第二四話

 ヴァルルーツはミグが流血鬼であることを知っていた。

 彼女らを皇国で迎え入れた際に目にしており、かつその種族が鬼人系統に属している種族である事を聞き及んでいた。


 すなわち、最も魔法を苦手とする鬼人系統種だ。


 そんな彼女が魔法の術式を準備するという言葉に、耳を疑いかけた。



 それでも、そう断言できる彼女を信じるしか道はなかった。





 ミグはテサロの体に侵入し、体内から鬼道を用い治療を行っていた。


 それとは別に、本来の流血鬼の特性として、侵入した対象の体を操ることが出来る。その力でミグはテサロの腕を操ると、手の平の上に術式を構築する。


 マナを流し込まなければ発動しない状態で留めている。


 テサロのマナはまだ残っている。

 しかしマナとエスは互いに打ち消し合う性質があり、テサロのマナを使うことで鬼道による治療が阻害される恐れがあった。

 故に、発動にはヴァルルーツのマナを必要とした。



『リッチェは回避を優先! 攻撃のタイミングに配慮しなくていい!』


 そう声を上げると同時にミグの術式は完成する。



 ヴァルルーツがそれを受け取ると、すぐに発動を開始する。



 ミグの構築した魔法は爆裂魔法だ。

 


 攻撃を放った後、接触によって爆裂を引き起こす。

 尋常ではないのは、その構造だ。


 幾重にも爆裂の術式をかみ合わせ、相乗的に威力を増す構造をしていた。


 術式を起動していたヴァルルーツはその構造に驚嘆を零す。

 魔法に適していないはずの種族が、自分よりも高度な魔法を構築出来る事実に対してだ。


 だが今は感動している場合でも、嫉妬している場合でもない。



 超高速の怨人は何度も幾重にも襲撃するが、それをリッチェは全てをかわしきる。


 遠距離攻撃もなく直線的な攻撃ばかりの怨人を、むしろ見切り始めていた。


 だが油断は大敵だ。


 見切ったと思わせて不意に行動パターンを変えるのは、戦いにおける定石の一つでもある。皆の命を背負って飛翔する以上、あらゆる慢心はふるい落とす。



 その間にヴァルルーツは魔法の準備を終えた。

 テサロのような熟練者ならば一瞬で収束が完了できるだろう。しかし残念ながらヴァルルーツはその領域にない。

 一分以上もかかり、その間にどれほどの襲来を回避したことか。



 だがそれもこれで最後だと、狙いを定める。



 この怨人にはいくつかの襲来パターンがある。



 背後から急加速し襲ってくる場合。

 上空から急降下して襲ってくる場合。

 前方から股ぐらを開き、足で挟み込むように襲ってくる場合。


 希に横や斜めから襲来することもあるが、基本はこの三つだ。


 そして狙うのは、背後につけこちらに狙いを定める――その瞬間だ。




 魔法を発動できる段階で待機している状態は、さらに周囲の怨人の襲来を招く。




 しかしリッチェはその全てを回避し――そして好機が到来した。




 ヴァルルーツの発動した魔法陣から、雷撃が怨人に向かって放たれる。



 超音速の怨人と超高速な雷撃によって両者の距離が瞬間的に縮まると、怨人の左足先に命中する。


 雷撃は足を伝い体躯に流れると、間髪を入れず爆裂を引き起こす。

 さらに爆裂が爆裂を誘い、引火するように相乗的に爆発が起こった。



「よし!」



 ヴァルルーツが喚声を上げる。

 だが――



 爆裂で発生した黒煙からその個体は飛び出してくる。皮膚はただれ肉がむき出しになっている箇所も多々ある。


 しかし速度は全く落ちていない。

 その口も、顔も、腕もまだ繋がっている。



 突進してくるその個体をリッチェは回避し、すれ違うその瞬間に、想定よりも遙かにダメージが通っていない事をミグは察知した。



『ダメか――』



 術式の精度が低い上に、使用できたマナが少ない。


 どちらの責任でもない。

 ただミグは次の一手を考える。考えなければならない。


 貫通力を生かした魔法を構築し直すか。あるいは斬撃。

 だがヴァルルーツのマナではせいぜいあと二回から三回の攻撃が限界であり、同程度の条件ではあの個体を抑えられない事が想像に難くない。


 ――自分が鬼道を用いて追撃するか?


 ミグにはあの個体を倒すだけの切り札があった。

 だがそれは最後の手段に取っておくべきだ。


 ミグの発動できる最大火力の鬼道は、魔法による飛行術式を相殺し墜落させる可能性が高く、そのうえテサロの治療に回せる余力がなくなる公算が高い。


 それらを鑑み、『全滅するよりは至誠だけでも生かすべき最悪の状況』まで行使は出来ないと判断する。


 ――リッチェを攻撃に回せれば良いが、その場合は誰が飛翔を請け負う?


