閑話:闘技場での変


 昨日パネちゃんと握手した手だが、オヤツ作りをするにあたって洗ってしまった。

 でも、まぁ、うん。いい。私のオヤツをパネちゃんは楽しみにしてくれているんだから。

 手のひらのささやかな感触より、パネちゃんのために美味しいオヤツを作る方が優先される。

 あの笑顔は何事にも代えられない、私の一番の楽しみだから。

 ふふ、今日のオヤツは上出来、力作だわチョコケーキ。……パネちゃん、喜んでくれるかしら?

 早起きしちゃって、ついつい凝っちゃった。パネちゃんまだかしら。


「シャロさーん、闘技場行きますけど、一緒に行きますかっ♪」


 来た!


「行くわ! そろそろくると思ってたからお茶の準備も万全よ!」


 パネちゃんが関心するような顔で私を見ます。

 ふふ、もっと褒めてもいいのよ?


「……そいえば、手は洗いましたか?」

「!」


 えっ、な、なんでそれ聞いてくるの?

 私のこと揺さぶりをかけてるのかしら?


「や、そのっ……うん、洗っちゃったわ」


 ……え、えっと、自然に言えた、かしら。パネちゃんに動揺がばれなければ良いけど。


「そーいえば、今日は闘技場にサクさんが来るらしいですよ?」


 あ、あれっ、何話してたっけ……ううん、パネちゃんが妙なこと聞いてくるから聞いてなかったわ。

 途中何か言ってたかしら、聞き漏らしちゃったけど。


「えっ、嘘、最近来てなかったじゃない。なんでくるのかしら……」


 ……うーん、それなら今日はこのオヤツやめようかしら? 折角の力作だし、パネちゃんと二人っきりでじっくり食べたいわ。うん、ここはクッキーでもいいかも。


「シャロさん、手をつないで行きましょうか?」

「え!?」


 パネちゃんが、手を差し出している。……私は、その手を、握る。


「あ、じゃぁ、その。……行くわ」


 ううん、ダメね、パネちゃんに触ってるとドキドキしてきちゃう。

 深呼吸して落ち着かないと。

 それにしても今日のパネちゃんは積極的ね。なにかあったのかしら?

 まぁ、私はパネちゃんと手を繋げて嬉しいけど。


「到着ですっ、あ、いました。サクさーん♪」


 闘技場につくと、サクが居た。どうでもいい。むしろ居なければ良いのに。

 世界が私とパネちゃんの二人きりならいいのに。


「パネ子殿。それに、シャーロット殿も一緒か」

「…………久しぶり。なんでいるわけ? 帰れば?」


 私は素直に思ったことを言った。

 それにしてもこの男は……私のこと邪魔しにきたのかしら?

 最近はほんと見かけなくなって安心してたのに。

 あの本に書いてあったみたいに、プレイヤーのフェンとやらと男同士でイチャついていれば良いじゃない。

 そうしたらこっちは女同士でイチャつくから。


「前から思ってたんだけど、パネちゃんの事なれなれしくパネ子とか呼ばないで頂戴」

「シャロさんのこともシャロ殿にすべきです!ですよね?シャロさん」

「えっ、あ、えと、そうね?」


 って、思わず返事してしまったけどこの男にシャロと呼ばれるのは嫌だ。

 シャロはパネちゃんが私につけてくれた大切な呼び名。好きな人以外に呼ばれたくない。


「……そうか、ではこれからシャロ殿と呼ぶが、良いだろうか?」

「パネちゃんが言うなら仕方ないわ……」


 くっ、なんという屈辱……だけど、パネちゃんが言うなら仕方ないわ。

 顔もみたくないわね。

 と、横を向いていたら、なんか、えっ!? ええ? な、なんで、なんでパネちゃん、撫でっな、え!?

 パネちゃんが……私のこと、撫でて……きた。


「あ、な、なぁに?パネちゃん?」


 にやけそうになるのを必死でこらえて、聞く。


「いえ、なんか可愛いなって」

「~~ッ!!」


 その返事は、危うく卒倒しかけるほどに効いた。

 可愛いって言われた、嬉しい。すごい、なにこれ、顔、熱い。

 パネちゃんはにこにこと笑顔だ。

 ああもう、パネちゃんの方が65000倍可愛いわよっ!



