第17話 秘境攻略



「あぁ、もうそろそろこの村も廃村にされてしまうんですね……」


 私は酒場に居ました。うん、飲まないとやってられません。

 空になったグラスをマスターに突き出します。


「マスター、おかわりください」

「あまり飲みすぎるとお体に悪いですよ?」

「うるさいですよー。いいじゃないですか。それにこの村は廃村になるって言うんですから……」

「……」


 マスターは、黙って私の注文を聞いてくれました。


「ありがとうございます。……んくっ、んくっ……ぷはぁー! プレイヤーさんのどあほー!」


 私はそれを一息に飲み干し、叫びました。

 その声を聞きつけてか、酒場にシャロさんが入ってきました。


「パネちゃん……こんなところに居たのね? 急に居なくなるから探しちゃったわ」

「ひっく、あ、シャロさんー……シャロさんも飲みますか?おいしいですよ?」

「……それってただのミルクよね?」


 はい、そうです。ミルクです。

 いやその、お酒なんて飲めませんし私。でも気分はクダをまく酔っ払いです。


「お客さんからも言ってあげてください、あまり飲みすぎるとお腹を下すって」

「そうよ、お腹ゆるくなったら大変よ? 赤ちゃんみたいにオムツを着けられたいのかしら?うん、わかった、私が看病してあげるからやっぱりいっぱい飲むといいわ。嫌なことは飲んで忘れましょう」


 途中から意見が180度変わったみたいなので、遠慮なく飲むことにします。


「えへへ、いっぱい飲めば私もシャロさんみたくおっぱいおっきくなりますかねー……?」


 私はシャロさんに寄りかかりました。


「つ、ついでにマッサージするといいらしいわよ、や、やってあげましょうか?」

「んー、うー、とりあえずミルクおかわりください」


 マスターは、もはや何も言わずにおかわりを注いでくれました。


「そういえば、ここの酒場……品揃えよくなってるわね。……ふむ、リキュールにブランデーか、お菓子の香り付けにも使えるわね」

「ええ、そうなんですよ。プレイヤーさんの計らいで、ついにLvが5になりまして」


 酒場のLv5。

 私はピーンときました。


「……そいえば、酒場のLvが5になるとオフィサーさんっていう人が来るって聞いたことがあるんですが」


 このオフィサーさんとは、秘境の管理をしてくれる人らしいです。

 というわけで、秘境について説明しましょう。


 この世界には秘境というものがあります。

 確認されているもので大平地、大草原、大荒野、大山岳、大森林、大湖畔の6種類です。

 この秘境に砦を作って占拠することで、対応した資源の産出を劇的に伸ばすことができるのです。

 具体的には大平地はすべてがやや上がり、大荒野は食料とその他がちょっと上がり、

 残りの4つはそれぞれの資源の産出がなんと1.5倍になります。

 そんな秘境なので、手に入れたいですよね。

 しかし、そう簡単にはいきません。

 秘境にはモンスターが大量に住んでおり、彼らを全滅させない限り砦を作ることもままならないのです。

 放っておく分には問題ないのですが、生半可な兵力で突撃すると激しい返り討ちにあいます。

 あ、私は行ったことないですよ。


「で、この秘境を占拠して、砦を建てて管理してくれる人が、このオフィサーさんって人なのです」

「へぇ、物知りなのねパネちゃん」

「まぁ、今となっては無駄な知識ですけど……ぷはー」


 どうせこの村には関係の無いことです。


「オフィサー……ああ、最近の常連になった人がいますよ。あの奥のほうで飲んでいるお方ですが」


 マスターに言われた方を見ると、そこには一人でケーキを食べながらお酒を飲んでいる人が居ました。

 おつまみにケーキ……アリなんでしょうか。


「あ、そういえばパネちゃんにプレイヤーさんから伝言があったんだったわ」

「なんでしょうか……」

「しばらく闘技場じゃなくて大湖畔の攻略いってね だって」


 ……はい?


「オフィサーさんに依頼料は払ってあるから、あとは攻略するだけらしいわよ」

「え、ええー…?」


 どうしてこうなった。

 私はそんな言葉を思い出していました。

 なんで廃村になろうって村が秘境を攻略しようというのでしょうか?

 私とシャロさんは、大湖畔への道を歩いていました。

 酔いはすっかり覚めていました。いや、もともと酔ってないといえば酔ってませんけど。


「あ、あの。ちなみにこの大湖畔にはどのくらいモンスターがいるんですか?」

「えーっと、プレイヤーさんから聞いた話によると……大体全種類が4,5体ずつってところね」


 うーん、それくらいなら何とかなるでしょうか……? いや、それでも死にそうですが。


「ただし、ラミアとハーピーだけは40体ずつ居るらしいわ」


 はい覚めた。今完全に酔いは覚めましたよ。


「ちょ、ちょっと待ってください!なんでそんなに居るんですか!?」

「ほかの秘境でも、どれか2種類がこのくらいの数らしいわよ? ああ、大平地は全体的にばらけて10体前後とか言ってたわね」


 想像してみます。闘技場で戦うハーピーやラミア。

 まず私の攻撃です、みこみこアッパー! よし、一体屠りました。

 次にハーピーの反撃です、あうち。

 次にラミアの攻撃です、はうぁ。

 次にハーピーの攻撃で、その次はラミアで、これが大体39匹分ずつ。


「逃げてもいいですか?」

「勇者が情けないこと言ってると村が崩壊するわよ」


 と、大湖畔の入り口に着きました。ここから先はモンスターひしめくまさしく秘境です。


「それじゃ、私は先に帰るわね。まぁ、パネちゃんのほうが先に着くと思うけど……がんばって」

「……い、逝ってきます……」


 私は秘境に足を踏み入れました。



「やめてくださぁああい!?」


 目が覚めたとき、隣でシャロさんが添い寝をしてくれていました。


「ああ、よかった。夢か……隠れつつ全種類一匹ずつ屠ったあと捕まって、ラミアとハーピーに囲まれてくすぐられ死とかありえませんよね」


 私はその光景をありありと思い出すことができますが、それはあえて無視しました。

 そしてプレイヤーさんが現れました。


「お、目が覚めたか。丁度回復終わったみたいだから次行ってきてくれ。戦果は全種類1匹だったから、この調子ならあと39回くらいでいけるかな!」

「……夢じゃなかった……」


 プレイヤーさんの命令で、私は再び秘境へ向かいました。



「だめですっ、そこはダメー!?」


 目が覚めたとき、隣でシャロさんが添い寝をしてくれていました。水着で。

 何故。


「……こ、今度も全種類一匹ずつ道連れにしましたよ……ふふ。ぅー……」


 今度もまたラミアとハーピーにやられました。数の暴力すぎます。


「お、目が覚めたか。丁度回復終わったみたいだから以下略」

「こっちは死に掛け、いや、死んでるんだからせめて略さないでください……」


 ともかく、また私は秘境へ向かいました。



「だーっしゃー!」


 くそう、なんということでしょう。やっぱり数が多すぎます。

 隣ではシャロさんが幸せそうに可愛い寝息を立てていました。

 ……なんとかドラゴンやサイクロプスやワーウルフやらは殲滅しましたが、やはり脅威はラミアとハーピー。

 くそう、もう地道になんども襲撃して少しずつ削っていくしかないのでしょうか。


「お、略」

「……」


 もうツッコミを入れる気力もありませんでした。


 …………

 ……


 さて、何回死んだことでしょう。5回から先は数えていません。

 これで残すはあとラミアとハーピーが4体ずつ。ここまでくれば、後は楽勝です。

 ついでにいつの間にか水着に着替えさせられてしまいました。なんか経験値が1.2倍になるとかで。

 うそ臭かったですが、シャロさんの熱意のある説得に押されて着替えてしまいました。


「やっぱり可愛いわ……ふふ、大湖畔占領したら一緒に水浴びしましょうね♪」

「はい……私、大湖畔占領したらシャロさんと水浴びするんだ……」

