第一五話

 月光の注ぐ闇夜を、寸分の狂いのない隊列で、九〇一大隊は飛行する。


 魔法による飛翔術式は難易度が高い。

 浮遊、加速、姿勢制御、気流操作、呼吸保護――それらの術式処理を並行しつつ、常時マナを消費し続ける。


 だが魔女の大隊は全員が意に介さず術式を行使している。

 加えて一糸乱れぬ隊列は練度の高さを物語っている。



 特別編成九〇一大隊。



 マシリティ帝国の最精鋭を選抜し編成したこの大隊は、神話の領域に達する敵と戦うために編成された特別大隊だ。



「状況報告」



 その大隊指揮官たるアヴァンガルフィ・エリシフィラは部下にそう命じる。



「斥候一ノ三部隊が標的アルファを引きつけ戦闘継続中。標的ブラボーの座標は変わらず、依然潜伏中。複数の索敵魔法にて探知不可状態が継続中。現在アーティファクトにて熱源視認中。チャーリー以下目標数変化なし」


 アヴァンガルフィは報告を受けつつ、標的アルファへ目を配る。



 レスティア皇国第一皇女、エルミリディナ・レスティア。

 奴を引き剥がす作戦は達成中だ。だがあまりにあっけない。

 罠を警戒すべきだ。

 皇女だけが単身でいるとは考えにくく、伏兵がいる可能性が高い。


 それでも作戦の許容範囲内だ――そう大隊長は判断する。

 


「各員へ通達!」



 アヴァンガルフィは声を魔法に乗せ、大隊各員へ届ける。



「標的アルファの隔離を確認。これより標的ブラボーの排除作戦ドラグノフ、形式一ノ五を敢行する!」



 その声は老婆ながら雄々しく勇ましい。



「我らが主にあだなす大罪の悪鬼に、裁きの鉄槌を!! 我らが聖母の忌まわしき怨敵に、永遠とわの破滅を!!!」



 大隊長として、指揮官として、大賢者として相応しい求心力と威厳を兼ね備えた通達は、ただでさえ高かった大隊各員の戦意をさらに最高潮へと導く。




「ブラボー、極大鬼道の収束を確認ッ!」




 直後、脇に控えた部下が声を荒らげる。

 索敵補助に特化した部下は二人。そのうちの一人は現在アーティファクトで標的ブラボーを監視しているが、声を上げたのはもう片方の魔法に特化した部下だ。



「前衛散開! 中後衛は回避機動。後衛はその後、長距離支援魔法を準備!」



 即座に下された判断に、大隊はまるで一つの生物の如く一斉に動きを変える。


 直後に標的ブラボーの攻撃は射出された。



 ――速い。



 だが球体状のそれは、体積は小さく回避は余裕――

 かに思われた直前、無数に枝分かれを始める。


 さらに二度三度と細分化を繰り返し、まるで木の枝のように不規則に分裂するその攻撃は、並の練度では対応できないだろう。


 だがその攻撃を全ての魔女が避けることは容易だった。


 それほど魔女の大隊の練度も士気も高かった。




 しかし。




 その攻撃が魔女の合間を縫うように通り抜けるかと思われた直前、それはまるで花開くように鬼道陣が空中へ展開される。




「魔法抵抗場――妨害攻撃です!!!」




 標的ブラボーの放った攻撃は、周囲の魔法の行使そのものを阻害する術式だ。



 その術式が存在していることは知っていた。だがマシリティ帝国では再現できていない術式の一つだ。


 魔法への妨害攻撃も確かに想定していた。

 だがこのような手段で、このような広範囲に展開されるところまでは想定できていなかった。


 故にその発動を許してしまった。

 知っていたなら、分裂する前になんとしても相殺していただろう。



 しかしその程度で大隊が崩れるほど練度は低くない。



 すでに各小隊は散開済みだ。その影響は最小限に留まっている。





 しかし――




「第二射、来ます!!!」




 あろう事か標的ブラボーは同じ手を二度も使う。


 確かに魔法を阻害する影響範囲を広げる事は、標的にとって状況に優位性をもたらす事となるだろう。



 ――だが、同じ手を許すと思われているとは舐められたものだ。


 アヴァンガルフィが命じるまでもなく、三つの小隊が小隊長の判断で動いていた。その第二射を相殺すべく、予測軌道上に待機を済ませている。

 


 ――素晴らしい。



 そう自らの大隊を賞賛する思考が脳裏を過ぎりかけた直後、電流が介入したかの如く別の可能性が過ぎた。



 ――違う!! これは罠だ!!



