居る俺ではなく、背の高い椅子の裏に居るミシェルんに視線が行っていたことから察する事ができた。
「皆揃った様だね」
自分の隣の席だけ空いている事を無視してミシェルさんは話を始めた。残りの10人の者達の張り詰めた緊張感が俺にも伝わって来る。
筋トレしている場合じゃなさそうだな。
隠れて交互に挙げていた足を両方地につけて俺も他の10人と同じく、ミシェルさんの方を見つめる。ミシェルさんは、最初の言葉から敢えて間を開ける様に口を閉じ、端から順に座っている10人と最後に俺に視線を送り終えると、一度だけ目を閉じそして再び話始めた。
「この中に私の計画を知らない者はいないと思うのだけど、重要な事なので確認させてもらうね。あ、そうそう、円卓に着いたからにはもう情報を偽る必要はないからね。まあ、元々この部屋に入った段階で必要ないんだけどね。ただ、トロペトロ君は何て言うかあまりにも無警戒過ぎたんだよね」
ミシェルさんは視線を巡らせて俺の左斜め前辺りの席を見つめる。
「じゃあ、フォマス君。フォマス・デデモ君に尋ねるね。我ら石工の長老の目的は何かね?」
椅子に隠れてその姿は見えないが、ミシェルさんに問いかけられた者は身動ぎし、そして戸惑う様に間を開けてから途切れ途切れの声で返答する。
「我々、の、目的は……魔術、の、復権、と……その技術、の、解明、で、す……」
ゴクリ
答え終わったその男が喉を鳴らして唾を飲み込む。返答を聞いたミシェルさんはしばらく男を見つめた後、満足したように微笑んだ。
「その通りだね、フォマス君。こういう基本的な事から確認していかないと、会合というのはどんどん主旨からずれていくからね。では、次に……」
ミシェルさんが視線を巡らせると避けようも無いのに、その他の者達は体を椅子の背に貼り付け身を縮める様に顎を引いた。
「そうだね、アンドレア君。アンドレア・モンシン君に尋ねるね。お兄さんの事は残念だったね。まあ、だからと言って手加減はしないね。これはそういうものではないからね」
「は、はい。勿論です」
ミシェルさんにそう返事をしたのは女の声だった。お兄さんというのが誰の事かは分からないが何か悲しい事があったのだろう。
「我々がアルゴナイトの採掘と流通を支配しているのは何故かね?」
「それには……2つの理由があ、あります。1つは、我々の活動に必要な資金の調達です」
「ふむ。もう1つは?」
「は、はい。もう1つは、世界の力のバランスを取る事です」
「そうだね。他にはないかね?」
「他に……ですか?」
「アンドレア君、訪ねているのは私だよ?」
「も、申し訳ございません!! あ、あります。もう1つありました!」
「ほう、それは何かね?」
「はい! それは、力のバランスを取りながらも、その力の上に我々が君臨できるようにする為です!」
「その通りだよ、アンドレア君。君たち兄妹は本当に優秀だね。お兄さんの事も私は心の底から信頼していたんだよ。今日からは君の兄であるトロペトロ君への信頼も君に与える事にするよ」
「あ、ありがとうございます」
そう答えた女は、椅子から立ち上がりその場で跪いた。俺はその様子を見て目を見開く。この女の兄があの1人目の男、さすがに俺でもその名を覚えたトロペトロだったのか? 兄を殺されてもミシェルさんの言う事を聞くって、どれだけミシェルさんを尊敬しているんだろう。いや、単に恐れているだけかも知れないが……。
「採掘したアルゴナイトの内、流通しているのは1割に満たない、そう調整してくれている事はいつも感謝しているよ。ただ、ちょっと最近流通量が増えている物があるね?」
「ひぃっ…」
ミシェルさんの言葉に軽く悲鳴を上げたのは、最初に質問に答えた者の右隣、俺のすぐ左前にいる者だ。勿論その姿は見えないが、椅子横からはみ出している黄色いローブが波打つのが分かった。
「マイタイ・テオフェテュ君。そう、君の事だよ。そんなにお金が必要かね? 何が欲しかったのか私に聞かせてくれるよね?」
「は、は、はひぃ……も、ももも、申し訳……ございませへぇん!」
ダンッ
マイタイという男は円卓の上に突っ伏す様に謝っている様だ。手か、頭かは見えないがとにかく何かを力強く机の板にぶつけた音が響いた。
「いやいや、怒って等いないよ。ある程度の裁量を君たちに与えているのだからね。ある程度のね? で? 手に入れたお金で何を買ったのかね? 君の所に大量の黒い金属が運ばれたと聞いているのだがね」
