[4]吸血鬼像と実際の吸血鬼


「ふぅ……」


 至誠は出された料理をひとしきり食べると、満足げにいきをこぼす。


「おかわりはいかがでしょうか?」


 至誠の食べ終わった皿を下げながら、スワヴェルディが問いかける。


「いえ、ちょうどおなかいっぱいです。ありがとうございます」

「ご満足いただけたようで何よりです。食後のお飲み物で何かご希望があればお伺いいたします」

「そうですね……今思いつくものがないので、お任せしても大丈夫ですか?」

かしこまりました。アルコールはたしなまれますか?」


 九州の片田舎で育った至誠は、地元のお祭りの席で近所のお年寄りたちに「これは神事しんじだから飲酒じゃない」などと言い訳を並べ立てられを飲まされるというアルコールハラスメントを受けたことがある。その時に口にしたお酒は苦いし辛いし、正直言って好きになれそうになかった。


「あ、いえ、お酒はまったく……。あー、そうですね、食後ですし、飲みやすいお茶かなにかあればそれをお願いできますか?」

「承りました」


 スワヴェルディは一礼しきびすを返すと飲み物を取りに行く。その後ろ姿を横目で追いかけていると、リネーシャの声が聞こえてくるので振り返る。


「満足できたようで何よりだ」

「ごちそうしていただきありがとうございます」


 至誠は改めてお礼を口にする。

 何度も感謝を口にするのは彼女たちの価値観や文化から見てどうなのかは分からないが、不遜な態度をするよりはいいだろう――と考えて。


 だが正直、感謝の言葉だけでいいのか不安がある。

 今回の料理を店で食べるならどれほどの値段になるのか分からないが、金額に換算すると『大衆向けの安い飲食店』と同程度で済まないことは想像にかたくない。


「ただ、その、今は言葉以外でのお礼ができなくて……すみません」


 至誠が申し訳なく口にすると、エルミリディナが勝手に「あら、いいのよ」と笑顔を浮かべる。


「私たちは『リネーシャの望み』をかなえるためにここにるんですもの」

「望み……ですか?」

「リネーシャはね、とみめいせいも、権力けんりょく武力ぶりょくも全てを持っているわ。なんたってレスティア皇国は世界随一ずいいちの経済力と軍事力を持っていて、リネーシャはそこの皇帝だもの。だから謝礼しゃれいとして大金を積まれるのも言葉で感謝されるのも誤差よ」


 至誠にはその真偽しんぎを判断する材料がない。

 だから率直そっちょくに聞いてみる。


「えっと……。失礼な言葉だったら申し訳ないのですが、なぜそのようなすごい方が僕のような個人のためにそこまでしてくださるんですか?」


 彼女の言葉が全て真実だとして、最もに落ちないのはそれだ。


 そんな疑問に、エルミリディナが一言で端的に答えてくれる。


趣味しゅみね」

「えっ? 趣味……ですか?」

「リネーシャはね、知識欲ちしきよく知的好奇心ちてきこうきしんが歩いてるような女性なの。それをにしていると言っても良いわ。だから、シセイという未知みちの人物はそれだけでリネーシャにとってご褒美ほうびなのよ。だから謎の解明に協力してあげる以上の謝礼はないわ」


 至誠は一呼吸置き、「つまり――」と問いかける。


「好奇心から興味を持って、助けてくれた……ということですか?」

「まぁ、端的たんてきに言えばそうねぇ。シセイが超越者ちょうえつしゃの可能性を考慮こうりょしてってのも大きいけど……あー、超越者とは何かについて話し始めると話のしゅうしゅうがつかなくなるからまた別の機会にするわ」


