[5]皇帝ならびに第一皇女

 扉を開け入ってきたのはテサロだった。彼女も部屋に入るとすぐに脇に避け、次に入ってくる人物に頭を下げる。


「ん~っ! やっと今回のえんせいも終わりねぇ」


 そう伸びをしながら入ってきたのは、初めて目にする少女だった。年端は一見するかぎり中学生くらいだろうか。


 ぱっつんの髪は真っ白で、さらに純白のドレスで着飾っている。肌は薄らと血液の色が浮かぶ影響で髪やドレスと比べると純白ではないがそれでも充分に色白だ。そしてひとみは、宝石とまがうほどきらびやかにとおそらいろをしている。


 彼女とは初対面だが、至誠はその姿に心当たりがあった。直接見るのは初めてだが、彼女はアルビノと呼ばれる特徴に酷似している。


「結局私の出番ほとんどなかったわね。ひまで逆に疲れたわぁ」


「疲労とはえんだろう」


 アルビノらしき少女の愚痴ぐちに対し、リネーシャが軽口で返す。


「だとしても気はるものよぉ? リネーシャも相手してくれないしぃ」


 肩をすくめ、少女はリネーシャへの不満を口にする。その語調ごちょうは端から見ても気心きごころ知れた相手への冗談だと分かるもので、からかってはいるが嫌みたらしくない。


 その間にアルビノの少女は歩み寄ってくると、至誠をなめまわすように見下ろす。


 彼女の身長はリネーシャよりも一回り大きいがリッチェよりも小さい。目算で140㎝台。椅子に座っている至誠は少し見上げなくてはならない身長だ。


「あら、こうして直接見てみるとわいい顔をしてるわね」


 少女はひとしきり至誠の容姿を見つめ、にっこりとほほみ感想を口にした。められたのかと思ったが、そのひとみ獲物えものを見つけた肉食獣にくしょくじゅうのように見えた。


 どう返すのがいいのか悩んでいると、少女の方から名乗り、そしてこうを差し出してくる。


「エルミリディナ・レスティアよ。貴方あなたは?」

「――えっと、初めまして。加々良至誠です」


 違う文化圏で育っていればあるいは違ったしょを見せたかもしれない。しかし至誠は日本人で、手を差しだされた際は握手あくしゅを求められていると感じるのが脊髄せきずいみこんでいた。


 もしかしたら違ったかもしれない――と気がついたのは、悪手してしまった後だ。


 ――どうするのが正解だったんだろう? こう、手の甲にキスする感じに? ……いや、それはない。というかできない。日本人にそれはみがなさ過ぎて無理だし、もし間違っていたら最悪だ……。


