[8]とある新兵の受難
彼の名はゲーゴ・カリル。
隣国のマルセイ王国から、ここロゼス王国ベギンハイト城塞都市に
ゲーゴが兵士になったのは母国であるマルセイ王国が
権力者の血筋や富豪、あるいは勉学に秀でた者などは
徴兵は強制だが、決して悪い話ではない。
この世界における魔法や鬼道の重要性は高く、その技術の熟練度は将来を左右する。それを無料で実践・実戦形式で学ぶことができる上に、むしろ給金のでる兵役は貧困層に人気がある。ここである程度の技術を習得できれば、退役後の選択肢が大きく広がるからだ。
だがゲーゴは貧困層と呼ぶには比較的裕福な家庭に生まれた。そこそこの規模の畜産農家に生まれ、中流階級の下の方だが、少なくとも食うに困ったことはなかった。物心つく頃から畜産業を手伝わされながらも、それなりにいい学校に通わせてもらった。
だがゲーゴは、頭を使うことも体を動かすことも嫌いだった。
特に将来の夢もなく、頑張るとか労力を割くということが嫌で、学校ではサボるか寝ているばかりだった。
――ああ、一日中ダラダラして過ごしていたい。
そんなゲーゴにとって兵役の義務を課されたことは苦痛でしかなかった。
同期には兵役を終えた
だがゲーゴにそんなものはない。
夢も希望もなく、ただただ「一日でも早く兵役が終われ」と祈る日々だ。
徴兵されて半年が
だがその余力で酒の味を覚え、現実から目を背けるように酒を浴びはじめた。
そしてキツい訓練と二日酔いに耐える日々。
それでも逃げ出さないのは、逃亡兵に対する罰則規定が厳しいからだ。
兵役を終えるためには、任期を満了するか、負傷なり病気なりで退役するしかない。だからといって痛い思いはしたくなかった。
そう思っていたゲーゴは、最近になってもう一つの選択肢を知った。端的に言ってしまえば、お金を積んで合法的に退役を前倒しする方法だ。
酒代で貯金も目減りしていたゲーゴは、同僚に誘われたこともあって
確かにはじめは勝てていた。
この調子ならすぐにでも退役ができると思えた。
だがその喜びはほとんど続かず、気が付けば借金まで抱えていた。初めのうちに短期間で大金を手にしてしまった成功体験が引き際の判断を鈍らせ、賭博で借金を
すでにゲーゴは負の
昨晩、怨人の襲来が発生した。それ自体は決して珍しいことではない。
だが昨晩は、珍しい飛行型の怨人で、近年まれに見る強力な個体だったらしい。
その時のゲーゴは非番で賭博場にいた。その日は珍しく流れが来ていた。このまま一山あてて借金を返そうと夢見ていた。
だが怨人の襲来によって賭博は強制終了。緊急招集を受け、一晩中警備の任務に当たった。ゲーゴの担当した場所では特に問題は起こらず朝方には寝床にありつけたが、わずかな仮眠で上官と教導官に
どうやら怨人襲来の混乱に乗じて都市に侵入者が出たとか。
黒髪で黒い服を着た人、ないし外見が人に近い種族。外観年齢は比較的若いとのことだが、詳細は不明。
ゲーゴは直属の上官である小隊長に連れられ、街中を捜索していた。
しかし不十分な睡眠と借金のことで頭がいっぱいだったゲーゴは、気が付くと小隊からはぐれていた。
侵入者の捜索以前に小隊長の捜索から始めなくてはならない
「いでっ――」
ゲーゴは二人の男組に見つかり路地裏に引きずり込まれると、たたき付けられるように壁の方へ追いやられ、ゲーゴは思わず間抜けな声を上げていた。
「ちょうど良かったぜ。こちとらお前のこと探してたんだ!」
「えっと……今はマズいというか……その、
ゲーゴはその男たちの顔を知っていた。お金を借りる時にもいたし、以前の
冷や汗を流しながら声を震わせて何とか
「あぁん?」
狐男がそれを
その効果はてきめんで、ゲーゴが
「今日は2月10日。言っている意味、分かるよな?」
その男は鶏の特徴を持つ細身の獣人で、高そうな礼服にサングラス、ドスの利いた声が特徴的だ。
