第22話 経験の実(未熟)
私は、その日アイテムを入れている戸棚で変なものを見つけました。
「なんでこんなところに果物が……?」
それは緑色の果物でした。
何の果物でしょうか、これ。
私はその実を引っ張り出して眺めます。
「プレイヤーさん、なんですかこれ?」
「ん? ああ、それは経験の実だよ。食べたかったら食べていいよ、経験値になるから」
「美味しいんでしょうか?」
「経験値5点分の味らしいよ」
どういう味なんでしょう、それ。
ちなみにLvアップに必要な経験値はLv1から2に上がるだけでも250点は必要で、Lv3に上がるには+3000点ちょい。……今私はLv5で、次のレベルにあがるにはあと1万点は必要で。
5点ってのははっきり言って相当に少ないわけです。
とりあえず2つありますし、ひとつ食べてみましょう。
*
後日、私はシャロさんとサクさんをジョウトシティに呼びました。
「今日お二人にここに来ていただいたのはほかでもありません」
私は二人を公邸の台所に招き入れています。
「なんでこいつもいるのよ」
「……近所付き合いというものだが……まぁ、闘技場帰りだ。まだ期間予定時間には余裕があるからな」
ふふ、そう。プレイヤーさんに教えてもらったのですが、距離が遠い闘技場の行き帰りで多少急げば結構時間に余裕ができるらしいですね。というわけで、サクさんには少し急いでもらっちゃいました。
まぁ、サクさんを呼んだのはシャロさんと会わせるためなのでさておきます。
「こほん。えー、今日お二人に来ていただいたのは……これのためです!」
私は経験の実(未熟)をまな板の上におきました。
「あら、梨?」
「いや経験の実(未熟)だな……パネ子殿の所も先日のクエストで入手したのか?」
「そうらしいですね。で、サクさんはこれ、食べたことありますか?」
サクさんはこくりと頷きました。
「ああ。……なんというか、良くも悪くも経験値5点分の味、だったな」
「正直いって激マズでした! というわけで、今日はこれを美味しく食べるにはどうすればいいか、です!」
ついでにシャロさんサクさんの親密度UPも狙っているのは、ここでは私だけの秘密です。
「ふふ、なるほど……。こういうことは私に任せなさい」
おお、シャロさんがやる気です。
これならUYK作戦も完璧ではないでしょうか。
UYKとは、『うまい! 嫁に きてくれ』の略です。シャロさんの特技でこの不味い経験の実(未熟)を美味しくし、サクさんに食べさせればきっとUYK状態になること間違いないでしょう。
「ふむ、調理すればいいのか? ならば、役に立てそうだ」
あれ、なんと、サクさんもやる気のようです。正直期待していませんでしたが、思わぬ伏兵です。
「あら、常日頃パネちゃんのために美味しいオヤツを作ることに粉骨砕身している私に敵うと思って?」
シャロさんがニコニコとサクさんに微笑みます。
「こちらも毎日フェンのために食事を用意している。こう見えて、料理は得意だ」
サクさんも得意げにそれを見つめ返します。
…………あれ?これは結構いい雰囲気じゃないでしょうか?
「じゃ、主催の私は料理できないので味見役です!」
ちょっと情けない気もしなくもないですが、台所に料理できる人が二人もいたら私はむしろ邪魔でしょう。
台所で二人きり、というのも悪くないシチュエーションかもしれません。
「パネちゃん、待ってなさい。最高のオヤツを作ってあげるわ」
「いや、ここはフェンの弁当のようにバランスのいい栄養の取れた食事をだな……」
あれ?なんか火花散ってますよ。
あ、これはアレですね。戦いあってお互いを認めるパターンです。きっと。
というわけでおとなしく二人を眺めることにしました。
「できたわ!」「できたぞ!」
二人が半々ずつ経験の実を使って、それぞれ完成させたようです。
料理の最中、二人は一切口をききませんでした。二人して料理人でした。本気出し合ってました。
「ふふ、私のほうが若干早かったわね……。私のから食べてもらいましょうか」
「いやここは俺の料理を先に食べ、シャロ殿のはデザートに食べたほうが良いと思うが」
ふむふむ、ここはサクさんの方に一理あります。食事順としてごはん→デザートの流れはごく自然に思えます。むしろそれがいいです。
「じゃ、サクさんのから食べてみましょう」
「なっ!……く、でもパネちゃんの決めたことだし、仕方ないわね……」
「よし。それでは食らうが良い……この、経験値の実(未熟)パスタを!」
サクさんの出した皿には、パスタが盛られていました。
そしてそのパスタソースに、経験の実(未熟)の切り身が入っているようです。
早速フォークを使ってソースを絡めながらパスタを巻き、口へ運びます。
「…………! こ、これは……!」
すごい。思っていたよりもすんなりと、ソースの塩味に5点分の味が馴染んでいて……
いや、これは経験の実(未熟)だけではありません。隠し味、そう、隠し味があるはずです!
「ほう、気づいたか……実はそのパスタソースには、これを砕いて入れた」
サクさんは懐から黄色い箱を取り出しました。
「……! カ□リーメイト……ポテト味!」
「栄養バランスをとるには、やはりコレが一番だ」
なるほど、それならこの深い味わいにも納得です。既製品の力は時に恐ろしいものがあります。
素人の味付けなんかよりよっぽど正確ですし!
「このパスタ、かなりポイント高いですよ!」
「くっやるわね、まさかそんな物を使うだなんて」
「やるからには全力を尽くすさ……まぁ、日持ちするとはいえフェンが安売りで大量に買いすぎたという理由もあるが」
サクさんが自慢げにいいました。
ともあれ、なかなか美味しいです。なるほど、味の少ない経験の実(未熟)と塩味って結構合います。
私は一皿全部食べてしまいました。
「次は私の番よ。……これが私の、経験の実(未熟)に対する答え……!」
シャロさんが出した皿には、切り身の経験の実(未熟)が乗っていました。
ただ切って、そこに並べただけのように見えます。
「シャロさん、これは?」
「だまされたと思って、食べてみなさい」
私は、フォークで切り身をひとつ突き刺し、口へ運びます。
「……!」
甘い。パサパサしていて味の薄かったあの経験の実(未熟)が、こうも甘く!
それに、食感もまるで違います。これは、そう。たとえていうなら、桃の缶詰!
「シロップに漬けて、煮たの」
なるほど、味がなければ味をつけてやればいい……そういうことですね!
「それにパネちゃん、甘いの好きでしょ?」
「大好きです!」
シャロさんはふふんと自慢げに微笑みました。
「それに、下手にいじらずに切り身の形で食べられるから、たくさん手に入ったときの消費も楽になるわ」
「なるほど……そこまで考えているんですね。さすがシャロさんです、高ポイントです」
私は残りの切り身もぺろりと平らげてしまいました。
はふ、ごちそうさまです。ついでに私に5ポイントの経験値が入りました。
「あ、すみません。全部一人で食べちゃって」
「いいのよ。で、どっちが勝ちかしら?」
「うむ、早く判定を言ってくれ」
勝ち? 判定?
「なんですかそれ?」
「……あら? 料理勝負じゃないの?コレ」
「高ポイント、とか言っていたのでそういうものだと思っていたが?」
ぢー、と二人して私のことを睨んでいるようです。
「え、えーっと」
そもそもまったくそういうつもりはなく、今日はただ未熟で美味しくない経験の実を美味しく食べたかっただけなんです。本当ならシャロさんの作ったものをサクさんに食べてもらって、『うまい、嫁に来てくれ』的なのを考えていたんですよ、ちょっとすっかり忘れて全部食べてしまいましたが!
それに、その、二つとも方向性まったく違って、何を比べて勝ち負けを決めればいいのやら?
「もちろん私の方が美味しかったわよね?」
「いや、俺の作ったパスタのほうが量が多いにもかかわらず完食している、これすなわち……」
「ひ、引き分けです! 引き分け! その、サクさんのは食事としていいと思うし、シャロさんのはデザートとしていいです。つまり、二人が合わさりより最強に見える……って、ことじゃ、その、ダメですか?」
二人は、少し考えてから言いました。
「次はどっちもデザートで勝負しましょう」
「次は食事がテーマだな……」
そして二人はまた火花を散らしていました。
どっちにするかでまたモメそうです。
まぁ、ひとつ言えますね。
次に経験の実(未熟)を手に入れたときも、二人に頼むことになりそうです。
*
パネ子は夜中、一日の出来事を思い返しつつ布団に入る。
今日は、シャロとサクに経験の実(未熟)をおいしく調理してもらった。
考えたら、二人とも料理が得意ならその方面で話が合うと思う。
話が合うなら、きっともっと仲良くなれる。案外いい相性だと思う。
「二人の仲が良くなるといいなぁ……」
でも、料理の話で盛り上がられたらパネ子はきっとついていけない。
今日の台所のように、入っていけない。
二人の仲がとても良くなって付き合っちゃったりしたら、やっぱりそれでも入れなくなるかもしれない。
それでもシャロには幸せになってほしいと思うから、応援はやめない。
シャロは、大事な、初めての親友だから。
「……でも、仲間外れにされたら、イヤかも」
料理の勉強しようかなぁ、とパネ子は思いながら、眠りについた。
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