第7話 山の上のすごい建物

 川から右の方に歩き続けて3日目、なんと森の中に道のようなものを見つけた。俺はどう見ても人の手で作られた道を見て思わず駆け出してしまう。だが、しばらく走って気が付く、この道が長い間使われていなさそうだという事に。


 いや、それでも道があるのだからこのまま進めば必ず人里に着けるはずだ。


 僅かな希望だが何もないただの森の中を歩いていることを考えると何百倍もましだ。そして、少し気が緩んだのか腹が減っている事に気がついた。激しい運動をしていると空腹を忘れるらしいが、この3日間そこそこ全力で走り続けていたので忘れていたので、その話は本当らしい。


 が、一旦腹が減るとどうにも我慢できなくなってきた。俺は走る速度を落とし、辺りに食料にできそうな野生動物がいないか辺りの気配を探る。すると、すぐ前方の森の中に3つほど気配があった。もう少し気づくのが遅かったら向こうが俺の気配を感じて逃げ出していたかもしれない。ラッキーだと思った俺は、力を籠めたつま先で大地を蹴って3つの気配の元に瞬時に移動する。


 3つの気配の主は一抱えもあるイノシシの様な野生動物だ。オデさん以外の野生動物たちの中で1、2を争うおいしいお肉の持ち主だ。それが一度に3匹もいる。赤く燃えるような目と、それは邪魔だろ? と思えるような牙をはやしたイノシシの眉間に拳を打ち込み絶命させる。逃げ出す暇もなく俺の拳の前に倒れた3匹の首をもぎ取り、後ろ足を木のつたで縛り枝に引っ掛ける。血抜きをしなくてもおいしいのだが、試しにやってみたら味が全然違ったので一応やることにしている。


 ま、我慢しきれずにいつも途中で焼いてしまうので本当の味は知らないのだが。


 3匹ともぶら下げてから俺は焼くための薪を集める。渇いた枝、枯れた葉と、すぐには燃えないが太めの生木を集めて適度な大きさに揃える。生木をキャンプファイヤーの様に組み、その下で大量に集めた枯れ枝や枯れ葉を燃やす。指を鳴らして火を起こすのはもう慣れた。周りをまわって4か所程を燃やし、生木を乾かしながら炭を作る。集めた枝や葉をどんどん継ぎ足し燃やし続ける。


 プスプスと煙を上げて燃え始めた太い木に立てかけるように枝で貫いたイノシシたちを火にかける。内臓を取った方が良いという話を聞いたことがあるので、前にやってみたのだが、こちらの野生動物たちは内臓と一緒に焼くと薬味のようなものが肉に広がり逆に臭みがなくなるという事が分かってから、腹を火に向けて焼くようにしている。皮を剥かないのも同じ理由だ。内臓から染み出る味が皮の内側で留まり、肉全体に広がるようで流れ出る皮下脂肪がジュウジュウ垂れるのがとてもうまいのだ。


 いい具合に燃え上がる炎の煙が生木の煙が肉から立ち上るおいしい煙に変わった頃、俺は最初に火にかけたイノシシの串を掴みパリパリの皮ごと肉を頬張った。


 う、うまいぃ!!


 料理漫画ではないが、飛び上がる程のおいしさが口に広がり喉を通って腹に収まる。この食べたものが腹に溜まっていく快感は何度感じてもたまらない。俺は最初の一匹を無我夢中で食べつくした。もちろん骨にもしゃぶりつく。


 まだまだいける!


 空腹こそ最高の調味料という部分もあるだろうが、肉が好きな俺は2匹目を掴むとそのまま飲み込む様に食べた。良く噛んで食べなさい。と、筋トレしていたころ教えてもらったが、この世界に来てからそれを全く無視している。良い大人が良くないなと思ったが、次からそうしようと心に決めて、3匹目に手をかけた。


 良く焼けててこれまたうまい!