 パネちゃんが戦闘をしている間、私は観客席からそれを見る。

 ぴょんぴょん跳ねて、相手を翻弄する戦い。まるでウサギのダンスだ。


「はぁ……いつもながら可愛いわ、パネちゃん」


 私はうっとりとその光景を眺めていた。


「……シャロ殿は、パネ子殿のことが好きなのか」


 隣にこの男が居なければもっといいのに。


「当然よ。あなたには髪の毛一本たりともあげないわ。……あと、このことパネちゃんに言ったら呪い殺す」

「言うつもりは無いし、一応、サクという名前があるのだが……」

「そうね、あなたの大好きなフェンからもらった大事な名前ね?」


 サクは、肯定しなかったが否定もしなかった。


「……その、女性同士、というのは恋愛が成立するものなのか?」

「そっちこそ、男同士でしょ。男同士があるんだったら女同士もアリに決まってるじゃない」


 この男、ケンカを売ってるのかしら。


「! ……男同士とは、アリなのか?」

「は? アリなんでしょうよ、そういう本見たことあるし」


 何を言っているのやら。自分がまさにそうなくせに。


「そうなのか。ならばこの気持ち、俺はフェンのことを……?」


 サクは考えこむように黙り込んだ。


「……あ、パネちゃん!? あ、頭に一撃くらっちゃったわっ!大丈夫かしら!?」

「少し痛いだろうが、あの程度心配ない。見ろ、返り討ちにしたぞ……うむ、それなら説明がつく」


 なにやらブツブツとうるさい策士だ。


「……ありがとう、何か心のもやが取れた気分だ」

「感謝される覚えが無いわね。パネちゃんが戻ってくるわ。ほら、さっさとどっかいきなさい、しっしっ」


 サクを追いやって、パネちゃんを出迎える。

 ああ、頭の一撃は大丈夫だっただろうか?



 私はお茶の準備をした。

 今日のオヤツは、チョコケーキ。ふんだんにチョコを使った力作だ。


「えへへ♪」


 パネちゃんは妙に笑顔だが、頭は本当に大丈夫だったのだろうか?

 あ、それともオヤツをパネちゃんの大好きなチョコ系にしたからだろうか。だったら納得。


「シャロさん。サクさんとはどうですか?」


 フォークでチョコケーキを口に運びながら、尋ねてきた。


「どうって、何が?」

「えーっと。……仲良くなれそうか、とか?」

「無理ね」


 あれは何を考えているのかいまいち分からないし、なによりパネちゃんと親しそうなのがむかつく。

 今日だって、なんで居るのやら分からない。

 私は紅茶を一口飲む。


「サクさーん、一緒にお茶しませんかっ!」

「!?」


 危うく、噴水になるところだった。


「ちょ、ちょっと、だめよ!」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。お友達と一緒にお茶するくらいー」


 図々しくも、サクがやってきた。

 うう、折角の二人きりのお茶会が。前にも邪魔されたことがあったっけ。


「……隣人に招かれては仕方がないな……ご近所付き合いは大切だとフェンも言っていた」

「別に私は隣人じゃないから来なくて良いわよ。それに、今日のオヤツは私とパネちゃんの二人分しか用意してないの。あなたの分は無いわ」

「じゃぁサクさん。食べかけですけど、よかったら私の食べてください」


 フォークを添えて、食べかけのケーキを差し出すパネちゃん。

 た、食べかけですって!? しかもフォーク付きッ!?

 それって、その、か、間接キスになっちゃうじゃない!


「ま、まちなさいパネちゃん! それなら私のをこいつにあげるからそれは駄目!」

「え?じゃぁ私のはシャロさんにあげましょう」


 といって、こんどはそれを私に差し出すパネちゃん。


「……いいの?」

「はいっ、それじゃ、私はちょっとおはなつみに! おはなつみに行ってきますね!ごゆっくりっ」


 パネちゃんの食べかけ……


「……なんだ、あの不自然な行動は?……呼ばれたのに、呼んだ本人が花摘みに席をはずすとは??」


 やばい。興奮してきた。まずいまずい。抑えられない。

 目の前のパネちゃんのケーキから目が離せない。

 ああもう、私の分のケーキなんて邪魔! 今ここで、何の価値も無い!


「……あげるわ」

「あ、ああ、貰っておく」


 さて、これ、その、た、食べちゃっても、いいのよね?

 私のケーキは処分しちゃったし、これはその、パネちゃんからもらったし、いいのよね?

 このまま、このフォークで、パネちゃんの食べかけケーキを……間接キス、しても!

 ……食べる!

 もぐっ。

 ……

 しちゃった、間接キス。

 パネちゃんの唾液成分が、私の中に入っている。私の体を構成するモノに、パネちゃんの成分が少し入った。

 ほんのちょっぴり、フォークに残っていた分だけだけど、

 あ、あ、もうだめ。顔がにやけて止まらない。胸の内からきゅぅってなる。


「間接キス……すごいわ」

「…………ふむ。一つ思ったのだが、いいか?」

「何よ、私は今、至福を感じているの。ふふ、邪魔しないで」

「……そのティーカップを洗うのは、シャロ殿の仕事だろう? ならば、間接キスなどいくらでも……」


 え?

 言われて、私はパネちゃんの使っていたティーカップを見る。

 無論、使用済み。


「何それ、あなた天才? その発想は無かったわ」

「……策士だからな」


 この男、やるわね。少し見直したわ。



「それではパネ子殿、シャロ殿。また会おう」

「はいっ♪ ……あれ?シャロさん、挨拶はいいんですか?」

「そうね、えーっと。今日はありがとう」


 一応いいことを教えてもらったので、お礼は言っておく。

 とはいえ、試合でパネちゃんを殴ったりするのでやっぱり嫌い。


「シャロさん。手をつないで帰りましょっか?」

「え、ええっ♪」


 私は再びパネちゃんと手をつなぐ。

 ……こっそり関節キスしちゃったことを思い出し、唇に目がいったりしちゃって、その。


 なんていうか、帰りに何を話てたかとかぜんぜん覚えていない程に、舞い上がっていた。



  *


 シャロは、闘技場から帰った後、バスケットからティーカップをとり出す。

 それは闘技場でお茶をしたときにパネ子が使用したティーカップ。


「パネちゃんの唇がこのカップに……」


 見ているだけでほんのり気持ちが高ぶる。

 サクに言われるまで意識したこともなかったこのただの洗い物が、シャロの中では今や金銀財宝にも匹敵している。


「どうしよう、これ……やっぱり洗うべきよね」


 しかし洗えば価値がなくなり、普通のティーカップになってしまうところ。

 さて、どうしたものか。


「……い、一回だけうっかり使っちゃうっていうのは……アリかしら」


 シャロは、まず自分が使ったティーカップを洗う。

 そして、そこでふとお茶が飲みたくなったことにした。


「あら、でもティーカップは一つ洗っちゃったし、今更洗い物を増やすのもアレだし、この使用済みを使い回しましょう」


 自分で自分に言い聞かせるように言う。

 そして、カップにお茶を入れる。


「……なんだろう、この罪悪感」


 しかしお茶を入れてしまったからには捨てるのはもったいないし、そう、喉も渇いていて飲みたくてたまらない。

 だから別にこれはパネ子を裏切っているわけではないと、改めて自分を説得する。


「いざっ」

「シャロさーん、遊びに来ましたっ」


 官邸の扉を開けて、パネ子が入ってきた。


「のひゃぁ!? ぱ、パネちゃんっ、な、何、どうしたのっ」

「え? 一緒にお菓子づくりするって約束してたじゃないですか」


 確かに約束したような気もする。


「……今日だったかしら?」

「いえ、日付は決めていなかったので思い立ったときにかと思って! ……だめでしたか?」


 元気だなぁ、そこがまたいいんだけど。とシャロは思う。


「いえ、いいわよ。どうせいつでも暇だしね……あ、喉乾いてない? このお茶飲んでいいわよ」

「いただきますっ」


 くいっと一息に飲み干すパネ子。

 シャロの飲みかけかも?という戸惑いは全くないようだ。


「……やっぱり隠れてコソコソはダメよね」

「? なにか言いましたか?」

「いえ、何も。 それじゃ、ブラウニーでも作りましょうか」


 シャロはいつもの笑顔で言った。

 先ほど感じた罪悪感もすっかりなくなっていた。


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