閑話:イニシャル

 今日はパネちゃんに議会に連れて行ってもらった。

 そこできれいな刺繍があって、凄く気に入って、その。

 気に入った刺繍でパネちゃんとおそろいのハンカチを作りたくて。

 ハンカチに、私の名前のイニシャルと、パネちゃんのイニシャルを入れたものを作ってもらうことにした。

 そしたら、その。


「同じ刺繍で、イニシャルはSで!」


 うん、これはその、つまり、サクに渡すということなんだろう。

 ……由々しき事態だ。

 というわけで、私はまた花を口実にサクに会いにきていた。


「議会でハンカチを買いなさい」

「む? 議会でそんなもの売っていたのか……ほう、フェンと、お、お揃い? それはいいな、すごくいい」


 あらかじめ自分のハンカチを買っておけば、プレゼントを受け取らなくても自然、よね。


「で、その。パネちゃんからプレゼントがあってもその。受け取らないほうがフェンの心象がいいわ」

「ほう?そうなのか? ではそのようにしてみよう」


 ズキリ、と胸が痛む。

 私の都合で、今、パネちゃんの恋愛を妨害している。

 そのことが私の心を苛んで、痛みすら感じさせている。


「どうした? シャロ殿、顔色が悪いぞ」

「なんでも……ないわ」


 深く息を吐く。そして、ゆっくりと鼻から吸う。

 私は、本当に最低だ。だけど、それでもパネちゃんを誰かに譲る気は毛ほども起きない。

 最低な私なんかがパネちゃんにつり合うのかと言われれば、もちろんつり合わないだろう。

 だけれど、あの太陽のような姿に、私は惹かれざるを得ない。

 手に入れたいという欲求を抑えることができない。

 人に渡したくないという衝動を抑えることができない。

 私は、また大きく息を吐いた。

 ため息に混じって、私の中の黒いものが少しでも外に出て行けばいいのに。



  *


「フェン。こいつを見てくれ。どう思う?」


 サクは2枚のハンカチを手にしていた。

 武器が刺繍されているそのハンカチには、片隅に「S」「F」とそれぞれ刺繍されている。


「ん?ハンカチだね。どうしたのそれ」

「勇者たるもの、プレイヤーと意識を共有しようと思ってな。その一環として、これだ」

「お揃いのハンカチ、ってわけか」


 フェンは、すっとサクの手からハンカチを一枚奪い取る。

 しかしそれは、Sと刺繍された方のハンカチだった。


「む? フェン、そっちは違うぞ?」


 サクがハンカチを交換しようとするが、フェンはそれを避ける。


「いーんだよ。これで。……自分のモノには、自分の名前を仕込んどくもんだろ?」


 お揃いの柄なんだし、あんま変わらないしいいじゃないか。とフェンは続けて言う。


「……む? ということは、フェンが俺の名前入りのハンカチを持っているということは……?」

「いーからさっさと秘境でも行ってきて」


 サクは、追い出されるように執務室から出された。

 しかしその手に持っているFの刺繍の入ったハンカチ。それが先ほどより温かいもののように感じるのは、


 多分、気のせいではない。

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