第15話 山岳


 今回は間違いなく山岳のようです。


「よかったわね」

「ええ。湖畔のときはまさかの平地でしたからね」


 それでも羽を手に入れられたのは、ひとえにシャロさんのおかげです。

 ちょうど隣が湖畔だからちょっと見に行く、といって、たまたま羽をゲットできました。

 ……そして、ついでにほっぺにちゅーをされてー

 あ、あれ。おかしいですね、克服したと思ったんですが。


「パネちゃん? ここからどうするの?」

「ん、そうですねー……」


 私はシャロさんの顔を見てみました。……うん、まぁ、目をそらさずにいられますね。

 シャロさんももう今朝の症状は克服したみたいで、やさしく微笑んでいます。


「とりあえずはドラゴンが脱皮に使いそうな洞窟とか探してみましょうか」

「となると、あんな感じの洞窟を探せばいいわけね」


 シャロさんが指差した先には、ドラゴンが入っていけるような大きさの洞窟がありました。


「そうそう、あんな感じの洞窟を探せばいいわけで……って、見つかりましたね」

「あら。私のお手柄かしら」


 私たちは洞窟へ向かいます。

 とにもかくにも、目的の抜け殻を手に入れなければいけません。

 うわさでは卵の薄皮っぽいと聞きますが、どうなんでしょうか?


「中は真っ暗ですねぇ。でも大丈夫です。こんなこともあろうかと、たいまつをもらっておきました」

「やるわね、パネちゃん」


 シャロさんの優しい手が私の頭を撫でます。

 えへへ、悪い気はしません。

 まぁ、実はこれはミミさんからの差し入れだったんですけどね。黙っておきましょう。


「それじゃ行きましょう」


 私は右手に火をつけたたいまつをもって、左手でシャロさんの手を握りました。


「あっ……そ、そうそう、はぐれないための握り方があるのよ、それを試してみない?」

「どういう握り方でしょうか?」


 シャロさんは手を一度ほどき、指を交互に握り締めるように握りなおしました。


「……ど、どう? 絆が強ければ強いほど効果的らしいけど……」


 なるほど、指の一本一本が絡むことで密着度が上がって、シャロさんの鼓動まで伝わってきそうです


「うん、いい感じですっ ……あれ、シャロさん緊張してますか?」

「えっ! あ、……え、ええ。だってもしかしたらドラゴンと出くわすかも知れないでしょう?」


 確かに、暗い洞窟の中には何が潜んでいるか恐ろしいところもあります。

 しかし私はそんなシャロさんの不安を吹き飛ばすように、笑顔で言いました。


「大丈夫ですよ。私がシャロさんのことを守りますから」


 きゅ、っとシャロさんが握る力を強めます。


「ーーッ、だ、だからそういうのは反則だってば……むぅ」


 シャロさんは、もじもじとしていました。

 うーん、かえって緊張させちゃったでしょうか?


「まぁ、行きますよ~」

「……うん、守ってね、パネちゃん」


 シャロさんが頬を赤くして言いました。


「はいっ、ただのドラゴン程度ならみこみこアッパーで一撃ですっ♪」


 そうそう。こんな洞窟だから怖く感じますが、ドラゴンはドラゴン。

 闘技場に出てくるドラゴンだって同じドラゴンなんです。ということは、私なら余裕で勝てます!