「えっ、ええ……もちろん。もちろん分かってます。でっ、でも今はマズイですよ。任務中でして、捜索命令が――」
「何が分かってんだッ!! あぁんッ!?」
狐人の大男が壁際に追い込まれたゲーゴとの間を詰め、さらに隅に追い込む。
「おっ、お金……ですよね。分かってますよ。もちろん。でも――」
「『でも』なんなんだ!?」
「まっ、まだ――」
「じゃああれか、明日までに用意できるんだな?」
「そっ……それは……」
「明日が返済期限だって分かってるのに金の用意をする気がないってことはだ、踏み倒す気じゃねぇよな?」
「ま、まさか! 明日までには必ず――」
「当てでもあんのか? 昨日もずいぶんと負け込んだみてぇじゃねぇか」
「き、昨日は流れが……確かに流れがきていたんです。
「たらればの話を聞きに来たんじゃねーんだよ。こちとら国から認可を受けている真っ当な金貸しだ。貸したから返してもらう。当然だろう?」
「それは……ええ、もちろん」
全力で頷き肯定していると、借金取りの男は顔を近づけ耳元で声を殺して告げる。
「いいこと教えてやろう。
その警告に、ゲーゴは思わず言葉をつまらせる。
ロゼス王国軍、独立編成666遊撃中隊。
この国の持つ切り札の1つに上げられる白兵戦特化部隊であり、ロゼス王国の英傑の1人バラギア・ベギンハイトの直属部隊。その名はロゼス王国にとどまらず
この都市において、ラザネラ教会と666遊撃中隊だけは関わるな敵にまわすな――と先輩兵士から耳にたこができるほど聞かされていた。
そんなヤバそうな相手にわざわざ近づかねぇよ――と思っていたゲーゴだったが、知らぬ間にそのクモの糸にからめ取られていることに今さら知った。
ゲーゴは血の気が引き、顔が青ざめる。
「あ、明日までには必ず準備しますので……!」
「ああ、ちゃんと返せるなら
そういって壁に追いやるように立っていた借金の取り立て屋は
張り裂けそうな心臓の
――どうしよう。明日までなんて無理だ……。ってか、666中隊の息がかかった商会だなんて知らなかったんだけど! 誰も言ってなかったよね!?
「と、と、と、とりあえず他のところからお金を借りてでも一回返済して……それから……」
誰もいない路地裏でボソボソと独り言をつぶやきつつ、おぼつかない足取りで歩き始める。
どう工面するかで頭がいっぱいだったゲーゴは、路地のさらに奥から人が近づいていることに気が付かなかった。
「取り込み中のところすみません、聞きたいことがあるんですが、少しよろしいですか?」
「――っ!?」
ゲーゴは首が鞭打ちになるかと思えるほど慌てて振り返ると、同年代くらいの男がいた。
「あ、ええ。あっ、いえ。その、今ちょっと忙しくてですね――」
その男は黒髪に黒い瞳、黒い服を着ている。種族は人か、外観が人と差異のない種族だ。特徴的なのは、服装に細かい紋様が描かれている点。それが何なのかゲーゴには分からなかったが、魔法か鬼道の術式のように見えた。
「そ、そう、約束が……この後ちょっと行かなくちゃいけなくて。すみません、お力になれなくて」
へこへこと頭を下げてその場を去ろうとした。
だがゲーゴの脳裏は、余計な結論を導き出してしまう。
――確か捜索対象の侵入者の特徴は……黒い髪に、黒い服……外観は、人か外観的特徴が人に類似する種族で、年齢は比較的若い……。
直感が、ヤバイヤバイヤバイ――と警鐘を鳴らす。
ゲーゴは直感に従い、
と自分では思っていたのだが、ほんの数歩足を出したところで何かにつまずき、うつ伏せに倒れてしまう。
「――!?」
腕は後ろに回され、金属鎧の上から体重をかけられた状態で、ゲーゴは起き上がることができなかった。
間髪を入れず首元に手が忍び寄り、チクリと痛みが走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます