第35話 2月10日12時49分

 騎士とは教会に所属する専業兵士だが、決して四六時中教会にいる訳ではない。

 聖職者や要人の警護を主任務とする第一部隊ならまだしも、他はむしろ街に出向くことの方が多いくらいだ。


 教会の近くに騎士の宿舎があり、豪華――とまではいかないが庶民よりもいい食事が出る。

 しかし終日外で動かなくてはならない場合は街中まちなかで食事をとる。


 一般信徒もいれば王国軍兵士もいて、騎士も同じ飯屋にいる。

 そんな光景は、ベギンハイトでは普通の光景と言える。



 ――さて、どこかで食べて帰ろう。



 そう思って、スティアは食事処を探す。

 歓楽街に戻る手もあったが良さそうな店が思いつかなかったので、帰り道でちょうど良いところがないかと考える。


 そういえばあそこのお店に最近行ってなかったな――なんてぼんやり考えながら、馬を走らせる。


 車道にはいつもに比べ圧倒的に交通量が少ない。

 昨晩の怨人襲来が起因していることは想像に難くない。


 思わず己の無力さや役に立てなかったとの負の感情が大きくなるが、今考えるべきはそれではないと自分を諫める。



 しばらく馬を走らせていると、すぐに目的の店に着いた。



 食事処が並ぶこの一角は、酒よりも飯の美味さで勝負している店が多い。

 大衆向けにしては値段は高いが、高級店のように手が出ないわけではない。

 ある程度の収入を得ている家庭であれば、記念日で少し奮発しようなんて時にちょうど良く、歓楽街と違って子供連れでも入りやすい店が多い。


 とある店の前で馬を止めると、下男がすぐに気付き駆け寄ってくる。



「これはこれは、騎士スティア様。本日のご用命はお食事でしょうか。それとも職務で来られたのでしょうか?」


「食事を取りたい。馬を預かっていてもらえるだろうか?」


「ええ、もちろんでございます。いつもご利用いただきありがとうございます」



 深々と頭を下げながら、下男は丁寧に手綱を受け取った。





 スティアが店に入ると女性店員ウェイトレスがお辞儀をしながら出迎えてくれる。



「ご来店ありがとうございます。騎士スティア様」



 食事を取りたい旨の説明を再度投げかけていると、奥の厨房から店長が慌ただしく飛び出してくる。



「騎士スティア様! ようこそ来て下さいました!」



 子供のように低い背に大きく出た腹、鼻と耳が猪の特徴を持つ獣人こそが店長であることをスティアは知っていた。



「最近は多忙であまりこちらに来る機会もなく、申し訳ない」


「いえいえ何を仰います! その若さで第四部隊の隊長に指名されるような天才騎士たるスティア様は引く手あまたでございましょう! お気になさらず!」



 家族連れでも入りやすいこの辺りの店は、スティアが騎士団に入った子供の頃、よく他の騎士達に連れてきてもらった。


 そのため店長のこともよく知っている。

 庶民でも手の届く安い食材で最高の料理を作りたいとの信念を持った職人気質の料理家だ。



「しかし……やはり今日は人入りが悪いですね」



 店の内装は木造をふんだんに用いたモダンな雰囲気だ。

 家族で来るのも、恋人とくるのも、昼過ぎのひとときを過ごすのにも合った無難なデザインをしている。


 そんな店内は一階にほとんどの机が並び、少ないがカウンターや個室などもある。


 いつも食事時は盛況だが、この日はカウンターに一人、机に二人組の一組だけで後は閑散としている。



「ええ、まぁ非常警戒令が発令されている間は兵士の皆様が来られない分、仕方ありませんね……」



 そうこう店長と談笑していると、ウエイトレスが戻ってくる。



「準備の方が整いました。どうぞこちらへ」



 店にはロフトの二階部分がある。

 そこに設置された机と椅子は一階よりも少しばかり豪華な特別VIP席だ。


 スティアが案内されたのは、その一階が見下ろせるカウンターの特別席だ。



 ――正直、一階の普通の席で構わないんだけど……。



 と思いつつも、相手の好意をむげにするのも忍びなく、おとなしくその席に座った。


 とりあえず、疲れているときにはお肉にしよう――と、お品書きの中から肉の比率の多い食事をウエイトレスに注文する。


 ウエイトレスはすぐにお辞儀をして階段を降りていき、奥の厨房へ消えていった。






 しばらくしてカウンターにいた客が会計を済ませ出ていった。





 さらに少しして、二人組の客も席を立ち会計をしている。




 食事が運ばれてきたのはその後すぐのことだ。


 熱々のステーキ皿に美味しそうな肉料理と小皿に野菜の盛り合わせ、透明度の高いスープが目の前に並ぶ。


 ウエイトレスが再度お辞儀をして一階に降りていく間にスティアは一口目を口に運んでいた。




 そんな折、扉が開いて新たな客が店内に入ってくる。


 信徒がよく身につけている様式の上着を羽織り、フードを深々と被っている。



「いらっしゃいませ」



 ウエイトレスが会計を済ませ近づくと、「食事を――」と男は手の平の小銭を見せる。



「今は手持ちがこれしかないんですが、この範囲で大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫でございます」


「ではこの範囲内で、店の一押しをお願いします」



 男は先に注文し、スティアから見て右の壁沿いに並ぶカウンター席に着席する。

 窓から外を眺めながら食事を取ることのできる席で、フードをかぶった男も暇な様子で外へ視線を向けていた。


 スティアの方を気にしている素振りはなく、むしろ気付いてすらいない様子だ。


 しかし、店内に入ってまでフードを深く被っている事に違和感を覚えた。



 外ならば直射日光を避けるために日中にフードを被っていてもおかしくはない。

 しかしここは店内だ。風通しがあるとはいえ、一枚脱いだ方が快適であろうに。

 騎士のような鎧ならまだしも。


 そうスティアは客を無意識に観察していた。



 ――ああ、ダメだダメだ。今日はもう非番で後は帰って寝るだけ。



 周りの人たちを無意識に観察するのは、騎士としての職業病に近い。


 なにせ騎士は信徒を護るのが勤めではあるが、信徒を害するのは信徒であったり、信徒に成りすます者もいる。


 この都市では怨人の脅威が大きいが、それでも一介の騎士としてこれまで携わってきた案件は圧倒的に対人が占める。



 対怨人よりも対人が得意なスティアは、将来的には第二部隊に配属されると思っていた。

 ベギンハイトにおいては滅多にないが、異端審問では拷問に近いことも行う場合がある。

 そういった行為に苦手意識を持っていたスティアは、第四部隊の隊長になった事は救いだったかもしれない。

 あるいは団長はそんな自分に気付いていてあえてそうしたのかもしれない。



 けど、隊長という職も苦手だ――。



「はぁ――」



 未熟な自分に何度ため息を漏らしても気分は晴れない。



 ――本当に自分はまだまだ未熟だな……。



 そんな再三の考えが脳裏を過ぎるのと同時、扉が開き一人の兵士が中に入ってくる。



 その外観は若く、そして華奢だった。


 もしかしたら鎧で見えない部分はたくましいのかもしれないが、第一印象は実に頼りなさそうな人の男性に見えた。


 そう見えたのはその言動が怯えた小動物のように自信のなさが透けて見えたのも大きいだろう。



「あっ、えっと……その――」



 ウエイトレスに声をかけられるとそわそわとした言動で周囲を見渡す。



「えっと……自分は食事じゃなくて――」



 しきりに何かを探している様子だ。

 その兵士は階段の存在に気付くと、視線をのぼらせ二階の席に目を向け、スティアと視線が合う。



「あっ、あの方に、用があって――」



 申し訳なさを引きずるように店員に断りを入れ、階段を駆け上がり、息を切らして近づいてくる。



「す、すみません、お忙しいのに――」


「いえ、どうかされましたか?」


「その、今、少し大丈夫ですか? よければちょっとこちらの方で――」



 その兵士は少し一階からは見えないような奥の位置に移動しながら、蚊の鳴くような声で問いかける。


 ひとまず何事か聞こうと、スティアは席を立ち、数歩奥へ移動する。



「あの、周りに聞こえないように小声でお願いしたいんですが……スティア様は、捜索命令についてはご存じですか?」


「というと?」


「昨晩の一件で、それを招いた人物が逃亡しているという話です」



 ――信徒には知らされていないが、王国軍側でも捜索しているとの話は今朝の会議でも上がっていたのを思い出す。



「ええ」


「見つけました」



 その頼りなさそうな言動からは信じられない単語に、スティアは目を丸くする。



「ただ、自分の隊に知らせる暇がなくて――。そんな時にちょうどこの店に入るスティア様を見かけたのでこうして――」


「なるほど。それで、その人物はどこに?」


「ここです」



 そう言って兵士は足下を指さす。



「窓際に一人で座っている人物です。本当にもう、スティア様と同じ店に入っていったので、もうこれは自分も入るしかないと――」



 スティアは気配を殺しながら下の様子をうかがえる位置に移動し、窓際に座るフードの男を一瞥する。



 ――確かに怪しいと感じていた。フードを深く被ったままで、お金はまるでその場で調達したような乱雑さ。窓際のカウンター席に自分から座り、いつでも逃げられる様な……。



 そう考えると、兵士の言っていることに納得を覚えてしまった。



 ――だがどうする?