「まって、それ死亡フラグよ。それなら折角だし水浴びじゃなくて結婚するんだ、の方が……」



「いやー、ついに占領ですねっ」


 ついに秘境のモンスターをのこり0体にしました。

 戦力表示も「なし」になってます。

 相打ちでは勝利ではありませんでしたが、あとはこの秘境に向かって進軍するだけでいいのです。


「あ、でもまって。早くしないともう午前4時、あっ」

「え?」


 どうやら秘境モンスター数は朝になるとある程度復活するらしいです。



 ……残りモンスターはラミアとハーピーが一体ずつ。

 今進軍している私一人で勝利できるのは確定です。経験則的に。


「……も、もう大丈夫ですよね?!」

「ええ、時間もお昼だし、これなら余裕で占領できるわ」


 私はシャロさんと一緒に大湖畔に向かって歩いています。

 あとは、最後のモンスターを倒し勝利報告をすれば、オフィサーさんが砦を作ってくれます。


「それにしてもほんと、二日しかたってないのにずいぶんと長く感じるわ……」

「……あー、二日のうちで何回死んだんでしょう……私、途中でLv4になりましたよ」

「どうりで。それで復活が早くなったのね」


 ともあれ、これで最後です。私は大湖畔の入り口に立ちました。


「行ってきます!」

「じゃ、今度は待ってるわね」


 私が大湖畔にはいると、浅瀬にラミアとハーピーが一体ずつ、待ち構えるようにしてそこに居ました。

 あれほどいたこの二種類のモンスターも、残すはこの2体。

 2体は敵意むき出しで私を睨んでいました。

 私は、拳を構えます。

 もはやこの程度であれば無傷で倒す自信があります。


「……」


 しかしどうしてでしょう。私は、あまり戦う気が起きません。

 相手がこんなにも殺意をむき出しにしているというのにです。

 いままでは、無我夢中で戦っていたからこんなことはありませんでした。

 ……そっか。

 私は、なぜ戦う気が起きないのか思い当たりました。


「ごめんなさい。平和に暮らしてただけだったのに、ね」


 いまさら謝るのは偽善でしょう。

 私がここの秘境を占拠するのは、ただプレイヤーさんの命令だから。

 平和におとなしく暮らしていたモンスターたちを、私たちの都合で駆除しているのです。

 一方私たちの被害は、私が何度も死んだだけ。

 それも厳密には復活するので、死傷者ゼロという状況です。

 モンスターたちは、あれほど居たモンスターたちは、私がこの手で殲滅していったのです。

 湖畔の一部が真っ赤に染まるほどに。

 しかしモンスターと私たちは相容れない存在。仕方が無いといえば、仕方が無いことです。

 私はせめて、相手から攻撃してくるのを待ちました。


 そして、渾身の一撃をもって、返り討ちにしました。



「ふむ、確かに。モンスターは殲滅されたみたいですね」


 勝利報告の後、すぐにオフィサーさんが秘境に砦を建てに来ました。


「それでは任せてください。えーっと、大湖畔用の組み立て設計図は……っと」


 あっというまに砦が建築されました。

 私の2日間は必要だったの? というくらいにあっというまの早業です。

 そして以後、ここでは綿が栽培されていくようです。

 ここで取れた綿は自動で村へ輸送してくれるらしいです。

 もっとも、ここで作業するのは村のわたヒトさんなので、村の綿Lvが高くなければ効果も薄いわけですが。


「それじゃ、念願のけっこ……じゃなくて水浴びをしましょう。パネちゃん」


 シャロさんは、水着を着て言いました。


「す、すみません、少し休ませてくださいー」


 さすがにいろいろ疲れました。

 ……ああ、そういえば、何か忘れているような気がします。

 とりあえずもう少し休んで、それから、シャロさんと遊んで……

 それから何を忘れているのか思い出すことにしましょう。



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