第五話

「その前に改めて名乗っておこう。リネーシャ・シベリシスだ。レスティア皇国というちんけな国の皇帝をしている」



 リネーシャの言葉に、真っ先にエルミリディナが噛みつく。



「あら、ちんけは余計よ?」



 しかし、その口調に叱責や不快感は含まれていなかった。


 あくまで日常会話における冗談やその延長であり、心知れた間柄のじゃれ合いのような空気に近い。


 至誠がそう感じていると、リネーシャはエルミリディナに対して鼻で笑うようにあしらった。


 エルミリディナの方を見てみるが、やはり嫌そうな表情はしていない。


 リネーシャが言葉の続きを口にしたので、至誠は視線を彼女に戻し耳をかたむける。



「種族は吸血鬼で、三千年ほど生きている」


「えっ……」



 少女は自らを吸血鬼だと名乗る。

 それも三千年も生きていると。


 それほどの長生きな吸血鬼は映画や小説でも滅多に聞くことはないだろう。


 だが待って欲しい。吸血鬼などと言う生物は存在しない――それが至誠の常識であり、基本概念だ。


 そのために、疑うような目を無意識に向けていた。



「どうした?」



 至誠のそんな表情に気付くと、リネーシャは興味深そうにのぞき込んでくる。



「い、いえ――吸血鬼って、あの吸血鬼ですか? 血を吸って仲間を増やしたり、日光や銀、十字架に弱いっていうあの吸血鬼――ですか?」



 真っ向から「吸血鬼なんて存在しない」と言って良いのか分からず、確認するように質問に質問で返す。


 そんな至誠の問いかけに、リネーシャは何かを勘繰るような表情を浮かべる。


 数間を置き、リネーシャの視線はエルミリディナへ向けられると、言葉を引き継ぐ様に質問をさらに返される。



「日本にも吸血鬼がいたって事かしらぁ?」



 リネーシャは視線を向けたまま口を挟まず、至誠の返答を注視している。



「……いえ。えっと……いたっていうと語弊があります。伝説上の存在、あるいは空想上の存在と言ったら伝わりますか?」



 エルミリディナは髪の毛を指先にからませながら質問を継続する。



「その伝説は周知されているような話なのかしら? それとも、シセイが特別に知っている事かしら」


「吸血鬼と言えば……そうですね。世界的にも有名ですし――伝説や伝承に興味がない人は除きますが――世間一般的な知名度としてはかなり高い伝承ですね。様々な作品の題材になってましたし」


「なるほどねぇ。……でも私たちが知っている吸血鬼とは特徴が少し違うわね。仲間を増やすってのはどういうことかしら?」



 吸血鬼と言っても作品によって特徴は様々だ。

 故に至誠は、自身の記憶にある吸血鬼像が正しいものなのかの自信は無い。


 それでもここで話の腰を折る気にはなれず、知っている範囲の知識で答えることにした。



「僕も詳しいわけではないですが、血を吸われた相手も吸血鬼になる――あ、いや、それは処女や童貞だけだったかな? それ以外は屍食鬼グールという化け物になって吸血鬼に支配される――とかそんな話だったと思います」


「あら、じゃあ私も吸血鬼になれるのかしら。――ねぇ?」



 代わりにエルミリディナが話の腰を折り、リネーシャに対し意地悪でおちゃらけた表情を向けた。



「仮にそうなったとして、今と何も変わらんだろう」



 リネーシャはそう一蹴すると、別の質問を投げかけてくる。



「――シセイ、十字架とは磔台の解釈で合っているだろうか?」


「磔? ……ああ、はい。十字になった磔のことで、そこから縦と横に交差する模様――シンボルと言った方が正確かも知れません」


「そのシンボルに弱いというのは何か理由が?」


「たしか……吸血鬼が主にキリスト教圏の伝説なので、そこの宗教的な象徴である十字架が弱点として普及したんだと思います」


「なるほど。そのキリスト教というのはニホンにおける宗教だろうか」


「信仰している人もいましたけど、日本ではそこまで多くなかったと思います。ただ世界的に見れば、非常に大きな宗教の一つだったのは間違いないです」



 分かる範囲でキリスト教について聞かれたので、至誠は知識を掘り起こすように眉間に皺を寄せながら答える。



「イエス・キリストという人物を神として祀っている宗教です。あっ、神の子だったかな……。僕は無宗教でしたし、正直、あまり詳しくはありません。それに、様々な創作物の題材として使われる事があったので、そちらの知識とごっちゃになっていると思います」



