第34話 2月10日12時14分

 騎士団の捜索班を展開したのが朝の六時。


 それからおよそ六時間。

 すでに日は頭上に昇り、昼の訪れを示している。



 ブリニーゼ歓楽街の周辺で有力な目撃撃情は未だ出ていない。

 ミラティク司祭の予見は当たることが多いのだが、残念ながら今回は空振りだったようだ。


 スティアは天を仰ぎながら虚ろな頭で考えていた。



 しかしそれも無理はない。


 ベギンハイトにおいて有数の大型歓楽街は、客は勤務上がりの兵士が入れ替わり立ち替わり。

 特に酒場の多いこの歓楽街の客はたいてい酔っぱらい、泥酔者も珍しくない。

 そして店の店員は注文の処理で大忙し。


 ただでさえ毎日が多忙なのに、昨日は怨人の襲来まで発生してた。

 非常事態に兵士達が一斉に行動したうえ、酒の後押しもあり、当時はそれなりの混乱が発生していた。


 これではまともな目撃情報など出るはずもない。



 さらに怨人襲撃のその日だ。


 警戒が続く現状、当時現場にいた兵士は――泥酔した一部を除き――職務に就いている。

 一般の客も不安や自粛によって客の足が遠のき、まともに聞き込み出来るのは歓楽街の店員が中心だ。


 それでも可能な限り聞き込みや、酔い潰れている者が侵入者でないかの確認、近くの宿屋の宿泊客や路地裏に潜んでいないかなど、考えられる可能性は入念に調べてまわった。



 だが手がかりは全く掴めないまま、それでおよそ三時間が経過した。



 その後ロロベニカ副団長は捜索範囲を広げ、隠れられそうな裏路地や浮浪者の多い地点も捜索するが、これも空振り。


 ただただ時間だけが浪費されていく。





「スティア」



 そんな中でロロベニカは唐突にスティアを呼び止める。



「はっ、はいっ!」



 副団長であるロロベニカは兎人の男性だ。

 体格や手足は人と相違ないが、全体としては兎要素が強く、頭部はほぼ兎の特徴とほとんど変わらない。

 騎士として鍛え上げられた肉体は筋肉質ながら細身で、魔法を得意とし、剣技にも長け頭の回転も速い。

 まさに、何でもそつなくこなす万能型の騎士だ。



「一度教会へ戻り、仮眠を取りなさい」



 そんなロロベニカの口調には少なからずの呆れとわずかな憂いが含まれていた。



「えっ……い、いえ大丈夫です!」



 スティアはたじろぎながらもそう返す。

 だがその覇気と反応の鈍さから、疲労と睡眠不足により思考力が落ちているのは明白だった。



「とてもそうは見えないですね。いつも大祭後は『昼過ぎまで寝ないと疲れが取れない』と言っていたでしょう」


「し、しかし、このような事態――」



 スティアの言葉はロロベニカの手によって覆われ塞がれる。


 逃亡者がいる件も、それが、強い力を持つ危険人物かもしれないなんてことが流布されれば、信徒が平穏でいられるはずがない。

 察しの良い信徒なら有事に感づいているだろうが、それでもパニックが一斉に拡散するのは避けなければならない。


 だからこそ、事が広がる前に事態の収拾をはかっている。


 それなのに、スティアはそれを人前で口にしようとした。

 それなりの声量で。


 いつものスティアらしくないは明白だ――とロロベニカの判断の決定打となる。



「申し訳ありません――ですが、対象の実力や練度が分からない以上、こちらも戦力の分散は避けるべきと――」


「その通りです。そして君は強くなった。しかし疲労をため込んだ状態ではその真価は発揮されない。はっきり言って足手まといになる」



 それでも、ここで引くわけにはいかない――そうスティアは考えていた。



 その会話に、がはははと豪快な笑い方と共に割る混んでくるのは第三部隊長のルグキスだ。



「ロロよー、言い方ってもんがあるだろうが」


「貴方にだけは言われたくないですね」



 ルグキスは団長であるベージェスよりも一回も二回りも大きく屈強ながたいをした牛人の男性だ。

 つやのある茶色い毛をなびかせ、牛の特徴が強い顔が、人と同じように感情表現豊かに破顔する。



「ここはもっと優しく声をかけておけよ。スティアの事好きなくせに。好感度が上がらんぞ?」


「ルグキス、兄弟子としての冗談は一行に構いませんが、公務上の発言としては冗談では済まなくなりますよ」



 ルグキスもロロベニカ、そしてスティアも、ベージェス団長の元で共に研鑽と修行を重ねてきた、いわば同門だ。