「回避せよッ!!!」



 攻撃が放たれた直後、大隊長命令を強く発する。部下はその言葉に疑問を呈することもなく即座に行動に移す。


 直後、先ほどと同じ外郭の敵の攻撃は先ほどよりも速く分裂すると、その牙を魔女へとむける。



 それは同じ妨害工作に見せかけた別の攻撃だ。



 魔女としては、魔法への抵抗場構築はこれ以上行われたくないだろう。ならば同じ鬼道は確実につぶしに来る。



 おそらくブラボーはそう踏んで、同じ攻撃に見せかけた本命の攻撃を繰り出した。





 だが――





「敵、新たな抵抗場展開!」




 ――何という狡猾さだ。



 標的ブラボーは本命の攻撃がばれて避けられる事すら勘定に入れて、半分は妨害攻撃を含めていた。


 そもそもあの規模の極大鬼道に二系統の術式を混ぜ込む事そのものが異常だ。



 ――侮ってはならない。



 わずかに慢心が思慮の隙間に忍び込んでいたことを自責し、アヴァンガルフィは今一度己を戒める。



 ――だが、ここで小隊を三つ失うよりはマシだ。



 極大鬼道をこれほどの短期間で構築する実力、我々の先を往くその叡智、そして圧倒的な経験値。相手はあの、神殺しの大罪人リネーシャ・シベリシスなのだから。



「ペリルス、攻撃準備を」


「ハッ!」



 後方に控えた直轄の部下の一人にそう声をかける。



「後衛部隊へ伝達。目標ブラボー、支援攻撃を開始せよ」



 同時に後方部隊へそう通達する。

 防御も機動性も無い、長距離の大魔法による狙撃支援部隊だ。


 彼女らは一斉に強大な魔法攻撃を繰り出す。

 極大魔法の準備には手間がかかる。だが、大魔法を収束させ、擬似的に極大魔法を再現するその支援攻撃は、圧倒的短期間で攻撃準備が完了する。戦場における価値は高い。



 その攻撃は空中に展開された魔法妨害の鬼道陣を破壊しつつ、まるで流星の如く降り注ぐ。




 だが。




 標的ブラボーはさらに小型で黒色の球体を複数出現させ、間髪を入れず収束を完了させると、魔女の流星ひとつひとつに向かって射出する。



 魔法と鬼道が触れあった瞬間、一気に肥大化し、大魔法による支援攻撃は何も無かったかのように消失する。



 数十人の英傑の域に達する魔女が、短期間とはいえ十分に収束させた大魔法を一瞬で相殺した。

 たとえ魔法と鬼道がそれぞれ打ち消し合う性質があるとはいえ、それを差し引いても明らかに異質だ。



 アヴァンガルフィは、化け物め――と侮蔑すると、魔法で後衛部隊に指示を告げる。



「支援攻撃を継続せよ。不規則に時間差を設け、各員の判断で攻撃せよ」



 ――奴のその芸当がいつまで続くか。


 相殺防御は前衛部隊が射程内に入っていないからこそ、悠々と対処できる。

 だが近距離での攻防を行いながらでは、いかに神話の領域の化け物でも隙の一つは生まれる。


 だからこそ、後方支援攻撃はあえてばらけさせる。



「大隊指揮官殿、ドラグノフ異常なし。作戦続行可能で御座います」



 そして、魔女こちらの切り札の準備は整った。



「よろしい。ペリルスは目標ブラボーに照準合わせ狙撃待機」


「ハッ」



 アヴァンガルフィの命令に従い、ペリルスは手にしたアーティファクトを構える。










 実によく訓練された軍隊だ――リネーシャはそう観察していた。


 接近してくる魔女の小隊は上空と超低空からの接近の二つに分かれている。

 さらに後方にからは大魔法の飽和攻撃。


 近接攻撃を得意とするのは低空の方だろう。

 だがそれを失わない為に上空の制空権を確保し、中距離攻撃を敢行する。


 どちらかに気を取られれば、片方から押し込んでくるだろう。



 ――しかし魔女の戦術はさほど重要ではない。

 狂信者共がただ純粋な戦闘を挑む筈がないからだ。

 目的の遂行が困難と判断すれば、その身を引き替えにしてでも無茶な戦い方をしかねない。例えば先の劇慟硝石を用いた怨人化のように。



 ――自身は構わない。この体が朽ちたところでどうとでもなる。



 ――だが加々良至誠は別だ。その体は無垢な純人と同じであまりにも脆い。

 敵の攻撃が一度でも、たとえそれが間接的であろうと簡単に死んでしまうだろう。

 それはリネーシャの放つ攻撃も同様だ。


 ある程度はテサロが防ぐだろうが、力加減を間違えれば容易に至誠を巻き込み死なせてしまうだろうこととなる。



 すなわち、術者周囲にも影響を及ぼす術式は行えない。

 だがこのまま後手に回り続けると言うのも得策とは思えない。


 ある程度の攻撃をするためには距離を取る必要がある。だが距離を取ってしまうと、いざというときに至誠を守る事が難しくなる。



 ――いや、ならば逆に大胆に距離を取り、その力量を持って注意を全て自身に向けさせる方が得策か。要は至誠に戦力を裂く余裕を与えなければ良い。



 周囲に伏兵らしき存在は見当たらない。

 仮に居たとしても、テサロが居れば戻る時間を稼ぐ事は出来る。

 つかず離れず。その距離で戦うべきだろう。



「テサロ、ここを任せるぞ」


「はっ」



