第19話

誰がコマドリを殺したか?

 それは私です とスズメが言った

 私の弓に矢を番え

 私が殺した コマドリくんを


 誰がコマドリの墓を掘る?

 それは私です とフクロウが言った

 私のツルハシ シャベルを使って

 私がコマドリくんの墓を掘る


 誰が司祭の役をする?

 それは私です とカラスが言った

 小さな聖書を携えて

 私が司祭の役をする


 誰が介添人になる?

 それは私です とヒバリが言った

 もしも闇夜でなかったら

 私が介添人になる


 誰が松明持ちになる?

 それは私です とベニヒワが言った

 ただちに準備が整うならば

 私が松明持ちになる


 誰が送り人になる?

 それは私です とハトが言った

 私の愛を込めたお悔みで

 私が送り人になる


 誰が棺を運ぶのか?

 それは私です とトンビが言った

 もしも夜通し仕事でないなら

 私がコマドリくんの棺を運ぶよ


 誰が棺衣をささげ持つ?

 それは我ら とミソサザイ

 夫婦いっしょにうち揃い

 我らが棺衣を持ちましょう


 誰が讃美歌 歌うのか?

 それは私です とツグミが言った

 藪の小枝に留まって

 私が讃美歌 を歌うわ



「これは《マザーグース》の一曲、『誰がコマドリくんを殺したのか?』だよ」

 神妙な顔で志儀(しぎ)は説明した。

「《マザーグース》は英米の伝承童謡の総称でおよそ1000以上の歌があるとか。17世紀の昔から歌い継がれているそうだよ」

 咳払いをすると、

「この歌の場合、雀が殺しの犯人だ。スズメは無慈悲な悪人だ!」

 日本語訳と英語を続けて披露した志儀を金糸子(かなこ)は拍手して褒め讃えた。

「ほんとに志儀君は外国語が堪能なのね? 羨ましいわ!」

「いやあ、それほどでも。ハッハッハッ、このくらい何のことはないですよ」

「私、その詩、本で読んだことはあるけど、英語で聞くのは初めて! 感動しちゃった! お友達にも聞かせたいわ!」

「本というと――《赤い鳥》かな? それとも、竹久夢二だろうか?」

こう訊いたのは興梠だ。

「《英国童謡集》です。女学校の図書室にあったの」

《マザーグース》は日本では大正10年(1920)に北原白秋が《まざあ・ぐうす》と言うタイトルで出版している。だが、それ以前にも児童書の《赤い鳥》に何点か、そして、画家・竹久夢二は最も早く明治43年(1910)、自身の童話さよならに、まさにこのコマドリ殺しの歌を引用しているのだ。ちなみに金糸子の言及した《英国童謡集》は英文学者・竹友藻風(たけともそうふう)による昭和4年(1929)の出版である。

「ちょっと端折(はしょ)ったけど、この歌にはカラスもミソサザイも総出演です」

 唇を嘗めながら再び歌の最終節を暗唱する志儀。


  All the birds of the air        空の上 全ての鳥たちが

 fell a-sighing and a-sobbing,     グスグス クスンクスン泣きさざめいて

 when they heard the bell toll     可哀想なコマドリのために打ち鳴らす

 for poor Cock Robin.           鐘の音を聞いた



「残念ながらカナリアはいないや。あ、でも、僕なら歌係のツグミの代わりに、絶対、カナリアを選ぶな!」

「まあ、あんなこと言って。アリガト」

 金糸子は片眼を瞑ると

「じゃ私は……篝火(かがりび)を掲げる役を鴫(シギ)に頼むわ!」

「おいおい、縁起でもないことを言うもんじゃないよ」

 真顔で兄が注意する。

「その歌は葬儀の歌だろう?」

「しまった!」

「またやっちゃった!」

 若い二人は肩を竦めて舌を出した。

「だが、洋の東西を問わず、ヒトは葬儀に鳥を仮託するものなんだな。興味深いね」

 探偵の呟きを助手は聞き逃さなかった。

「日本にも似た歌があるの、興梠(こおろぎ)さん?」

「あるよ。夷振(ひなぶり)と言うやつだ」

 夷振は宮廷に伝えられた歌曲の一つ。

「これもまた古事記に記されている。〈天若日子アメノワカヒコの葬儀〉の場面で歌われる歌だ」

 興梠は指を折って鳥の名を告げて行く。

「死者のために喪屋を造り、川雁(カワカリ)が食べ物を運ぶ役目、鷺(サギ)が掃除係り、翡翠(カワセミ)が神に供える食事を用意して、雀はここでは米を搗つく搗女(つきおんな)。雉(キジ)が泣女(なきおんな)……

別の古謡では、川雁は穢れを祓う掃除役、鳶(トビ)が寄り代となり挨拶を述べる。雀は搗女で鵲(カサザキ)が泣女なんてのもある」

「面白いねぇ!」

 身を乗り出していかにも画家らしく隼(じゅん)が指摘した。

「西洋でも東洋でも、鴉が僧侶や司祭役を担うのは羽の色が黒衣に見えるせいだろうか?」

「フシギ君、さっきのマザーグースではどうだったかな?」

「ええと、司祭がミヤマカラス。あ! やっぱり鴉は僧侶だ。他は――付き添いはヒバリだった。 松明を掲げるのがベニヒワ、喪主がハト、棺担ぎがトビ、棺覆いを運ぶのがミソサザイで、歌を歌うのがツグミ、墓穴掘りはフクロウ……確かこんなところかな」



 日本書紀から万葉集、古事記、中国故事に、果てはマザーグースまで。

 期せずしてその夜は鳥の話に行き着いて、大いに語り合った佐々木兄妹と探偵と助手だった。

「ううーん、せっかく、絵柄の謎を解いたのにますます謎は深まるばかりだ」

 隼が結論付けると志儀も相槌を打った。

「まるで、今日逍遥した、青石畳の迷路のようだね!」

 ( それこそが、目的なのかも知れない。)

 興梠は怜悧な双眸を伏せて考えていた。

 連中、サイコパスは謎遊びが好きだ。謎が謎を呼ぶ。入れ子細工のように、一つ解くとその中にまた新たな謎が仕込んである……

「何処へ行くんだ?」

 立ち上がった興梠に隼が訊いた。

「電話をかけてくる。引き上げる前に店の電話を借りて伝えておこうと思ってね」

「誰に?」

 青年画家が眉を寄せた。

「謎が解けたと画伯に伝えるのか?」

「いや、足立警部補だよ」

「そんなぁ!」

 即座に不満の声を上げる助手。

「折角僕らが苦労して解読した謎を、あっさり敵側に渡しちゃうの? もったいないよ」

「フシギ君。警察は敵じゃないよ」

 探偵は助手に向き直るときっぱりと言った。

「僕らの目的は一つ、真犯人を見つけ出して囚われている娘さんたちを助け出すことだ。警察は警察でどのような解読をしているかはわからないが、僕らの情報が役に立てば幸いだ」

「警察なら、あの門前町をもっと徹底的に探索することが出来るものな!」

 隼も同意した。

「こんなに絵柄を集めてあの《場所》に拘ったPENDUだ。ひょっとしたら、少女たちはあの町の何処かに監禁されているのかも知れない」

 金糸子も瞬きして、

「そうよね! 一軒一軒虱潰(しらみつぶ)しに捜索することも、警察ならお手の物ですものね」




 こうして4日目が終わった。


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