第8話 エルコテ魔法学園への入学
門の奥に広がる美しい庭園の間を通りぬけ、かっこいい建物の前に辿り着く。中への入口は塔の部分にあり、両開きの大きな扉が大きく開かれていた。
でかい扉だな。
実際に見たことは無いが、西洋の大きなお城の扉と言う感じだ。ゲームや映画の世界では見たことがあるからそういった印象を持ったのかも知れない。
「こっちよ」
前を歩く黒髪の女の子の後を追って、俺は塔の中へと入った。塔は見た目の通り円筒形をしていて、丸い壁沿いに階段があり、中央は吹き抜けになっていた。
おお、高い!
塔の天井らしきものが頭上に小さく見えた。そこから幾何学模様の様に階段が降りてきている。その階段は塔に繋がっている建物と階層ごとに繋がっているようだ。その階層ごとに塔の内部をぐるっとつなげたような廊下が突き出している。
竹の節みたいだな。
真ん中に穴をあけた竹の節の様になっている塔を楽しそうに見上げていると、女の子の声が聞こえた。
「何をしているの? こっちに来て」
女の子の方を見ると、塔の反対側にある扉の先にいた。女の子の背後から光が差し込み、長い黒髪が風に揺れている。
外なのかな?
女の子に近づいてそこが中庭になっている事に気が付いた。塔とそれを繋ぐ建物に囲まれたそこは昔見た未来少年の三角形の建物の六角形版だた。はっきり言って内側もかっこいい。そして登りたくなるような建物だった。壁は石を積み上げたような壁でできており、丁度指先を引っ掛ける事ができそうな隙間がある。いい筋トレができそうだ。
中庭は少年野球なら2面はとれそうなくらい広々としており、建物の内側にあるのに日光が降り注いでいた。その理由は塔の窓である。塔の上の方にだけ縦長の窓がたくさんあり、その窓が日光を中庭に届けていたのだ。
巧みか!?
その日光に照らされて中庭の真ん中にある台座が白く輝いている。真っ白の石でできたその台座は中庭の形状と同じく六角形でできている。直径が5mはあろうかという大きなものだった。その六角形の台座には各頂点を結ぶ3本の線があり、6つの三角形を描いていた。その三角形の丁度真ん中あたりに星のようなマークが刻まれており、その中に文字が書かれている。
【アエリア】
【メルクーリオ】
【エスロペ】
【ミアルテ】
【ジョーヴェ】
【サトゥルノ】
刻まれた文字を俺は普通に読めた。文字の意味は分からないが読むことができた。
言葉が通じるのだから文字が読めてもおかしくはないのだが、ちゃんと読めるという事がこんなにも自分が人であると実感させてくれるとは思っていなかった。
「読めるの?」
女の子が俺に聞いてきた。
「読めます。アエリア、メルクーリオ、エスロペ、ミアルテ、ジョーヴェ、サトゥルノ。意味はわかりませんが」
俺がそう答えると、女の子は驚きをもって俺を見つめる。
「これは神代の時代の文字。そうやすやすと読める文字ではないのよ。それを完璧な発音で読むだなんて」
神代の時代の文字!? でも読めたし……読めたから……仕方がない……。
「異端者にそのような知識があったとは、そんな話は聞いたことがないけど、まあ、読めるならいいわ、とりあえずその使徒をここに置いてちょうだい。ここよ、あなたが読んだアエリアの場所に置いてちょうだい」
女の子はアエリアと書かれえた三角形の中を指さした。俺はその上にイノシシを降ろす。
ドチャ
首の断面からはまだ血が滴っているが、女の子はそれを見て満足そうに頷いていた。
「ふふふ、奉納台からはみ出すほどの使徒……いいわ、いいわよ、こうでなくちゃ」
褐色の顔を綻ばせながら、俺を完全に無視して台座の上のイノシシを見つめる。俺と同じようにイノシシの旨さを想像しているのだろう。本当にこのイノシシよりおいしいものを食わせてくれるのか? 女の子の表情を見て少し俺は心配になって来た。