 エルミリディナが改めて自慢げに「そうでしょう? リネーシャ」と問いかけるとこうていが返ってくる。


「本来であれば別の博士が対応に当たる予定だったが、報告を受けた際に強く興味を引かれたので割り込んだ。故に私はシセイの目の前にいる。納得してもらえただろうか?」

「皇帝という地位と権力をらんようしてね」


 エルミリディナがちゃちゃを入れると、リネーシャはため息をひとつ吐くと「なにを言う」とれんびんを含んだ口調でさとすようにてきする。


「こういう時のための皇帝の椅子だろう」

「ええそうよ。だって私がリネーシャのためにたんせい込めて作ったんですもの。便利でしょう?」

「そうだな」


 しかしそうなると、もう一つの大きな疑問が生まれる。


 テサロのように老人が相手であれば、まだその言動は理解できただろう。

 だがリネーシャはあまりにも幼く、あまりにも大人びていると感じる。実際に会話していても子供と話しているとは思えない。しかし彼女の容姿はまだ子供だ。高学年の小学生ほどに見える。


 そんな疑問が顔に出ていたのか、ミグが会話に加わってくる。


「陛下ぁ陛下ぁ! シセイ君が何か言いたいことがあるっぽいっすよ」

「あ、いえ――」

「何か言えない理由が?」


 よどんでいるとリネーシャがついきゅうしてくるが、気分を害しているのではなく、単に好奇心からの追及ついきゅうのようだとさっする。


「そういうわけではないですが……その、これを聞くのは失礼かなと……」

はばかる必要はない。言葉尻ことばじりひとつで気分を害すほどきょうりょうでも、視野がきょうさくでもない」


 リネーシャはそう言って至誠が疑問に思ったことを口にするよううながす。そのまなざしの奥には未知への期待がこももっていた。


「えっと。そんな大した疑問ではないんですが、リネーシャさんの言動が子供っぽくないというか、幼さに対してそうおうな気がしたもので……」


 なぜ至誠がはばかるのかを察したリネーシャは、「では――」と話を進める。


「まず『子供』の定義ていぎについて確認しよう。シセイの考える『子供』とは『外見がいけん容姿ようしによって定義ていぎされるもの』か?」


 大人か未成年かの違いは、法律的に言えば年齢ねんれいによって区分される。その境界線きょうかいせんは長らく20歳だった。その後、酒やタバコは20歳にえ置かれていたが、成人年齢は18歳に引き下げられている。


「子供かどうかは年齢によって決まっていて……少なくとも日本の法律では、18歳未満が未成年――子供という定義ていぎでした」

「ならばこの中で子供――『ニホンの定義における子供』はリッチェのみだな」

「あら? もう18じゃなかったかしら?」


 リネーシャの言葉にエルミリディナが首をかしげながらリッチェへ確認する。


「あ、いえ、まだ17歳です。あと2ヶ月ほどで18になります」


 リッチェが情報を訂正ていせいすると、リネーシャが話題の本筋に戻す。


「とどのつまり、ニホンの基準において私は子供ではない。なにせすでに3000年ほど生きている訳だからな」





「……えっ?」


 外観は子供に見えるが既に二十代なのだろうか――と思っていた至誠は想定外の数字に目を白黒させる。


 言葉を失っている間を埋めるように、エルミリディナがかいそうに自身の年齢について言及する。


「なら千年以上生きている私もたいがい大人おとなねぇ。テサロは確か……500歳くらいだったかしら?」

「まだ495歳にございますよ」


 2人の年齢に、至誠は理解が追いつくどころか、さらに引き離される。


「ミグは20歳くらいよねぇ?」

「いやいや! どんだけサバを読んでるんっすか! その10倍は生きてますって」


 至誠の中には「うそだ、あり得ない」と思いたい自分がいた。


 しかし荒唐無稽こうとうむけいな話だとあんに否定できない存在がすぐ近くにいる。

 ミグだ。

 流血鬼りゅうけつきと言っていたが、皮膚ひふも筋肉もなく、全身の大半が血液で構成こうせいされているような生き物が、目の前で普通に食事をしたりしゃべったりしている。


 あまりの衝撃的しょうげきてきな光景に脳が反射的に考えないようにしていたが、アレはどう見ても現実的ではないし、科学的でもない。


 おかしいと至誠の常識が訴えても、目の前に存在している。ならば数百年、数千年生きていると言われて、それを否定するだけの確証が得られるだろうか?