 そんな懸念けねん杞憂きゆうだったか、エルミリディナに気にしているりはなく、むしろ積極的に会話を掘り下げる。


「カガラシセイ……。ん~、どう呼べばいいのかしら?」

「こちらでは家名では呼ばないと聞いたので『至誠』で大丈夫です」


 先ほどと同じように答えると、エルミリディナは「そう」と笑顔を浮かべる。


「じゃあシセイ、よろしくね。私はエルミリディナ・レスティア。エルミリディナで構わないわぁ」


「えっと。はい。よろしくお願いします。――エルミリディナさん」


 一見するとエルミリディナは年下のように思えるが、立場や身分も分からず、かつ女性をいきなり呼び捨てにするようなことはできなかった。


「ところで、『カガラ』が家名でいいのよね?」


「はい。『加々良』が苗字みょうじです」


「家名の方が先に来るのねぇ。レスティア皇国ではそういう順番の名前は珍しいわね」


 至誠にとってそのあたりは欧米文化おうべいぶんかとの違いとしてよく聞くところなので特に不思議にも思わなかった。


 それよりも別の疑問が頭をよぎる。


「レスティア皇国……?」


 その国名を最初に口にしていはのはテサロだ。彼女はレスティア皇国から派遣されてきたと言っていた。


 そして目の前の少女――エルミリディナの家名はレスティアだという。


「こう見えても私はレスティア皇国第一皇女で、レスティア皇国は私が所有する国ってことになるわね」


 エルミリディナはようえんな笑みを浮かべながら、自身が皇族だと名乗る。


 その真偽は至誠には分からない。もし仮に全ての話が真実だとして、皇族といった身分の人が目の前にいる理由が分からない。


 リネーシャさんも年齢の割に高い地位にいるのような雰囲気だし、もしかして本当に彼女たちの身分が高いのだろうか――と勘繰る。


 だが至誠は頭を振り、今は考えても仕方がない――と諸々を片間の隅に追いやり、今できる事をするべきだと自分に言い聞かせる。


「えっと……皆さんには助けていただいたみたいで、ありがとうございます」


 エルミリディナの身分が一番上なのだとすれば、今一度感謝を伝えておいた方が無難で、不足するよりは少し過分かぶんなくらいがちょうどいいだろう――と至誠は考える。


 エルミリディナは至誠の左隣の席に座りながら「お安い御用ごようよ」と微笑ほほえむ。


「顔も可愛かわいいし、きちんとお礼の言える子は好きよ、私。――ねぇリネーシャ、私がもらっていいかしら?」


「ダメだ」


 人のことをもらうもらわないなどとぶっそうな会話が至誠の両隣の椅子で交わされる。


「えぇー、いけずぅ。――まぁいいわ。帰ったら満足するまでリネーシャに相手してもらうんですもの。一ヶ月もの禁欲生活はつらかったのよ?」


「知らん」


 リネーシャにあしらわれるエルミリディナは口をとがらせるている。


 そんな二人に挟まれてどのような言動をするべきか分からない至誠が困った表情を浮かべていると、スワヴェルディが助け船を出してくれる。


陛下へいか殿下でんか。シセイ様がいっそう困惑していらっしゃいますよ」


 スワヴェルディの進言しんげんにリネーシャは肩をすくめ、エルミリディナはなんとも思っていないような雰囲気をかもしている。


 話にはついて行けなかったが、そのやりとりを見ていると、皇族を名乗るエルミリディナに軽い口調で返すリネーシャもまた少なくともそれだけの立場だと類推るいすいすることができた。