 というわけで、ずんずん進んでいきましょう。

 私たちは、それなりに洞窟の奥へと入っていきました。

 たいまつの揺れる炎だけが、私とシャロさんの影を岩肌に映します。

 洞窟の中は涼しく、ぴちょん、とたまに水の滴る音が聞こえます。

 その他はいたって静かなもので、あとは私たちの足音がするだけでした。


「……静かで涼しくて、良い所ね」


 シャロさんがぽつりと言いました。


「はい。納涼にはもってこいです。今度、近場の山岳の洞窟も行ってみましょうか」

「いいわね。でも、座ると岩がごつごつ痛いからマットか何かも持っていかなきゃね」


 他愛のない話をしながら、先へ進みます。

 洞窟は、ドラゴンの通り道になっているせいなのかずいぶんとならされていて進みやすく、

 そしてかなり深いようです。

 これなら、奥のほうでドラゴンが脱皮している可能性も高いでしょう。

 と、そしてそれは正しかったようです。


「あ、あれみてパネちゃん。ドラゴンの抜け殻じゃないかしら?」

「えっ? ……あ、ほんとだっ」


 ついに、私たちは抜け殻を見つけました。

 セミの抜け殻のようにはきれいに形を成してはいませんでしたが、尻尾や頭がくしゃっとなっていてなおかつこのサイズの抜け殻となればドラゴンのそれに間違いありません。


「やったわね、早く採取して帰りましょう。涼しいのはいいけど、夏服じゃちょっと寒くなってきたわ」

「そうですね~」


 私はたいまつをシャロさんに預け、少し汗ばんでいましたが暖かかった手を少しの間だけ離して、ドラゴンの抜け殻を採取します。ちょっと大きめに。


「えへへ、これだけあればきっとシャロさんの分も作れますよー」

「あら、うれしいわ♪……って、あ、ぱ、パネちゃん、ど、どうしましょう?!」

「え? どうかしましたか?」


 見ると、たいまつの炎が小さくなっていました。

 そして、


「き、消えちゃったわ……」

「ええーー!?」


 私の叫びが洞窟内にこだまし、そしてたいまつは燃え尽きてしまいました。

 あたりは一面の闇に包まれます。一切合財何も見えません。

 ここは洞窟の奥の奥。

 炎が消えて、一気に温度も下がったように思えます。


「ぱ、パネちゃん、どこにいるのー?」

「ここですよー、こっちー」


 私はおびえる心を抑えて、シャロさんを呼びます。


「ああ、よかった。見つけた……」


 シャロさんが、私にぎゅっと抱きついてきました。

 離れていた距離はほんのすこし。それでも、心なしか、シャロさんの声は泣いているようにも聞こえます。


「……パネちゃん、どうしましょう」

「う、うーん……どうしたものでしょう」


 帰りも寄るといっておいたので、ミミさんが救助をよこしてくれるかもしれません。そうでなくてもこのまま帰らない場合はプレイヤーが救助をよこしてくれるでしょう。幸い、私たちは勇者なので何も食べなくたって大丈夫なのですが……しかし、救助を待つにしてもここは寒くて暗くて、闇に押しつぶされてしまいそうです。

 もし今ここに私しか居なかったら、シャロさんが居なかったら、きっと恐怖でどうにかなってしまう。

 私はシャロさんをぎゅっと抱きしめました。


「……パネちゃん、ここにいるのよね?ちゃんと居るわよね?」

「はい、いますよー」


 シャロさんがぎゅう、といっそう強く抱きしめてきます。


「……ここ、すごく寒いわ……」

「そうですね……うーん。食べなくても大丈夫ですが、凍え死んでしまうかもしれません……」

「パネちゃん……」


 って、あれ?シャロさんがなにやらもぞもぞしています。


「シャロさん、何してるんですか?」

「……あ、えっと。服を、脱いでるのだけど……」

「な、なんでですか!?」


 こんなに寒い洞窟の中なのに、服を脱いで、えっと、えっとー……なんで?


「こ、こういう寒い場所では、その、ひ、人肌で暖めあうと、いいって、魔道書にかいてあって……!」

「そうなんですか?!」

「現にほら、こんな寒い場所なのに、さっき握ってた手は汗ばんでたじゃない。あれと一緒よ、あれをその、ぜ、全身でやるだけ」


 確かに、確かに手は汗ばむほど暖かかったです。

 あれを全身でやるならば、きっとこの寒さにも耐えられるでしょう。


「……だから、その、ぱ、パネちゃんも……ぬ、脱いで?」

「きゃっ!」


 シャロさんに押し倒されてしまいました。ドラゴンの抜け殻がクッションになり、痛くはありませんでした。

 そしてシャロさんはそのまま私の服を脱がせようと、体をいろいろまさぐってきます。


「ひゃうんっ、ちょ、ちょっと、あ、く、くすぐったいですっ……わわっ、そ、そこはダメですっ!」

「……ご、ごめんなさいっ、暗くて、よく見えなくて……わ、私今どこ触ってるの? ここ、暖かいわ」


 もぞもぞと、手がくすぐったく私を撫でてきます。


「あうっ、い、いえませんっ!? ど、どうしたんですかシャロさんっ、落ち着いてくださいっ」


 と、私はぎゅぅっとシャロさんを抱きしめます。

 ……わ、わわっ、本当に服脱いじゃってます、背中がすべすべです。

 そして、その体は寒さか恐怖か、あるいはその両方のせいで小刻みに震えていました。


「だって……パネちゃんが凍死しちゃったら、パネちゃんだけ村に転送されて、私だけ残されるわ、きっと」


 私だけ戻ってしまい、シャロさんを置いてけぼり……

 それは、最悪のパターンでした。既に戦闘不能状態でここにいるシャロさん。いわば、既に死んでいる状態なのです。なのでおそらくシャロさんの言うように、死んだら私だけが戻されてしまいます。

 そっか。それは、だめです。

 私は先ほど自分で言ったはずです。私がシャロさんのことを守る、って。

 そのためには、私はシャロさんを残して凍死なんてできるわけがありません。


「わ、わかりました。……その上で二人分の服をきれば、きっと暖かいですもんね」

「うん……私、しっかりパネちゃんのこと暖めてあげるわね」

「はいっ、私だって負けませんからっ」


 私は、自分の服に手をかけました。

 そして私たちは――



 私たちは、それからすぐ洞窟から脱出することに成功しました。


「あ、そういえば。火種がありました」


 私は、ポーチにしまってあった火種……プレイヤーさんから貰った「ちゃっかまん」を使ったのです。

 火種だけでは心許なかったのですが、幸い、燃やす物も、採取しきれないほどのドラゴンの抜け殻がたくさんありました。(しかも細長く丸めた物は適度な燃え具合で、しっかりたいまつの代わりになってくれました)


「……あの、ご、ごめんなさいパネちゃん。ほんと、その、錯乱しちゃって」

「いえいえっ、仕方ないですよー」


 シャロさんは顔を真っ赤にして、私に謝ります。

 確かにあれは子供みたいでした。思い出しても恥ずかしいでしょう。

 でも私は逆に上機嫌です。だって、いつも大人びてるシャロさんの意外な一面を見れましたし。

 しばらくは、私がシャロさんを子ども扱いして撫でたりとかもできそうです。


「えへへ♪」

「む、むぅ……」


 ともあれ、無事?これにてクエスト完了です。


「さ、帰りましょうっ」


 私はシャロさんの手を握りました。もちろん、はぐれないためのしっかりとした握り方のほうで。

 指を絡めて、たとえ死んでも離れないように。


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