 それだけ言い残すと、リネーシャは一瞬身を屈め、後方へ影響が出ないよう力を加減しながら一気に空中へ飛び出す。


 目標は低空で接近してくる魔女部隊と制空権を確保している上空の中間だ。









「標的ブラボー、行動開始!」


「支援攻撃、座標修正――」



 標的ブラボーが動き出し、前衛に接近してくる。


 想定された行動だったが、想定よりも速度が遅いのが気にかかる。



「チャーリーの様子は?」


「依然、同位置にて潜伏中」



 何かある――そうレヴァンガルフィは考える。





 標的は我々だ――低空で接近していた魔女の小隊はそう確信する。


 前衛はさらに二種類に分けられる。

 低空の近接部隊と、制空権確保の上空部隊だ。


 低空部隊よりも高度を取りつつ、上空部隊ほど高度は上げすぎない。

 その絶妙な高さから我々を急襲するつもりか。



 だがそれは想定内の展開だ。



 即座に低空部隊はその飛翔を止め空中に佇むと、杖を掲げ魔法陣を展開する。



 連携し、上空部隊も同様の魔法陣を展開し始める。






 殺意のこもった魔法がリネーシャの周囲に炸裂した。



 その攻撃の隙間を縫うように回避するが、それは一定時間その場に留まり攻撃が継続される設置型の魔法攻撃だ。


 さらにその攻撃同士が接触すると互いに引き合い、より強大な設置魔法になる。



 その攻撃を次々と行われれば、リネーシャの逃げる隙間は無くなり、少なくとも防御せざるを得なくなる。



 膨大な魔法の物量と技量が成し遂げる空間制圧。都市ですら飲み込み焦土にする事が可能な攻撃に、リネーシャは飲み込まれる。



 そこへさらに後方から流星の如く支援攻撃が降り注いだ。



 攻撃力よりも突破力、貫通力を優先した攻撃だ。防御の上からでも削れる。

 さらに支援攻撃を縫い上空と低空から魔女が接近し、各員が近接戦闘の準備を整えている。



「構え」



 アヴァンガルフィは状況に応じ、そうペリルスに命令を告げる。



 それは対化け物の切り札、主より賜りしドラグノフ狙撃銃アーティファクト



 どれだけ防御が固かろうと、どれだけ強靱な生命力をしていようと関係ない。

 このアーティファクトの効力の前では。


 攻撃可能回数残弾数は五。しかし一度見られてしまえば化け物はそれに順応する恐れがある。ならば最大の機会は初撃だ。


 この空間制圧の魔法攻撃で、化け物が動きを制限されているならば、あるいはわずかでもダメージを負っているならば好機だ。



「ブラボー、行動停止!」



 標的の位置を探り出すアーティファクトを使用している部下からそう報告を受ける。


 ――好機だ。



「ペリルスへ座標をそうし――」



 アヴァンガルフィが次の指示を出していた最中、部下は緊急報告を割り込ませる。



「ブラボーの形状が変化! 急速に肥大化中!!」



 その報告への理解が遅れるが、ブラボーを閉じ込めている空間制圧魔法の一部が破壊された事で理解出来た。



 ――血だ。



 赤黒い血液が枝のように伸び始め、意思を持っているかの如く、空中を高速で縦横無尽に駆け巡り始める。


 それが空間制圧魔法の至るところから無数に突出していた。



「狙撃中止……ッ」



 奴は確かにそこに居た。


 吸血鬼とは文字通り、血を吸う鬼人だ。

 血を啜り糧とする。食料として血を摂取する。



 ――だがその小さな体のいったいどこにそれほどの血液を内包していたというのか。まるで血の川だ。



 魔女の誰もその真実を知らない。



 ただ一つ言えることは、そこに現れたのは血の塊であり、標的ブラボーの姿を見失ったということだ。



 吸血鬼とは神話の世界に棲まう住人だと言い伝えられている。

 そして吸血鬼とはリネーシャ・シベリシスの事を指す。



 なぜなら他に生存している吸血鬼がいないからだ。



 だが今考えるべき問題は、その神話の領域の化け物が生成したこの『血の川』形態の仕組みだ。


 体内をその血に潜らせ潜伏しているのか。

 あるいは全てが体の一部なのかも知れない。

 しかしそれでも、流血鬼のように核となる部位は必ずあるはずだ。




 ――心臓に杭を突き立てると殺せる。




 そんな迷信がまことしやかに語られているが、確認出来た者はいない。

 奴に心臓に杭を突き立てるほど肉薄し戦える者がどれほど居ると言うのか。


 長らく敵対してきた魔女だが、吸血鬼の情報は明らかに不足していた。



「火力支援停止。着弾地点修正開始。方位三九.八度。距離二.四一二ギルク」



 そう放たれる大隊長命令は、完全に火力支援が化け物から逸れる地点だ。



 化け物への遠距離支援攻撃など、目くらまし程にしか効果は無いとアヴァンガルフィは考えた。



 少なくとも現状では味方の行動の邪魔にすらなるだろう、と。





 だから、攻撃地点を変更した。





 ――化け物が大事そうに持っていた、手駒に。

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