「……ん? 殿下というのは、第一皇女のエルミリディナさんのこと……であってますか――? なら、陛下というのは……」


 至誠が疑問をそのまま口にすると、なぜかエルミリディナが自慢げに答えてくれる。


「リネーシャのことよ。リネーシャには私の国を貸してあげているの。だから肩書きとしては皇帝こうていね」


 命を助けてもらったと思えば、その人物がこっげんしゅでした。などと言われてすぐに受け入れられるはずもなく、至誠は言葉を失ったまま固まった。


 その間にリネーシャは別の誰かに声をかける。


「ミグの方はどうだ? 問題ないか?」


 その言葉は至誠に向けられているが、至誠本人を見ているわけではない様子だ。視線を落とし、腹部の方へ向いている。


『特に報告すべきことはないっすね~。おなかもすいたんでご一緒しますよ~』


 その声は至誠にも聞こえた。だが不思議と『音』として聞こえてこなかった。耳をふさいで声を出したときのような、直接脳裏に響くような不思議な聞こえ方だ。


「もし観測に変化があったら報告しろ」


『ちょっ! 待って下さいよ陛下ぁ! ウチもおなかすきましたって! 一緒に食べますって! げんにウチの分の食事も用意されてるじゃないですかっ!』


 脳裏に響く声は若い女性のような印象を受ける。少しばかりお調子者のような雰囲気に感じたのは、リネーシャとのやりとりが原因かもしれない。


「別に食わなくとも問題はないだろう?」


『栄養的には問題ないですけど! でもしい食事をとらないと精神力が回復しなんっすよ!』


「なら念のため核はそのままだ。預かっていたふくぞうの方を返すぞ」


『りょーかいっ!』


 会話が収束すると、リネーシャは右手を軽く握り、至誠とは反対方向へ腕を伸ばす。


 直後、こぶしすきからドッとあふれ出したのは赤黒い液体だ。


 至誠にはそれが『大量の血液』に思えた。

 びっくりして椅子から立ち上がり半歩後ろに下がりかけたところで、エルミリディナに両肩をおさえられる。


「大丈夫よぉ。安心して?」


 至誠の気づかないうちに彼女も立ち上がり、蠱惑こわく的な声音こわねささやく。


 リネーシャの出血量しゅっけつりょうは、明らかにその小さな体よりも多い。失血死しっけつしになるどころの話ではないが、当の本人は全くかいしていない様子だ。


「んぁ――っ!」


 直後に聞こえてきたのはそんな若い女性の声だ。それが先ほど頭に響いた声質と同一であることを、至誠はすぐに認識にんしきした。


 声の主はりゅうどうする血液をうねらせ、肉体らしき部分が形成する。その様がゲームでよくあるスライムを連想れんそうさせたが、次第に人体じんたいした形状で落ち着くと、顔もまた人と違わない造形ぞうけいす。だが皮膚ひふは見当たらず、その全てが血のかたまりだ。


「いやぁ、今回はうちが一番がんばりましたよね~っ!」


 人の形を成した血液からそんな声が聞こえてくる。

 その声音は、先ほどまで至誠の頭に響いていた声質と同一人物だ。よく見ると、人の口に当たる部分が、人と同じように声に合わせて動いている。


「そうだな。ミグがいなければ蘇生そせい成功率はそれなりに下がっていただろう」


「でしょでしょ~? 帰ったらごほうの話、進めちゃいますね~」


 言葉を失う至誠とは対照的に、リネーシャはさも当然のように言葉を交わしている。


「例の予算の件ならこうりょしてやろう」


「いぃっやっほぅ!」


 血液の塊はかんの声を上げながらガッツポーズをかかげた。


 それはまさに人とそんしょくないようそうで、けいせいされたよう姿は二十代前半ほどの女性のようだ。


 そう考えている内に、彼女はリネーシャの背後をぺちゃぺちゃと通り過ぎ、至誠の目の前まで歩み寄ってきた。


「っと、ほったらかしで勝手に盛り上がってごめんね! いや~、それにこういう容姿だと初めての人はびっくりしちゃうよね」


 彼女は毎度まいどのことだと言わんばかりのれた口調くちょうで至誠に話しかけてくる。


「ウチはミグ・レキャリシアル。流血鬼りゅうけつきっていう種族なんだけど、絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅっぽくってあんまり知名度ちめいどないんだよね。でもま、取って食べたりしないよ。よろしく!」


 そういいつつ、左腕で握手あくしゅを求めてくる。正確には左腕の形状をした血液の塊だ。


 至誠が思考力を取り戻すよりも早く、エルミリディナが皮肉を挟む。


「言葉が出ないのは貴女あなたの外見じゃなくてぇ、いきなり全裸で握手を求めるヘンタイさについてじゃないかしらぁ?」


「あっ、しまった! いや~、他人なかに潜ってると服とかを気にしなくていいからつい忘れちゃうんですよね。でもまぁ単なる露出ろしゅつなんて、殿下でんかに比べたらむしろせいですよ」


「あらそうね。じゃあ例の予算の件、こっちで凍結とうけつしておくわぁ」


「ちょちょちょ! 待って下さいよ皇女殿下様ぁ! 殿下ほど倫理観りんりかん道徳心どうとくしんを持った人格者じんかくしゃはいないっすよ! いやぁあこがれちゃうなぁ! さすがれんめいりんいんかいの会長をけんにんしているだけのことはありますわぁ!」


