閑話:「新しい村」の勇者


 私がプレイヤーさんと会ったのは、後にも先にもその一回だけだった。

 何もいわなかったから、私はまた後で来るのかな、と思っていた。

 でも、日付が変わってもプレイヤーは来なかった。


「きっと忙しかったのよ。そうに違いないわ」


 私は、Lvが1にあがった食料資源集めの子にそう言った。

 それはきっと、自分の希望も混じっていたのだろう。

 いや、そうじゃない。自分に言い聞かせていたのだ。

 プレイヤーさんは、明日にはきてくれる。

 それまでに倉庫をいっぱいにしておいたら、きっと喜んでくれる。

 それは官邸の横にある粗末な物置であったけど、まだまだ資源はいっぱい入りそうだった。


 ……


 まず、最初に倉庫に入らなくなったのは食料だった。

 食料だけ、他の資源より多く集まる。そもそも他より集めやすいし、なによりLvが違う。

 他の石、木、綿の資源収集がLv0なのに、食料だけ、Lv1。

 それはこの村のプレイヤーさんが唯一行った命令によるものだ。

 ちょっと羨ましい、と思ってしまった。

 私には、何もやることがない。何も命令されていないからだ。

 ぼーっと村の中ですごす日々が続いた。

 官邸しかない小さな村。

 新しい村。

 新しい……村。

 おうちが一つだけあるだけじゃ、村とは呼ばないんじゃないかな……?

 プレイヤーさんに会いたい。


 ……


 そしてついに全部の資源で倉庫がいっぱいになった。

 なってしまった。


「これできっとプレイヤーさんきてくれるよね!」


 食料を集めている子の笑顔が眩しかった。


「ええ、きっと。……来る、来てくれるわ」


 私も、そう信じている。

 プレイヤーさんには、なるべく新しいものを上げようということで、古いものから順に捨てて、どんどん新しいものに換えていくことにした。

 その日から、仕入れた分だけ古いものを捨てるのが日課になった。

 実際、一番古い食料はちょっと変なにおいがしている気がした。

 うん、ご飯はやっぱり大事。

 おいしいご飯が作れなければ、プレイヤーさんが来たときに困ってしまう。

 おいしいものが作れるようになれば、きっと、プレイヤーさんはきてくれる。

 私は、暇な時間を使って料理をしようと思った。

 幸いいくら失敗しても大丈夫なほど、食料は余っていた。


 ……


 自分でも驚くくらいにおいしそうなクッキーが焼けた。

 これは、プレイヤーさんにあげようと思う。……喜んでくれるかしら?

 そういえば明日で保護期間も明けてしまう。

 あまり考えたくない。

 せっかくプレイヤーさんのために集めた資源を奪いに来るやつが来る。

 あまり、考えたく……ない。

 プレイヤーさんはもう来ないんじゃないか?

 そういう思いが、私の頭の中を支配しようとしていた。

 考えたくない……

 そうだ。

 私は、得意の魔術で、儀式をしようと思った。

 ほんの些細な儀式だ。

 プレイヤーさんが、私たちのことを思い出してくれますように。

 そしてできれば、もういちど私たちに会いにきてくれますように。

 ただそれだけの儀式。おまじない。

 官邸においてある私の魔導書に必要な材料も書いてあったはずだ。

 早速やろう。うん。

 でも、その儀式には蝶が必要だった。

 だけど、この村に蝶は居ない。外に探しに行かないと。

 ……でも、もし探しにいっている間にプレイヤーさんが来たら……?

 そう思うと、

 私は、一歩も村の外へは出られなくなってしまった。


 ……


 ついに、侵略者がやってくるという情報が入った。

 戦争だ。

 そう、この世界は戦いに満ち溢れている。そういう世界だから、これは戦争。

 世界のために。プレイヤーさんのために。

 戦わなければならない。

 ……プレイヤーさんのために戦えると思ったら、うれしかった。

 けれどどうしてだろう。……私が戦って、プレイヤーさんの喜ぶ顔が、思い浮かばない。

 いや。……それは当然だ。私はその顔を知らないのだから。

 この子は、どうしてここに来るのだろう。

 それは、この子のプレイヤーさんの命令、だからだ。


 正直、羨ましかった。

 そして、妬ましかった。

 けれど、その子のプレイヤーさんが、どういうプレイヤーなのか知りたいと思った。

 私に欠けている「プレイヤーという存在」を持った勇者と話をしたいと思った。

 私にぽっかり空いた穴を、どうにかしてくれるのではないか……?