 なるほど――とリネーシャが口にするが、いくつか疑問を飲み込んだ様子だ。


 その理由として、全ての事を聞いていくと話の本筋から逸脱しすぎるからだろう――と至誠は解釈した。



「ラザネラ教みたいなものかしらねぇ」



 ふとエルミリディナは呟く。

 それは誰かに投げかけたものではないと分かっていたが、反射的に至誠は問いかけた。



「ラザネラ教……?」


「ラザネラって畜生を崇める酔狂な宗教があるわぁ。特定の人物を崇めると言う意味では、そのキリスト教と近いかもしれないわね。ただまぁ、ラザネラ教は世界の三割四割を勢力下に治めているから、何かと面倒なのよねぇ」



 至誠は世界中の宗教を知っているわけではない。

 世界的に有名な宗教といえば、キリスト教、ユダヤ教、そしてイスラム教だろう。


 しかし、ラザネラ教というのは聞いたことがなかった。


 世界の三割から四割もの広がりを見せている宗教で、まったく耳にしたことのないなんてあり得るのだろうか――至誠はそう怪訝さを表情に浮き上がる。


 逆もしかりだ。


 信者でなくとも、キリスト教そのものを知らないという人はほとんどいないのではないだろうか。

 だが彼女らはキリスト教をまったく知らない素振りだ。

 そんな事があり得るのか。あるいは意図して隠しているのだろうか――至誠の脳裏では思考が加速を始める。



 だがリネーシャは、話を打ち切るようにエルミリディナに告げる。



「宗教の話は何かと長くなる。今は後回しだ」



 至誠へ視線を戻すと、話題を吸血鬼の弱点まで戻した。



「吸血鬼が日光に弱いのは確かだ。皮膚が弱いからな。日光を長期間浴びることで人は皮膚に炎症を起こすが、吸血鬼は体内まで影響が届く。そのため血液の劣化や損傷が起こり、場合によっては生命活動に支障が出るほどの機能障害を引き起こす」



 日光というよりは紫外線による影響をもろに受けるのだろうか――至誠はそう考えるが、しかしその程度だ――と、リネーシャは続ける。



「いくらでも対応する方法はある。弱点と呼ぶにはいささか弱いな。だがシセイの知る吸血鬼にとっては弱点と呼べる程だったのだろうか?」


「えっと……そうですね。そういう話が多かった気がします。日光に当たった瞬間に灰になって死んでしまう、と言った感じで」


「なるほど。では銀に弱い理由はなんだろうか?」


「どうなんでしょう。その辺りは詳しくないですが、もしかしたら弱点と言うよりも嫌っていた程度――だったかもしれません」


「では、先に述べたキリスト教にとって重要な意味を持つ物質という線はどうだ?」


「……思い出せる限りでは、そう言った話は聞いたことないですね」



 そうか――と呟くと、リネーシャは謝罪を口にする。



「すまない。この話も長くなりそうだ。先に他の者の紹介を済ませよう」



 仕切り直し、至誠の視線をエルミリディナへ誘導する。



「こいつはエルミリディナ・レスティア。我がレスティア皇国の第一皇女だ。種族は人だが、不老不死を獲得した化け物だ」


「化け物筆頭のリネーシャには言われたくないわねぇ。それに私は千年ちょっとしか生きていないもの。そっちからしてみたら、まだまだ子供みたいなものでしょ」



 三千年生きる吸血鬼の皇帝。

 千年生きる不老不死の皇女。


 ――まるでおとぎ話だ。


 それが至誠の率直な感想だった。



 改めてこれが夢なのではないかと脳裏に過ぎる。



 しかし、彼女らを捕らえる視覚も、耳に飛び込んでくる幼さを残す声音も、先ほど口にしたスープの味覚嗅覚も、食器を手にした触覚も夢とはとても思えない現実味ある感触だ。




 今はあらゆる可能性を考えつつ、それでも目の前の状況の変化を見逃すべきではない。


 そう至誠の心の中にある冷静さが訴えかけ、我に返る。



「どうした?」



 頭を落ち着かせるよう首を軽く振る仕草に、リネーシャが気付きそう問いかけてくる。



「ああいえ。吸血鬼や不老不死と言われて、ちょっと半信半疑というか――日本には実在してなかったので」



 なるほど――と理解を示し、リネーシャは緩やかな腕の動きで、別の人物を指し示す。



「では魔女はいたかね?」



 その先にいたのはテサロだ。



「彼女はテサロ・リドレナ。種族は魔女で、年齢は……四〇〇歳程度だったか?」


「三九六歳に御座いますよ。まだまだ陛下に比べれば幼子おさなごで御座いましょう」



 そんな事はないぞ――とリネーシャの肩がわずかに上下し戯笑ぎしょうを浮かべる。



「――それで、魔女は日本にいただろうか?」


「いえ。魔女も聞いたことありますが、吸血鬼と同じで主にキリスト教圏で伝わる伝承の存在ですね」


「なるほど、またキリスト教か。そちらの話は後ほど改めて詳しく聞かせてくれ」



 今度は脱線せず、玉虫色の髪をした少女を指し示し、次の人物へ紹介を移す。



「テサロは今回、シセイの肉体的損傷を回復させるのに大いに活躍してもらった。同時にそれを補佐したのが彼女、リッチェ・リドレナだ」



「よろしく」



 リネーシャの紹介を受けて視線を向けると、リッチェは淡泊さと緊張を半分で割ったような口調で会釈する。



「テサロの娘で、同じく魔女だ。年齢は一七。まだまだ荒削りの見習いではあるが、非常に優秀な子だ」


「今回無理をお願いして同行させて頂きました。陛下の寛容さに改めて感謝を」



 リネーシャに対しては深々と頭を下げる。


 外観だけで見るなら、年齢はリッチェの方が年上に見えるだろう。


 しかしリネーシャは一見子供だが、中身は悠久の時を生きる吸血鬼の皇帝。

 その言葉に偽りがなければ、確かに周りの物腰も腑に落ちると至誠は感じた。



「さて、スワヴェルは戻ってきてからでもいいだろう。後はミグだな」



 そうリネーシャは至誠の方へ視線を向ける。いや、至誠の胸元辺りに視線は集中している。



「ミグ、状況報告を」


『異常反応はひとつもないっすね』



 不意に聞こえた言葉は耳から感じた音ではなかった。

 まるで耳を塞いで自分の声を聞いたときのような、あるいは頭に直接響くような不思議な感覚だ。


 至誠は何が起こっているのか分からず、眼球運動で周囲へ軽く目を配るが、声の主は見当たらない。