 骨の芯まで良く火の通った3匹目は皮の香ばしい風味でまた違ったうまさだ。多少食べるペースは落ちたが、それは満腹感と言うよりは風味を楽しんでいると言った方が良いだろう。


 そんな時、俺の前に黒い塊が飛び出してきた。飛び出すというか吹っ飛んできた。黒髪の女の子だ。真っ黒のローブに身を包むその女の子は痛そうに唸っている。俺は、まだ3匹目の肉が残っていたので、様子を見ながら肉を頬張っていた。が、そうも言っていられないようだ。


 でかいな。


 それはイノシシの親玉のような奴だった。その後ろには吹っ飛んできた女の子と同じような格好の者達が数人立っていた。大きなイノシシに狙われているのに棒立ちだ。この女の子みたいに吹っ飛ばされたらかわいそうだな。あと、大きいイノシシもうまそうだ。


 俺が大きいイノシシを捕まえると、吹っ飛んだ女の子と同じ黒髪の女の子が俺に怒って来た。まあ、怪我をしている女の子をそのままにして、肉を食べていたのだから怒られるかも。せっかく人に出会えたのに心証を悪くしたくなかったので、女の子の救助を手伝う事にする。


 大きなイノシシの上に怪我をしている女の子とその女の子にそっくりな女の子を乗せて山道を走る。途中で同じような格好の者達とすれ違うが、その顔は化け物を見るような顔だ。まあ、山道をいきなり飛び出して来たら誰でも驚くだろう。1分程で大きな広場にでた。


 も、森から出れた。


 正確にはまだ周りには森があるのだが、ジャングルと公園ぐらいその雰囲気が異なり、完全に整備された道やところどころに立ち並ぶ街灯のようなものが目に飛び込み文明を感じた俺はその場に立ち止まってしまう。ずっと悲鳴を上げていた元気な方の女の子が叫ぶのを止めて、頭の上で何かを言っている。先ほどとは異なり怯えている様だ。


 「あ、あの……あの岩山の上に、お、お願い……します……」


 どの岩山? 俺は広場に一旦イノシシを降ろす。


 「どの岩山ですか?」


 と聞いてから俺は自分の愚かさに気づいた。どーんとそびえるような岩山が目の前にあったのだ。


 「あ、あれですね。どうやって登るんだろう?」


 無言で指さす女の子の指の先にある不自然にそびえる岩山の頂上を見ながら俺が呟くと、女の子が震える声で教えてくれた。


 「岩山の周りに道があり、あります……」


 「わかりました。では、行きますね」


 俺はもう一度イノシシごと女の子たちを持ち上げると、岩山に向かって走った。再び女の子の悲鳴が聞こえる。確かに岩山の周りに螺旋状の立派な道があった。なだらかな斜面は車でも走れそうな立派な道だ。人の手で作られた道と言うだけで俺はうれしくて涙が出そうになった。その嬉しさは岩山の山頂で爆発する。


 うお! 何だ!? このすごい建物!?


 目の前に広がるのは5階建て? いや6階建てかな? ぐらいの大きな建物だ。何本かの高い塔が建っており、その間をつなぐようにそびえるそれは、まるで城の様であった。


 すごい! かっこいい!!


 建物の周りには庭園が広がり、それを取り囲むように鉄の柵と門がある。その門の前に俺は立っていた。


 「こ、ここで降ろして……」


 女の子の声が聞こえたので俺はイノシシを降ろした。


 「少しここで待って」


 そう言い残して女の子は門の前まで走る。左右の門柱にはよく見ると花の様な装飾があり、その下にハンドルのようなものがついている。そのハンドルを握った女の子はゆっくりと回しながら花びらの中に向かって何かを話している。


 電話?


