第六話

「世界が……滅びて?」



 至誠は耳にした言葉をすんなりと受け入れられず、繰り返すように問いかけた。


 それに対しリネーシャは「そうだ」と頷くと、椅子にもたれかかり太ももの上で指を組んだ。



「二度起こった滅亡。その一度目の滅亡よりもさらに前の時代を、我々は暗黒時代と呼んでいる」



「つまり、遙か大昔の話――と言うことですか?」



 そうなるな――とリネーシャは肯定する。

 そして次に至誠が口を開くよりも早く、暗黒時代についての説明を続ける。



「曰く、暗黒時代は無秩序で戦火が絶えず、人々は横着で傲慢だった。あまつさえ神の領域に土足で踏み入ろうとし、それが神の逆鱗に触れる事となった。結果、神は自ら地上に降臨し、一部の選ばれし者だけを残し世界を創り直した。それが一度目の滅亡だとされている」



 一部の選ばれし者と聞いて、脳裏にノアの箱舟が過ぎった。


 しかし本家の神話については自信が無い。

 脚色や改変が大いにされたであろう漫画やゲームの影響などで、どこまでが実際の神話なのか判断できないためだ。


 そう思慮を巡らせていると、さらに説明は続く。



「その後、世界は神によって直接統治された。これにより人々は安寧と冥福、すなわち至高の幸福を手に入れたとされている」



 リネーシャの語る神話世界は、理想郷や桃源郷と呼ぶべき内容だった。

 だが――と、その楽園に暗雲が立ちこめる。



「『神の楽園』は唐突に終焉を迎える。神が殺された事によってだ」



 それが二度目の滅亡。



「神を失った世界は退廃し荒廃し、そして無秩序となった。さらに神によって押さえ込まれていた不浄が世界に蔓延した。それが我々の住まう世界の始まりである。そんな神話だ」



 至誠はこれが一神教由来の神話なのだろうと考えた。

 少なくとも、日本のような八百万の神々の神話ではない。



「反逆者、侵犯者、敵対者――神を殺した者の名称は様々だ。その者は、世界を造り替えるほどの力を持っていた神の、その四肢をもぎ、斬首したともされている。だがこの神話はここで終わりだ。神を殺した何者かは、神に成り代わり統治することも、世界を作り直す事もせず、以後あらゆる神話に出ててこない」



 そして――と、リネーシャはさらに話の本筋に触れる。



「『神の楽園』に関する神話は、様々な種族や文献が伝え残している。一方で、暗黒時代について触れている話は実に少ない。それでも遺された伝承や文献を精査していくとある共通点が見られる」



 至誠に向けられた視線は、至誠が先ほど口にした発言を見据えるように変化していた。



「人以外の種族に言及されていない。伝承によっては、丸々別の種族に置き換わっている場合もある。だが単一種しか登場しないのは変わらない」



 人以外の種族はいないと答えた先ほどの記憶が至誠の脳裏を過ぎる。


 ――だからそんな問いかけをしたのか。


 リネーシャの質問の意味が腑に落ちていると、さらに言葉は続く。



「そして暗黒時代について触れた伝承には、『暗黒時代の人々は神の領域に踏み入れた』『踏み入れようとした』とする記述が多く、暗黒時代の技術水準や文明水準が、それなり――あるいは非常に高かったと推論されている」