 食事を取ったことで頭がえ始めた至誠は、目の前の非現実に思考が追いつき始める。




 ――いつまでも目をらしてたらダメだ。




 至誠は目を伏せ、自分に言い聞かせる。


 目の前の現実を受け入れるのに時間がかかればかかるほど、自分の置かれる状況は悪化するだろう。

 少なくとも、リネーシャもエルミリディナも、かい生体せいたいであるミグも、現時点ではゆうこうてきだ。


 しかしそれは未来永劫みらいえいごう保証ほしょうされたものではない。


 一国の皇帝だというリネーシャが興味を持ったから、今こうして話している。


 だとすれば、彼女の気分ひとつでひっくり返る可能性があるということだ。


 彼女が本当に皇帝で、三千年もの時を生きる権力者であるのかは分からない。

 しかしここには日本大使館はおろか日本すらなく、つてもあるはずがなく、文字すら読めない現状で放り出されれば、この身一つで生きていくのはきわめて困難だろう。


 ならば、今できることは非現実的だとか非科学的だとか悩むことではない。


 至誠はそう結論づける。



 ――それに、言うほど非現実的だろうか?


 令和の時代になってもコールドスリープは実現していなかった。問題なくかいとうする技術が確立されていなかったからだ。だが逆に言えば当時でも凍らせることはできていた。そして、彼女らが解凍する技術を持っていたとすれば……。ここがはるか未来の世界で、高度に発達した科学技術を持っているならば、寿命を数百年、数千年と伸ばすことだって不可能だと言い切れない。少女のままのよう姿することだって可能かもしれない。



 ――それに、宇宙誕生からの億年単位の年数に比べれば、数千年なんて年月は誤差に過ぎない。目の前の不可解な現象も、理解の追いつかない事象も、宇宙に抱くロマンと恐怖に比べればかわいいものだ。

 そう考えると、至誠は自身のメンタルが少し回復するのを実感する。




「大丈夫か?」


 目を伏せていた至誠にリネーシャは問いかける。心配しているのとは少し違う。何を考えているのか興味を抱いている――そんな口調だ。


「はい。ちょっと考えを整理してました」

「落ち着くまでしばらく時間を置こう」

「いえ、もう大丈夫です。……正直、僕がこれまでつちかってきた常識とだいぶ違うので、少しばかりこんわくしていました」

「そうか――シセイがどこから来た何者なのか聞くつもりだったが、これは初歩的な常識からすり合わせていった方が良さそうだな」

「そうしてもらえると、非常に助かります」


 では――とリネーシャは足を組み深く座り直すと、本題に入る。


「シセイの反応からさっするに、シセイの知る常識や知識、祖国には数千年生きるようなちよう寿じゆな種はいなかった――と考えて差し支えないか?」


「はい。日本での平均寿命へいきんじゅみょうはおよそ80歳で、どれだけ長生きしても120歳まで生きられる人はほとんどいませんでした」


「そうか。――では『人以外の種族』はどうだ?」


「『人以外』……ですか? 亀やサメの中には長く生きる種類がいると聞いたことはありますが、どのくらいの寿命だったかの正確な数字までは覚えていません」


 至誠は正直に知っている知識の範囲で答えたが、リネーシャは不可解ふかかいそうに見つめてくる。


 ――何か変なことを言っただろうか?


