第16話 2月10日0時52分

 テサロは神経を研ぎ澄ませ推移を見守っていた。



 戦いにおいて情報は非常に重要だ。


 先般における斥候の襲来時においても、リネーシャ陛下ならばわざわざ相手の攻撃の機会を与えることなく殲滅せんめつできる実力差があったはずだ。


 それでも相手の攻撃を利用することで、相手の情報を得つつ、こちらの手の内の露呈を最小限に留めた。



 陛下は戦争における情報の重要性を何より理解しており、闘争において無為に手の内を晒すことの危険性を熟知していた。



 それが陛下の戦い方の定石であり、常套じょうとう手段だった。




 しかし、早々に陛下は切り札のを切った。



 そこ詳細はテサロも知り得ていない。

 皇国においても知っているのは皇女と、眷属や上層部の一部だけだろう。


 テサロが知っているのは、それがであるということだ。


 そして、それが解放されるのは主に災厄に対してだ。

 アーティファクトによる大規模災害。

 怨人による大規模侵攻。


 テサロの知る限り、それが一介の戦争で用いられた例はない。


 特に敵対勢力に対しては秘匿され続けた情報だ。


 だがそれを行使すると言うことは、手の内の機密情報よりも、加々良至誠という人物の重要性が上回っている為だとテサロは理解する。




 直後、飛来していた遠距離魔法攻撃が止んだ。


 確かにあの程度の大魔法では陛下に傷一つ付けることが出来ないだろう。

 継続すれば単なるマナの無駄使いと言える。


 故に一時中断するのは腑に落ちる。



 しかし次の敵の一手はテサロの想定外のものだった。



 ――こちらを狙ってきますか。



 だがその程度で動揺するほど未熟ではない。

 テサロは現状と陛下の行動を鑑み、最適と思われる行動を即座に選択する。



「私が防ぎます! リッチェとミグはその場で周囲警戒を」


「はいっ」



 テサロは携帯していた書籍の一つを手に取り、魔法で浮遊させると、目的のページをひらく。


 『霊術大全 第一四巻 三項四項』と題された、上製本ながら片手で収まる小さな副本だ。


 霊術とは魔法と鬼道を組み合わせた高等術式だ。

 魔法の元となるマナ、鬼道の元となるエスには、互いに打ち消し会う性質がある。


 これにより、両方の術式を同時に発動する事は出来ないのが基本だ。



 だがこれには例外が存在している。


 それが霊術だ。


 魔法や鬼道の上位術式であり、危険性が増す代わりに強大な効果や特異な影響を行使できたりする。



 そしてその情報は極めて貴重で、本来であればその存在すら秘匿すべき代物だ。



 だが陛下は機密情報よりも至誠の安全を優先している。

 ならば、ここで下手に出し惜しむ訳にはいかない。


 最優先すべきは至誠殿の身の安全――そうテサロは該当の術式を発動させる。










 大隊長命令によって行われた火力支援攻撃は見事、化け物の手駒に降り注いだ。

 しかしその手駒の発動した防壁は余りに強大で、余りに重厚だった。


 熟練した魔女の多数の極大魔法攻撃をたったの一人に防がれる。

 それは魔女の自尊心を大いに傷つける。


 だが、大隊長たるアヴァンガルフィは違った。

 化け物の手駒が化け物並みである事は想定される。


 肝はそこでは無い。



 ――あそこで防衛に専念している化け物の手駒は、からこそ護っている。



「ペリルス」


「ハッ」


「目標を変更する」











 スワヴェルディは瓦解した屋敷の地下にいた。


 戦闘が始まり、その地下からの通路は崩落したが、それで閉じ込められるほどやわではない。



 地下に設けられていた隔離室は、加々良至誠とその所有物新たなアーティファクトが周囲に悪影響を与えた場合や、未知の力を発揮した場合に備えて様々な術式が施されている。


 その結果、その中に居たスワヴェルディは魔女にその気配を全く察知されずに潜伏していた。



 最優先すべきは加々良至誠の所有物と思われる物品、その確保だ。

 しかし必要であれば戦闘に加わる事も許可されている。



 スワヴェルディは気配を消し隠密で地下から脱すると、その腰に下げる日本刀の柄に手を触れながら状況を確認する。


 これだけの戦力を動かせる国となれば、襲撃者は十中八九マシリティ帝国だろう。


 その事は容易に想像できた。


 すぐにスワヴェルディは敵戦力の把握に移行する。



 敵軍は前衛、中衛、後衛に別れて行動している。



 前衛およそ一二〇。

 中衛およそ五〇。

 後衛およそ一〇〇。



 後方の魔女は遠距離から高威力の大魔法を多数撃ち続けている。

 護衛はなし。

 後方から飛来する大魔法が無くなれば、戦況に大きく影響するだろう。



 中衛は指揮官と支援部隊、護衛兼予備戦力のようだ。

 指揮官を落とせば、魔女の統率は崩れる可能性はある。



 ――どちらを先に狩るべきか。



 そう吟味していた最中、見慣れない装備を所持している魔女を数名発見する。


 その中でも特に目を引いた魔女がいた。


 装備を両手で抱え、頬を当てている。

 杖ほど長くは無い。

 だがその棒状の物体は見慣れない複雑な形状をしており、何かに備えている様子だ。

 攻撃中か、あるいは準備段階か。



 マシリティ帝国の魔法具かもしれない。

 かの国は安易に魔法を行使できるよう整備した魔法具を売る武器商人の側面を持っている。

 魔法具を売ることで成り上がったと言っても過言ではない。



 スワヴェルディは推察を巡らせる。


 魔法具は未熟な者が使うからこそ効果を発揮する。

 目の前の魔女の練度ではかえって枷となるだろう。


