第25話 審問官テオフーラの初めての審問
ギイィイイィイィィィィイガゴン
俺の正面にある鉄の扉がゆっくりと開いた。
「名前、何だったっけ?」
扉の奥は真っ暗で向こう側の様子は良く分からないが、小窓の奥に居た女性と同じ声がした。
「ピエトロ・アノバです」
「ピエトロ、そうだったな。で、魔法が使えないんだな」
扉の陰で顔を見せずに質問してくる。
「はい。使えません」
「うーん、困ったな。本当にそんな奴が居るなんて……」
何だか扉の向こうの女性は本気で困っている様だ。
「魔法を使えるという事にしないか?」
「え?」
「魔法を使えるという事にすれば、異端審問をしなくて済むんだが?」
「は、はあ。しかし僕が魔法を使えないのは本当ですよ」
「ちっ……使えない奴」
「すみません」
何故俺が謝らないといけないのか謎だったが、つい謝ってしまった。
「ああ、本当に……迷惑だ」
扉の奥から現れた人物を見て、俺は目を見開いた。
「私の容姿について何か言いたそうだな?」
目の前の人物が先程と同じ声で話しかけてくる。確かにその容姿は衝撃的だった。身長はアレッサンドロさんと同じぐらい、白く波打つ髪の毛が頭部の側面にだけ生えており、額から頭頂部に髪の毛は生えていない。そして眉毛は無く、顔は皺に包まれていた。
女性なのか?
身長差の為、見下ろす形になる俺の表情を見て俺の考えを察したようだ。
「私は女だぞ。この姿は薬のせいだ」
「何かご病気なのですか?」
「……どうでもいいだろ、そんな事……まあ、実験を繰り返した結果、こうなってしまったという所だ」
「実験ですか?」
「ああ、アイーラ局長以外はここには誰も来ないからな。静かでいい」
「そうでしたか。何かすみませんでした」
「ああ、本当に、本当に……迷惑だ」
どうやらこの女性は本当に俺の事を迷惑だと思っている様で、その容姿と相まって俺は魔法が使える事にしてこの場を立ち去った方が良いのかと思えてきた。
「早く入りな、重い扉をわざわざ開けたんだ」
「は、はい」
俺は真っ暗な部屋の中に入った。中は本当に真っ暗で明るい部屋に居た俺には何も見えない。
「こっちだ」
足音だけを残して女性が歩いていくので、俺はそっとその後をついて行った。
ギイィイイィイィィィィイガゴン……ゴガンッ
背後で鉄の扉が閉まり、留め金がかかる音が響いた。当然だが振り返っても何も見えない。
「あの……真っ暗で何も見えないのですが?」
「我慢しろ。置いている薬品が光に反応すると不味いのでな」
「はい……」
足音を頼りに後に続くが、薬品が置いてあるなら灯りが無いと余計に危険だと思うのだが。
ゴンッ
俺は何か硬い物に頭をぶつけた。筋トレのおかげで痛くは無かったが、地下全体が激しく揺れた様だ。
カチャカチャカチャカチャ
部屋にある薬品が入っているであろう瓶同士がぶつかって音を響かせる。
「こら! 勝手にさわるな!!」
「すみません」
触ったわけでは無いが見えないので言い訳をしても仕方がないだろう。
ガチャリ
扉を開ける様な音がした。
「早くこっちに来い」
足音がその扉の向こうへと続く。俺は少し小走りにそちらに向かう。手を頭の前に掲げて壁にぶつからない様に進むと、手に冷たい石壁が当たる。俺は頭を低くして扉を通り抜けた。
バタン
扉が閉まる音がすると、すぐに灯りがついた。
「うお!」
部屋の中を見て思わず声が出た。最初に居た小部屋とは異なりこの部屋は広かった。学校の体育館ぐらいあるかな? 広いが天井は低いままで俺の髪の毛は天井を擦っている。石造りの壁と床、そして天井があり、その天井を支える様に一定間隔で太い石の柱が何本も並んでいた。恐らくここは上の塔の基礎にもなっているのだろう。
俺が驚いたのはそんな立ち並ぶ石の柱ではなく、その間に並んでいる器具であった。人型の棺桶の様な物の中に鉄の刺のあるもの、木の机の上に人の手足を拘束するような鉄の器具のあるもの、木の椅子に頭の部分を挟み込むような器具が付いているもの、そして首を入れる穴の上に鋭い刃があるもの。
ギロチンじゃないか!?
完全に拷問用の器具だった。それが所狭しと無造作に並べられている。赤毛の少女、ラウラは痛くしないと言っていたのに、あれは嘘だったのか!? 去り際のまた会えるといいわねというような表情が本当だったのかもしれない。
拷問道具に驚いて部屋の入口で立ち竦んでいた俺に女性が声をかけてきた。
「大きいのは体だけか? これが動くわけないだろ? 何百年ここにあると思ってる」
動かないのか……良かった。
「いや、動くかもな。私は動かしたことは無いが、確かどこかに動かし方を記述したものがあったはずだが……」
「いえ、結構です! 動かなくていいです!」
「そうか……まあ、お前が本当に異端者だとわかってからでも良いか」
え? 異端者だとわかると拷問されるの?