『ただまぁ、念のために副次臓器はこっちに残しますんで、陛下に預けてる方を返して貰ってもいいっすか?』


「ああ。生体構成に必要な分も一緒に持っていけ」


『了~解っ』



 会話が収束すると、リネーシャは右手を軽く握り、至誠とは反対方向へ突き出す。


 直後、拳の隙間からドッとあふれ出したのは赤黒い液体だ。


 それが肉体から流れ始めたために至誠は血だと直感する。



 びっくりして椅子から立ち上がり半歩後ろに下がりかけたところで、エルミリディナに両肩を抑えられる。



「大丈夫よぉ。安心して?」



 至誠の気づかないうちに彼女も立ち上がり、蠱惑こわく的な囁きを耳元で放つ。


 反射的にエルミリディナの方を振り向くと、一つの違和感があった。


 目線が同じ高さにある。


 身長が一七四センチメートルの至誠と、一四〇センチメートル台のエルミリディナでは、立ち上がった状態での目線の高さは同じではない。


 椅子の上に立っているのかと一瞥すると、彼女は重力に逆らうように身を浮かせている。


 しかし滝のように流れ出る血糊の音が耳に付くと、我に返り視線を戻した。



 その出血量は、その小さな体よりも明らかに多い。


 だがリネーシャは全く意に介していない様子だ。



「ん~あ~っ」



 直後に聞こえてきたのはそんな若い女性の声だ。

 それが先ほど頭に響いた声質と同一であることを、至誠はすぐに認識した。



 声の主は流動する血液をまるでスライムのようにうねらせ、肉体らしき部分が形成する。

 人の筋肉形状を模した形状で落ち着くと、顔もまた人と違わない造形を成す。


 だが皮膚は見当たらず、全てが血の塊だ。



「いや~、今回はうちが一番頑張りましたよね~」



 口の形状が開閉すると、人と同じように言葉を発しているように見受けられた。



「そうだな、お前がいなければ蘇生の確率が大幅に下がっていただろう」


「でしょでしょ~? 帰ったらご褒美の話、進めちゃいますね~」


「例の予算の件なら考慮しよう」


「いぃやっほぅ!」



 血液の塊は歓喜の声を上げながらガッツポーズを掲げた。


 人に例えるなら、体格は二十代前半ほどの女性だ。


 その外観は人のシルエットと特段変わらない。



 しかし決定的に違うのは、豊満な胸や指先、髪の先端に至るまで、その全てが赤黒い血液でのみ構成されている事だ。



 どのように目の前の現実を理解すれば良いか分からず至誠は呆然とする。

 その間に彼女は、リネーシャの背後をぺちゃぺちゃと通り、至誠の目の前まで歩み寄ってくる。



「いや~、こういう外観してると、初めての人はびっくりしちゃうよね~」



 毎度のことだと言わんばかりの慣れた口調で至誠に話しかけてくる。



「私はミグ・レキャリシアル。流血鬼りゅうけつきっていう種族なんだけど、結構希少種っぽくってあんまり知名度ないんだよね。でもま、取って食べたりしないよ。よろしく!」



 そういいつつ、左腕で握手を求めてくる。


 至誠は驚愕から、思考が一時停止していた。


 その間にエルミリディナが皮肉を挟む。



「驚いたのは貴女の外見じゃなくてぇ、いきなり全裸で握手を求める変態さについてじゃないかしらぁ?」


「あっ! しまった。……いや~潜ってると服装を気にしなくていいから、つい忘れちゃうんですよね~」



 大きくリアクションをとりつつ辺りを見渡すが、どうも羞恥心を感じている様子はない。


 直後、ミグの体の表面が黒く変色していく。


 それは大規模な凝血と表現するのがもっとも近い。

 まるで肌インナーでも着ているかのように胴体が黒く変色し終える。


「ま、とりあえずこれでいっすよね」


「それは服じゃないって結論は出てたはずだけどねぇ。――まぁいいわぁ」



 エルミリディナが薄笑いを浮かべつつ、肩をすくめ諦めた口振りで呟く。



「ってことで、改めてよろしくね」


「は……はい」



 至誠はどうするべきか判断が付かなかったが、直感に従い、再度差し出したミグの手を取った。


 その行動は深く考えての事ではない。

 むしろ勢いに押された為だろう。


 少なくとも握手は何の変哲もなく終わった。


 その感触は人の手と言うよりも水風船に近い印象だ。

 手に血が付着することもなく、それ以外に気になるところすら見当たらないほど、変哲のない握手を終える。



 ミグが満足したように笑みを零し、リネーシャの右隣の席に着いた。

 



「では改めて、話を情報交換へ移そう」



 見計らったようにリネーシャが本題を進める。



「シセイからしてみたら、吸血鬼も不老不死も魔女も架空の存在。あるいは未知の存在という認識。反応を見るに、流血鬼も同様のようだな」



 至誠は我に返ると、リネーシャの言葉を脳裏で整理しながら返答する。



「えっと――いえ、その流血、鬼? の事は知らないです。吸血鬼とは違うんですか?」



「吸血鬼と近しい種族だな。最大の違いは、吸血鬼が他者の血を吸い取るのに対し、流血鬼はそれに加え、他者の体内に潜り込む事ができる点だ。一説では、吸血鬼からさらに進化した種族であるとも言われている」



 ミグが謙譲けんじょうの美徳だと言わんばかりのドヤ顔を浮かべ口を挟む。



「いや~、仮にこっちの方が進化した種だとしても、神格の強さを持つ陛下には手も足も出ないですけどね~」



 ともあれ――と、リネーシャはミグの話には触れず、話題を修正する。



「聞き方を変えよう。シセイ、君の種族は人かね?」


「えっと、はい。そうだと思います。『人』の定義にもよりますが」



 吸血鬼や魔女がいると主張する彼女らの人の定義と、日本における人の定義が同一とは思えなかった。


 そのため、至誠は言葉尻に補足を付けた。



「シセイを蘇生する際にその肉体を調べたが、人の特徴とほとんど相違ない。外観、部位、臓器――全てが人の許容値内だ。ただ一点を除いては」



「……一点、ですか?」


「オドに対する反応が一切みられない」


「――オド?」



 オドと言えば、アニメやゲームでよく使われているファンタジー的なエネルギー物質だっただろうか――と至誠は考える。



「オドとは大気中に多く存在している物質で、呼吸と共に体内に取り込まれ様々な悪影響を及ぼす。理解が難しいならば毒のような存在を思い浮かべて貰えばいい」



 至誠は大気中の汚染物質のようなイメージを浮かべた。

 九州地方は中国からの汚染物質だの黄砂だのがよく飛来していた為だ。



「これは人も吸血鬼も、人類に分類される全ての種族が有害な反応を示す」



 今ひとつ理解が及んでいなかったが、リネーシャの言葉に引っかかりを覚える。



「吸血鬼も『人類』なんですか?」


「定義上はそうだ。人から進化、あるいは変異した種族は五つに大別される。鬼人きじん魔人まじん獣人じゅうじん亜人あじんの四つで、吸血鬼は鬼人系統、魔女は魔人系統からさらに細分化した種族だ。そして五つ目の人は、別名『純人』や『始祖人』とも呼ばれる」



 至誠の中の吸血鬼や魔女は、人とは違う化け物のイメージだ。

 しかし彼女らの定義によれば、人の進化の延長線上にいるらしい。



「人を含め、人から枝分かれした種族は必ずオドの影響を受けてしまう。だが同時に、悪影響が及ぶ前にオドを分解する機能が生まれながらに備わっている」



 至誠はその説明を、自分の理解できる例え話で再構築する。



 大気中には見えないだけで様々な菌やウイルスが浮遊している。

 だが日常においては体内に侵入されたとしても、白血球などの体に備わった免疫力によって症状が出ることは少ない。

 ウイルスは人体に害を及ぼすが、それに対して抵抗力を持っている。


 それに近しい状態なのだと至誠は考えた。



「ごく希にオドの分解不全の症状を持って生まれる者もいる。だがその多くが赤子で死に至り、残りも他者の介助によってオドを分解してもらう必要がある」



 至誠の脳裏に過ぎったのは、免疫不全症候群だ。



「つまり、僕もこのままだと病気になったり、死ぬかもしれない――って事ですか?」



 そんな考えが、至誠の不安を一気に増長させるのを自覚した。

 だがリネーシャは「そうではない」と、即座に否定した。



「そもそもオドによる悪影響を受けていない様子だ。我々と同様にオドが吸収されているが、それらは蓄積されるのみで、なぜか一切の悪影響が発現していない」



 驚喜と語るリネーシャは、実に生き生きとした表情をしている。



「逆に言えば、魔法も鬼道も使えないって事なんだけどねぇ」



 言葉につられ振り向くと、逆にエルミリディナは残念さが顔ににじみ出ている。



「えっと、鬼道というのは?」



 魔法ならば至誠にもなんとなくイメージがつく。


 鬼道という特殊能力の漫画もあった気がしたが、魔法に比べてどうもネームバリューは低く、すぐには思い出せなかった。



「ニホンには存在してなかったかしらぁ?」


「はい。魔法も空想の産物で、実在しているのは聞いた事がないです」


「魔法と鬼道は、様々な事象を作為さくいするために体系化した学問――と言えば伝わるかしら?」



 至誠が首を傾げていると、リネーシャが補足を入れる。



「便利な力だ。物を持ち上げたり、身体機能を強化したり等――戦争から日常生活にまで多岐にわたる技術だ。――だが言葉で説明するのは難しいな。ただひとつ確実なのは、魔法を使うためには『マナ』が、鬼道を使うためには『エス』が必要になる。マナやエスは体内に蓄積されるエネルギー体だが、これはオドを分解した際に発生する副産物だ」



 そのため、そもそも『オド』を分解していない至誠には『マナ』も『エス』も存在しておらず、魔法や鬼道を使う事ができないということらしい。


 それらが使えないことだけを今は覚えておけばいい――との口調でリネーシャは話題を先へ進める。



「それよりも確認したいのは、『ニホンに人以外の種族が居たか』という点だ」


「えっと。その『人以外の種族』の定義ってのは、さっきの人から派生した種族のような――ということですか?」



 リネーシャが肯定し、問いかけに犬や猫などの動物が含まれないことを理解する。



「そうですね……それだと、人だけ……ですね」



 その問いかけにもっとも近い動物として、チンパンジーやゴリラなどの類人猿が挙げられる。


 しかし知能指数は、人のそれとはまるで違う。



 彼女の問いかけは『人に進化した種』ではない。『人から進化した種』の話だ。

 ならば、人以外に存在しないと答えるのが最も適切だと至誠は考えた。


 現に、日本では吸血鬼も魔女も実在していないのだから。



「動物――犬や猫ならいましたが」



 至誠は念のため、問いかけの解釈が間違えていた場合に備えて補足もしておく。



「なるほど」



 だが問題は無かったようで、リネーシャの表情は確信めいた笑みを浮かべていた。



「ニホン以外にも国があったような口振りだったが、もしそうなら他国はどうだろうか?」



 問いかけの内容は先ほどと同じだ。

 人以外の人から進化した様な種族がいたかどうか。



「いえ、聞いたことはないです。神話や伝説でそういう話はたくさんありましたけど、実在しているのは聞いた事がないです」



「まさか――」



 エルミリディナが何かを考えついたらしく、唖然とした表情で不意に言葉を漏らす。



「暗黒時代の住人ってことかしら?」



 現在進行形で考えを巡らせているらしく、少し詰まらせながら提唱する。


 周囲はその成り行きを見守るように視線を向けていたが、リネーシャだけが唯一同調した。



「ああ、符合点は多いな」



 リネーシャは何かしら確信めいた表情をしている様子だ。

 エルミリディナは驚愕の表情をうかがわせるが、すぐに愉悦さで上書きされた。


 同時にテサロとミグの表情にも明らかな驚き模様が浮かび、至誠へ視線を集めた。

 唯一リッチェは理解できていない様子で、視線をしきりに動かしていた。



「えっと、その暗黒時代というのは?」



 彼女たちが何を考えているのか至誠には分からない。

 しかしその考えが、現状を説明しうる可能性があるのであれば問いかける以外の選択肢はなかった。



「あくまで一つの仮説だが――。一言で説明は難しいな。……だが、そうだな……。シセイでも理解出来るよう、かいつまんで説明しよう。これは神話や伝説・伝承といった類いの話だ」



 そうリネーシャは足を組み直し、ゆっくりと語り出す。



「――曰く、この世界は過去に二度、滅びている」

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