 そんな懸念けねんいだいていると、リネーシャは「確認だが――」と口を開く。


「ニホンにおいて『人からせいした種族』はどれほどいた?」

「え? 派生……ですか?」


 質問の意図がつかめず困惑こんわくの表情を浮かべていると、心境しんきょうを察したリネーシャが質問を訂正ていせいする。


「言い方を変えよう。『人』以外に『人と同程度の知的生物』はどれほどいた?」

「えっと……僕の知る限りではいません。例えば、ミグさんのような方ははじめて見ました」


 なるほど――とリネーシャが少しばかり思考を巡らせ、納得した様子を見せる。


「ならば先ほどのように困惑するのもうなずけるな」


 いつまでも受け身でいるのも良くないと考え、至誠は積極的に問いかける。


「つまり、この世界には『人と同程度の知性を持つ生き物』が結構いる――ということですか?」

「正確には『人から派生した様々な種族』が存在していると表現するのが正しい。例えばこの場において、純粋に『人』と呼べる存在はいない」

「……えっ」


 すでに何度目か分からないが至誠は目を白黒させる。

 その様子を見て、リネーシャは「ではまずその辺りについての知識をすり合わせておこう」と言葉を続ける。


「現在、基底定義きていていぎにおける知的生物ちてきせいぶつは5種類に大別たいべつされる。『ひと』『じん』『じゆうじん』『じん』『じん』の5つだ。私はじんけいとうの中でも吸血鬼きゅうけつきと呼ばれる種族で、ミグは同じく鬼人系統の流血鬼りゅうけつき、テサロとリッチェは魔人まじんけいとう魔女まじょという種族だ。5大種族を総じて語る場合は『人類じんるい』という単語を用いる」


 至誠は必死にリネーシャの解説を頭で整理しながら耳をかたむける。


「シセイの証言しょうげんと同様、我々の知る純粋な『人』も寿命は100年程度だ。だが魔女のように長命ちょうめいな種や、吸血鬼やエルフのように不老長寿ふろうちょうじゅの種もいる。それが我々にとって常識的な認識だ」


 一瞬、至誠の中の常識がせきずいはんしや拒絶きょぜつしようとするが、せいでそれを押さえつける。


「……分かりました。今は『そういうもの』として理解します」

「そうだな、今はそれでいい」


 リネーシャは満足げにつぶやくと、いったん話を最初に戻す。


「このように互いの知る常識や情報をすり合わせ、シセイがどこから来た何者なのか調べたいと思っている」

「分かりました。僕としても渡りに船なので助かります」

「結構。――ではここからは話も長くなるだろう。先に飲み物が口に合うか確認しておくといい」


 うながされ机の上に視線を戻すと、いつの間にやら食器類は片付けられ、飲み物が準備されていた。


「こちらメシロ茶となっております」


 スワヴェルディがそれとなく飲み物の名称を伝えてくる。

 いっけんするとまっちゃのような印象を受ける。緑茶であれば大好物なので、似たような味なら嬉しいな――と思いつつお礼をする。


「ありがとうございます。はじめて聞く名前のお茶です」


 ――メシロって魚だっけ?