 そして、気がついたら私は門の前で侵略者を待ち構えていた。



 楽しい子だった。

 面白い話だった。

 聞いたこともない、突拍子もない、それでいて、不満が出るほど毎日きてくれるプレイヤーさん。

 侵略者……太陽の巫女は、その称号に恥じないほどに、私を暖かくしてくれた。

 羨ましいを通り越して、妬ましいを通り過ぎて、ただ純粋に私も混ざりたいと思った。

 ただし、プレイヤーさんの居ない私が、彼女たちの物語に混じる方法は、一つしか残っていなかったけれど。


 戦闘はお互い一撃で片がついた。

 所詮、鍛錬の不十分なLv1同士の戦いだった。一撃ずつ食らって、おしまい。

 だけれど、おしまいなのは私だけ。

 あの子には、まだ、復活させてくれるプレイヤーさんがいる。

 それで良い。

 死ぬのは初めてだけど、これで私もあの子たちに少しでも混じることができる、そう思うと不思議と怖くない。

 ただ。

 私たちにも、プレイヤーさんがいたら……

 そう思うと、少し悲しくて、やっぱり悔しくて、涙が、でた



 ……


 …………


 自分の目が開いたことが不思議だった。そしてそこは、官邸のベッドだった。

 驚いたことに、勇者というものは死なないらしい。

 そしてもう一つ驚いたことに、あの子がお見舞いに来た。

 手に虫かごにはいった蝶と、道中に抜いてきたような土つきの花を持って。


「大丈夫ですかっ!? わ、ほんとだ、生きてます、動いてますっ、わーーーい♪」


 ほんの数時間前に殺し合いをした相手に、笑顔でそんなことを言われるとは思わなかった。

 なんかこう、もう一生目が覚めないと思っていたので、正直恥ずかしいことを言った気もするけれど。


「えーっと……まぁその、あなたにやられた傷が少し痛むけど」

「うっ……す、すみません、私ばっかりきっちり治っちゃって」


 それは仕方のないことだ。

 プレイヤーさんが復活の指示を出さない限り、勇者が再び戦えることはないのだから。

 もっともそれには資源が必要で、その資源は……

 プレイヤーさんのために溜め込んでいたその資源は、この子の村の兵士たちによってもうほとんど運び出されていた。

 私たちはもう、二度とこないプレイヤーさんのために働くことはない。


「あのあの、戦闘不能状態なだけで日常生活はできるみたいですよっ、こうして、話もできます!」

「そうみたいね、知らなかったわ……」


 これからは、この子たちの手伝いをするために、資源を溜めるのだ。

 やることは変わらない。しかし、せっかく集めた資源を使わずに捨てることは、あまりなくなるだろう。

 古くなってきていた資源とともに、憑き物がおちた心地だ。


「ところで、こんなところに来ていいの?」

「いいんです! というかプレイヤーさんも好きに行って良いって言ったし、暇なときに遊びに来ますからね!」

「そう、でもあなた、資源運べないわよね?」


 プレイヤーとは、そんなことを言う物なのだろうか?

 まったく利に合わない無駄な行動としか思えないけれども。


「いやその、資源とかそういうのじゃなくて……お友達として、会いにきちゃだめですか?」


 一瞬。頭の中が白くなった。


「お友達って……私が、あなた、と?」

「す、すみません! そうですよね、私、ジト目さんのこと思いっきり殴っちゃいましたし、こんな私とお友達なんて嫌です……よね」


 思わず聞き返しただけなのにあわてて謝ってきた。

 なんて心優しい子なんだろう、いや、自信がないだけかしら?


「いえいえいえ、まさかそんな。……嬉しいわ、ずっと孤独だと思ってたから……」

「そ、それじゃぁ!」

「ええ。喜んで。……えーっと、なんて呼べばいいのかしら。お友達って、その、初めて、で」


 私がそういうと、今度は力が抜けたようで私の寝ているベッドに上半身を預けてきた。


「よ、よかったぁ……あ、そうだこれ、ちょうちょと、お花です! 私のことはー……ぁう、その、癪ですがパネ子とかパネちゃんとか、できればかわいくしてほしいですが好きに呼んでください」

「じゃぁ、私のことも好きに呼んで頂戴。……パネちゃん」

「はいっ♪ シャロさん!」


 この子……パネちゃんの笑顔につられて、つい私もクスクスと微笑む。

 やはり、太陽のような子だ。


「ところで、お友達ということは、私もあなたのところに遊びに行っていいのよね……?」

「え。……あー、いやー、そのー、それは、プレイヤーさんをあまり見せたくないので……」


 きっと、それほど変わっているのだろう。

 しかしそれは尚更興味をかきたてられる。


「おいしいクッキーを焼いて行くわね。プレイヤーさんに会えるの、楽しみにしてるわ」

「ちょ、それはその、ぜ、絶対期待しないでくださいね!」

 


 私には、プレイヤーさんしか居なかった。

 プレイヤーさんだけが私のすべてで、しかしプレイヤーさんも居なかった。

 だから私は孤独だった。

 けれど。


 嬉しいことに私は。もう、孤独じゃなくていいらしい。


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