 自分のコンディションは悪い状態だ。だから帰れと言われたばかりだ。



 だがここで無かったことにして立ち去る様な選択肢だけは、騎士として絶対にあり得ない。



 しかしここで考え無しに捕まえようとするのは愚策。

 相手の実力が分からず、下手をすると英傑の域――団長か、精鋭が一丸となって事に当たる必要がある。


 だからこそ司祭様は実力ある騎士を多く派遣した。


 ここに現れたということは、司祭様の予測はかなり標的をかすめていたのだろう。



 いや今やそれを考えるべき時ではない。


 今どう行動するかだ。





 考えろ。考えろ――スティアはこれまでの失敗を思い返していた。





 配慮が足りなかった。


 思慮が足りなかった。


 だから後手に回った。


 だから失敗に繋がった。



 今行うべき最善手は何だ?



 今は、とにかく標的がここにいる情報の共有だ。




 自分だけでは力が及ばずとも、騎士が一丸となれば対応できるだろう。


 最悪なのは、情報が自分やこの兵士で情報が途切れることだ。





 必ず伝えなければ。





 だが、この兵士の実力では標的の監視役としては期待できないだろう。


 ならば自分が監視していた方がいい。




「この近くにあるブリニーゼ歓楽街は分かるか?」


「えっ、はっ、はい」


「今そこで多くの騎士が捜索に当たっている。誰でもいい。他の騎士にこの事態を伝えてきてくれ。私はここで奴を監視する」


「えっ、し、しかし――」


「私の馬を使え。事態は急を要――」



 そう兵士に小声で指示を出している。




 ――最中だった。




「ここからの眺めの方がいいですね」



 不意に数席隣のカウンターから男の声がする。

 目を丸くし振り返ると、先ほどまで一階の窓際にいたフードの男がいた。

 先ほどまでスティアが座っていたロフトのカウンター席の机にもたれかかるように立っている。



「――くっ」



 いったいいつ移動した? いつから気付いていた? 何が狙いだ?


 瞬間的にその思想が脳裏を過ぎる。



「ああ失礼。大事な話の途中だったみたいですね。小声で話していると、かえって気になったりしますよね。そう。例えば誰かを捕まえる算段――そんな話でしょうか」



 バレている。いや、自分と同じ店に入ったなんて偶然があり得るだろうか? 狙って店に入ったならば、狙いは私か?

 ――スティアは、なぜ先ほどその可能性に気付かなかったのかと自分を責めつつも、体はいつでも剣を抜けるよう臨戦態勢をとる。



「何者だ……?」



 兵士がここを出て情報を他の騎士に伝えることを願い時間を稼ごうと口を開くが、後ろの兵士は怯えたまま動かない。



「僕としては話し合いができればと思っています。剣や拳ではなく、言葉によってです」



 男はそう告げ、身近な椅子を引きそこに腰を下ろした。スティアの三つ隣の席だ。



「あなたもどうぞ、座ってください」


「このままでいい。話とやらを聞かせて貰おうか」


「そうですか、それは残念です」



 不意に男が指を鳴らす。

 何かの術式を発動させたのかと警戒するが、何の気配も感じ取ることができなかった。


 ――ブラフか。


 スティアはそう判断する。


 そこに意識が向いた隙を狙ったのだろう。

 未熟な兵士ならそれでも通じるだろうが、あいにくとベージェス団長に鍛えられた騎士にそんな初歩的なブラフは通じない。


 そう判断した。



 だが。



 ドサッ――と背後から物音が聞こえた。



 何かが倒れた音だ。


 そして、後ろにいた華奢な兵士の気配が感じられなくなっているのに気がついた。



「……な、何をした?」


「まぁ、座りたくないならそれでも構いません」



 男はフードを取りながら、その若い容姿をあらわにする。


 黒髪に黒い瞳。やや黄みがかった肌――その体格は華奢な兵士とそれほど変わらないように見えるが、異様に充血した目が不気味だ。

 加えてその体から漏れ出る術式の気配とその余裕は、男が格上の存在であると印象を抱く。


 だからこそ、剣の間合いに入っているにも関わらず、スティアはそれを抜くのためらっている。



 自分一人では足止めすら持つか分からない。


 兵士は昏倒してしまった。


 ここは退いて情報の伝達を優先すべきか?


 だが瞬間的に、あるいは全く気配を殺して二階まで上がってきた身のこなしを考えるに、逃げられる可能性は低そうだ。


 仮に伝達できたとしても、男の方が遠くに移動している可能性も大きい。


 ウエイトレスが騒いで、その騒ぎが大きくなれば情報が伝わる可能性はある。

 だがそれまで時間を稼ぐのは至難で、一般の信徒が巻き込まれるのを看過するわけにはいかない。



 ――むしろ人質に取られるようなことがあってはならない。



 そう考え一階を一瞥するが、ウエイトレスの姿は見当たらない。


 厨房の方に行っているのか。

 あるいは、ここからは見えないだけで、既に何かされたのか?



「僕の名前はシセイと言います。どうぞお見知りおきを。スティアさん」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

好奇心は吸血鬼をも殺す はちゃち @hatyati

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