ダウン症と言語能力について
ダウン症の人は一般的に言語能力の発達に遅滞がみられる。
発語そのものが少なかったり、発語しても舌足らずで聞き取りにくかったりする。ニコニコしていてフレンドリーなのに、言葉でのコミュニケーションができないものだから、尚更違和感を他人に与えるのかもしれない。
でも、言語の発達の遅滞とはなんだろう。
子育てを始めたばかりの頃、ダウン症の子供の親が、保育園で他の保護者に子供のことを説明する時の記述を何かで読んだ。
「この子は、言われていることは全部理解しています。だけど、自分から話すことが苦手です」
この表現が、当時の僕には理解できなかった。耳で聞いて理解できているのに喋れないというのはどういう状態なのだろう、と。
五年が経過し、僕はまったく同じことを周囲に説明している。
「この子は僕等が話すことを全部理解しています。だけど、自分から言葉で話す力はまだまだ弱いです。その代わり、ジェスチャーやサインなどを使って全力で自分が伝えたいことを表現します」
「子供が周囲の話を理解していること」をどうやって把握しているのかも不思議だったのだが、いや、確かに理解しているのだ。僕が息子と会話する時、こちらからジェスチャーを使うことももちろんあるが、大抵のことは普通に話して言葉で通じている。
それに対する、ジェスチャーを駆使した彼の返事は的確で、僕が言ったことを理解していないと決してできない反応をする。
そして不思議なもので、単調な発語であっても、トーンや文脈で若干の意味の違いがあることも、僕は理解できるようになっている。
不思議なものだと、毎日のように感心する。
そして、この子の頭の中で「言語」というものが、どういう処理をされているのか、解析してみたくなる。
現時点での僕の知識の範囲で、彼の頭の中を想像してみよう。
大脳の中には言語の処理をする「言語野」という部分がある。場所は左脳の側頭部で、言語野は「ブローカー野」と「ウェルニッケ野」のふたつから構成される。
ウェルニッケ野は、言語理解を司る。
ブローカー野は、発語を司る。
つまり、言葉を理解することと、言葉を発することでは、脳の中で働いている場所が異なるのだ。だから、「理解はできるけれど、喋れない」という状態は発生する。
失語症のうち「ブローカー失語」と呼ばれる症状では、言葉を理解できるけれど発語や筆記ができないという状態になる。今の息子と、似ているところがある。
ここで面白いのが、息子は発語は苦手だが、それを補うためにジェスチャー(あるいはマカトン、ハンドサインなど)を併用していることだ。
ブローカー野は、筆記や手話の制御もしており、発語という意思から発語という運動までの橋渡しをしていると考えられる。もしブローカー野が損傷していたり、著しく発達が遅れているのであれば、ジェスチャーも発現しないだろう。
この推測が正しいとすると、ジェスチャーは出るが、発語が少ないという息子の現状は、ブローカー野の問題ではなく、その先の声帯、喉、口腔、下などの運動の制御が不自由なことだろうと考えられる。
実際、ダウン症児の早期療育で受けるST(言語訓練)は、主に口や下の動きの訓練で、ミルクから離乳食の時期とかぶることから、摂食指導も並行して行われる。
喉の奥まで言葉がでかかっているのに、口や舌がうまく動かないから、そこを訓練してあげようということだ。
さて、このあたりに来て色々考えるに、息子の弱点がブローカー野の先のどこかにあるのは分かるのだが、どこをどうすればいいのか、現在の僕の知識では分からない。
だから勉強しようと思っている。
息子は心が強い。意思が強い。僕に向かって伝えたいことがある時に、30秒くらいずっと喋っていた(もちろん、ちゃちゃちゃぱぱぱたたあー的ないわゆる宇宙人語なので、何を言いたいのか分からない)。
彼は喋りたいのだ。
僕は会話が得意ではない。人前で喋るのも本当は好きではないし、得意でもないし、実際それほど上手ではない。
だけど、大学で研究室配属以降の厳しい指導のおかげで、人並みの会話能力やプレゼン能力や顧客との対話能力などを、後天的な技術として身につけることができた。
技術である以上、僕はこれを次の世代に伝えることができるはずだと思っていた。
子供が生まれたら、僕が教えてあげられる技術を、全部教えてあげようと思っていた。
彼の言語能力は、そういうレベル以前の問題だし、もしかしたらノウハウがどうのなどと言えるレベルに達することはないかもしれない。
それならそれでいいや。手前のところから、教えるよ。
どうやって教えればいいのか、まず僕が勉強するところから始めないといけないけれど、まあ一緒に勉強していこうじゃないか。
そのついでに、学問ってのがどういうものかってのも、教えてあげる。
小学校中学校なんかじゃ教えてくれない、学ぶことの興奮も一緒に教えてあげよう。
あ、ごめん、だからそのボールはちょっと床に置いてくれないかな?お父さん、ボール遊びはあんまり得意じゃないんだ。
ごめんな。
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