好奇心は吸血鬼をも殺す

はちゃち

序章

リネーシャ・シベリシス

「――化け物め」



 老いた魔女は己をいさめる為に憤慨ふんがいを言葉にする。


 しかし長い吐息に混ぜられたてきがいしんだけでは煮えくりかえったはらわたは収まらず、血は逆流するかのようにまんめんしゆそそぐ。




 世界の中でも優良種たる魔女によって創られた魔女の帝国――マシリティ帝国は、今では世界三大列強国の一角に数えられる程の栄華を誇っている。


 そのマシリティ帝国の中でも、屈指の実力と士気を誇る英傑達で構成された特別大隊。その戦力はまさに神格、あるいは神話の領域と断言しても過言はない。


 世界を敵に回しても勝てる程の戦力だ――そう、大隊長たる魔女アヴァンガルフィは確信していた。





 だが。





 血塗られた街道と引き裂かれた倒木、亡骸となった同胞と、欠損し地を這う同胞、恐慌をきたし平静さを欠いた同胞。迫り来る畏怖を前にしつつも必死に立ち向かおうと戦慄する同胞。


 その全てを飲み込まんとする勢いで『奴』はその本性を現す。




「――!! 大隊長殿!! 大賢者アヴァンガルフィ様!!!」


「すみやかに撤退を完了しなさい」



 部下の呼びかけによって我に返ると、部下に端的な命令を飛ばした。


 だが声をかけた部下の憂慮ゆうりょはその事ではない様子だ。



「大隊長も撤退をッ!!」



 だが大隊長、あるいは大賢者と呼ばれた魔女アヴァンガルフィは、落ち着きを取り戻し、不敵に笑みを零し首を横に振る。



「大賢者たるわたくしめが退いては、だれが『アレ』を食い止めると言うのですか?」


「で、ですが! 聖母様に選ばれし大賢者がこのようなところでッ!! そもそも大隊長の術式構成もアーティファクトも、対アルファ戦を想定したものではありませんか!!! 標的ベータが相手では――」



 そう憂う部下の事は赤子の頃から知っていた。我が子ではないが、実子と同様に可愛がってきた。


 そんな部下を突き放すような鋭い語調で返す。



「お前達が居ては足手まといです。早々に離脱しなさい」



 別の部下に連れて行くよう手で合図を送る。


 周囲の部下は――いや同胞は大賢者の意をくみ取ると、案ずる部下を無理矢理引き離す。






「主よ――」



 周囲に部下がいなくなるのを確認し、アヴァンガルフィはその身の丈以上はある荘厳そうごんな杖を掲げると、祈る。



「御身を脅かす不逞ふてい悪鬼あっきに裁きの鉄槌を。聖母の忌まわしき宿敵に永遠とわの破滅を」



 祈りと共に大賢者の皮膚上や服の表面、そして周囲の空間に多数の魔法陣が周囲に出現する。


 何れも大魔法、極大魔法と呼ばれる高等術式。


 そのひとつひとつが、並の人智では到底届き得ない叡智の結晶。





 ――だが『奴』はその遙か先を往く。






 神話世界の生残者。


 知性のある怨人えんじん


 貪婪どんらんの捕食者。


 皇帝にして最高戦力。


 闇夜の覇者。



 実在する唯一にして最後の吸血鬼であり、奴を冠する二つ名は内外を問わず数知れない。



 そして。



 かつて弑逆しいぎゃくせし悪鬼こそが『奴』だ。




 アヴァンガルフィは無際限の憎悪を浮かべ、噛みしめるように『奴』の名を口にする。





「リネーシャ・シベリシス」





 幼い容姿に隠された奴の本性は、まさに闘争を形容化したかの如き禍々しき形貌けいぼうだ。





 そして。





 大地を引き裂き、風を殺し、血の雨を降らせる悪鬼リネーシャに、アヴァンガルフィは魔法術式を発動させる――。

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