「あの……」
俺が声をかけえた瞬間、女の子が俺に質問を投げかけてきた。
「あなた、名前は?」
名前? そう言えば、俺はオデさんにも自分の名前を名乗っていなかった。その後誰とも会話をしていない俺は自分の名前について全然考えていなかった。
えーっと名前は……あれ? なんだか変だぞ。
自分の名前が出てこないのに別の名前が頭に浮かぶ。
ピエトロ・アノバ
聞いたこともない名前だが、自分の名前を考えたときにその名前しか思い出せない。
「名前、言えないの?」
「ピ、ピエトロ……アノバです……」
「そう、ピエトロ。良くある名前ね。アノバという姓はディカーン皇国の平民に多いわね。そのあたりが出身だとしてどうやってここまで来たのかしら」
名前は変な名前では無かった様だ。
「こっちへ来て。まともな服をあげるわ」
入って来た時には気づかなかったが、塔の入口の上にある装飾に台座と同じ文字が刻まれており、そこにはアエリアと書かれている。塔の中に入ると階段ではなく、すぐに右に曲がって1階の建物の廊下に入っていく。廊下は次の塔まで真っすぐとつながっており、200mはありそうな長い廊下だ。
廊下には中庭に面した窓と教室の様な部屋の窓、そしてその教室に入るための扉が続いていた。その中の一つに女の子が入る。そういえば、この女の子は何という名前なのだろう? 何度か聞いたような気がしたがはっきりとは覚えていない。
「こっちよ」
扉の中から女の子が呼んだので部屋に入った。中は横幅よりの奥行きの長い縦長の部屋で、両端にたくさんの棚が天井まで続いている。この建物はどこも天井が高いようで少なく見積もっても4m程はありそうだ。その天井から1m程の所まで棚があるので、この棚自体もかなり大きなものと言える。棚は高さも幅も50cmほどの扉が上下左右に並んでいる。右を見ても左を見ても棚棚棚棚という感じだが、女の子はどこに何があるのかわかっているという様子でスタスタと奥へと歩いて行った。
「あなた身長は?」
身長、何cmぐらいあるだろう。筋トレをしてから成長しているとは思うのだが。少なくとも女の子をかなり見下ろしているので結構背は高い方だと思う。
「その棚に背をつけて真っすぐ立って。そう、じっとするのよ。……大きいわね、190cmぐらいかしら……たしか、ここにあったはず……」
190cm!? あ、そうか、棚の扉が50cmで確かに俺の身長は4段目ぐらいある。それにしても190cmもあったのか。目覚めた時には確かにもっと低かったはずだが。棚の蓋を見つめている俺に女の子が声をかける。
「これを着なさい」
女の子が渡してくれたのは青白い服だった。手に取って広げてみるとそれは長いローブだった。女の子が着ているのは漆黒のローブだが、色に何か意味があるのだろうか。サイズに問題が無さそうだったので、俺はそれに頭と袖を通した。
「ピッタリね。靴はこれを履きなさい」
新しい靴だ! 渡されたのは踝の少し上までの長さの革の靴だ。形はブーツっぽくて先が細くとがっている。これも女の子とは形や色が違っていた。ちゃんと見ていなかったので気が付かなかったが、女の子の靴は先が丸いそら豆の様な形の靴だ。踵も低く歩きやすそうではある。色は明るい茶色で、俺が渡された焦げ茶色の革靴とはかなり印象が違った。男女の差だけではなさそうな、何か階級を示すかのような違いがあった。
「着替えたわね。では、入学の手続きをするからついて来て」
「え? 入学!?」
「そうよ。ここはエルコテ魔法学園。あなたの身分をはっきりさせないと、あなたは兵士達に捕らえられて投獄されるわよ」
投獄!? そんなにやばいのか?
「でも、入学できるのですか? 魔法学園に……って魔法!?」
魔法だって? 魔法があるのか!?
