第14話 エルフ村にて2


 今回は交易所に泊まろうかと思っていましたが、ミミさんのはからいでまた酒場に泊まれる事になりました。

 しかも二部屋です。ミミさん太っ腹。

 というわけで私はシャロさんと分かれて別々の部屋で休むことにしました。

 しかしこれには実は別の意味があるのです。

 ……私が、シャロさんの顔を見ても目をそらさなくなれるようにするための特訓をする、という意味がっ!

 恥ずかしくて友達の顔をまともに見られない、なんて、嫌ですもんね!


「さて、それじゃ……あのときのことを思い出してー……」


 私は記憶を反芻し、シャロさんにほっぺにキスされたときのことを思い出します。

 思い出せば思い出すほど、しっかりはっきりとシャロさんの顔が思い浮かびます。

 白い肌がほんのり紅くなった桜色の頬、涙ぐんでうるんだ瞳、やわらかくてぷにぷにの唇……

 ……うん。

 だめです。想像するだけでも顔が熱くなってきます。


「はぁ……」


 しかし、これを繰り返せばそのうち慣れて、シャロさんの顔を見ても大丈夫になるに違いありません。

 たぶん。


「よしっ、それじゃもう一度」

「あの、パネちゃん……ちょっとお邪魔してもいいかしら……?」

「のひゃぁ!? な、なんですかっ?」


 シャロさんが部屋に入ってきました。

 ……うう、おもいっきり驚いてしまいました。変に思われたでしょうか?


「その。ひ、一人だと、あの部屋広くて寂しいの……だから、その、一緒にいても……いいかしら?」


 シャロさんがもじもじと恥ずかしそうに言いました。


「あー……その、それは……い、今、シャロさんの顔を見ても大丈夫なようにする特訓中でして……」

「え? ふぅん……ああ、それならいい特訓方法を知ってるわ。私が協力してもいいなら、だけど」


 私は考えました。

 ここは、一時の恥を捨てて効率を求めるべきではないかと。

 シャロさんの顔、しっかり見て話したいですもんね。


「お、お願いしますっ!」

「……まかせて♪」


 顔はよく見れませんでしたが、シャロさんの嬉しそうな声は伝わってきました。



 シャワーを浴びて、横になって休もうかー、という時にシャロさんの特訓は始まりました。


「あ、あの……」

「なにかしら?」


 横になっている私の目の前にシャロさんが寝ています。

 その距離、約20センチ。

 シャロさんのまつ毛を数えられる程の距離です。

 そしてシャロさんの手は私の頭を抑えており、顔を背けることができません。

 おそらく今の状態で鏡を見れば、私の顔は食べごろのリンゴのように真っ赤になっているのでしょう。


「こ、これは……どういう特訓なんでしょうか……」

「私に慣れてもらうための特訓よ」

「そ、それなら別に頭の中だけでやってもいいんじゃ……」

「頭の中だけで再現するより、実物で慣れたほうが確実でしょう? そしてこの添い寝の儀式よ」

「そ、添い寝の儀式!?」


 シャロさんがにっこりと微笑みます。


「添い寝をすることによって相手に体温が伝わり、安堵感を与えられると魔導書にかかれていたわ。この添い寝の儀式……これを併用することにより、パネちゃんの頭の中で私の顔=安堵感というイメージに上書きするの。……それじゃ、もう少し近づこうかしら?」

「わわわっ!?」


 シャロさんが動くと、ほんわかとした、甘いお菓子みたいないい匂いが鼻をくすぐります。

 そして、3センチほど顔を近づけてきました。

 相変わらず顔を動かすことはできません。

 目が回ってきそうです。


「ほ、本当に効くんですかこの特訓?!」

「まぁ、ダメだったとしても奥の手があるから大丈夫よ……うん」


 ここまで近づくと、シャロさんの規則的な吐息が私にかかってくすぐったいほどです。

 そして、心臓のドキドキまで伝わってきます……ん?


「……あれ? も、もしかして、シャロさんも……?」

「ここまで近づいたら流石に分かるか……それとも、ここまで近づかないと分からないのかしら」


 シャロさんの頬が赤くなっています。

 そうです、この特訓、恥ずかしいのは私だけじゃなかったのです。


「す、すみません、私がふがいないばっかりにシャロさんにまで迷惑をかけてしまって……っ」

「えっ? 迷惑だなんてそんな、むしろ嬉し、や、えと、気にしなくていいのよ?」

「いえっ、私は全力でこの特訓を乗り越えて見せます! シャロさんと笑顔で笑い合うためにっ」


 私は、恥ずかしさを押さえ込みシャロさんの顔を見つめました。


「そ、そうねっ、うん……あ、あの。そんな凝視されると……あう……綺麗な瞳が……」


 そしてシャロさんは私が眠くなって、いえ、眠るまで特訓に付き合ってくれました。



 目が覚めると、シャロさんはいませんでした。

 自分の部屋に戻ったのでしょう。

 そして、今ならきっとシャロさんの顔を見ても目を逸らさずにいられると思います。

 早速、シャロさんに会いに行きましょうっ

 私は扉を開け、シャロさんのいる隣の部屋へ向かいました。


「シャロさーん!」

「わひゃっ!? あ、ぱ、パネちゃん、おはよう……」

「はいっ、おはようございますっ」


 私は、シャロさんの顔を見つめました。

 ……うん、大丈夫です。まぁ、キスされた左頬がピンポイントでむずむずする程度です。

 ほとんど完全復帰といっていいでしょう。


「えへへ♪ おかげさまで治りましたっ♪ ありがとうございますシャロさん」

「そ、そう。それはよかったわ」


 と、いいながらシャロさんは目線を逸らしました。

 ……ん?


「シャロさーん?」


 回りこんでみますが、さらに顔を背けます。


「……もしかして治ったのはシャロさんに移からでしょうか?」

「違うのよ、その、えと、これは……自己嫌悪っていうか、ええ。お昼までには治すわ」


 自分一人で治せるとは、流石シャロさんですね。


「あ、でもよかったら特訓協力しますよ?」

「大丈夫、大丈夫よ」


 シャロさんは、私の方を向いてにこっと笑って見せてくれました。

 顔が真っ赤でした。


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