好奇心は吸血鬼をも殺す

はちゃち

序章 最強の吸血鬼

レスティア皇国暦1598年2月10日1時00分


「――化け物め!!!」



 大賢者とうたわれるその魔女は、己をいさめる為に憤慨ふんがいを言葉にする。


だが怒号を吐き捨てるだけではてきがいしんと腹の虫はおさまらず、まんめんしゆそそぐ。



 世界有数の優良種たる魔女の誇る帝国――マシリティ帝国は、世界の三大列強国に数えられる程、驚異的な軍事力と経済力を獲得している。


 そんな栄光あるマシリティ帝国の中でも、屈指の実力と士気を誇る英傑えいけつの魔女で構成された大隊。それはまさに、世界最高峰の大隊だと自負していた。



 勝てる――そう、大隊長たる魔女アヴァンガルフィは確信していた。



 だが。



 血塗られた街道と引き裂かれた倒木、亡骸となった同胞と、欠損し地を這う同胞。恐慌をきたし平静さを欠いた同胞。迫り来る畏怖を前にしつつも必死に立ち向かおうと戦慄する同胞。


 その全てを飲み込まんとする勢いで『奴』はその本性を現す。




「――長!! アヴァンガルフィ大隊長!!!」




 部下の呼びかけによって我に返ると、部下に端的な命令を飛ばした。



「すみやかに撤退を完了しなさい」



 だが声をかけた部下の憂慮ゆうりょはその事ではない様子だ。



「大隊長――いえ、大賢者様も撤退をッ!!」



 大隊長、あるいは大賢者と呼ばれたその魔女アヴァンガルフィは、落ち着きを取り戻し、不敵に笑みを零し首を横に振る。



「大賢者たるわたくしめが退いては、だれがあのバケモノを食い止めると?」


「で、ですが! 聖母様に選ばれし大賢者がこのようなところで命を落とすことがあってはなりません!! そもそも大隊長の術式構成もアンティークも、対アルファ戦を想定したものではありませんか!!! 標的ベータが相手では――」



 そううれう部下の事は赤子の頃から知っていた。我が子ではないが、実子と同様に可愛がってきた。


 そんな部下を突き放すような鋭い語調で返す。



「お前達が居ては足手まといです。早々に離脱しなさい」



 別の部下に連れて行くよう手で合図を送ると周囲の部下は――同胞は意をくみ取り、無理矢理に案ずる魔女を連れて行く。





「主よ――」



 周囲に同胞がいなくなるのを確認し、アヴァンガルフィはその身の丈以上はある荘厳そうごんな杖を掲げ、そして祈る。



「御身を脅かす不逞ふてい悪鬼あっきに裁きの鉄槌を。聖母の忌まわしき宿敵に永遠とわの破滅を」



 祈りと共に大賢者の皮膚上や服の表面、そして周囲の空間に多数の魔法陣が周囲に出現する。


 何れも大魔法、極大魔法と呼ばれる高等術式。

 そのひとつひとつが並の人智では到底届き得ない叡智の結晶。



 そして、原理が未解明ながらも強大な力を内包するアンティーク装備。

 その戦闘力は英傑をも超える、神格の領域。





 ……。

 だが……。


 だがしかし、その先を『奴』は往く。




 神話世界の生残者。

 知性のある怨人えんじん

 貪婪どんらんの捕食者。

 皇帝にして最高戦力。

 闇夜の覇者。

 最強の吸血鬼。




 奴を冠する二つ名は数知れない。

 なにせ『奴』はかつてを裏切り、あまつさえ弑逆しいぎゃくせしめた大悪鬼あっきだ。


 アヴァンガルフィは無際限の憎悪を吐き出すように『奴』の名を口にする。



「リネーシャ・シベリシス……ッ!!!」



 幼い容姿に隠されていた奴の本性は、今まさに目の前であらわとなっている。



 怨人えんじんのような忌避感を振りまき、闘争を体現したかのような禍々しい形貌けいぼうの、まさに化け物と呼ぶに相応しい姿がアヴァンガルフィに迫りつつあった――。

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