 それになぜその道具を一人しか所持していないのか。

 量産できる道具をただ一人に持たせるのは腑に落ちない。


 また、中衛の護衛は多い。

 過剰と言うほどではないが、後方部隊を丸裸にまでしての構成は腑に落ちない。



 ――代替のない特別品アーティファクトか。



 そのように思考が収束した。

 ともすれば、魔法攻撃は全て囮に等しい。

 未知の能力で攻撃されれば、どうなるか想定ができない。


 スワヴェルディは標的を定める。









 リネーシャはその体から溢れる血流を自在に支配し、身を隠しつつ周囲の魔女を翻弄し、飲み込み、命を刈り取る。



 ――事態は悪くない。



 テサロの防壁は破られる気配を見せず、さらに前衛部隊は全て自分に向けている。



 ――だが先ほどから妙な胸騒ぎ、嫌な予感がする。



 その瞬間にスワヴェルディが目に留まった。

 気配を消し、隠密に魔女に急襲を今まさに仕掛けんと。



 ――指揮官を狙っている。



 そう解釈した。

 伏兵が敵の頭を刈り取るのは戦争における定石の一つだ。


 だが言いようのない違和感がある。


 確かに指揮官らしき魔女がいる。


 だがその魔女……よりは周囲の――




 ハッとその装備が目に留まる。



 ――何だあの装備は。何を構えている!?



 ドラグノフ狙撃銃を知らないリネーシャは目を奪われる。



 スワヴェルディが攻撃を仕掛けようとしているのはその魔女だ。



 それが通常の魔法ではない可能性が高い。



 すなわち。



 ――アーティファクトかッ!!




 その矛先が自分では無くテサロ達に向けられている事を理解したのと同時、そのドラグノフ狙撃銃アーティファクトが瞬間的に火を噴き、を射出した。











 銃弾が射出される。


 それはかつて、ただの銃器として実在していた頃の弾速を遙かに上回る驚異的な速度で。


 アーティファクトによる未知の能力のがそれだ。








 ペリルスは命令に従い、目標に弾丸を発射した。


 直後、方向感覚を失った。



 まるで酷く酔った時のように視界が歪み、体が自分のものではないようだ。


 一瞬の出来事に理解が及ばなかった。



 アンティークの未知の副作用かとも思った。


 だがそれを理解する前に、縦に両断された体は生命活動を停止し、その意識が完全に途切れた。










 スワヴェルディは周囲を取り囲む護衛部隊の隙を突き、アーティファクトを所持していると仮定した魔女を奇襲する。


 その手にした異質な切れ味の日本刀ですくい上げ、縦に両断する。


 空気を切り裂き真空を生み出しながら斬られた魔女は最期までその攻撃に気付かなかった。


 スワヴェルディはその魔女が手にしていた武器を掴むと、即座に離脱する。





 彼の判断は正しかった。


 もし焦って接近していたら護衛の虚を突くことは出来なかっただろう。


 護衛していた魔女の意識の一部がほんのわずかに、アーティファクトの攻撃の挙動に意識を奪われていた。だからこそ、奇襲しえた。



 だが、すんでの所でその発動を許してしまった。



 直前に攻撃を防ぎ、アーティファクトも回収し、中衛部隊の意識を自分に向けさせ混乱を誘う。


 それが理想であった。




 だが攻撃弾丸は、すでに放たれた。












 リネーシャはその一部始終を目視した。


 間一髪のところで防げなかったその攻撃は、小さな何かを撃ち出した。


 鋭利なそれは高速に回転しながら直進する。

 加えて飛翔時間に比例してさらに加速を繰り返す。


 それは魔法とも鬼道とも違う力。



 ――間違いなくアーティファクトだ。

 リネーシャはそんな思考よりも早く血の川から脱すると、その攻撃の前に出るべく空中の身体を鬼道で加速させる。


 だがここにきてさらなる加速を見せるその物体弾丸は、リネーシャが射線上に到達した時点で通過した直後だった。


 リネーシャは体勢を射線上で急停止させると瞬間的に体をかがませ、刹那で足に全神経を集中させると、爆ぜるように加速した。





 弾丸が近づき、手を伸ばす。








 しかしその手は弾丸に触れることは叶わず、さらに加速を繰り返し神速のリネーシャを引き離す。











 テサロは自らが展開する防壁と飛来する魔法攻撃によって状況を見て取ることは叶わなかった。


 しかしリネーシャ陛下が尋常では無い速度でこちらに切り返して戻ってくる。



 それが何か異常事態が起こったのだと直感する。



 テサロは霊術による防壁を放棄し、きびすを返す。



 即座に魔法で飛翔すると、至誠とリッチェ、ヴァルルーツを魔法でつかみ取り離脱を試みた。




 テサロの判断は間違いではない。


 リッチェに離脱を指示するよりも圧倒的に素早い行動ができており、差し迫った選択肢の中でもっとも迅速に行動できていたことは間違いない。



 だが飛来する弾丸は、その行動すら超越する速度で至誠の足下に――着弾した。






 直後。






 半透明の紫色をした禍々しい紋様の球体が出現し、ヴァルルーツとリッチェ、テサロ、ミグと、その宿主たる至誠は取り込まれる。



 瞬間的に直径一〇メートルほどまで肥大化した球体は、直後反発するように収縮を始め、地面や雪もろとも飲み込み始める。




 そして、






 リネーシャの手が、その球体に届く――







 直前、









 加々良至誠は消失した。

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