第18話

「うーーん? なんだろう? 金糸子(かなこ)…金糸…きんし……金の糸……?」


 首を捻る志儀(しぎ)。

 隣でいとも易々(やすやす)と探偵が解いた。

「カナリアだね? 〝金糸雀〟と書くから。お父上はそこから採ったのでしょう?」

「うっ」

「当たりです! 流石、探偵さんね! 凄いわ!」

 惜しみなく降り注ぐ喝采。まさに金の糸に縁どられたようなキラキラした眼差しは探偵が全て独占した。

「チエッ! でもさ、これで確定した。今回は興梠(こおろぎ)さんが一番不利だな」

 明らかに八つ当たり。ヤキモチを妬いて呟く少年を興梠は穏やかに振り返った。

「不利って、何がだい、フシギ君?」

「だって、興梠さんだけが捕食される側、〈餌〉だから! 今度の事件で、僕たち――興梠さん以外の関係者は全員〈鳥〉で、興梠さんだけ〈虫〉だもん!」

「言ったな!」

 微苦笑してやんわりと抗議する。

「だが、『全員が鳥』は言い過ぎだろう? 隼(じゅん)と金糸子さんと君だけだ」

「うん、まあ、画伯や綾(あや)夫人は置いといて……でも、大槻(おおつき)さんも鳥だよ!」

「え? 大槻さんが?」

「いや、彼は違うだろ?」

「大槻祐人(おおつきゆうじん)――何処にも鳥は入ってなくってよ?」

 皆の反応に勝ち誇って志儀は自分の謎解きを披露した。

「ふふ、忘れたの興梠さん? 貴方も聞いていたはずだよ。大槻さんは、ここにいる隼じゅんさん、そして槌田(つちだ)少年のお兄さんとともに画伯の弟子の〈3羽鴉〉だった……!」

「ああ、なるほど、それか」

「鴉はともかく」

 隼が話題を変えた。

「鷦鷯(ミソサザイ)、雀(スズメ)は天皇の名に選ばれるくらい人気があったにもかかわらず、万葉集では一つも歌に詠まれていないんだよ。これは文学上・史学上の一種の謎ミステリーじゃないだろうか、響(ひびき)?」

「へえ? そうなの?」

「まあ! 兄様が言ってること本当ですか? 興梠さん?」

「いや、僕もそれは知らなかった」

 首を振る興梠。

「そうか、万葉集では詠まれていないのか? 確か、雄略(ゆうりゃく)天皇の歌にあったような気がしたが、アレは古事記か」

 自分で言っておきながら、ふと興梠は口を噤んだ。

 ( 考えてみると、この場面も采女(うぬめ)が絡んでいる……)



 古事記 下つ巻 《三重の采女》。

 雄略天皇が長谷の枝の繁った欅(ケヤキ)の下で豊楽)とよのあかり)(=酒宴)を開いていた時、

 伊勢の国(三重県北部)の采女が無礼な行いをしてしまった。

 と言っても、天皇に盃を捧げた際、そこに欅の葉が舞い落ちたのを気づかないまま、葉の浮いた酒を供してしまっただけなのだが。しかし、気性の激しいことで知られる雄略天皇はその場でこの采女を斬り殺そうとした。采女はとっさに、天皇を讃える歌を詠み、皇后の若日下部王(わかくさかべのみこ)も歌を詠んで庇った。

 天皇は采女の才気と機転を誉め刃を収めて、自らも歌を詠んだ。


「その歌が、宮仕えの役人を鳥に模した戯れ歌で、そこに雀も出て来るのさ」


 《ももしきの 大宮人(おおみやひと)は 鶉鳥(うづらとり) 領巾取(ひれとり)かけて 鶺鴒(まなばしら) 尾行き会へ 庭雀(にわすずめ)

うずすまり居て 今日もかも 酒水漬(さかみづ)くらし 高光る 日の宮人 》


 朝廷の官吏を鳥に喩えて茶化しているのだ。

 やたらに着飾って、澄ましたり、ペコペコお辞儀をしたりする姿態を〈鶉ウズラ〉や〈鶺鴒セキレイ〉に。一方、日がな一日、酒浸りの酔っ払い、飲んべぇだとして引用されるのが〈雀〉。至るところで群れてチュンチュン囀っている姿が饗宴に興ずる官吏たちにダブって見えたのだろう。




「ふうん? でも、なんだか、軽いと言うかお調子者と見なされてるよね、雀って。その名を持つ仁徳天皇には悪いけど」

「だがね、中国では実は雀が一番美しい鳥だったんだよ、フシギ君」

 画家が驚きの声を上げた。

「え? 本当か、響? それは鳥に詳しいことを自認する俺も初耳だぞ」

「まあ、中国の話だからなぁ。確か、《雀と玉皇ぎょくこう大帝》と言ったかな」

「ぜひ、聞かせてくれ」

「うろ覚えなので多少の脚色は許せよ」

 思い出すように目を細めて、ゆっくりと語りだす興梠。

「遠い昔、雀は鳳凰よりも美しい羽をもち、どの鳥よりも美しい声で鳴いたそうだ。それで天界の玉皇大帝は何時も雀を身近に侍らせ、歌わせたり踊らせたりして楽しんでいた……」


 さて、その玉皇大帝、地上の人間が他の獣より優れているのを悟り、やがては天界を脅かすのではと不安を覚えた。それで、人間が食してよいものは野草と獣肉のみ、身につけてよいのは木の葉だけ、と命じた。


「どうして? 玉皇大帝は何故そんなことを言ったのさ?」

「それはつまり、『いつまでも人間は獣のレベルでいなさい』ってことよ」

「あ、そうか」


 これに異議を唱えたのが近侍していた雀だった。玉皇大帝の偉大な力は揺るがない。人間など恐れるは笑止。だから、人間にも五穀を食させ、衣類を纏わせるべきだと進言した。


「玉皇大帝は許さなかったろうな。その流れは僕にもわかるよ」

「その通り。玉皇大帝は怒ったさ。『小雀の分際で生意気な!』ってね」


 そこで、雀は一計を案じる。

 天界の蔵へ赴き護衛の天兵の前でその美しい声と姿で舞い謡った。


「やあ! そりぁ魅惑の光景だったろうね?」

「やだ、兄様ったら、すぐそれなんだから」

「バカ、芸術の視点から言っているんだ。ドガ然り、ロートレック然り。いつの時代も〝踊り子〟は画家に素晴らしいインスピレーションを与えてくれる」


 天界一美しい鳥、雀は舞い謡った。

 情熱の激しい舞踏から、やがて緩やかで懐かしい子守歌へ。流石の屈強な天兵たちも安らかな寝息を立て始めた。

 それを見た雀は鍵を奪うと蔵に飛び込み、蓄えてあった穀類を全て盗み出した。そして、それらを地上の人間へ配った。

 それ以降、人間は天界人、つまりは神々と同等の暮らし方ができるようになった。


「あ~あ、やっちゃったな! 雀っ!」

「でも、そこで終わりではないんでしょう?」

「そのとおり」


 人間が自分たちと同じ暮らしをしているのを知った玉皇大帝は激怒した。

 『誰がこのような真似をした?』 『それは私です』

 自ら進み出た雀を逆賊と呼び、八つ裂きの刑を命じた大帝。

 だが、他の神々の取りなしで、命を奪うのは止めた。その代わり美しい声と美しい羽根を取り上げて下界へ追放した。

 こうして、今現在、雀は惨めな姿で地上に住んでいるが、人間は、天界人と同じ暮らしができるのは雀の御蔭だとちゃんと憶えているので、その恩を忘れずに、人家近くに住まわせ、穀物を啄むことを許しているのだ……



「面白いです。興梠さんは本当に博学でいらっしゃるのね」

 吐息とともにウットリと女学生が言う。

「それにしても――中国のお話の雀はなんだかとても悲しいのね」

「僕もそう思いますよ、金糸子さん」

「西洋の歌、マザーグースにも雀は出てくるよ!」

 次は自分の番、とばかり志儀がいきり立った。

「『それは私です』? フフン、 言ってるセリフも同じだ。でも、全く雰囲気が違うぞ!」



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