少女舞曲 (興梠探偵社file) 

sanpo=二上圓

第1話

「これがその手紙だよ」


 そう言って探偵が一通の封書を取り出したのは夜行普通列車の車内だった。発車間際に慌しく乗り込んだ大阪発大社行き。

「ああ! 興梠(こおろぎ)さんの大学時代からの友人で、助けを求めて来たって言う――その人、新進の画家なんでしょ?」

 受け取った助手、名は海府志儀(かいふしぎ)。探偵は親しみを込めてフシギ君と呼んでいる。

 ……ところで、この光景、何処かで見た憶えがある? 以前にも探偵と助手は遠出して事件を解決したことがあった。但し、今回は、飼い猫の黒猫は帯同していない。

 二人は学んだのだ。

 遠出に生き物は連れて行くべからず。

 幸い、愛すべき黒猫は助手の親友が預かってくれた。その際、助手はイヒヒと悪魔じみた微笑を煌かせたが。

『預けるのは良いけどサ、ひょっとしたらノアローは探偵事務所には二度と帰りたがらないかも知れないよ? なんたって、あそこ、内輪(うちわ)家は居心地満点なんだから!』


 本題回帰。 

 さて、助手は寝台座席――山陰へ向かうこの夜行には3等寝台車が連結されている。少年助手はこちらに乗ることを切望した――に腰を沈めながら探偵から受け取った手紙を神妙な面持ちで読み始めた。




 《 拝啓


   秋晴れの候、

   久しぶりの手紙がこのような内容になることをまず謝罪する。

   だが、時間がないのだ!

   僕が頼れるのは君しかいない。ぜひ、力を貸してくれたまえ。

   早晩、僕は逮捕されるかもしれない。

   身に覚えのない面妖な事件に巻き込まれてしまった……  》




「面妖な事件? どういうことさ?」

 手紙から顔を上げた少年に、探偵は促した。

「まあ、先を読んでごらん」



 《 僕の住む街で美しい少女たちが立て続けに3人、

    姿を消したのは今月、10月に入ってからだ。

   地元警察は誘拐事件として捜査を開始した。

   この事件が〝面妖〟という理由はここにあるのだが――

   いなくなった少女の家々に時を置かず少女たちの素描が

   郵送されたのだ。

   鉛筆によるデッサン画。

   それ以外に文言は一切無し。差出人は不明。  》




「素描? 似顔絵ってこと?」

「そう。そして、その画風タッチが、この手紙の差出人、新進画家の佐々木隼(ささきじゅん)と酷似しているのだと――」

「むむ?」

 少年は鼻に皺を寄せた。

「まさか! そんな理由で逮捕されることはないでしょ?」

「ところが、そのまさかだよ」

 探偵はもう一通、胸ポケットから取り出して助手に渡した。

「そっちの手紙が僕の元に届いたのが今日の朝だった。で、昼過ぎにこの電報が来た」

 送り主は画家の身内らしい。



 《 隼 連行サレル 至急ゴ来訪クダサイ 》


「そういうわけで……詳細はまだ良くわからないのだが、急を要しているのは間違いない。電報の送り主である家族の者とは落ち合う場所を確認したから、今はこうして――彼の地へ向かっていると言うわけさ」

 轟け、汽笛。回れ、車輪。

 一刻も早く着けよとばかり、探偵は灯火の瞬きだした車窓に目をやった。


 昭和1X年(193X)、秋のことである。





「ええええ? 落ち合う場所って――ここ?」


 早朝、到着した松江駅。下車の後、タクシーを飛ばして至ったそこは――



「お城じゃないか!?」


 虎口から広い馬場を経て黙々と坂道を登り続ける。辿り着いた本丸一ノ門を潜ると、緑も鮮やかな前庭の向こう、優美な城郭が目に飛び込んで来た。

 〈千鳥城〉の別名を持つ我が国の誇る名城、松江城である。

「慶長16年(1611)、築城の名人と謳われた堀尾吉晴(ほりおよしはる)が築いたのだ。見たまえ、下層部と望楼部の切妻が同一方向でキリリとしているねえ! 三層中央の華頭窓も印象的だ!」

 美学を修めた探偵は目を細めて絶賛した。

「この天守は山陰では唯一の現存なんだよ」

「うん、 確かに、黒がシックで綺麗だ――うわっ?」

「フシギ君?」

 感嘆してうっとりと城を見上げていた志儀しぎの体が弾き飛ばされる――

「キャッ、ごめんなさいっ!」

「つっ、いえ、僕の方こそ、ぼうっと突っ立ってて――スマセンッ」

 朝露に濡れた秋草の上に仲良く転がった少年少女。

「あなた? お怪我はなくって?」

 先にきびきびと立ち上がった少女、セーラー服にお下げの髪を揺らして志儀を引っ張り起こした。

「あの、その、ええと、はい」

「大丈夫かい? 二人とも――」

「それでは、私、急いでいますので失礼しますっ!」

 草叢から学生鞄を拾い上げると、走り寄る探偵に会釈をして少女は城の中へ駆け去った。

 一方、少年は、その場に棒立ちになったまま、ひどくボンヤリした顔つきだ。

「どうした、しっかりしたまえ、フシギ君? 頭を打ったのかい? こりゃいかん、さあ、幾つに見える?」

「16、いや、17かな?」

「!」

 指を三本突き出した探偵なのだが。

「彼女、僕より年上だと思う。それにしても、ああ! なんて、可愛らしいお嬢さんだろう!」

 探偵は納得した。

「……ふむ、大丈夫そうだな。状況はしっかりと把握しているようだ」

 少女が消えて行った方向を助手は瞬きも忘れて一心に見つめている。半開きの口から零れた言葉。

「ねえ、興梠さん? 誘拐された三人の女の子たちも、みんなあんな風だったんだろうか……」


 ここ松江市は水濠すいごうが廻る城下町である。

 そして、水辺に美しい娘はよく似合う……





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