 部外者である至誠にまで伝わるほどの白々しいゴマすりを口にする。


「あら、分かってるならいいの。次に余計なこと言ったら流血鬼の性感帯せいかんたいがどこにあるか、ミグを被験者ひけんしゃとして実験するから」


「変な研究を立ち上げようとしないでくださいっ!」


 ミグがツッコミを入れている間、その体表たいひょうが黒く変色していく。


「――んじゃ、とりあえずこれでいいっすよね」


 それは凝血ぎょうけつと表現するのがもっとも近く、まるで黒いそでしのインナーと短パンでも着ているかのようにどうの一部が黒くなっていた。


凝血ぎょうけつは服じゃないって結論は出てたはずだけどねぇ。……まぁ、おおやけの場でもないし、今はそれでいいわぁ」


 エルミリディナがう呆れたように肩をすくめている。

 そんな彼女を尻目しりめに、ミグは相変わらずほがらかな笑みを至誠に投げかける。


「ってことで、改めてよろしくね!」


「は……はい」


 至誠はどうするべきか結論は出なかったが、再び差し出したミグの手を取った。その判断に至ったのは勢いに押されたとひょうするのがもっとも適切てきせつだろう。外観がいかん以外の第一印象が悪くなかったのも大きいかもしれない。


 その感触は人の手というよりも水風船に近い印象だ。


 手を離しても至誠の手に血は付いておらず、その不思議な感触に気を取られている間に、ミグは満足したように笑みをこぼし、リネーシャの右隣の席に座った。


「あと紹介していないのはリッチェか?」


 話が一区切りしたところで、リネーシャは視線を玉虫色の女性へと向けると、彼女は慌てて駆け寄ってくる。


「は、はいっ! まだきちんと名乗っていませんでした。リッチェ・リドレナです」


 リッチェは緊張した面持ちで至誠に対して頭を下げる。


「至誠です。えっと、リドレナということはテサロさんとは――」


「師匠であり、母になります」


 そう答える彼女の口調に変化は感じられなかったが、至誠は――あっ、これは他人が安易あんいれない方がいいな――とさっする。


 祖母と孫なら分かるが、これだけの年齢差があるにもかかわらず親子関係だとすれば十中八九訳ありだと至誠は感じた。

 例えばりのない親戚しんせきの子どもを引き取ったとか、ようえんみで親子となったとか、可能性はいくつかある。

 だが間違いなく言えるのは、初対面の相手が土足で踏み込むべき話題ではないということだ。


 そう、至誠が感じていると、それ以上のリッチェは言葉に詰まっている様子だ。


 やはりこれ以上この話は良くなさそうだ――と感じ、至誠は話題を変える。


「リッチェさんも、助けていただいたようでありがとうございます」


 至誠は話題を逸らしつつ、リッチェにも直接感謝を伝える。

 しかしこれまで他の人に言ってきた際と異なり、その表情に陰りが増したことに至誠は気がついた。


「――いえ。自分のような未熟者みじゅくものでは力不足を実感するのがせいぜいでした……」


 ――何か地雷を踏んでしまったかもしれない……。


 と至誠は後悔するが、何が地雷だったか追及するわけにも行かない。どう返したものか――と悩んでいると、先にリッチェの方が口を開く。


「それでは私は、引き続きお食事の準備を進めてまいります」


 そういってリッチェは戻っていった。


「すみません……今、マズいこと言ってしまいましたか?」


 と小声でリネーシャの方を向くと、彼女は「いいや」と気にした素振りなく否定し、理由をエルミリディナが引き継いで教えてくれる。


「リッチェはシセイの一件において自ら志願し参加したわぁ。でもリッチェが想定していたよりも求められるレベルが高くって、力不足を痛感しているのよ。だからシセイは気にしなくていいわ。こういった挫折は、自分で乗り越えないと行けない問題だもの」


