親について、実はよく分からないこと

ダウン症の親の会というのがある。日本ではJDSという組織があり、実際の活動は全国にいくつもあるその支部にて行われている。

東京都にも、「東京」というざっくりとした区切りではなく、区や地区ごとに支部があって、それぞれのカラーで情報交換、イベントなどを行っている。

我が家は今はJDS本体の賛助会員(個人会員)だが、以前は近くの支部に参加していた。


また、ダウン症に限定せず、障害児の親の会のような集まりも存在する。


そういったところに顔を出したり、ダウン症の子供の育児に関するブログを読んでみたりして、どうも不思議に思うことがある。


みんな、しゅっとしている。


もっと下世話な表現をすると、それなりに金持ってそう。


もうちょい上品だけど古い表現だと、ハイソっぽい人が多い。


個人的には、それほど違和感を持っていなかったのだが、どうやら色々な人の意見やら文献やらを総合して世間の平均と照らし合わせるに(この歳になってようやく世間の平均とやらがなんとなく分かるようになってきた)、やはりダウン症に限らず障害児の親として、特に目に入る人の多くが「ちゃんとした」人だ。


いわゆるDQNな親を見たことがない。


いくつかの理由は推測できる。


まず、自ら進んでコミュニティに顔を出したり、ブログを書いたりする親は、最初からそれなりのコミュニケーション力やプレゼンスを持っている可能性が高い。

ただ多くの親は、ダウン症の子供が生まれて何をどうすればいいのか分からず、途方にくれながら親の会というものがあるらしいことを知り、藁をも掴む思いで参加してくるので、必ずしもこれは成立しない。


次に、親の会の活動に参加したり、平日の昼間の療育に親のどちらかがついてこれる家庭というのは、時間や金銭の部分でやはり余裕があるのではないかという点だ。

これはこれで、祖父母の力を借りれるかどうかなどの個々の家庭の事情や、職業によって自由になる時間帯が色々あるなどの理由で、どこまで一般化できるかは疑問がある。


次に、子供のために何かしてやろうと思う時点で(以下略)。


分からんですな。


ここで反対の見方をしてみたい。


奥山佳恵が最初に息子のことをテレビで話したバラエティ番組で、ひな壇芸人ポジションの西川史子が、以下のような発言をした。

「医者の立場から言うと、必ずしもこういう子供や家庭がみんな幸せになっているわけではないことを知っているので、無条件に賞賛することはできないけど…」


記憶を頼りに書くと、番組の趣旨自体が新しい出生前検査についての話題だったと思うので、その是非やたとえダウン症の子供が生まれてもこんな幸せだというのが誰もに当てはまるというわけではない、という文脈だったと思う。


西川史子がいまさら「医者の立場」で発言できるのかどうかはさておき、この発言は番組中ではコメントのひとつとしてその場ではスルーされたが、実はとても重要な発言だったと思う。

どのくらいの人が、このことに気づいたかは分からない。

おそらく番組製作側も気づいていない人がほとんどだったのではないだろうか。


彼女が指摘したのは、幸せとは言えない障害児とその家族が存在するという事実だ。


ダウン症に限らず障害を持った子供が生まれる確率は、確率という(マクロな視点では)平等で公平な数字としてすべての親の上に存在する。年齢によって確率があがるダウン症などもあるが、若い親だからといってゼロではない。

病気などで、後天的に何らかの障害を持ってしまう子供だっている。


「障害児は親を選んで生まれてくるんだよ」

という綺麗な言葉を掲げる人もいるが、それは嘘だ。科学的に考えて嘘だ。

障害を持った子供が生まれる可能性は、親が金持ちだろうが貧乏だろうが、大卒だろうが高卒だろうが、関係なく確率として存在している。


だから当然、表現は悪いがDQN親のところに障害を持った子供が生まれることもある。

偏見ベースで申し訳ないのだが、そういう親はおそらくLINEはしてもネット上の情報を検索して療育のことや、行政サービスのことや、親の会のことなどを調べようとはしない。だから行政側も実態を把握できない。

もちろん定期検診だったり、保健師さんの訪問だったりはあるので、これらの関係者から児童相談所に連絡がいくことはあるかもしれない。しかし児童相談所は何の強制力ももたない。


などと書いてはみたものの、僕はこのあたりの実態をまったく知らない。自力で調査をしたわけでもないし。


もしかしたら現場の医師や保健師や児相の職員は知っているかもしれないが、個別のケースはあまりにも個人的な情報であり取扱いが難しい。


別の側面もある。

自分の子供を虐待するなんてことがあるとしたら、その親がおかしい。悪いのはすべて親だ、という社会的風潮。

障害を持つ子供が不適切な扱いを受けていても視聴者は食いつかないから報道メディアも食いつかないという偏り。


だったらお前が調査して実態を広く知らしめればいいじゃないかという指摘はあるだろう。


理解できる。テキストの力を駆使できる立場にいるのなら、それを使わない手はないではないか。


綺麗に浄化されたエスタブリッシュメントのメディアではできないことを、できる技術を持っているはずではないか。


「泣いたこともあったけれど、今は楽しくダウン症の子供の子育てをしています。幸せです」と明るく前向きに胸を張って発言できる、見るからに裕福で知的で強い心を持っている親の影には、おそらくまったく反対の親もいる。


両者は等しくスポットされるべきではないのか。


だが、すまない。


育児まっただなかの当事者である僕達は、そこに目を向ける余裕なんかない。

自分たちの子育てだけで、精一杯なのだ。


僕のような謎の立ち位置の人間ができることは多々あるだろうとは認識しつつ、今はそのエネルギーをひとりの子供を育てることに使わざるをえない。

我が家の現状は、そんなところだ。


すまないと思う一方で、開き直らなければ、やってられんよ。



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