 女の子はこちらに戻って来た。


 「エレオノーラ、もう大丈夫よ。もう少しで医療係がくるわ」


 おお、助けを呼んでいたのか。それなら安心だ。俺の役目はもうなさそうだが、できれば助けたお礼に服が欲しい。お願いしてみよう。


 「あの、すみません」


 「ひぃっ……」


 俺が近づくと、女の子はあからさまに怯えた様子で身を引く。


 ああ……まあ、こんなボロボロで、この3日程体も洗っていない俺に急に近づかれたら嫌がるのもわかる。


 「すみません。お邪魔なようですので、僕は行きますね」


 残念だが問題を起こしたくはない。女の子を襲ったとか言われたら嫌だからな。大きなイノシシは惜しいが、俺はその場を去ることにした。


 「ま、待って! 行かないで!」


 「え?」


 「こ、ここにいて! 悪いようにはしないから!」


 「は、はい」


 怯えながらも女の子は俺を引き留めた。なんだか服をもらうチャンスはまだ残っていそうだ。


 そんな中、建物の中からたくさんの人が飛び出してきた。助けが来た様だ。


 「アレグラ様、こんなに早くどうさ……ひいいぃいぃいいぃいいいぃいいぃい!」


 先頭に走って来たものが、大きなイノシシを見て腰を抜かす。


 「だ、大丈夫よ! この使徒は既に死んでいます!」


 「ええ? こ、こんな大きな……」


 後から到着した者達もイノシシを見て金縛りにあった様に動けないでいる。


 「何をしているの! エレオノーラが怪我をしているのよ! さっさとその担架に乗せて医務室へ運びなさい!」


 女の子が最初に会った時の様に強い口調で叫ぶ。その声に促されて助けに来た者達が一斉に動き出す。全員まだ若い男女だ。イノシシに怯えながら怪我をしている子を担架に乗せて建物の中に走っていく。数人が俺に気づき目を丸くしていたが、手を止めることなく救助作業を続けていた。


 「こ、ここで待っていて。絶対、どこにもいかないで!!」


 怯えと何かが混在する様な口調で俺に命令してきた女の子は俺の返事も待たずに怪我した子を追って建物に入っていった。まあ、服がもらえるチャンスを自らつぶすことも無いかと俺は待つことにした。でも、このイノシシをこのままにしていたら肉の味が落ちそうだな。血抜きだけでもしておこうかな。でも、こんな綺麗な建物の門の前で血をぶちまけるのもちょっと気が引けるし、どこかに水場のようなところは無いかな。


 辺りを見渡すと、なんだかバス停のような場所があり、その横に小屋のような建物がある。中に何か無いかなと近づくと、なんと蛇口と洗い場の様なものがあった。


 おお! ここならありかも!


 一応、念のため水がでるか確認しようと蛇口に手を伸ばす。


 あれ? 何だこれ?


 なんと蛇口にはハンドルがついていなかった。


 これじゃ回せない。と思って蛇口を握る。


 バギン! ブシャアアァアァァァアアアァァアァァァァ


 うお! こ、壊れた!?


 蛇口が根元から折れてしまい俺は水浸しになってしまった。ついでに体でも洗うか。イノシシの血抜きもやってしまおう。俺は門の前のイノシシを噴き出す蛇口の前まで運ぶ。


 あ、でも吊り下げる物がない。


 小屋の中を調べてみると皮でできたような紐があったので、それを借りる事にした。小屋の天井にイノシシを引っ掛け、首を切り落とすとボタボタと血が落ちてきた。場所を調整して血が水場から漏れ出さないようにしてから俺は自分の体を水で洗う。


 最後に頭を洗ってすっきりした俺はタオルも無いので頭を振ってしずくを飛ばし、顔を上げると周りがざわついている事に気が付いた。辺りを見渡すと俺を遠巻きに眺めるように黒いローブの者達が取り囲んでいる。


 うお、ど、どうしよう。


 「道を開けなさい!」


 あの女の子の声が響くと、取り囲んでいた者達がすっと横に移動する。その奥から女の子が現れた。


 「あ、あなた……一体、何を……」


 「す、すみません。蛇口を壊してしまいました」


 俺は、自分がやったことを素直に謝った。


 「蛇口? そんな事はどうでもいいの! あの使徒をどこにやったって、ええええ!」


 「あ、これですか? 血抜きをしています。そうしないとおいしくなくなるので」


 「た、食べる気!? だ、だめよ!」


 女の子が全力で否定する。


 「え? でも、おいしいですよ?」


 「も、もっとおいしい物を食べさせてあげるから、食べないで!」


 「もっとおいしい物? わかりました! あ、あと服も頂けますか?」


 「服? そ、そうね。そんな格好じゃまずいものね……とにかく、その使徒を持って私についてきて」


 「あの、壊れた蛇口はどうしましょう?」


 「そのままでいいわ。他の者が直すから」


 「そ、そうですか。すみませんでした」


 俺は歩き出した女の子の後を、まだ血が滴るイノシシを担いでついていった。どうやら建物の中に入れてもらえる様だ。女の子以外の生徒たちは俺が近づくと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。まだ、そんなに臭いのだろうか。これ以上嫌われたくないのでできればちゃんとした風呂にも入りたい等と贅沢な事を考えながら俺は庭園を抜け建物の中に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る