 いや、今の騎士団は実質的に全員ベージェス団長の教え子と言ってもいい。

 そのため、日頃からプライベートにおけるルグキスの冗談はよく聞いてきた。


 それでも騎士としての公務や任務の場においては、真面目に取り組むのがルグキスだ。

 時と場所をわきまえず冗談を言うのは久しく見ていない。



「スティア、お前は最近焦りすぎだ」



 急に冷静な口調に戻すルグキスをみて、ロロベニカはその意図をくみ取った。



「……そうです。スティアはそれでなくとも並外れた鬼道の才覚を持ち、意欲も根性も並の男なんて比較にならない」


「全くだ。俺がお前の年の頃はな、今のお前よりぜんぜん弱くてな。毎日血反吐を吐くんじゃないかってくらいしごかれてたわけよ。そんでもって今は第三部隊の隊長にまでなった。なったはいいが、本当にきついのはここからだ」


「そうですね」


「団長に怒られてよ、何度ぶん殴られた事か。信じられないくらい吹っ飛ばされたこともあってな。比喩じゃねーぞ。大広間の端から端まで吹っ飛んだんだ」


「私も似たような経験がありますね。ですが、騎士とは信徒の道を切り開く矛であり、信徒を護る盾でなくてはならない。一人の背負う騎士としての重圧は大変重い。しかし隊長とは、何十何百の騎士の重みをさらに背負っていかなくてはなりません」



 ――まさにその通りだ。自分はまだその重圧を背負い切れていないのに、すでにつぶれかけている。


 スティアは二人の言わんしている事を十分に理解できた。



「けどよ、スティアは俺らなんかよりも遙かに早く進んでるんだぜ?」



 ルグギスのその言葉も理解している。



「でもそれは……私が――」



 ――自分の力を認められての事ではない。結局のところ貴族の娘であるという色眼鏡によるところが大きいのではないか。


 スティアの脳裏に、そう訴えている自分がいた。



「世間じゃそうだろうさ。俺だって血統だけで言えばそうだ。だけどな、あの団長って人物はな、そんな事で判断したりしないってのは断言しておくぞ」


「むしろ出自とか全く見ていないですよね」


「見るとしたら本人の素質と資質だ。団長はそういうのを見抜くことに長けている。そしてその団長が、第四部隊の隊長にお前を指名したんだ。だからな、スティア。そう急くな。今は一歩ずつ目の前のことをやれ」


「いま貴女が何をするべきなのか、言わなくとも分かっているのでしょう?」



 まずは自分が休息を取ることだ。


 周りの騎士の足を引っ張るどころか、騎士が信徒よりも先に倒れるなど笑い話にもならない。




 分かっていた。


 分かってはいた。


 でも意固地になっていた。




 そんなだから、いつまでたっても子供扱いされるんだ――そう思い至ると、スティアは全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。



「……すみません」



 出てきた謝罪は堅苦しい言葉ではなかった。

 騎士団の隊長としてではなく、兄弟子に対するそれだ。



「んなこた後でいいんだよ!」


「そうですよ。反省会は今回の件が落ち着いてから後日みっちりと行います。覚悟しておくように」


「とにかく今は、腹一杯食って寝ろ! ほれ!」



 そういいルグキスは一枚の銀貨を指で弾きスティアに投げる。

 受け取り見てみると、それは一万ラミ銀貨だった。



「こ、これは――」


「今言っただろ、途中で目一杯食って帰って寝ろ! 余った栄養は胸にため込んどくと、ロロベニカが喜ぶぞ!」



 ルグギスの余計な一言にロロベニカはため息をこぼし、スティアに背を向ける。



「最後のは完全に蛇足ですよね。そこだけはきっちりと報告を上げておきますんで」


「ちょちょちょ、待ってくれよ……なぁ――」



 背を向ける二人の兄弟子の背中はこれまで思っていたよりも、遙かに大きく感じられた。


 自分の不甲斐なさは拭えない――それでも、それ以上に立派な協会に、力強い師に、頼れる同胞に出逢い、そして恵まれた事は、スティアにとって不甲斐なさよりも大きな喜びに思えた。


 そんな嬉しさと自分の未熟さからくる苦しさが織り交ぜられた表情を零しながら、スティアは自分の馬へ騎乗すると、その場を後にした。


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