 なるほど――と、彼女たちの関係性の一端を垣間見ていると、スワヴェルディがテキパキとした所作で食事の準備を整えていく。


 端から見ていると、確かにスワヴェルディとリッチェの仕事のスピードにはかなりの差があるようだ。


 ――確かにこれは、部外者が下手に口出さない方がいいやつっぽいな。


 と理解していると食事の準備が整う。

 至誠の左隣にリネーシャ、さらに左隣にミグが座る。

 右隣にはエルミリディナ、そのさらに右隣にはテサロが着席する。


 スワヴェルディはリネーシャと至誠の後ろに立ち、ワインボトルらしき瓶を手にしている。


 一方でリッチェは、配膳車の方でまだ何か作業をしている様子だ。


「さて諸君しょくん。夜も更けてきたが、日付が変わらないうちに食事にしよう」


 せいじゃくを破りリネーシャが口火を切る。いや、その静寂は彼女が口を開くのを周囲が待っていたことを物語っていた。


「まずは、ひと月半におよぶ任務をきんべんにこなしたことをねぎらおう。ご苦労だった」


 リネーシャの言葉は、至誠以外の全員に向けられていた。同時に、至誠とリネーシャ以外の面々は、手を太ももの上で組み、頭を下げる。


 それはリネーシャに向けられたものだと至誠もすぐに理解できたが、彼女の座っている位置が至誠の右隣のために少し居心地が悪い。


 同じようにした方が良いかとも考えたが、彼女たちの文化や風習がどうなっているのか分かっていない以上、下手に真似まねをするのはかえって失礼な気がした。


 かといって何もしないのもどうなのだろうかと感じ、どうするのが最適なのか考えているうちに周囲の頭が上がり、リネーシャが言葉を続ける。


「ではここから先は無礼講ぶれいこうだ。食事を楽しんでくれ」


 各々が料理に手を付け始めると、スワヴェルディはリネーシャのワイングラスに飲み物をそそぐ。ドロッとした赤黒い飲み物で、トマトジュースではないのは間違いない。


 ミグに目をやると、鶏の丸焼きらしき食事に手を付けている。

 手羽先に付けられた紙を持ち、足をちぎってから食べている。


 そうやって取って食べるためなのか――と思いながら他の人にも目を向けると、エルミリディナとテサロはナイフで鶏の丸焼きをきちんと切り取っていた。


 雑に引きちぎるのはミグだけのようだ。それに食べるのも速く、至誠が周囲に目を配っている間に既に足先が半分くらいになっている。


「どうした? 食べられそうにないか?」


 リネーシャがワイングラスから口を離しつつ、食事にまだ手を付けない至誠を案じる。


「あ、いえ。こういう種類のお肉は故郷こきょうにはなかったもので」


「シセイの祖国はニホンと言ってたかしら? そこでは鶏肉とりにくを食べる習慣はなかったのかしらぁ?」


 上品に肉を切り分けるエルミリディナが日本という固有名詞を口にして問いかける。おそらく見えないところでテサロから聞き及んでいるのだろう。


「あ、これ、とりなんですね……。日本でも鶏肉とりにくは食べてました。……ただ、翼が6枚もあるとりは……はじめて見ました」


「へぇ、面白いわね。普通、鶏肉と言ったら翼の枚数が多いほど高級なものなのに」


 まぁとりあえず食べてみなさいな――とエルミリディナにさいそくされたので、恐る恐るナイフとフォークを手に取る。ミグ以外の食べ方を参考にし、手羽先の肉を切り取り口に運ぶ。


「――っ!」


「どうかしら? 口に合わなければ他のを用意させるから、えんりょなく言いなさい」


「いえ、とてもしいです」


 シンプルにして率直な感想を口にし、反射的に笑みをこぼす。それほどごくじょうの肉質に思えたからだ。


「それじゃあ冷めないうちに食べてしまいましょう。おかわりもたくさんあるわよ」


「ありがとうございます」


「あ、おかわりオネシャス!」


 そんな会話の最中に、すでにミグは完食しておかわりを所望しょもうし、リッチェから受け取っていた。


 ほどよい肉質と焼き加減は、ジューシーで舌の中でとろけそうな感覚すら覚える。


 唯一の不満は――本気で不満に思っているわけではないが――炊きたての白米はくまいが欲しくなるという点につきる。


 至誠の置かれた現状は不確かで分からないことばかりだ。


 そこから生じる不安や猜疑心を完全に払拭ふっしょくすることはできていない。


 しかし、こんな状況下でも、おいしい食事を堪能たんのうできるだけで、人という生き物は少なからず幸福感と充実感を得られるようだった。

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