 リネーシャの言葉に、わずかに心当たりがあった。



 科学の驚異的な発達。



 それは至誠が幼少の頃からの十数年だけでも大きく進歩していた。

 ゲーム一つ取ってみても、ドット絵だったものが気付けば現実と見紛うほどのリアルなグラフィックや、ヘッドマウントディスプレイなんかも出ていた。


 通話するのがやっとだった頃の携帯電話と比べ、スマートフォンは性能面も機能面も劇的に変わった。


 コンピュータは日進月歩し、将棋や囲碁の分野において人は、人工知能に勝てなくなっていた。


 クローン技術やゲノム編集、宇宙探査――それらが『神の領域に足を踏み入れる』ということなのだろうか――そう至誠は考える。




「シセイを発見したとき、その衣服に未知の道具が入っていた。その道具は現在別の部屋に保管しているが、何れも未知の構成と驚異的な造形をしていた」



 そう言われ、ハッとポケットに手をやる。

 いつもズボンの左ポケットにスマホを入れていたのを思い出したためだ。


 だがそこに目的の物品はなく、ポケットは空だった。

 そもそも自分の着ていたであろう服はどこに――との疑問もあったが、今は置いておく事にした。



「もしかして、これくらいの四角くて薄いやつ――ですか?」



 と、指でその形状をジェスチャーで伝えると、リネーシャが肯定する。


 ――スマホはある。


 だが使える状態ではないだろう。

 使えても圏外であろう事は必至で、バッテリーを充電する術がない。


 こうなると文明の利器も文鎮も大差がなくなるだろう――至誠は諦め、今は話の腰を折らないで置くことにした。


 一方のリネーシャは、スマホについて気になる素振りを見せるが、話を脱線させないことを優先する。



「あれが何の道具なのか実に気になる。だが今は一旦置いておこう」



 その口振りはいささか残念そうだ。

 しかしすぐにその表情は、名残惜しさを差し引いても、満足げな顔に移り変わり、わずかに興奮し紅潮しているようにすら見える。



「その未知の道具を所有していた事と、暗黒時代の技術水準が高かったとする伝承の共通点。

 かつ人以外の種族が居なかったとされるシセイの知識と神話の一致。

 先ほど言ったオドは『神と敵対者との衝突で発生した』『神が死んだことによって発生した』などの説もある。もしシセイが神の降臨する以前の人であるとすれば、オドに対して反応が見られない事にも繋がる」



 まぁ強引な仮説ではあるが――リネーシャは注釈を入れつつ、至誠の置かれていた状況を総括する。



「すなわちシセイは暗黒時代の住人で、悠久の時間を地下深くの氷層で眠っていたのではないか――と考えている」



 リネーシャは至誠に対し告げると、エルミリディナを一瞥する。

 ――お前もそう考えたのだろう?

 そんな目配せしているようだった。




「全部言って貰って助かるわぁ」



 エルミリディナの返答は「そこまでは考えていなかった」と言わんばかりの皮肉めいた口調だった。


 そうか――と、少しばかり残念そうな表情だけに留め、リネーシャは再び至誠に語りかける。



「無論これら全ては、今のわずかな時間で推測された仮説の一つでしかない。さらに話を進めていけばまた別の仮説も生まれるだろう」



 至誠にはこの時、はじめてリネーシャが年齢相応の幼さを醸した気がした。

 好奇心旺盛な子供が目を輝かせている。

 そんな雰囲気と共に、「ぜひシセイの視点から意見を聞かせてくれ」と投げかけてくる。


 そうですね――と、至誠は彼女らの話を整理しながら考えを巡らせる。



「なんとなく分かった気もしますが……その仮説を後押しするような情報は持っていません。ただ――」



 その上で、荒唐無稽かもしれない考えが脳裏を過ぎる。



 ――この考えは非現実的だ。



 そう思うが、『では至誠の知る現実は今どこにあるのか』という問題点が『非現実的』という言葉の説得力を奪ってしまう。


 こんなよく分からない状況だ。思いついた仮説は的外れでも打ち明けてみてもいいだろう――そう結論づけ、ダメ元でその考えを口にしてみる。



「僕が覚えているのは学生だった記憶です」



 高校生活を送っていた事は覚えていた。

 少なくとも二年生にまで進学したのは記憶にあったが、そこから先が非常に不鮮明でふやけている。


 なぜ一部の記憶がはっきりしないのか心当たりはない。

 それは不安材料のひとつなのは間違いないが、いま言いたいのはそのことではない。



「学校で流行っていた空想や小説の題材に、『異世界』というのがありました」


「ほう。その『異世界』とはどういった定義の言葉だ?」



 リネーシャは興味深そうに感嘆符を漏らしながら続きを催促する。



「自分たちの住んでいる世界とは別の世界。次元が違ったり、まったくの別空間の世界だったり、並行して存在するけど認識出来ない世界だったり――そんな設定の世界観です」



「なるほど。『過去から』ではなく、『まったく別の世界から』きた仮説というわけか。だが空想の題材と言うことは、確立された論理や事象というわけではないのだろうか?」



「はい、あくまで空想の産物です。エンターテインメント作品、と言って伝わりますか?」



 リネーシャは肯定しつつ、考えを巡らせている仕草をのぞかせる。



「たとえば吸血鬼や魔女といった存在は実在していませんでしたが、そういった作品の題材としてよく使われていました。そして人気だったジャンルに、『異世界転移』や『異世界転生』がありました」




 頬杖をつき思考を巡らせるリネーシャを尻目に、エルミリディナはボソッとした呟きを漏らす。




……そうね、そっちの方が精神衛生上いいわねぇ」






 その瞬間、至誠の全身に身の毛がよだつ感覚がすり抜ける。



 血も凍るようなその感覚を何と形容するべきか至誠には分からなかった。



 だがそれは気のせいではなく、すでにテサロとミグの表情が険しく移り変わっている。


 リッチェにいたっては数歩下がると、萎縮し身震いしながらすくんでいる。



「言葉に気を付けろ」



 その状況で聞こえてきたのは、先ほどまでとは別人のようなリネーシャの声だ。


 声質は確かに彼女の声だ。


 しかしその語調は、低く鋭く――明らかに怒気が含まれていた。



 怒りと形容するよりも、殺気と呼ぶべきその口調と気配は、明らかに子供のそれではない。


 まさに、三千年生きたと自称する言葉に相応しい迫力がそこにはあった。





「――そうね、今のは考えなしだったわね。ごめんなさい」




 一瞬にして張り詰めた空気は、エルミリディナの謝罪によって瓦解する。


 リネーシャの言葉は至誠に向けれたものではなかったが、気付けば額から冷や汗が流れ、喉が渇いた感覚を覚える。





 なぜリネーシャが怒りをあらわにする言動をしたのか理解できた。


 もしも『異世界へ来た』のであれば『異世界から戻る』手段があるかも知れない。転移ならば同じ現象が起こればいい。



 しかし『過去から来た』のであれば、『過去へ戻る』必要が出てくる。



 リネーシャは「悠久の時間を地下深くの氷層で眠っていた」との可能性を告げていた。

 ならばSFでよくある「コールドスリープ」のような状態だったと推測される。



 ではその逆。過去へ戻るには、「時間の逆行タイムスリップ」が必要だ。





 「異世界転移」と「異世界転生」の違いのようなものだ。



 「転移」なら元の世界に戻る手立てもありえるだろう。

 実際にその手の作品でも、最終的に異世界に定住したとしても、過程で帰ろうとする作品が多いイメージだ。


 だが「転生」した場合そうはいかない。

 元の世界に帰ることを早々に諦めたり、はじめから考えない作品も多い。



 もしも元の世界に戻りたいと考えるならば、帰れない可能性が高い「暗黒時代説」よりも「異世界転移」説の方がいくぶんか精神衛生上はマシだ。



 そしてリネーシャもその事を理解し、おそらく配慮するべきか考えていたのだろう。


 しかしそんな矢先、エルミリディナが軽率に発言してしまった。

 それがリネーシャの怒気の理由なのだろう――至誠はそう理解する。





 リネーシャは気配を一転させ、陳謝する。



「すまなかったシセイ。皇女の失言は、皇帝たる私が代わりに謝罪しよう」



 どう対応するのが良いか思慮を巡らせるが、それも一瞬の事で、至誠は表情を柔和に崩して答えた。



「いえ、大丈夫です。――まぁ、僕としてはこれが夢の世界で、気付いたら目を覚ます、っていうのが一番理想ですね」



 できるだけそれが冗談であると分かるような仕草を見せると、上手く伝わったらしくリネーシャの表情も優しく崩れる。



「そうだな。だがその場合、我々は虚空に消えてしまうのだろう。それでは困るな」



 冗談に乗っかってくれた事で、上手く意図が伝わった事と至誠は安堵する。


 その目論見通り、張り詰めた空気が一気に融解している。

 テサロやミグの表情から険しさは消え、リッチェはホッと胸をなで下ろしていた。



「エルミリディナさんも気になさらなくて大丈夫です。僕の置かれている状況について考えて貰って、むしろ感謝しています」


「……そう。悪かったわね。気を付けるわ」


「いえ」




 至誠が笑みを浮かべて対応すると、エルミリディナも小さく笑みを返した。




 目が覚めてから困惑の連続ではあったが、このやりとりで自分らしさを取り戻したように至誠は感じた。



 いざこざの間に入って仲介や仲裁をする。

 これは至誠が得意とするところの一つだ。


 気骨稜稜きこつりょうりょうな姉と唯我独尊ゆいがどくそんな妹に挟まれ、間を取り持つことを強いられて育ったためだ。



 同時に、どこか懐かしい感覚も覚えた。




 男勝りな姉と才色溢れる妹は、どことなくリネーシャとエルミリディナに似ている気がしたためだ。





 冷静に考えて似ているかといえば、全く違うか――などと内心で苦笑していると、リネーシャが「話を戻そう」と提案する。

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