閑話:お泊り会(シャロ視点)+
「というわけでたまには私の部屋でお泊りなんていかがですか?」
パネちゃんが不意にそんなことを言ったので、私は思わず
「え?」
と聞き返してしまった。
……これは、その、さ、誘われているのかしら?
私が戸惑っていると、
「だからその、私の部屋にお泊りとかどーでしょう?」
と、再びパネちゃんが言った。
「…………えっ、幻聴かしら。お泊りとか聞こえたような」
「イヤなら別にいいんですけど」
拗ねるように両手の人差し指同士をこねこねとすり合わせるパネちゃん。
ああ、もう、かわいらしい!イヤなわけないじゃないのっ
「全然イヤじゃないわ! ああ、どうしましょう。パジャマとか持ってきたほうがいいわよね? 歯ブラシとかも」
「それじゃ、準備してまってますねっ♪」
「すぐ持ってくるわっ」
私は全速力で一度家に帰って、すぐに支度をする。
そういえばついにチューリップのパネちゃん、芽が出たのよね。そのご利益か何かかしら?
で、なんだかんだで、前に約束したお菓子作りをすることになった。
むむ、そうと分かっていたら取って置きのチョコレートも持ってきたのに。
「あら、経験の実……緑じゃないんだ、これ?」
「フフフ、こいつは『闘技場で勝利しようLv2』クエストの報酬、未熟じゃないフツーの『経験の実』です!」
その実は、黄色い、熟した梨のような色をしていた。経験値50くらいはいるらしいけど、私も食べちゃっていいのかしら。
「未熟ヤツの時から思ってたけど、やっぱり梨っぽいわね」
「これはそんなにマズくないとはおもいますが、半分くらいをもっとおいしくして食べてみようかなと思いまして」
やっぱりこれは梨を使ったお菓子のようにしたほうがいいのかしら?
「じゃ、半分に切って、と。さて、何を作ろうかしら。……フルーツグラタンとかどう?」
「おいしそうです、いいですね。それじゃ果物もってきます」
パネちゃんが倉庫からいくつか果物を持ってくる。
苺、キウイ、オレンジ……そして経験の実。これくらいあれば十分よね。
「酒場からキルシュと白ワインもらってきて。確か品揃えにあったはずよね?」
「お酒使うんですか?」
「大丈夫。焼けばアルコールは飛ぶから酔ったりはしないわ」
と思った私が甘かったわね。
材料をそろえて、キルシュで果物をマリネ……まぁ、お酒に漬けてたら、その、お酒の匂いでパネちゃんは酔ってしまったみたいで顔が赤くなってしまっていた。
「……酔っちゃった?」
「よってないれふ!」
ああ、完全に酔ってる。
とりあえずフルーツグラタンは完成させてみたけど、パネちゃんはふらふらと千鳥足。
かわいらしい踊りにも見えるけど。
「ふぁ」
「危ないっ!」
足を滑らせて、倒れそうになるパネちゃんを抱きとめる。
柔らかく、羽のように軽い。こんな細く可愛らしい体のどこにドラゴンを殴り飛ばすような力があるのか、まったく不思議で仕方ない。
「おっとっと、ふー、ありがとーございますー♪」
にへー、と幸せそうに微笑むパネちゃん。
思わず、胸がきゅんとしてしまう。このまま押し倒してしまいたいほどに。
……
押し倒してもいいのかしら? 今日って、その、そ、そういう目的でお泊りに呼ばれたのかしら?
いや、それでもお酒に酔っ払っているパネちゃんにそういうことするわけにはいかないわっ!
「すぴー……」
「あれ。パネちゃん、寝ちゃってる?」
私が葛藤している間にパネちゃんは眠りに入っていた。
まさかここまでお酒に弱いとは……
換気をしっかりして、起きたパネちゃんはすっかりいつもどおりだった。
少し暖めなおして、ほんのりと暖かく調度いい温度になった甘いフルーツグラタンを二人で食べる。
「なんか記憶とんでますが、美味しいですねフルーツグラタン」
「ええ、でも一人で作っちゃ駄目よ? お酒つかうから」
「……作り方覚えてないですしー。むぅ、また今度リベンジです」
パネちゃんは意気込んでいるけど、お酒にはしっかり気をつけないと、ね。うん。
「次のときはパネちゃんの好きなチョコチップクッキーでも作りましょう」
「あ、私、おっきいクッキー作りたいですっ」
目をキラキラさせるパネちゃん。子供のように無邪気で、私には本当に眩しい笑顔。
でもその笑顔は私に向けられているもので、それがとても暖かくて幸せ。
……うん、やっぱり私、パネちゃんのこと好き。揺るがないわね。
*
「お風呂お先にどうぞ! 一番風呂ってごちそうみたいなものだってプレイヤーさんがいってたので、おもてなしです」
といわれて、お風呂はパネちゃんより一足先にいただいたけど、
パネちゃんの残り湯とか、ましてや一緒に入るとかのほうがよっぽどご馳走だとかは言えないわよね。
で、今私はパネちゃんの部屋でパネちゃんのお風呂上りを待っているところ。
「……」
ちらっと見ると箪笥があったり。
中、見ちゃ駄目よね。当然だけど。
「……」
机の上には日記帳らしきものもあったり。
ああ、見たい。怖いけど見てみたい。でもそんなことしたらパネちゃんに嫌われちゃう。我慢よ、我慢。
「……」
なんか空気からして違うのよね。
ほんわか暖かい匂いがするというか、部屋全体からいかにもパネちゃんって雰囲気がするというか。
やっぱりピンク色とか好きなのかしら。いかにも女の子って感じ。
「……!」
そういえば今パネちゃんは私の残り湯に入ってるのよね……!
の、覗きに……いや、ダメ、ダメよ! そんなこと絶対嫌われちゃうし!
「うう、何かしらこの生殺し感」
なんだか自分がこの部屋にいてはいけない汚いもののようにさえ思えてくる。
だけどその、パネちゃんに先に部屋に行って待っててくださいーって言われちゃったし。
あうぅ、早く戻ってこないかしら、パネちゃん。
……あと5分もどらなかったら箪笥の中を見てもいいかしら?
「ただいまもどりましたー♪」
「おっ、おかえりパネちゃん!」
あ、あぶないあぶない。危うく大切な道を踏み外すところだったわ。
戻ってきたパネちゃんは、髪を下ろしていて薄ピンクのパジャマを着ている。
そういえば前に一緒に散策に行って一緒に寝たときはいつもの服のままだったから、その、新鮮で、すごくいい。
で、手には枕を一つ持っている。
「あら、その枕は……どうするの?」
「これですか? これはこーするんですけど」
といって、パネちゃんは自分の枕を奥へやり、その隣にぽふっとその枕を置いた。
……
「……パネちゃん、ひ、ひとつのベッドに枕二つ、って?」
「え? やっぱりお客さん用のベッド持ってきたほうが良かったですか?」
首をかしげて言うパネちゃん。
どうやらこのままだと、私の寝る場所は、パネちゃんの隣で、このベッドらしい。
どこで寝るのかと、もしかしてそこなのか、とは思っていたけど、いざそうなると緊張する。
「やっ、そんな、手間を取らせるようなことはできないわよっ、ええ!一緒に寝ましょう!」
と、私が返事すると、部屋を照らしていたランプをベッドのすぐ横に移し、
それからパネちゃんは、たぶん普段そうしているように布団にもぐって、
横を向いて、ぺろん、と掛け布団を半分めくり上げて私を誘った。
「ささ、どーぞどーぞ」
ぽんぽん、と布団のあいてる半分を手で叩くパネちゃん。
私は誘われるままにそこに入っていく。
「お、おお、おじゃまします」
もう、心臓がやばい。ドキドキしすぎ。深呼吸して落ち着こうにも、呼吸で入ってくる空気がまたパネちゃんの空気で。……到底おちつけそうにない。
パネちゃんが明かりのランプを消すと、部屋は一気に暗くなる。
月明かりに目が慣れてくると、ほんのりとパネちゃんの顔が見えてくる。
その瞳は、じっと私のことを見つめていた。
「でっ、シャロさんの好きな人の名前、私まだ聞いてませんよね?」
「ふぇっ?!」
いじわるそうに、笑顔でそれを言うパネちゃん。
「い、今聞くの? それ」
「ここなら邪魔が入ることも無いですし、二人っきりですし」
確かにそのとおりだけど、その、えっと、こ、告白……しろ、って、こと?ここで?
「で、でもでも、え、ええっと……あ、わ、私ちょっとおトイレに」
私は、臆して逃げようとした。
だけれど、パネちゃんがすかさず私のことを抱き寄せて、ぴったりと体を密着させてきた。
「ひゃっ、ぱ、パネちゃん?」
力のある細腕が、私の体を絡めとるように押さえつけ、離さない。
パネちゃんの体からはお風呂上りのシャンプーのいい匂いがして、さらに顔が近づいてきていて、
ああ、何か喋ってお願い、黙られていたら私、頭がもう真っ白になっちゃう。
「……ぱ、パネ、ちゃん?」
搾り出すようにもう一度名前を呼ぶ。
これは、覚悟を決めて告白しろ、って、そういうこと?
……のどが渇いて、涙が出てきそう。
「言ったら離してあげますよ?」
パネちゃんが、私を追い詰めるようにつぶやいた。
「じゃ、じゃぁ、その、さ、先にパネちゃんの好きな人とか言ってくれたら……」
ここまでされて言えないとか、臆病すぎる自分が少し嫌になる。
けれど、確証がほしかった。
私がパネちゃんのことを好きっていっても、パネちゃんが私のことを嫌いにならない確証。
パネちゃんが私のこと好きっていう確証。
「えっ? わ、私の好きな人ですか?……私の好きな人、ですか」
「き、聞きたいわね。パネちゃんの好きな人」
私は、パネちゃんのことを抱きしめる。
やわらかくて、それでいて力強い暖かさを感じるパネちゃんの体を、ぎゅっと抱きしめる。
ああ、それだけでもう私、気を失ってしまいそうなほどに幸せになっちゃう。
パネちゃん、あなた、私にこんなことしてるのよ?
それって、もう、私のこと……好き、ってことで、いいのよ、ね?
顔を近づけて、このままキスしてしまいたい衝動に駆られるけど、まだ、ガマン。
「そうだパネちゃん。いっせーの、で同時に言わない?」
「い、いいですよ?」
これで、パネちゃんの好きな人が、しっかり、本当に誰か分かる。
私も、パネちゃんのことが好きって言える。たぶん。きっと。
「いっせーのー…………プレイヤーさん!」
「…………パネちゃん」
言いかけた口は、少し躊躇したせいでタイミングが遅れて、それでも言うべき内容は言い切った。
プレイヤーさん、っていわれて、その、後半、力が……っていうか魂が抜けてたけど。
え、えっと、その。
……完全に予想外で、体の力が抜けた。
「あ、あれ? シャロさん、ず、ずるいですよ?!」
しかも私の言ったのはパネちゃんにはしっかり聞こえてなかったようで。
ああもう。なにがなんだか分からない。頭が混乱して、ぐるぐるして、その、えっと、えっと。どういうことなの?
「……そっか、パネちゃんはプレイヤーさんが好きなのね……?」
よくわからないけど、そういうことなの?
全然気づかなかった。
「ちがっ、えっと、嘘ですっ! その、私、自分が好きな人とかあまり考えたことなくてっ」
……え?
自分が好きな人とか考えたことが無い、ですって?
……
…………そ、そうか。そうだったのね。
そうか。ええ、ええ。すっかり失念してたわ。
パネちゃんが、
まだ、恋愛を感じたことが無いっていう可能性。
あまりにも純粋なパネちゃん。子供みたいというか、恋愛沙汰は本当にまだ子供という可能性。
つまりこれは、その。
私にも、まだチャンスは余裕で残ってるってこと?
まだ、諦めないでいていいってこと?
「すすすすみませんっ! だ、だってその、そうでもしないとシャロさんの好きな人聞けないと思って」
パネちゃんが慌てて謝る。
自分が恋愛の対象になっていることとか、そういうのがまったく頭に無いように見える。
ましてや女同士ともなれば、尚更かしら?
私は、そのことを確かめてみることにした。
「……じゃぁ、プレイヤーさんと私、どっちが好き?」
「シャロさんの方が好きです」
「じゃ、じゃぁ、サクと私、どっちが好き?」
「シャロさんですねー」
どちらの質問も、淀むことなく。ほぼ即答といっていい。
私は、思い切ってさらに聞く。
「……私より好きな人って居る?」
「シャロさんが一番好きです」
シャロさんが一番好きです。
あ、やばい。今、胸から背中のほうに向かってくすぐったい衝撃が抜けてった。きゅんってしちゃった。
「……わ、私もよ、パネちゃん。これって、つまり両想い……かしら?」
確認して、念を押すように聞いてみる。少しにやけちゃうけど。
「はいっ! シャロさんは一番の親友ですっ♪ で、シャロさんの好きな人って誰ですか?」
……
やっぱり、パネちゃんの好きはまだ子供のそれとあまりかわらない様子。
うん、想いは一応伝えたから、その、今日はこのくらいで満足してあげましょう。
「教えてくれるまでこーして抱きついてますよー?」
これからは、じっくりと、私の想いを伝えてみよう。
時間はたっぷりあるわけだし。
私は、抱きついてくるパネちゃんの感触を堪能しながら、眠りについた。
……ちょっと期待してた気持ちもあったから、その分だけ落ち込んで。
*
「というわけで、パネちゃんの好きな人は……まだ誰もいなくて、今のとこ私みたいなの」
「ほう。それで今日はそんなに嬉しそうなのだな」
シャロは先日パネ子の家に泊まった時のことをサクに話していた。
「恋人同士、はまだまだ遠い道のりだろうけど……その、夢じゃないわね、ふふふ」
「ふむふむ。よかったなシャロ殿」
どうやら自分の恋愛がまだまだ未来に可能性があるということで、シャロはとてもご機嫌だった。
サクはその話を適切に相槌を打ちながら聞く。
仲間の幸せそうなところは、悪くないな、と思いつつ。
しかし、今日はシャロサク同盟の本拠地である雑貨屋に、一人の男がやってきていた。
「サク。こんなところで、何してるのさ」
「!! ふぇ、フェン。いや、その、これは、チューリップの鉢植えの話をな」
後ろから急に肩をたたかれ、声をかけられて、
しかもその声がフェンだったものだから、サクはおもいっきり動揺していた。
「何? そいつ、どこの勇者? 襲撃にでも来たの? なんでここにいるの?」
「か、彼女はその、パネ子殿のご友人でだな」
「シャロよ。……危害を加える気はないわ」
礼儀正しく、頭を下げて挨拶をするシャロ。
しかしフェンは、シャロを睨んで言った。
「出て行け」
ただ一言。しかし、それは明らかに敵意を含んでいた。
「……この村のプレイヤーさんがそういうなら、仕方ないわね」
「むぅ、す、すまないシャロ殿。また後日」
「サク! ……話がある、来い!」
フェンは、シャロのことを一瞥し、強引にサクの手をつかんで引っ張って行く。
官邸の執務室で、フェンはサクを問い詰める。
「……で、サク。あの女は何者だ?」
「あ、いや……だから、パネ子殿の友人でだな」
「そんなことを聞いているんじゃない! ……サクにとって、何者か、って聞いてるんだ」
「む……」
サクは返答に詰まった。
仲間とか同志とかいえばそれはサクがフェンのことを好きだというところまで言及されるかもしれない。
「言えないような仲なのか……?」
「い、いいや。友人の友人、というだけだ」
「……本当にそうか?」
フェンは、サクの言葉に嘘が無いかとサクの目を見る。
「やましいような、その、こ、恋人とかそういう仲じゃないのか?」
「それは断じて違う!! 俺の命を賭けてもいい!」
「そ、そうか」
サクの言葉を信じたようで、フェンの怒りの表情がすこし和らいだ。
「……本当にちがうんだな?」
「ああ」
今度は疑うというより、確認のような聞き方だった。
「ちなみに、……今後そういうことになるような可能性はあるのか?」
「確実に無いな。シャロ殿はパネ子殿のことが……おっと」
「……」
「……あー、その、なんだ。言わなかったことにしてくれ」
翌日。
「で、まぁなんとかシャロ殿と会うことは許可してもらえたぞ」
「……へぇ? で、今日妙にうれしそうなのはどういう訳?」
「ふふ、いやなに。フェンのあの時の挙動だが、あれはいわゆる嫉妬というヤツではないだろうか?」
「そうね、よかったわね」
どうやらフェンに嫉妬されたことで、もしかしてフェンも自分のことが好きなのでは?と、サクはとてもご機嫌だった。
シャロはその話を適当に相槌を打ちながら聞く。
こいつの幸せそうなところは、なんか実際羨ましくて少し妬ましいわね、と思いつつ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます