[16]流血鬼の力を使った情報収集の欠点

 スティアの乗っていた騎獣きじゅうはネコ科で、至誠の知る動物の中ではジャガーに近い印象を受けた。しかし至誠の知るジャガーよりも大きく、馬よりも一回り小さいサイズ感だ。


 至誠は動物が好きな方だ。猫を吸うのが生き甲斐だった友人ほど病的に好きというわけではないものの、じっくりとなでまわしたいと思うほど、ネコ科の騎獣は勇ましく、そして可愛かった。


 馬と同様に背中にくらを付けまたがるようだが、至誠の知る馬用の鞍よりもかなり長く、形状も違う。装飾を除いたとしても騎獣の肩から腰にまである。長い理由は定かでは無いものの、単純に考えるなら背中への負荷を軽減させるためだろうか――と至誠は考察する。


 しかし今重要なのは鞍の成り立ちではない。


 いくら長い鞍とは言え、本来は一人用の鞍だ。そこに二人が詰めて乗るとなれば、かなり窮屈きゅうくつになる。


 当然、馬にすら乗ったことのない至誠がいきなり騎乗して乗りこなせるはずもなく、全てミグに任せることになる。


 そして至誠とスティアは一人用の鞍に詰めて座る。至誠が前でスティアが後ろだ。スティアの体が至誠を覆うように手綱を握っている。どうしても窮屈きゅうくつに感じてしまうが、この体勢ならば騎乗中に不意打ちを受けたとしても、最悪、スティアを盾にできるというミグの判断なのだろう。


 それは至誠も理解している。


 唯一の問題は、スティアが金属鎧を脱いだこともあり、その小さくはない胸部が至誠の背中に密着している点だ。


 ――これは後から謝罪すべき点が増えたかな……。でも、その辺りの感性は日本とは違ったりするのだろうか? 謝ることで逆に変に誤解されるのは困るし……。


 まぁ今は考えても仕方がない――と頭を切り替え、走り始めた騎獣の上から周囲へと視線を巡らせる。


 流れゆく風景は、まるで自動車に乗っているかのような印象を受けた。


 正面から受ける風がかなり強い。昨晩の飛行とは違い、風圧をじかに受けているようだ。


 ――スピード感は……バイクに近いかな?


 バイクと言っても原付げんつきバイクのことで、至誠は原付の免許めんきょは取っていたので感覚はなんとなく覚えている。今は原付バイクの最高速度である時速30㎞に近い。


 ネコ科の動物はもっと足が速いイメージだ。チーターなんかは時速100㎞近くにまで加速できる。


 ――持久力じきゅうりょくの問題があるのかな? それともこれも時間稼ぎのいっかんだろうか?


 追及するべきか悩んだが、これがこの世界の基本的な知識だった場合、常識知らずな発言は軽んじられるきっかけになりかねない。


 ――ミグが何も言わない以上はひとまず現状維持げんじょういじで大丈夫だろう。


 そう結論付けている間に、緩やかな傾斜けいしゃの車道を至誠と騎士の一行は駆け抜け、街並みが急速に通り過ぎていく。


 立派な街並みだ。


 至誠の知る現代日本の街並みとはまるで違うが、路地裏と違い、大通りはさびれている感じが全くない。看板に書かれている文字は分からないが、8階以上はある建物が建ち並び、大きな商店が店を構えている。おそらく今通っているのは商業地区しょうぎょうちくなのだろうと推察すいさつする。


 周囲の騎士たちは、至誠の乗っている騎獣を取り囲むように並走へいそうしている。四騎が先行し道を確保しているようで、至誠の乗る騎獣は一度も足を止めることなく走り続けられている。


 道を空けるために先行する騎獣が抜ければ、すぐに交代要員が前に出る。抜けた者は対応が終わるとそのまま後方へ合流する。


 その動きは完璧に統制の取れており、騎士団一行に道をゆずる光景はさながら緊急車両だ。


 街中を走る騎士団は、全てネコ科の騎獣だ。街中では馬や犬、ダチョウのような鳥が移動手段として用いられているようだが、騎士以外に同じようなネコ科の騎獣は見当たらない。


