第28話 お泊り会



 そういえば、今まで特に触れたことはありませんでしたが官邸というものがあります。

 これは首都の開拓をはじめたとき一番最初にたっている建物で、首都にしかありません。

 首都以外の場合は公邸という呼び名なるだけですけど。

 まぁ基本的にここが私たち勇者やプレイヤーさんの家といっていいでしょう。公邸は別荘ってところかな?

 そんなわけで、もちろん自分の部屋とかもあるわけです。


「というわけでたまには私の部屋でお泊りなんていかがですか?」


 シャロさんの好きな人をしっかり聞きだす作戦として、どうしたらいいかプレイヤーさんに相談してみたところ『お泊りとかいいんじゃないか?』との助言をもらいました。なんでもパジャマパーティーとかいうものがあり、仲良しの友達同士で一緒の部屋で夜更かししながらお喋り……定番では好きな人の話とかをするものらしいです。類似品としてシューガクリョコーとかいうものもあるそうです。


「え?」


 聞き逃したようなのでもう一度言います。


「だからその、私の部屋にお泊りとかどーでしょう?」

「…………えっ、幻聴かしら。お泊りとか聞こえたような」

「イヤなら別にいいんですけど」

「全然イヤじゃないわ! ああ、どうしましょう。パジャマとか持ってきたほうがいいわよね? 歯ブラシとかも」


 安心しました、シャロさんはかなり乗り気のようです。


「それじゃ、準備してまってますねっ♪」

「すぐ持ってくるわっ」


 シャロさんをいったん見送り、私は部屋に戻って準備をします。



「戻ってきたわっ!」


 きっかり24分後、シャロさんが戻ってきました。荷物をいろいろもって。


「あ。鉢植えのチューリップも持ってきたんですね」

「ええ、パネちゃんにパネちゃん見せようと思って。ほら、芽が出たのよ?」


 あ、やっぱり結局それパネちゃんって名前になったんですね。

 鉢植えを見ると、そこにはかわいらしくぴょこんと芽が出ていました。


「ふむふむ。順調って感じでいいですねー」

「日ごろちゃんと話しかけながらお水あげてるもの。ねーパネちゃん♪」


 鉢植えに向かってにっこり微笑むシャロさん。

 そいえば、最近は鉢植えを口実にサクさんちに行くことも多いみたいですし、ホント、大事にされてるみたいです。

 自分と同じ名前だとなんかくすぐったいですけど。


「そーだ、前にお菓子作り一緒にやる約束してましたよねっ、一緒に何か作りましょうっ」

「あら、いいわね。……パネちゃんにも手伝ってもらうとすると、何がいいかしら?」


 それでは楽しいお泊りの始まりです。



 というわけで、まぁ。経験の実(未熟じゃないやつ)を使ったお菓子作りとかを堪能しつつ、夜になりました。

 お風呂も入って、ベッドに入ります。

 はしょり過ぎ? いえいえ。肝心なのはこれからなのです。というか、これからが肝心なところなんです。


「……パネちゃん、ひ、ひとつのベッドに枕二つ、って?」

「え? やっぱりお客さん用のベッド持ってきたほうが良かったですか?」

「やっ、そんな、手間を取らせるようなことはできないわよっ、ええ!一緒に寝ましょう!」


 まぁ私勇者だしベッド運ぶくらいはぜんぜん手間ってほどでもないんですけどね。

 一緒に寝ることが重要とプレイヤーさん言ってましたからね。


「ささ、どーぞどーぞ」


 私は先にベッドに入って、シャロさんを呼びます。


「お、おお、おじゃまします」


 シャロさんは緊張した面持ちでおずおずと入ってきます。

 これで準備は整いました。逃げ場もなく、邪魔も入らず、万全の状態です。

 そんな万全を期して私は尋ねました。


「でっ、シャロさんの好きな人の名前、私まだ聞いてませんよね?」

「ふぇっ?!」


 シャロさんが可愛らしい声をあげてびくんっと震えて、すこし掛け布団が引っ張られます。


「い、今聞くの? それ」

「ここなら邪魔が入ることも無いですし、二人っきりですし」

「で、でもでも、え、ええっと……あ、わ、私ちょっとおトイレに」


 逃がしませんっ!


「ひゃっ、ぱ、パネちゃん?」


 私はシャロさんに抱きついてみました。これで絶対に逃がしません。

 シャロさんの心臓がドクドクと高鳴っているのが分かります。

 お風呂上りの暖かな体温が心地よく、ふんわり甘いシナモンのようないい匂いがします。

 ふんにゃり柔らかな身体で、胸に当たるふくらみがいかにも女性と主張しています。


「……ぱ、パネ、ちゃん?」


 シャロさんの真っ赤な顔が間近にあります。


「言ったら離してあげますよ?」

「じゃ、じゃぁ、その、さ、先にパネちゃんの好きな人とか言ってくれたら……」

「えっ? わ、私の好きな人ですか?」


 しまった、そうでした。

 好きな人の話をする、ということはなにも一方的に聞くだけじゃなくて、聞かれ

ることだってあるんですよね。

 ……私の好きな人……うーん、考えたこともありませんでした。

 私はシャロさんに抱きついたまま考えます。


「私の好きな人、ですか」


 どうしましょう。


「き、聞きたいわね。パネちゃんの好きな人」


 シャロさんがお返しといわんばかりに抱きついてきました。

 顔がいっそう近くなります。焦点の合うぎりぎりの距離です。

 そしてつまり、私も逃げられなくなったということです。

 ……あまりにも近くて、その、なんかこっちもドキドキしてきました。シャロさんのがうつったんでしょうか。


「そうだパネちゃん。いっせーの、で同時に言わない?」

「い、いいですよ?」


 私はごくりとつばを飲みます。


「いっせーのー……」


 ああもう、こうなったら最後の手段ですっ


「ぷ、プレイヤーさん!」


「……パネちゃん」


 シャロさんがちょっとこわばって、私を離します。


「あ、あれ? シャロさん、ず、ずるいですよ?!」


 そういえば、プレイヤーさんから聞いていた究極奥義の存在をすっかり忘れていました。

 究極奥義『同時に言おうといっておきながら自分は言わない』

 まさかシャロさんがその使い手だったなんて。

 やられました。


「ずるくないわ。私ちゃんと言ったじゃない。聞こえなかった?」

「ええっ!? き、聞こえませんでしたっ もう一度言ってください!」

「ひどいわ、せっかく勇気振り絞って言ったのに……そっか、パネちゃんはプレイヤーさんが好きなのね……?」

「ちがっ、えっと、嘘ですっ! その、私、自分が好きな人とかあまり考えたことなくてっ」

「嘘ついて私にだけ好きな人言わせたのね……?」


 シャロさんは寂しそうな瞳でこちらを見つめてきます。


「すすすすみませんっ! だ、だってその、そうでもしないとシャロさんの好きな人聞けないと思って」

「……じゃぁ、プレイヤーさんと私、どっちが好き?」


 シャロさんが拗ねたように聞いてきました。

 んー、そりゃ、プレイヤーさんは私を怒らせてばかりだけど、シャロさんは一緒に居ると楽しいし、お菓子もおいしいし。


「シャロさんの方が好きです」

「じゃ、じゃぁ、サクと私、どっちが好き?」


 サクさんはまぁ仲がいいですが、シャロさんほどじゃないですよね。


「シャロさんですねー」

「……私より好きな人って居る?」


 言われてみれば、いない気がします。


「シャロさんが一番好きです」

「!……わ、私もよ、パネちゃん」


 シャロさんも、恥ずかしそうに言いました。


「これって、つまり両想い……かしら?」

「はいっ! シャロさんは一番の親友ですっ♪ で、シャロさんの好きな人って誰ですか?」


 言ってくれなかったので、結局寝ちゃうまでシャロさんに抱きついてました、私。

 シャロさんあったかくてやわらかくて、グッスリ眠れてしまいました。

 起きた時は逆に抱き枕にされていましたけど。


「というわけで作戦失敗でした」

「ふうん、じゃぁ次の手を考えないとなぁ」


 プレイヤーさんは薄い本を読みながら作戦を考えているようでした。


「あ、ところで経験の実の味はどうだった?」

「普通でした。やっぱり梨っぽいです、アレ」


 ところでその薄い本なんでしょう? ……百合? 花の本ですかね。


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