「そっ……」
「それを何処で知ったのか? そう聞きたいという顔だね。まあ、それは良いとしてだね。これは私個人の問題なので別に構わないのだけれど、私がアダマンタイトを集めている事は知っているよね? それなのに君は大量のアダマンタイトを購入した。それは何故かね?」
「そ、それは……」
「それは?」
「そ、尊師に! も、もちろん、尊師にお送りする為でございますぅ!!」
絶対に嘘だ……。
その場にいる誰もが、このマイタイという男に初めて出会った俺ですら明らかに嘘だという返答だったが、ミシェルさんは満面の笑みを浮かべて頷いた。
「そうだろうね。そうだと思っていたんだよ。久しぶりに帰って来た私に対する秘密のプレゼントとして買い集めていてくれたんだよね。君はやんちゃな所もあるけど、一番優しい男だと私は知っていたんだよ」
「は、はぃ……あ、ありがとうございます……」
男は消え入るような声でそう言った。
「マイタイ君の最近の目に余る行動も、私の為を思った事だったということで、皆も目を瞑ってあげてね。そのおかげで私達の最終目的に一気に近づく事ができるのだからね」
「え? 最終って……あの?」
「本当ですか!?」
「まさか!? あれが完成したのですか!?」
「そんな! ど、動力はどうなったのですか?」
「その為のアダマンタイト!?」
「い、いや、私は何も……」
それまでミシェルさんに完全に呑まれていた10人が、一斉に立ち上がって身を乗り出した。その言葉には疑いが混じってはいたが、その目は輝きが籠っていた。
「まあまあ、そう慌てないでね。長い年月をかけてアダマンタイトを加工し造り上げた神の像。その像に魂を込めるのがアルゴナイトだと信じて来た我らの考えは間違ってはいなかったのだけど、圧倒的な魔力不足によってその道は閉ざされていたよね」
「はい! そうです!!」
「アダマンタイトの加工技術はもう限界に達しています、これ以上はアルゴナイトが持つ魔力を上げるしかなかったのですが……」
「どんなに良質のアルゴナイトでも、神の像を動かすには至りませんでした」
円卓を取り囲む10人は長年の苦しい経験を思い出すかのように拳を握りしめている。
「そうだよ。君たちのその努力が今日、報われるのだよ。彼の、ピエトロ・アノバ君の力でね」
ミシェルさんが俺を見つめると、立ち上がっていた10人が俺に向かって振り返る。
「こ、こんな男に? 本当ですか?」
「まだ、子供の様に見えますが」
「体は異様に大きいですが……そんな魔法が使えるのですか?」
「ふふふ、このピエトロ君はね、異端者なんだよ」
「え? 異端者!?」
「という事は魔法が使えない?」
「どういう事ですか尊師!? 魔法も使えない者が、どうやってアルゴナイトに通常以上の魔力を注ぎ込む事ができるのですか!?」
「わ、我々をからかっておられるのですか! いくら尊師と言え、もし嘘であればそう簡単には許すことはできかねます!」
「そ、そうです! どうなんですか!? 尊師!!」
「百聞は一見にしかずだよ。まあ見ていたまえ」
ミシェルさんはそう言うと、椅子から立ち上がって俺の前までやって来た。
「君にやってもらいたい事はこれだよ」
そう言って懐から小袋を取り出す。
「手を開いて」
「はい」
俺は言われた通り手を開く。ミシェルさんはその上に小袋の中からサイコロの様な石を3つ程とりだし、俺の掌の上に乗せた。
「これを思い切り握ってね。あ、こっちの手だけこれを取って良いよ」
カチャ
ミシェルさんは、俺の右手の輪っかを外した。
「尊師! 何を! 危険です!!」
「あ、いや、その男は異端者だから大丈夫なのか?」
「いや、どうなのでしょう? 魔法を使えない者にそもそもこれが有効なのかどうかも私にはわかりません」
おお! 軽くなった! 筋トレして疲れてはいるが、この石を握るくらいなら問題ないだろう。俺は掌の上の3つのサイコロを見つめた。
これがアルゴナイトか。確かに俺が握って作ったものと良く似ている。でも、俺が握った物よりも少しだけ曇っているというか、傷が多いと言うか、純度が低そうに見えた。
「君が作った物よりも曇っているよね。天然のアルゴナイトは良質の物でもそれ以上純度が上がる事はないんだよね」
俺を見上げているミシェルさんにまた心を読まれたようだ。だが、あの岩を握っただけで天然のアルゴナイトよりも純度の高いアルゴナイトができたのだとしたら、天然のアルゴナイトを握ったら何ができるんだ? というかそんなもの作ってしまって大丈夫なのか? そんな俺の戸惑いを他所に、俺とミシェルさんを取り囲むように10人が集まって来た。
「作った? この男がアルゴナイトを!?」
「え? 尊師が今、そうおっしゃったの?」
「……私もそう聞こえたわ。聞き間違いでなければだけど」
「君たち、聞き間違いではないよ。このピエトロ・アノバ君はね、魔法が使えない異端者ではあるのだけどね、手で握ってただの岩からアルゴナイトを生み出したんだよ。すごいよね。ピエトロ君、やってみてくれるよね。あの子の命がかかっているんだからね」
そうだ、アレッサンドロさんの命がかかっているんだった。
「わ、分かりました……」
「あ、ちょっとまってね。やっぱり、出し惜しみはやめておこうね。せっかくの世界初の実験なのだから、盛大にやってしまおうね。君たち、そうだね……これと同じぐらいだから最高純度であるフローレスのアルゴナイトを持っていないかね?」
「あります! 少しですが、今日、尊師に見て頂こうとこちらに!」
「私も」
「私もです」
「こちらにもございます」
「おお。皆、すばらしいですね。では、それら全てを彼の掌の上に置いてください」
「え? 全部ですか!?」
「そうですよ。全部でないと、意味がないですからね。私も全部わたしますね」
ミシェルさんは手に持っていた小袋の口を逆にして、その中身を全部俺の右の掌の上に出した。ポロポロと出て来たのは全部で5個のサイコロ。最初の3つと合わせて全部で8個になった。どれも同じような純度のアルゴナイトだ。
「で、では私も」
そう言って周りの者達も次々に俺の掌の上に持って来たアルゴナイトを置いていく。落とすまいと慎重に1つずつ乗せるので、全員が乗せ終わるのに結構な時間がかかった。
最終的に俺の掌には30個程のアルゴナイトが乗っている。
「さあ、握ってね」
「はい」
どんな事になるのか、不安はあったが俺は右手を思い切り握った。バラバラの手ごたえのあったアルゴナイトが互いに押し合い、擦れ合いながら俺の手の中で砕けて行くのが分かる。
ピキキキキィィィィイイイイイイイィィィッ
アルゴの岩場に響いたあの音よりも確実に高くて澄み切った音が部屋に響き渡った。そのあまりの音に何人かの者が両耳を手で塞いだ程だ。
「出来たかね!!」
その音を聞いたミシェルさんは、俺が握ったアルゴナイトを始めて見た時の様な表情になっていた。
「は、はい……多分」
「で、では、その手を開いてね! は、はやく! はやくね!!」
俺の手首に両手でしがみついてくるミシェルさんの顔の前に右手を差し出し、俺は手を開いた。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!」
そう叫んでミシェルさんが俺の右手の周りを右に左に回りだした。
「な、なんだこれは!!」
「く、黒い……黒いアルゴナイトだと!?」
「見た事もないぞ、こんなもの!?」
「し、しかし……黒いが輝いてる」
「しかもなんだこの形は? アルゴナイトの結晶は全て立方体になるはず」
「これは、なんというか……ねじれた双角錐?」
そう、俺が握って作ったアルゴナイトはサイコロではなく、真っ黒の左右に尖った形のいびつな水晶の様なものだった。
「ピ、ピピピ、ピピエトロ君! こ、これを、この上に、置いてね。そっと、そっとだよ、そっと置いてね」
ミシェルさんはそう言って、白い布を円卓の上に折りたたんで置いた。俺は黒いねじれた水晶を壊さない様に、落とさない様にしながら、その布の上に置く。
「ここここここ、これは……まさか……まさかだけど……あ、あああああアレじゃないかね?」
ミシェルさんは円卓に顔を擦りつける様に水晶を見つめながら、周りの者達に問いかける。
「アレと申しますと?」
「アレ? 黒くてねじれた双角錐のアレ……?」
「アレ、アレ……え? アレ!? アレってもしかして!?」
「え? ま、まさか!? いや、それは、いやだが、黒くてねじれた双角錐と言えば!」
周りの者がそこまで言った時、ミシェルさんは飛び出しそうな両の目玉を俺に見せながら呟いた。
「輝くトラペジウム……混沌の彼方だよね? これ」
え? 何それ? なんだかやばそうな名前なんだけど?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます