[5]901大隊から観る戦場

 魔女のみで構成された大隊は、月光の注ぐ闇夜を寸分の狂いのない隊列で飛行する。


 魔法による飛行術式は極めて難易度が高い。

 浮遊、加速、姿勢制御、気流操作、気圧調整、呼吸保護――それらの術式を並行処理しつつ、常時マナを消費し続ける。


 加えて、戦闘に用いる術式も追加処理しなくてはならない。


 だが魔女の大隊は全員が難度を意に介さず、悠然と術式を行使していた。

 さらに一糸乱れぬ隊列は、統率力の高さを物語っている。


 特別編成901大隊。


 マシリティ帝国の最精鋭を選抜し編成したこの大隊は、世界を敵に回しても戦えるだけの戦力だと確信していた。


「状況報告」


 その大隊指揮官たるアヴァンガルフィ・エリシフィラは部下にそう命じる。


「斥候1ノ3部隊が標的アルファを引きつけ戦闘継続中。標的ブラボーの座標は変わらず、依然潜伏中。複数の索敵魔法にて探知不可状態が継続中。現在彁依物アーティファクトにて視認中」


 アヴァンガルフィは報告を受けつつ、標的アルファへ目を配る。


 レスティア皇国第一皇女、エルミリディナ・レスティア。


 彼奴きゃつがす作戦は達成中だ。だがあまりにあっけない。罠を警戒すべきだ。皇女だけが単身でいるとは考えにくく、伏兵ふくへいがいる可能性が高い。


 それでも作戦の許容範囲内だ――そう大隊長のアヴァンガルフィは判断する。 


「各員へ通達!!」


 アヴァンガルフィは声を魔法に乗せ、大隊各員へ届ける。


「標的アルファの隔離かくりを確認。想定状況パターン1ノ5。これより標的ブラボーの排除はいじよ作戦『ドラグノフ』を遂行する。同志諸君、聖戦の時間である!」


 その声は老婆ながら雄々しく勇ましい。


「我らがしゅあだなす大罪の悪鬼あっきに、裁きの鉄槌てっついを!! 我らが聖母の忌まわしき怨敵おんてきに、永遠とわの破滅を!!!」


 大隊長として、指揮官として、大賢者としてさわしい求心力と威厳いげんを兼ね備えた通達は、全ての魔女の戦意をさらに高揚こうようさせる。


「敵、極大鬼道の収束を確認ッ!」


 直後、脇に控えた部下が声を荒らげる。


 索敵補助に特化した部下は二人。そのうちの一人が現在アーティファクトで標的ブラボーを監視しているが、声を上げたのはもう片方の部下だ。


「前衛散開し前進! 中後衛は回避機動。後衛はその後、長距離支援魔法を準備!」


 即座に下された判断に、大隊はまるで一つの生物の如く一斉に動きを変える。


 直後に標的ブラボーの攻撃は射出された。


 ――速い!


 だが球体状のそれは、体積は小さく回避は余裕……かに思われた直前、無数に枝分かれを始める。


 二度三度と細分化を繰り返し、まるで木の枝のように不規則に分裂するその攻撃は、並の練度では対応できないだろう。だがその攻撃を全ての魔女が避けることは容易だった。それほど魔女の大隊の練度も士気も高かった。


 しかし。


 その攻撃が魔女の合間を縫うように通り抜けるかと思われた直前、それはまるで花開くように鬼道陣が空中へと展開される。


「こ、これはッ……魔法抵抗場――妨害攻撃です!!!」


 その術式は周囲の魔法術式の構築や処理を阻害する。

 マシリティ帝国が再現できていない術式の一つだが、噂程度に存在は知っていた。だからこそ、その攻撃はあらかじめ想定していた。


 はずだった。


 だがこのようなやり方で広範囲に展開されるという情報はつかんでいなかった。故にその発動を許してしまった。この戦術を知っていたなら、分裂する前になんとしても相殺していただろう。


 ――だがしこの程度の妨害能力であれば、一騎当千の練度を誇る我々にとって支障は軽微だ。この程度で大隊が崩れるほど練度も士気も低くない。すでに各小隊は散開済みだ。問題はない。


 アヴァンガルフィは冷静に状況を読み取る。


 しかし。


「第二射、来ます!!!」


 あろう事か標的ブラボーは同じ手を二度も使う。

 確かに魔法を阻害する影響範囲を広げる事は、ブラボーにとって状況に優位性をもたらす事となるだろう。


 ――だが、同じ手を許すと思われているとはめられたものだ。


 アヴァンガルフィが命じるまでもなく、前衛のうち三小隊が動く。その第二射を相殺すべく、予測軌道上に待機を済ませている。それは各小隊長の裁量によって臨機応変にかつ柔軟に対応している。


 ――素晴らしい。


 そう自らの大隊を賞賛する思考が脳裏を過ぎりかけた直後、電流が介入したかの如く別の可能性が過ぎた。


 ――違う!! これはわなだ!!


「回避だ!!! 全力回避せよッ!!!」


 攻撃が放たれた直後、大隊長命令を強く発する。部下はその言葉に疑問を呈することもなく即座に行動に移していた。


 直後、先ほどと同じ外郭の敵の攻撃は先ほどよりも速く分裂すると、その牙を魔女へとむける。


 それは同じ妨害工作に見せかけた別の攻撃だ。


 魔女としては、魔法への抵抗場構築はこれ以上行われたくない。ならば同じ鬼道は確実につぶしに来る。


 そう踏んで、同じ攻撃に見せかけた本命の攻撃を繰り出した。


 だが――


「敵、新たな抵抗場を展開!」


 ――何というこうかつさだ。


 標的ブラボーは本命の攻撃がばれて避けられる事すら勘定かんじように入れて、半分は妨害攻撃を含めていた。


 そもそもあの規模の極大鬼道に二系統の術式を混ぜ込む事そのものが異常だ。


 ――侮ってはならない。


 わずかな慢心まんしん思慮しりよ隙間すきまに忍び込んでいたことを自責じせきし、アヴァンガルフィは今一度己を戒める。


 ――だが、ここで小隊3つを失うよりはマシだ。


 極大鬼道を単身で、かつ、ごく短期間で構築する実力。


 我々の先をくその叡智えいち


 そして圧倒的な経験値。


 相手ブラボーはあの、神殺しの大戦犯リネーシャ・シベリシスなのだから。


「ペリルス、攻撃準備を」

「ハッ!」


 後方に控えた直轄の部下の一人にそう声をかける。


「後衛部隊へ伝達。目標ブラボー、支援攻撃を開始せよ」


 同時に後方部隊へそう通達する。

 防御も機動性も低い長距離の大魔法部隊。彼女らは一斉に強大な魔法攻撃を繰り出す。


 極大魔法の準備には手間がかかる。だが、大魔法を収束させ、擬似的に極大魔法を再現するその支援攻撃は、圧倒的短期間で攻撃準備が完了する。戦場における価値は高い。


 その攻撃は空中に展開された魔法妨害の鬼道陣を破壊しつつ、まるで流星の如く降り注ぐ。


 だが。標的ブラボーはさらに小型で黒色の球体を複数出現させ、間髪を入れず収束を完了させると、魔女の流星ひとつひとつに向かって射出する。


 魔法と鬼道が触れあった瞬間、一気に肥大化し、大魔法による支援攻撃は何も無かったかのように消失する。


 数十人の英傑の域に達する魔女が、短期間とはいえ十分に収束させた大魔法を一瞬で相殺した。たとえ魔法と鬼道がそれぞれ打ち消し合う性質があるとはいえ、それを差し引いても明らかに異質だ。


 アヴァンガルフィは、化け物め――と侮蔑ぶべつすると、魔法で後衛部隊に指示を告げる。


「支援攻撃を継続せよ。ただし、時間差を作り不規則に放て!」


 ――奴のその芸当がいつまで続くか。


 相殺防御は前衛部隊が射程内に入っていないからこそ、悠々と対処できる。


 ――だが近距離での攻防を行いながらでは、いかに神格級の中でも最上位とわれる化け物でも、隙の一つは生まれるはずだ。


 だからこそ、後方支援攻撃はあえてばらけさせる。


「大隊指揮官殿、ドラグノフ異常なし。作戦続行可能で御座います」


 そして、魔女こちらの対ブラボー戦切り札の準備は整った。


「よろしい。ペリルスは目標ブラボーに照準合わせ狙撃待機」

「ハッ」


 アヴァンガルフィの命令に従い、ペリルスは手にした彁依物アーティファクトを構える。


「火力支援攻撃、座標修正――」


 標的ブラボーが動き出し、自ら前衛に接近してくる。想定された行動だったが、想定よりも速度が遅いのが気にかかる。


「チャーリーの様子は?」

「依然、同位置にて潜伏中」


 ――リネーシャブラボー連れていた人員チャーリーからわざわざ距離を取るか……。何かあるな。


 アヴァンガルフィが意図をはかっている間に、標的は我々だ――と前衛の各小隊は確信する。


 前衛はさらに二種類に分けられる。低空の近接部隊と、制空権確保の上空部隊だ。標的ブラボーは低空部隊よりも高度を取りつつ、上空部隊ほど高度は上げすぎない。


 ――その高さから我々を急襲するつもりか。


 しかしそれは、逆に言えば自ら挟撃きょうげきを受ける場所へ飛び込む事に等しい。


 低空部隊は即座に飛行を止めて空中に静止すると、つえを掲げ魔法陣を展開する。


 連携し、上空部隊も同様の魔法陣を展開し始める。


 直後、殺意のこもった魔法がブラボーの周囲にさくれつした。


 その攻撃の隙間を縫うように回避するが、それは一定時間その場に留まり魔法攻撃が継続される設置型の魔法攻撃だ。さらにその攻撃同士が接触すると互いに引き合い、より強大な設置魔法になる。


 その攻撃を次々と行われれば、ブラボーの逃げる隙間は無くなり、少なくとも防御せざるを得なくなる。


 膨大な魔法の物量と技量が成し遂げる空間制圧。中小規模の都市であれば一撃で飲み込み焦土に変えることのできる大規模な攻撃がブラボーを襲う。


 そこへ、さらに後方からの火力支援攻撃が降り注いだ。

 攻撃力よりも突破力、貫通力を優先した攻撃だ。防御の上からでも削れる。


 さらに支援攻撃を縫い上空と低空から魔女が接近し、各員が近接戦闘の準備を整えている。


「構え」


 アヴァンガルフィは状況に応じ、そうペリルスに命令を告げる。


 それは対化け物の切り札、主よりたまものりしドラグノフ狙撃銃アーティファクトだ。


 この彁依物アーティファクトの効力を前にすれば、どれほど防御が固かろうと、どれだけ強靱きょうじんな生命力をしていようと関係ない。


 攻撃可能回数残弾数は5発。


 しかし、一度見られてしまえば化け物はそれに順応する恐れがある。ならば最大の機会は初弾だ。


 この空間制圧の魔法攻撃でブラボーの動きを制限されているならば、あるいはわずかでもダメージを負っているならば好機だ。


「ブラボー、行動停止!」


 標的の位置を探り出すアーティファクトを使用している部下からそう報告を受ける。


 ――まさに好機だ。


――」


 アヴァンガルフィが次の指示を出していた最中、部下は緊急報告を割り込ませる。


「ブラボーの形状が変化! 急速に肥大化中!!」


 その報告への理解が遅れるが、ブラボーを閉じ込めている空間制圧魔法の一部が破壊された事で理解できた。


 ――血だ。


 赤黒い血液が枝のように伸び始め、意志を持っているかの如く、空中を高速で縦横無尽に駆け巡り始める。それが空間制圧魔法の至るところから無数に突出していた。


「狙撃待て」


 彼奴きゃつは確かにそこに居た。

 吸血鬼とは文字通り、血を吸う鬼人だ。


 ――だがその体のどこに川ほどの血液を内包ないほうしていたというのか。


 魔女の誰もその真実を知らない。


「ブラボーの位置は?」

「確認できません!」


 ただひとつ言えることは、そこに現れたのは血の塊であり、標的ブラボーの姿を見失ったということだ。


 吸血鬼とは謎に包まれた種族だ。言い伝えられた情報を精査するとその種族特性がある程度は絞り込める。だが他に生き残っている吸血鬼はおらず、現存するのはリネーシャ・シベリシスただひとり。


 あまりにも情報が少ない。


 だが、今アヴァンガルフィが考えるべきは、その神話の領域の化け物が生成したこの『血の川』の脅威度だ。


 体内をその血に潜らせ潜伏しているのか。あるいは全てが体の一部なのかもしれない。しかしそれでも、流血鬼のように核となる部位は必ずあるはずだ。


 長らくリネーシャ・シベリシスを敵視してきた魔女だが、吸血鬼の情報は明らかに不足していた。


「……。火力支援、着弾地点補正。方位39.8度、距離2.41ギルク加算」


 そう放たれる大隊長命令は、完全に火力支援が化け物かられる地点だ。


 化け物への遠距離火力支援攻撃など、目くらまし程にも効果は無いとアヴァンガルフィは判断する。少なくとも現状では味方の行動の邪魔にすらなるだろう。


 だから、攻撃地点を変更した。


 ――化け物が大事そうに持っていた、手駒チャーリーに。

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