 などと疑問に思っていると、ちょうどスワヴェルディが答えを口にする。


「メシロ茶はメシロ地方の山間部でのみ栽培に成功している高級茶にございます。今回はその中でも最高級の茶葉をご用意しております」


 そういう地名にある高級なお茶であり、魚は関係ない――と、ひとまずそう理解することにした。


「口に合わなければ正直に言うといい。君の嗜好しこうを知ることも大事な情報共有だからな。遠慮えんりょする必要はない」


 リネーシャはそう配慮はいりょしてくれるが、返答を口にできたのはカップの中身が空になってからだった。


「いえ、とても飲みやすくてとてもしいです」


 味は緑茶に似ているが、しぶみは少ない。だが薄味というわけではなく、少し甘みがある気がした。それも砂糖のような甘みとは全く違い、はじめて飲む味わいだ。


 特徴的なのはその飲みやすさだろう。

 例えるならば、夏の炎天下で運動をした後に飲む冷えた麦茶のような飲みやすさだ。


「おかわりをいただいてもよろしいですか?」

「ご用意致します」


 スワヴェルディがはにかみつつ下がると、リネーシャも「気に入ったようでなによりだ」と満足げに語りながらメシロ茶に口をつける。


 同時に、リッチェはこちらの邪魔にならないようにそそくさと席を立ち、スワヴェルディの元へ移動してテキパキと手伝い始める。


 お茶のおかわりを含め、今後の会話の腰を折らないように色々と準備してくれているのだろう――と至誠は理解する。


 同時に、一方的にほどこしを受ける立場にむずがゆい気持ちを覚える。

 至誠としてはスワヴェルディやリッチェの手伝いの一つでも申し出たいところだが、善意ぜんいりまく余計よけいなお節介せっかい迷惑めいわくをかけるだけだと理解しているし、今リネーシャが求めていることでもない。今はおとなしく施しを受けることにした。


 むしろ助けてもらったことへの恩返しならば、リネーシャさんの望むもの、すなわち彼女の知的好奇心を刺激するような会話の方がいいのだろうと改めて考え、至誠の方から口を開く。


「そういえばリネーシャさんは……吸血鬼と言っていましたが――その、質問してもいいでしょうか? もしかすると、的外れなことかもしれませんが……」


 どうやらその選択は正解だったようで、リネーシャは愉しそうにはにかみながら肯定する。


「もちろんだ。それに、シセイにとっては当たり前のことや取るに足らない細かいことであろうと、我々にとっては有益な情報のこともある。遠慮えんりょすることはない」


「分かりました。……えっと、今ふと気になったのは――『吸血鬼』は血液以外を口にしないイメージでしたが、リネーシャさんは普通に食事を取ったりお茶を飲むんですね」


 リネーシャにとってそれが当然のことの場合、「当たり前だ」と怒ることも危惧きぐしながらの発言だったが、むしろ興味深そうに顔を近づけてくる。


「面白い質問だな」


 どうやら彼女の好奇心を刺激しげきするには合格点だったようだ。


「結論から話すと『血液の摂取せっしゅのみでも生存は可能』で、栄養素えいようそきゅうしゅうだけであればそれが最も効率的だ。だがそれは、人で例えれば食材をそのまま食べるようなものだ。加えて人に近い味覚も持っている。ならば創意工夫のなされた料理を食べる方が心理的な満足度は高い」


「なるほど」


 人はしい料理をお腹いっぱい食べられただけでも幸福感こうふくかんを得られる。

 それは吸血鬼も変わらないのだろう――と至誠は理解する。


「だがシセイの質問は実に興味深い。なぜ『吸血鬼が血しか吸わない』というイメージを持っていた? 先ほどシセイは『ニホンには人以外の知的生物はいなかった』と言っていたはずだ。ならば吸血鬼も存在しないはずだ」


 リネーシャはそう鋭く指摘する。


「吸血鬼は実在じつざいしていませんでしたが、外国に吸血鬼にまつわる伝承でんしょうが残っていて、それがかなり知名度が高かったので、それでそのイメージがありました」

「それは『かつて吸血鬼は存在していたが絶滅ぜつめつした』という認識で合っているか?」


 リネーシャの解釈に、至誠は「いえ――」と訂正を入れる。


「本当にいたかどうかは分かりません。ただ一般的には『空想上の存在』として認識していました。というのも、吸血鬼の伝承を元にしたフィクションの作品が世界的に人気をはくしていたので、それによる知名度がかなりありました――と言って伝わるでしょうか?」

「そのフィクション作品における吸血鬼は血しか飲んでいなかった――と言うことか?」

「そういう作品は多かったと思います。どこまでが伝承に忠実ちゅうじつで、どこからが後付け設定かの境界線は……正直なところ、自信がありません」


 あくまでフィクション作品をたのしむ大衆側だったので――と付け加えると、リネーシャは理解したように「なるほどな」と相づちをうつ。


「せっかくだ、もう少し掘り下げておこう。――ベースとなった『吸血鬼の伝承』についてどのようなものだったか詳しく聞かせてくれ」


 そう問われるが、至誠は言葉に詰まる。

 ――確か『吸血鬼ドラキュラ』は小説か何かで、全部フィクションなんだっけ? バリエーションが多すぎるからどれが実際の伝承に基づいたものか分からないな……。


「すみません。具体的に『実際の伝承』がどういったものかと言われると、あまりよく分かりません。使われることの多い吸血鬼の設定とかであれば答えられると思います」

「ならばそれで構わない。聞かせてくれ」


 至誠は思い出せる限り吸血鬼の特徴を挙げていく。



 日光に弱い。日を浴びると灰になって死ぬか、大きなダメージを受ける。

 人の生き血を吸ってかてにする。その際に相手が処女しょじょ童貞どうていであれば、吸われたがわも吸血鬼となる。そうで無い場合は死ぬか食屍鬼グールとなる。

 かんおけで寝起きする。

 体を蝙蝠コウモリに変化させることができる。

 退たいするためには、首を切り落とす、心臓をくいで貫く、銀の武器を使用する必要がある。

 極度に十字架じゅうじかを恐れ、ニンニクの臭いが苦手であり、流水を渡れないといった弱点がある。



 至誠が指折り数えながら吸血鬼の特徴とくちょうを挙げていくと、途中とちゅうからエルミリディナがげんそうな表情を浮かべているのに気が付いた。


「なんか途中から変なの混じってないかしらぁ?」


 不快だっただろうかと心配したが、どうやら怒っているわけではないようだ。


「確かにそうですね……。元の伝承だとどうだったか分からないですが、物語に登場する吸血鬼は敵役であることが多く、かつ非常に強くて人間では正攻法せいこうほうたおすのが難しいので何とか弱点をいて退たいする――といった内容が多かった気がします」


 至誠の補足にエルミリディナは多少なりとも理解したような表情を浮かべるも、疑問のすべてが解消されたわけではないようだ。


「なぜニンニクなのかは疑問だけれど、確かに嗅覚きゅうかくへの攻撃って地味じみにキツいものね。人だって下手したら強烈きょうれつにおいだけで死ぬことだってあるわけだし。――あと気になるのはやっぱり処女童貞は血を吸われたら吸血鬼になるってくだりねぇ。つまり、私も吸血鬼になれるってことじゃないかしらぁ?」


 エルミリディナはなぜか期待のまなざしを向けると、リネーシャは肩をすくめため息交じりに答える。


「血を吸うことで人をこうてんてきに吸血鬼にすることなど不可能だ。吸血鬼も人と同じようにもり子をす。もし仮にシセイの言った方法で同族を増やせるとしてもだ、エルミリディナは処女ではないのだから無理だ。あきらめろ」


 そんな一刀両断いっとうりょうだんにエルミリディナは目をかがやかせ身を乗り出すと、至誠の前をえてリネーシャに言い寄る。


「それじゃあ仕方がないわね! リネーシャ! 普通に子作りするわよ! どっちがもるべきかしら? いつ作りましょうか? なんだったら私は今からでも一向に――」


 呆れたようなジトッとした表情のリネーシャは、エルミリディナの額を指ではじく。


「不可能だ。検証するまでもない」


 デコピンを入れられたエルミリディナの体は勢いよく吹き飛び、至誠が目で追ったときには元の席に戻っていた。


「いいじゃない、検証だけでもしましょ! 検証だけでもっ!!」


 再度リネーシャに言い寄るエルミリディナだったが、先ほどと同じ挙動で席に戻されていた。


「ぐっ……。せいてんかんのアーティファクトが使えたら……勝手に無効化するこの身がにくらしいわっ!」


 エルミリディナは悔しそうな表情を浮かべつつ、なぜか熱くこぶしにぎっている。



「話を戻すぞ。――シセイの語る吸血鬼像は、確かに『私』とは違うようだ。だが決してまとはずれというわけでもない。例えば日光だ。私は生まれつき高いたいせいを持っていたが、他の吸血鬼は日光を苦手としていた。日光を浴びた瞬間に死ぬようなことはなかったが、炎天下に半日もいれば人でいうところの重度の火傷やけどのようになる。個人差があるが、日光によるダメージを放置すると命に関わることもおうおうにしてあった」


「へぇ、私はリネーシャ以外の吸血鬼を見たことないから吸血鬼が日光に弱いなんてイメージできないわねぇ。まぁでも、確かに夜行性ってイメージはあるかしら」


 至誠よりも先にエルミリディナが興味深そうに相づちをうつ。


「『流水を渡れない』というのも近い事例がある。幼少期の吸血鬼はまだ身体の構造が不安定で、水に入ると体を構成する血液が溶け出し、溶けきると死んでしまう。特に流水の場合はその進行が極めて早く、豪雨ごううにうたれたり川に落ちたりして死んだ幼い吸血鬼もいたな。故に私も幼少の頃には川に近づくことも雨の日に外に出ることも禁止されていた」


 もっとも、たいていの場合は成長すればこくふくするが――と補足していると、エルミリディナがぼそりとつぶやく。


「はぁ……リネーシャの幼少期かぁ……なめ回したいわねぇ」

「エルミリディナ、次に余計よけいな口をたたいたらほうはなしだ」

「おくちい合わせましたぁ!」


 エルミリディナは、お口にチャック――のような身振りと言い回しをして、背筋を伸ばした。


「ニンニクや銀の武器についてだが、こちらは吸血鬼との関連性は思いつかない。銀というのがミスリルのことを指していたとしても同様だな。加えて『吸血鬼を殺すためには首を切り落とす、心臓をつらぬく』と言ったが、それは大半たいはん生物せいぶつが当てはまる。吸血鬼に限定する理由が見当たらない」


「その辺りは、吸血鬼は他の生物と違い首や心臓以外の傷をすぐに再生してしまうから――という理由があったと思います。銀の武器に関しても再生を阻害そがいするとか――という感じで扱われることが多かった気がします」


「なるほどな。だがどちらにせよ吸血鬼に限定する必要性はあまり感じられない。首や心臓以外でも簡単に殺せた吸血鬼もいれば、私は首や心臓を失ったところで死にはしない」


 サラッと恐ろしい台詞を聞いて至誠がぎょっとしている間に、リネーシャはさらに言葉を続ける。


「体をコウモリに変化させるのは、通常の吸血鬼ならば難しいな。私ならばできなくはないが……わざわざコウモリに限定する必要性は感じられない」


 リネーシャの説明に、ミグが「それはアレじゃないっすか?」と混ざってくる。


「コウモリの中には吸血習性のある種類がいるんで、そこから連想して吸血鬼と関連付けられたんじゃないかと思うんっすよね。たぶん言い出したのは吸血鬼側じゃなくて一般人側でしょうし」

「シセイはどう思う?」

「そう言われると、確かにその可能性が高いと思います。あくまで伝承上の存在で、存在が確認されていたわけではないですし」


 至誠がミグに理解を示していると、リネーシャは「最も気になるのは――」と別の点を挙げる。


「『極度きょくど十字架じゅうじかおそれる』という要素ようそだな。――念のために確認するが、十字架ははりつけだいという認識で問題ないか?」

「あ、いえ。元々は磔台のことですが、キリスト教のシンボルとして広く使われていたのが十字架です。……あ、えっと、キリスト教はご存じですか?」

「いや、はじめて聞く名称だな。宗教の名称か?」

「はい。日本ではそこそこ……くらいの規模でしたが、世界的にはメジャーな宗教のひとつでした。――たしか、吸血鬼の伝承が残っていたのはキリスト教が根強い地域だったと思います」


 至誠の説明に、リネーシャが「ああ、布教ふきょうに取り込まれたパターンか」と納得した表情を浮かべる。


「だがそれを差し引いたとしても『至誠の知る吸血鬼像』と『私の知る吸血鬼の特性』が当たらずとも遠からずなのは面白いな」


 リネーシャは椅子に深く座り直し、さらにたのしそうに口角こうかくが緩む。

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