「何? 確かにあなたには魔法の能力が無いのでしょう。そうでなければ異端者なんかになったりしないわ。でも、その異端者というのも私の勝手な状況証拠でしかない。それをちゃんと証明する為にはきっちり魔法教育をしてみないとね」
「異端者?」
「あら、知らないの? よっぽど田舎で生まれたのね。まあ、ここ半世紀はこの大陸では現れていないし、その半世紀前の異端者自体もどこかの貴族の跡継ぎを巡ったお家騒動だと言われているし、残念ながら異端者の内の半分以上は偽りの密告によるものというのは有名な話なんだけど、あなた年はいくつなのかしら? 体はともかく顔はかなり幼いようだけど」
年齢……えっと……そこそこおっさんだったはずだが、確かに今の俺の顔は子供の顔だった。ガリガリの子供だなと川や水溜まりに浮かんだ自分の顔を見て思っていたはずだ。
名前は浮かんだのに年齢は何も思い出せない。何か記憶にしっかりと蓋がされているかのようであった。
「生まれた年や日はわかるの?」
……思い出せなかった。何も、前の人生の生年月日も、今のこの体の生年月日もわからない。だが、名前は憶えている。ただの記憶喪失ならいつか思い出すこともあるかも知れないが、今は無理そうだ。
「記憶でも失ったのかしら。それなら丁度良いは、あなたは今15歳で今年の3月31日に16歳になる事にしなさい」
えらく具体的な指定だ。
「どうしてと言う顔ね。それをあなたに説明する気はないわ。服と靴を望み通り与えたのだから文句はないでしょ?」
確かに。俺にとってはどうでもいいことだ。だが何か大切な事を忘れているような気がする。
ぐきゅううぅぅぅぅうううるるうぅぅう
俺の腹が悲鳴を上げた。そうだ、あのイノシシよりうまい物を食べさせてもらうんだった。
「そうだったわね。食事の約束をしていたわね。でも、その約束を果たすためには、やはりこの学園に入学してもらう必要があるわ」
「わかりました」
背に腹はというか、腹減りには何も代えられない。俺は女の子に即答した。
「入学手続きは直ぐに終わるわ。そうすれば食堂に案内してあげる」
女の子の後に続いて棚だらけの部屋から出ると、そこに何人かが駆け寄って来た。その全員が女の子と同じ黒いローブにそら豆の靴だ。
「アレグラ様! こちらにおいででしたか!? エレオノーラ様はどちらに!?」
駆け寄ってきたのは8人ぐらいの男の子と女の子だ。そして、その全員が俺の顔を見てその場に崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃいいぃい!!」
辛うじて何人かが悲鳴を上げる事ができたが、それ以外の者達は声を発する事もできなかった。
「落ち着きなさい。エレオノーラは医務室で治療中ですが、既に回復に向かっています。そして、この子はピエトロ・アノバ。我がアエリアの校舎の基礎学年に入学してもらいます」
「え?」
まだ起き上がれないままの男の子と女の子達から驚きの声が上がる。
「し、しかし、異端者を……」
「それを確かめる為に必要な事よ。それに私がこの学園にいる間だけの事だから安心して」
「そ、そうですか……」
何かボソボソと話をしているようだが、一応俺にも内容は聞き取れた。が、その意味は良く分からなかった。それは俺の思考が空腹によって制限されていた為であって、決して俺が脳まで筋肉というわけではないと思いたい。
「あの……」
ぐうきゅるるぅぅううるぅぅ
俺の腹が鳴る。その音を聞いてアレグラと呼ばれた女の子以外の男の子と女の子が怯えた顔になる。
「ああ、そうだったわね。手続きを済ませましょう。あなた達はエレオノーラの傍にいてあげて、あと2人ぐらいは奉納台の見張りをお願い」
「は、はい」
逃げるように立ち去った者達を見送ることも無く、アレグラは塔に戻って上の階へと塔の階段を登っていく。俺も後を追う。空腹のせいで塔の階段を楽しむ気持ちも半分ぐらいだ。塔の内側は石を隙間なく積み上げた壁とその壁から真横に突き出した金属製の階段には手摺などなく、アスレチックの様な楽しさがあった。
コッコッコッ
カンカンカン
そら豆の靴と、革靴の音が塔内に響き渡る。どうやらわざと大きな音が鳴る様な創りになっているようだ。アレグラと俺の足音が異なるのは靴のせいだけなのかどうかは分からないが、何か意味があるのかもしれない。
2階の廊下を歩くアレグラは、塔を出て直ぐの扉に入る。そこには同じ様なローブを着ているが、学園の生徒ではない大人達がそれぞれの机に向かって仕事をしている。
「あれ? アレグラ様、森の狩猟会は?」
入口近くにいた男性が机から立ち上がりアレグラにお辞儀をしながら質問する。その声を聞いて他の大人達もこちらを振り返った。
「もう十分な獲物を手に入れたから大丈夫よ。それより、この子の入学手続きを済ませて頂戴」
「は、はい」
大人達は一斉に動きだした。
「直ぐに済むから」
アレグラが俺を見て声をかけた。
「名前はピエトロ・アノバ。見てわかると思うけど基礎学年、年齢は15歳、来月の3月31日で16歳になるわ」
「はい」
その部屋の全員が声を揃えて返事をする。どう考えても自分たちの娘というような女の子であるアレグラに対し、異常なぐらい従順な対応をする大人達を見てなんだか俺の方がモヤモヤした程だ。
「終わりました。その少年はアエリアの校舎の基礎学年に入学」
早っ!
「食堂に行くわよ」
「は、はい」
礼も言わずに部屋を出たアレグラの後を追って俺は食堂へと向かった。やっとうまい飯にありつける様だ。
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