第33話 2月10日12時12分

「イデッ――」


「ちょうど良かったぜ。こちとらお前のこと探してたんだ」



 ミグが至誠の体を物陰に隠した直後、野太い声が路地裏に響く。


 至誠は――動かしているのはミグの意志だが――樽の隙間から様子を窺うと、見るからに兵士らしき男が、厳つい二人の男に壁際に追い詰められていた。



 壁際の若い兵士は、人と相違ない容姿でをしている。

 至誠よりも身長は低く一六〇センチメートルくらいで、その鎧からわずかに見える素肌は軍人のものとは思えないほど華奢に見える。

 加えて、彼のナヨナヨとした挙動と怯えた表情から、彼の小心翼々さが伝わってくる。



 追い詰めている男の片割れは、体付きは人だが頭部は鶏そのものだ。

 薄灰色をしたトレンチコート似の服装によって隠れているが、一見、身長や体格は至誠とそれほど変わらないように見える。

 しかしその首元の太さや袖口から見える素手のガッツリとした肉着きを見る限り、体格について判断するのは早計だろう。

 素手部分はまさに人と変わらない様相で、どこまでが鶏の特徴をしているのかについても分からない。



 そんな鶏男の隣には、それ以上に大きな体格の男がいる。

 容姿は人と相違ないが身長は一九〇センチ以上はある。

 鶏男と似た様式のコートを着ているが、筋骨隆々といった雰囲気が服の上からでも見て取れる。

 顔は厳ついが若く、二十代後半ほどの印象だ。

 側頭部に何かしらの紋様が入っており、入れ墨のような印象を受ける。




 彼らはもめている様子で、大男が何度も大声を上げ威圧している。


 そんな中、兵士の口にした「捜索命令」という言葉が耳につく。



「……僕らの事ですよね」



 大男が声を上げるタイミングを見計らい、至誠が小声でミグに問いかける。



『そうだろうね』



 ミグの肯定を聞きつつ、今の一言によってこちらの存在が感づかれていない事を確認した至誠は、さらに気配を殺しつつ続ける。



「彼ら、堅気かたぎには見えないんですが、ミグさんから見てどうですか?」


『――まぁ十中八九は裏側だろうね。この国で合法かは知らないけれど』



 福岡で生まれ育った至誠にとって、裏社会と言われて真っ先にイメージするのはヤクザや暴力団だ。

 そういう人物と関わり合いになるべきではないと至誠は理解している。

 それは父や祖父が「絶対に関わるな」と念押しされていたからだ。



「あの人たちから情報を得られないでしょうか?」



 それでも至誠からその提案をしたのは、それだけ選択肢が他にないからだ。



『そうだね。今は少しでも情報が欲しいね。けど、三人か……』



 ミグの反応は、相手が三人である事を懸念するものだった。

 そしてあの兵士はとても仲間には見えない。

 つまりミグは「借金取りらしき二人の男が裏社会の人物」である事を懸念している訳ではないと理解できる。



「裏側の人たちに手を出したら、まずいですか?」



 ミグの思慮を推察し、それを確認するように問いかける。



『組織としては問題ない。彼らの強さもたかが知れている。懸念すべきは、強大な力を持つ個人の存在で、それが裏側にどれだけいるか、だね』



 ミグとしても彼らから情報を得たいと考えているのは口調から察することができた。



『ただ、同時に三人の相手はリスクが高いかな』



 ミグはそう結論づけるが、至誠はこれはチャンスだと感じていた。


 人通りの多いところで情報収集をするのは危険がより大きい。

 この街や国の事をよく知らないうえ、挙動不審な行動をしていては浮いてしまい、雑踏の中であろうと目立ってしまうだろう。


 ならば裏路地に少人数がきたこの現状は、集中して情報収集できる好機だ。

 だが下手を打って騒ぎとなり、それが広まってしまえば本末転倒であることも理解できる。



『ウチとしては、一人残るのを待って尋問した方がいいと思う』



 ミグの提案が最も安パイなのだろうと至誠にも理解できる。

 それにこの世界に関しては遙かにミグの方が詳しく、そこに従っている方が無難だということも。


 しかし至誠は思考の欠片を手繰るように質問する。



「ちなみに尋問はどうやるんですか? テサロさんを止めたときのようにですか?」



 対象の体を乗っ取って強制的に動きを支配できる。

 それが不浄の地上空でテサロを止める算段を離していたときに聞いた情報であり、現在進行形でミグが至誠の体に対し行っている事でもある。



『ウチが対象の体内に侵入できれば動きは封じられるし、ある程度の感情を読み取れるよ』


「心が読めるんですか?」


『そこまで詳細にわかる訳じゃないよ。感情の隆起からくる身体的な反応をみて、嘘をついているかの判別程度ならできるってこと』


「それは三人同時は難しい感じですか?」


『支配下に置くのはあと一人が限界だね。それに侵入には基本的に相手に接触しないといけない。だから、誰か一人が残るのを待った方がいい』


 ミグの主張は理解できる。

 それが一番リスクのバランスが取れているだろう。


 だが兵士が残らない可能性がある。

 借金取りの男達が兵士を先に帰した場合だ。


 兵士はその挙動こそナヨナヨしいが、身なりは甲冑を着込み、まさに兵士らしい格好をしている。


 つまり、兵士として公務中だ。

 そして任務は捜索。


 捜索任務中に何かあれば、借金取り側としても面倒ごとに発展するだろう。

 ならば要件をすませさっさと返した方が良いのではないだろうか――少なくとも自分ならそうするだろうと至誠は考え、どちらに転ぶかは半々だろうと推測する。


 

 そして、情報源の重要度は兵士の方が高いと至誠は考える。

 捜索命令がどれほど具体的に出ているのかを確認する事は今後の方針を考える時に非常に重要になると想像に難くない為だ。


 ならば、兵士がいなくなり情報が得られないというリスクよりも、三人を相手にするリスクの方が小さいのではないだろうか――故に至誠は今動くことを考えていた。



「ではこういうのはどうでしょう。僕が気を引き、三人のいずれかに自然に接触するよう試みます。一人乗っ取れたらミグさんはその体を使って残り二人を昏倒させます。殺さず怪我を負わせず昏倒です――」

 


 ミグ考えるであろう最大の懸念は、至誠――正確には「至誠の持つ叡智」を失う事だ。そのため「至誠の身に危険が及ぶ行動」は極力避けることが予想される。


 その点を言葉だけで覆すのは難しい事は至誠も理解した。

 故に危険が及ぶ人物――すなわち「身代わり」が別に居れば、今後の選択肢の幅が大きく広がるのではないかと考えられた。



 人道的にその選択肢を口にすることに至誠は躊躇ちゅうちょした。

 しかし、直面するであろう現実は甘くはないとも理解していた。


 怨人という化け物は恐ろしい存在だと理解できている。

 もし自分の住んでいる街にそんな化け物が現れ、襲ってきたら?

 そして、それを招いてしまった人物がいると知ってしまったら?


 至誠には今回の一件でどの程度の被害が出ているのか分からない。

 だが、たとえ人的被害が皆無だったとしても、たとえ直接的な被害が怨人によるものだったとしても、住民の被害者感情は必ず至誠たち一行に向けられる。


 無論、その状況で人質を取るような行為はさらに自分たちの首を絞めることだ。

 だが……いや、だからこそ、至誠は人質を取るならば兵士にするべきだと考えていた。


 この世界の仕組みは知らないが、軍人は公的機関の所属、すなわち国家公務員である可能性が高い。

 少なくとも、軍人や兵士は命をかけるのが仕事だ。

 無関係の一般住民を人質に取るような行為に比べれば、まだ弁明の余地はある。



「――できますか?」



 至誠の提案に、すぐに返答は来なかった。

 ミグもまた考えを巡らせているのだと至誠は理解し、下手に催促さいそくせずに待つ。



『……支配できるのは接触してから三から五秒は必要だよ。相手の実力によってはそれ以上。最悪の場合、その間に至誠が殺されかねない』



 ミグから帰ってきた言葉は「至誠におよぶ危険」についてだった。

 故に至誠は「これはいける」と確信する。



「怨人とかいう化け物に比べれば可愛げがあると思いますよ。ミグさんも『個の強さは大したことない』って言ってましたし」






 ミグは内心でため息を零す。


 チンピラと怨人では比較にすらならない――だが自分の余計な一言が、至誠の弁論の一材料になってしまった。その自責からのため息だ。


 そんなミグの心情を知ってか知らずか、至誠はさらに続ける。



「仮に殴られても、接触にはなりますか?」


『……できるよ』


「では、穏便に立ち回りますのでやりましょう。彼らの会話からして、出会い頭に殺しにくる程の無法者ではないと思います」



 至誠の言葉は可否を聞いているのではなかった。

 それを前提ですでに動こうとしている。


 もしその行動が本当にマズイのであれば、ミグは強制的に至誠の体を止めるだろうという前提が至誠にあり、ミグもそれに気付いた。



『分かった。そこまで言うならやろう』



 ここで下手に止めてもどこかでやらかすだろう。ならば今やらせた方がリスクは小さいか――長年の経験からそう判断し、ミグは気が進まないが同意した。



『至誠がどれだけやれるかも見ておきたい。こんなところでしくじるようなら、三人を救出するなんてのはどだい無理な話だしね』



 ミグは脅しを兼ねた意味合いで告げるが、至誠の精神は実に穏やかなままだった。










「――では引き続き質問を続けますので答えていただけますか? もちろん、次は嘘をつかないようにお願いしますね」



 ミグは、いざとなったら自分が強制的に引き継ぐ必要があると考えていたが、杞憂に終わった。


 なるほど、自分から相手の気を引くと言うだけのことはある――至誠の立ち回りは思った以上に自然で、かつ精神状態の振れ幅は非常に小さく、まるで慣れていると言わんばかりだった。


 結局ミグが至誠の体を動かしたのは、大男に触れる場面と、兵士から武器を奪う場面のみだった。


 常人よりも頭の回転がはやく、不浄の地での至誠の言動が偶然ではないと確信を得る。




 ミグはレスティア皇国において優秀な頭脳の持ち主だ。

 だがそれは鬼道や魔法の処理や、特定分野における研究において真価を発揮するタイプである。


 駆け引きや交渉ごとに必要な頭脳とはまた違い、そしてミグはそれらを苦手としている。


 もしミグの苦手を至誠が補えるのであれば、生存率を上げる事に繋がると考えるには十分な結果だった。



『後はウチがやるよ』


「分かりました」



 それでも、行動方針を至誠に任せるには、この世界についての基本知識があまりにも不足している。


 いずれ至誠の叡智や頭脳を頼る事もあり得るかもしれない。

 しかし、今は自分が何とかするべき状況であるとミグは再認識する。



「……テメェ! ……こんなことしてタダで済むと……思うなよッ」



 その間にも抵抗していた鶏男が辛うじて声を吐き出す。


 ミグは至誠の体を使い鶏男を一瞥いちべつすると、大男の体を動かし解放する。

 だがそれも一瞬のことで、咳き込んでいた鶏男の胸ぐらをつかむと壁端に追いやる。



「ウグッ」



 再び鶏男はうめき声を上げるが、その目元には殺意が浮かんでいた。



「――テメェ、俺がムーバラス商会の者だと知っての狼藉ろうぜきだろうな!?」


「『知らないね』」


「ケツ持ちは、あのマングザラス一家だッ! てめぇのやったことはそこに喧嘩を売るって事だッ!」



 虎の威を借る狐のごとく吠える鶏男の耳元を長剣がかすめる。

 突きたてられた長剣は外壁に食い込む音が耳に届き、自分には当たっていない事を一拍おいて認識する。



「『立場が理解できていないようなので一度だけ教えます。あなたが後ろ盾を強く言うほど、こちらとしては隠蔽せざるを得なくなる』」



 ミグは鶏男の視線を路地の奥にある樽へ誘導する。



「『例えば、物言わぬ肉塊にしてあそこに詰めてしまうとか』」



 いざとなったら後ろ盾名前を告げることが鶏男の常套句じょうとうくだった。

 裏組織の末端構成員にとって、それはまさに最大の武器と言えた。

 それだけこの国にとっての影響力を持っている組織だからだ。

 だが、その事がかえって自分の命を危険に晒していると理解すると、その表情は途端に青ざめていく。


 そんな事を平気で言えるのは、この都市の者でないのではないか――そんな推測が脳裏を過ぎり、一つの結論を導き出す。



「テメェまさか……昨日の騒動の――」


「『少しは言葉が通じるようなので安心しました。なのでもう一つ教えておきましょう』」



 ミグは長剣を引き戻し、代わりに男の鶏冠とさかをわしづかみにして耳元でささやく。



「『こちらの後ろ盾はレスティア皇国です。あなたの何とか一家や商会がどれほど弱小組織か知りませんが、事はラザネラ帝国との外交問題になりかねない状況にあります。そこに首を突っ込みたいというなら、どうぞお好きに』」



 ――嘘だ! 嘘に決まってる!



 後ろ盾の力の強さを口にするのが常套句だった鶏男にとって、それはまさに現実味のない大嘘、虚言に思えた。

 一位二位を争う世界最大級の超大国が後ろ盾などと言うことは、あり得ない話だと切り捨ててしまいたかった。



 だが、先ほどまで無力な常人に思えた青年の気配が、すでに別人のように様変わりしていたために、その感情が口から出ることはなかった。


 鶏男の本能が心的外傷トラウマを掘り起こし、警鐘を鳴らす。



 ――まさか……バラギア様レベルの……



 記憶を鮮明に思い出フラッシュバックしながら、その時の歴然たる実力差と一分の隙もない絶望によって血の気が引き、表情が引きつりつつ顎が震え、全身が総毛立った。



 英傑クラスの実力者がそうそういる訳がない。

 だが、それもレスティア皇国の関係者というならまだ頷ける。


 少なくとも言えるのは、英傑のような実力者に対し、秀才の域に辛うじて片足を踏み入れている自分では決して敵わないという現実だ。



 鶏男にとって取れる選択肢も逃げる手段も持ち合わせておらず、特筆に値するのは辛うじて失禁しなかった事くらいなものだった。

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好奇心は吸血鬼をも殺す はちゃち @hatyati

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