「この椅子に座れ。いくつか検査を行う」
部屋の中央にある机に腰かけた女性が俺をその向かいに側に置かれた椅子に座らせる。
「記録を取る」
女性は机の上に自分のローブの中から取り出した箱を置いた。
「これは?」
「私が作った記録用の道具だ。この部屋でこれから起こる事全てを記録するものだ」
「全て? 声がですか?」
「声も姿もだ」
「……そうですか」
こんな箱で録画も録音もできるのか。しかも、この部屋全てって、レンズも無いのに?
「では始めよう。フシュタン公国歴107年3月3日 午後10時54分。魔法局地下1階異端審問部拷問室。審問官はテオフーラ・ストスフォン・ホエンハイム。容疑者はピエトロ・アノバ。ピエトロ・アノバで間違いないな?」
テオフーラと名乗った女性はそう言った後、椅子から立ち上がり何かを探して辺りを彷徨う。
「はい。僕はピエトロ・アノバです」
俺の返事を聞き流す様にして部屋を彷徨うテオフーラは、何かの台の上に積み上がっている本の山の中から一冊を抜き取る。
「……あったあった」
バンバンと本に付いた埃を払いながらこちらに戻って来る。椅子にどかりと座ると、膝の上で大きな本を開いた。
カチカチカチカチ
何か木と木がぶつかる様な音が本からしたかと思うと、大きい本の中は紙ではなく薄い板が挟み込まれており、そこに文字が彫り込まれていた。
「えと……あなたは魔法が使えますか? 使える、使えない、わからないで答えてください」
木の板のページをめくりながら、テオフーラが質問してきた。どうやら持っている本に尋問する内容が書かれている様だ。
「使えません」
「使えない……まあ、そうだろうな、だからここにいるんだから……。使えないは……4ページか」
俺の返答に合わせてページをめくっている。
「えと……あなたは魔法は知っていますか? 知っている、知らない、わからないで答えてください」
俺の顔を全く見る事無く、テオフーラは質問を続ける。
「知っています」
「知ってる……まあ、そうだろうな、魔法知らない奴なんかいないからな……。知ってるは……7ページか」
ゲームブックか!? 懐かしい物を思い出した。
「えと……あなたは魔神を知っていますか? 知っている、知らない、わからないで答えてください」
「知っています」
「知っている……魔神なんか誰でも知っている。この質問意味があるのか? 知っているは……13ページ」
異端審問って、結果ありきの質問なんじゃないのか? だとしたらこの質問の結果は必ず異端者という事になってしまう。どうしよう……。
「えと……最後の質問です。あなたは異端者ですか? 異端者だ、異端者ではない、わからないで答えてください」
「……」
ものすごい直球の質問に俺は迷い、即答できなかった。
「なんだ? さっさと答えろ」
ここに来てやっとテオフーラは本から顔を上げて俺を見上げた。
「は、はい。わかりません」
「わからない……自分で異端者だと思うなら、こんなところにノコノコやって来るわけないよな……わからないは……35ページか、最後のページだな」
テオフーラが木の板で出来たページを全てめくり、最後のページを開いた。
「ふむ、お前は異端者だな」
「え?」
「お前は異端者だ」
「あの……」
「なんだ? お前は異端者だ。何度も言わせるな」
「異端者ですか……そうなると、僕はどうなるのでしょうか?」
「知らん」
「え?」
「知らんよ! そんな事!! 私は容疑者を異端者かどうか審問するだけで、異端者をどうするかは上が決める事だ!!」
テオフーラの声が地下室に響き渡る。
「僕は処刑されるのでしょうか?」
「だから知らんよ! されるかも知れんし、されないかも知れん!」
「ええぇぇぇー」
「もう、用はないだろう? さっさと帰れ」
「か、帰って良いのですか?」
俺の質問にテオフーラが少し悩む。
「ん? 異端者が居た場合、どうするんだったかな? 何か決まりがあった様な……無かった様な……」
帰ったらだめなのか? どっちなんだ。そう確認しようとした時、テオフーラは手に持っている本の最初のページを開いて読みだした。
「えと……ここに異端審問の審問項目を記す、使用する前に以下の点に注意する事。この本の表紙の中央にある異端者を示す魔神の装飾を2度叩くと審問への返答に関わらず、結果は必ず異端者であるとなり、一度叩くと結果は必ず異端者でないとなる……なるほど、で、異端者が居たらどうするんだ? ふむふむ、拷問室の入口にある非常装置を作動させると……わかった」
わかったじゃないだろ!? 必ず異端者になるってなんだよ!! お前が埃を払うのに本をバンバンとしたのが原因じゃないか!!
「あの! ちょっと待ってください!!」
「ん? 何だ?」
立ち上がって入口に向かっていたテオフーラが邪魔臭そうに振り返る。
「いやいやいやいや、それはないでしょう? 最初から決まっていたなんて、そんなのおかしいですよ!」
「あのな? ここはどこか知っているか?」
「魔法局の地下の拷問室です」
「魔法局が何か知っているか?」
「……国の……施設ですか?」
「そうだ。つまり役所だ」
「はい」
「じゃあ、わかるだろ? 役所とはそういう所だ。諦めろ」
「ええぇぇぇー」
それだけ言い終えると、テオフーラは拷問室の入口のすぐ横にある柱に振れた。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
大音量のベルの音が拷問室に無い響いた。
「なんだ!? うるさいぞ!!」
テオフーラが俺を睨む。
いや、お前が鳴らしたんだろ!
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