 騎獣が珍しいのか、はたまた騎士団が注目の的なのか、通行人の視線も一行に集まりがちなことにも気がついた。


 そうやって至誠は不審ふしんがられない程度に周囲を観察していると、ミグが至誠にだけ聞こえる声で問いかけてくる。


『こんなに早く教会に向かうことになるとは思ってなかったけど、このまま乗り込んで大丈夫そう? 交渉材料的に』


 本来ならばスティアの説得を試み、それから交渉に向けての情報や手札を増やそうと考えていた。


 だが説得は途中で遮られ、準備としては不十分だ。


 ミグの口調からは、このまま体力を温存したまま教会に近づき、そのあと強攻策きょうこうさくに打って出る選択肢もある――と言い含めているような気がした。


「レスティア皇国というとらをどれだけ活用かつようできるかにかかってると思います。話を聞く限りでは非常に強い影響力を持ってるようですが……相手の認識いかんによっては前提ぜんていくずれそうです。あとは、ミグさんの想定以上の強敵がいた場合も厳しいですね」


 至誠は考え込むように口元を手で覆いつつ、ミグにだけ聞こえる極小の声で答えた。


『正直、レスティア皇国の眷属けんぞく所属っていうウチの身分を客観的に証明できたら、それだけで何とかなるレベルには影響力がある――とウチは思ってるけど……向こうが罠に誘い込む気ならはじめから取り付く島もないだろうね』


 その時はミグの実力でもって可能な限り三人を救出するしかなくなるだろう。


「必要とあればリネーシャさんの名前を出すほうが効果があるでしょうか?」


『地上最強なんて言われているからね、相手が信じてくれるなら効果は大きいよ。けど正直、信じてもらえるかと言ったら……むしろ胡散臭うさんくさく聞こえると思う』


「ですよね……」


 あの時は理由を聞いてには落ちたものの、改めて思い返してみると、世界有数の国家の、その皇帝が目の前に居たという状況はあまり現実味げんじつみがない。


『身分を主張するなら『眷属』の所属であることを主軸しゅじくえた方がいいだろうね。眷属は、リネーシャ陛下直属のアーティファクトの研究と対策に特化した組織って感じ。国際的な知名度も高い方だと思う』


「そうなれば僕らがアーティファクトに巻き込まれてここにいることにも説得力が増す、と言うことですね」


 至誠がいくら悩んだところで、現状の交渉材料は『ミグの戦闘力とレスティア皇国の影響力を背景としたブラフ』しかない。


 今はミグが周囲の騎士よりも強いからそれが成立している。実際、先ほど至誠が行った交渉も、言ってしまえば『ミグの実力をかさに着た脅し』でしかない。相手もそれは理解していて、だからこそ同格どうかくのいる教会に誘い込み、準備を整えるための時間稼ぎをする態度に変わった。


 ――教会に着けば力関係は拮抗きっこう……いや、地の利なんかを考えれば向こうにがあるかもしれない。


 どうしたものかと考えるが、こと戦闘においては至誠にできることなど限られている。至誠にできることと言えば、うまく前提条件が重なった場合に交渉をとりまとめることだろう。


 多くの思案しあんめぐらせている間にも、騎獣は走り続ける。




  *




 しばらくは同じような建材の建物が続いていたが、至誠がふと我に返ると、目の前には数十メートルある巨大な壁が不浄の地に向かうように悠然と鎮座しそびえていた。高層ビルにも匹敵するような巨大なそれは、対怨人用に築かれたのだと至誠にも理解できる。


 至誠は建築学に詳しくないので一見しただけでは材質や建築様式は不明だ。遠巻きに見ればコンクリートやセメントのようにも見えたが、色はもっと白く、表面にはやや光沢が乗っている。


 支柱らしき太い部分と、その間をつなぐ壁がある。壁上には兵士らしき人々が警戒に当たっていて、ばんちょうじょうのように通路があるのだろうと想像できる。


 だが中世ヨーロッパ等で見られる鋸壁きょへきの凹凸は見られない。


 代わりに壁の上に棒状の何かがわずかにはみ出して見える。大砲のようなものかと思ったが、先端の一部しか見えず、至誠にはよく分からなかった。


 壁に近づくと次第に兵士の姿が増えてくる。いずれも金属鎧で全身をおおっているが、騎士のそれとはずいぶんとデザインが違う。ゲーゴという兵士の身につけていた鎧に近いデザインで、教会ではなく王国所属の兵士なのだろうと想像がつく。


 壁の真下までたどり付くと、巨大な門があった。


 壁の巨大さに比べれば小さいが、それでも車道は六車線分の道幅がある。


 門周辺にも多くの兵士が立っていて、通行証か何かの確認をしているようだ。そのため門周辺は広く土地が開けていて、待機列たいきれつができている。


 だが先行した騎士がすでに連絡しているようで、至誠を含めた騎士の一行はそのままどおりできた。


 ――もしミグさんの実力行使でここを抜けたければ、戦闘力に物をいわせて強引に突破するか、許可証に類するものを手に入れる必要があった訳か……。


 前者はこちらの存在と位置がバレる可能性が高く、後者は準備に時間がかかっただろう。


 至誠はそう考えながら、視線をさらに前方へ向ける。


 壁を抜けた先にも街が広がっていた。だがこれまでよりも豪華な印象を受ける。しばらく騎獣の上から周囲を観察してみるが、建物の階層は高くなり、装飾もより凝ったモノになる。すれ違う馬車も高級感がより感じられるり、歩道を行き交う人の服装もより格式高いものに見えた。


 ――こっちの方は富裕層向けのエリアなのかな?


 などと考えつつ、さらに奥へ目を向けると、再び巨大な壁が見えていた。


 この都市は山を開拓しできているようだが、目の前の壁向こうは山頂さんちょうのようなので、おそらく次が最後の壁だと至誠は理解する。


 3つの壁を築いて巨大な化け物から都市を守る……なんか似たようなシチュエーションの漫画があった気がする――などと考えながら。


『――っ。この感じ……』


 至誠はなつかしい記憶を奥へと戻し、ミグのつぶやきに耳をかたむける。


『近く……にはいないみたいだけど、多分この区画のどこかにいるね。英傑級の軍人が』


 今は隠密おんみつの必要がないから索敵術式を優先して展開していた――というミグの説明を深掘りしても今は頭がこんがらがりそうだったので、至誠は今必要な情報を問いかける。


「それは、昨晩ミグさんが見かけた方と同一人物ですか?」


『おそらく、ウチらが警戒すべき英傑級のどっちかだろうね。……消去法で考えれば領主の息子の方かな。名前は、確かバラギア・ベギンハイトだっけ』


 騎士の方の英傑は教会堂で待ち構えているという情報に誤りがなければ――と注釈を付けつつ、ミグは言葉を続ける。


『ひとまず、大まかな距離と方角は分かったから、いきなり奇襲を受けるってことはないと思う』


「それ以外で、何か僕たちに影響はありますか?」


『索敵術式の範囲内に捉えても向こうの動きに変化がないから、すぐには影響はないよ。……ただ、この感じ……せいどうの強さじゃない、かな』


 どう言う意味だろうか――と至誠は首をかしげていると、さっしたミグが端的たんてきに教えてくれる。


『おそらくアーティファクトか何かで得た強さだと思う。なんて言うか、これは感覚的なものだから説明が難しいんだけど、研鑽けんさんを重ねて得られる正道的な気配じゃない――って言ったら伝わる?』


「なんとなくは。――そういえばバラギア・ベギンハイトという人物はスティアさんのお兄さんか弟さんってことですよね?」


 至誠があえてスティアの耳にも届く程度の声量で問いかけると、まだ意識の残っているらしいスティアの心理しんりを読み取ってミグが肯定こうていする。


『うん、間違いないみたいだね』


 至誠はバラギア・ベギンハイトについて知っていることをスティアから聞き出すべくいくつか質問するが、かんばしい情報は得られなかった。


『兄妹なのに英傑えいけつ級の強さを持つってこと以外はほとんど知らないのか……』


疎遠そえんなのでしょうか?」


 それは問いかけと言うよりもおくそくを口にしただけだったが、ミグが興味深そうに教えてくれる。


『いや、疎遠……どころじゃないみたいだね。どちらかと言えば拒絶きょぜつ。ひどく嫌悪けんおしているし、生理的せいりてきに受け付けないみたい』


 そこに光明こうみょうみいしたわけではなかったが、今は少しでも多くの情報が欲しい。至誠はもう少し踏み込んで問いかけてみる。


「それは喧嘩けんかをしたとか、たもとを分かったとか、そういう話でしょうか?」


『んー、……この感じは、おそらく違うね』


 スティアに直接答えてもらえれば楽だが、さすがに今この状況で解放するわけにもいかないだろうと、至誠はさらに探りを入れる。


「性格的に馬が合わない、りが合わないとかでしょうか?」


『近いけど、多分そういう次元じげんじゃないかな』


 むしろ――と、ミグも考察を重ねながら続ける。


『恐怖心の方が近いかな。恐ろしい存在とか異質いしつな存在に対する忌避きひ感とか、そういう感じ』


「それは、バラギアという人物が英傑と呼ばれるだけの実力を持っているからですか?」


『それもあるだろうけど、この感じだと、たぶん本質ほんしつじゃない』


「となると……人格の問題ですか?」


 ミグの表情を見られたらきっとけんしわが入っていそうな口調で『――あー、うん、それだね』と返答が返ってくる。


 非常に高い戦闘力があり、人格に問題がある。となれば、今後どのような影響が及ぶともしれない。至誠はさらにバラギアの情報を得るべく追求する。


「権力をかさに着るタイプでしょうか?」


『いいや、違うみたい』


「強さで優劣ゆうれつを付けるタイプでしょうか?」


『さっきよりは近い。けど、少し違うかな』


「では、暴力的ですか?」


『あー……うん。それだね』


「それは、短気だとかすぐに癇癪かんしゃくを起こすタイプでしょうか」


『いや、違うね』


「なら……猟奇的りょうきてき、とかでしょうか?」


『……それ、だね。しかもこの感じからすると、かなりじゅうしょうっぽい』


「重症……例えば、拷問ごうもんや殺人にいたるレベルの話ですか?」


『そうみたいだね』


 しかも――と、ミグは頭を抱えたそうな口調で続ける。


『この嫌悪の傾向からして、たぶん性的な暴行の意味も含まれていると思う』


「なるほど……確かにそれは関わりたくない存在ですね。そんな人が領主の息子で……確か、王国軍の将校しょうこうなのですよね? ――リッチェさんが無事だと良いんですが……」


 至誠がねんを口にすると、ミグが思わず『え?』とどうようを示す。


「どうしました?」


『いや……あっ、そうか、なるほど……』


 少し独り言をつぶやいた後、思考がまとまったようで会話を再開する。


『スティアの反応から察するに、多分リッチェを捕らえているのがバラギアだと思う』


「えっ……でも確か、スティアさんが把握しているのはテサロさんとヴァルルーツさんだけじゃなかったでしたっけ?」


『そう、その2人。場所は知らないけど、リッチェがは知っていたみたいだね』


 確かに至誠が聞き出した情報は「3人の居場所」についてだった。


「……それは、僕の質問の仕方が悪かったですね……」


 反省は今後に生かすが今は改善点を精査せいさするべき状況ではない――と考え、至誠は言葉を続ける。


「ですがどうしましょう。今からでも先にリッチェさんの救出を優先するべきでしょうか?」


『その選択はテサロとヴァルルーツ王子を見捨てる前提ぜんていになると思う。場所が分かるならウチとしてもそうしたいけど……今強引に動いたら背後からは騎士に追われて、前方からは英傑級のバラギアとたいすることになるだろうね……』


「見捨てるのは確定するくらい、状況は厳しいですか?」


『周りにいる騎士のように正道の強さだったら、たとえ英傑級でもやりようはある。けど、アーティファクトのような特異性とくいせい由来ゆらいの力を持つ相手に対して、何の情報もなく無策で挑むのはリスクが高すぎる。それに、バラギアとの戦闘中に英傑級の騎士に背後を突かれたら……かなりあやうい』


 ミグの口調から断腸だんちようの思いが伝わってくる。異常者の近くにリッチェがいる状況だと知ってなお、後回しにせざるを得ないのだから。


『ただ、今はバラギアも移動してるみたい。近くにリッチェの気配はないから……すでに手遅れでなければ……少なくとも被害は現在進行形ではない、とは思う』


 ミグは何がとは言わなかったが、最悪の状況は充分に連想できた。


 至誠もがゆく感じる。リッチェは不浄の地を脱するためににして頑張ってくれたにもかかわらず、自分はすぐにリッチェを助け出せないのだから。


 その後、いくつか対策やアイデアを出して話し合ってみるが、議論は行き詰まったまま次の壁に到達した。

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