 そんな思考の最中に声を上げたのは至誠だった。



「リッチェさん! こちらも音速を超えることはできませんか!? 毎時一二〇〇キロ一五〇〇ギルク以上です!」



 が伝わるか分からなかったので、至誠は時速も加えて問いかける。



「む、無理です! 私ではそんなに速くは――」



 返答の最中にも怨人は飛来し、それを何とか回避する。



「ミグさん! 魔法を放つ際の反動で加速する事は!?」



 ミグは、至誠の言わんとしている事が分かった。

 すなわち超高速の怨人よりも速度を出し振り切ろうとの考えだ。



 魔法は起点から外側へ向かう性質があり、鬼道は外側から起点に向かうという流れが原則性質だ。


 たとえば魔法での飛翔は、起点となる術式を対象の下と後方に配置し、外側へ向かう性質に乗せる要領だ。

 逆に鬼道では体の上と前方に起点となる術式を配置し、引っ張る要領で用いる。


 だがそれは、起点となる箇所そのものに推進力が得られる訳ではない。

 もし起点に反動があるようであれば、大がかりな術式を用いた際に術者が吹き飛ばされてしまうだろう。


 そして最大限の推進力を得られる術式こそが現在の飛翔魔法だ。


 テサロならまだしも、リッチェでは全速力でも現在の時速五〇〇ギルク三九二キロメートル程度が限界だ。

 そしてその速度の維持すら、この場において代役がいない。


 ミグの切り札を使えば、至誠の体を使った単体の飛行にてもっと速度を出すことが可能だろう。


 しかし、それでも至誠の言う速度には届かない。



『無理だ! 魔法には加速に使えるほどの反動はない!!』


 

 ――いいや出来るはずだ!

 ミグが体内から感じ取った至誠の感情はそんな否定的なものだった。



「さっきの攻撃もテサロさんも、爆発の魔法を使っていました! なら推進力を生み出すことだって出来るはずです!!」



 魔法鬼道の原則に則った思考をしていたミグは、至誠のような発想が頭に無かった。


 ――確かに、近くで爆発を起こせば吹き飛ばされるだろう。


 だがそれには致命的な問題がある。



『近くで爆発させたらこちらも怪我ではすまない!!』


「魔法で爆発の威力を閉じ込めることは出来ませんか!? 後方に逃げ道を作って、それで反力を得ます!」


『ダメだ! 爆発は一度じゃないんだろう!? そんな推進力を得られる爆発を連続して閉じ込めた防壁が壊れれば、巻き込まれて死ぬことになる!』



 自分たちには影響をなくしつつ、爆発による推進力を得るのは難しいのかもしれない――至誠はそう考え、考えを巡らせる。



「では空気の制御はどうでしょう!? 前方の空気を圧縮して後方に押し出します!」



 目を付けたのは、新幹線ほどの速度で飛行しているにも関わらず、風をほとんど感じないことだ。

 そしてそれがソニックブームすら防ぐことの出来る強固な魔法技術なのだと至誠は理解していた。


 ミグは至誠の案を理解していた。

 ――確かに空気を勢いよく後方へ押し出せば安全に推進力が得られるだろう。

 しかしこちらにも問題がある。


『それでは推進力は期待できない! 今の方が効率的だ!』



 ミグがそう判断したのは、それが今の飛翔術式が確立する前の、前時代的手法だったからだ。


 魔法や鬼道によって空気を押しだし飛翔する事は可能だ。

 問題は消費するマナやエスの量に対し、効果が著しく薄いことだ。



「それは何℃の話ですか!?」


『なん……度? なんだって?』


「空気の加熱です!」


『なぜ加熱を――』



 至誠は考える。


 魔法という未知の力は、日本で知り得る常識が通用しない。

 だが逆に、魔法があるからこそ科学的な分野の発展を阻害している可能性を至誠は考えた。


 先の天文学においてもそうだ。


 地球の大きさなんて紀元前のギリシャでも分かっていたことなのに、彼女らは知り得ていない様子だった。

 テサロは北極星について知っていたが、それ以上の天文知識が無かった。


 そして不浄の地においては、上空ほど高速の個体が跋扈しているらしい。


 そのために飛行技術についても、自分の知るような機構が発展していない。とするならば、ジェットエンジンのような内燃機関は確立されていないと見ていい。


「前方の空気を圧縮し後方へ放出します! その際に加熱させてから後方へ放出することは可能ですか?」


『加熱と言っても、君はどれほどの温度を考えているんだ!?』


「どのくらいの温度でどの程度の効果が出るかは僕にも分かりません! 考えてるのは五〇〇から一〇〇〇℃くらいです!」


『なっ……』



 ミグの浮かんでいた推察では熱風程度。

 一〇〇℃にも満たなかった。


 だが至誠はその十倍は考えているという。

 なぜそのような温度が必要なのかと問いかける前に、至誠が先に答えを告げる。



「空気は熱量に応じて膨張します! 今の体積を一としたら、二七三℃上昇する毎に倍になります! 五四六℃上昇で三倍です!」



 熱による空気の膨張――いや確かにミグの知識でも似たような知識はあった。

 だがなぜ二七三℃と分かるのか。

 いや、分かっているのか。


 ――同じだ。


 ミグは直感する。

 これも我々の知らない、至誠の叡智。至誠のいた時代の叡智だ。



「僕の時代ではこの原理を使って空を飛ぶ乗り物を作っていました! ミグさんもその光景を見たはずです!」



 大勢の人が乗り込み空を飛翔する乗り物――その原理を説明しているのだと理解した。



『……わかった! やってみよう!!』



 平時であれば、もっと議論を詰めて進めるべきだろう。

 しかし残念ながら、そんな余地はない。


 それでもミグが未知の概念を試すことを決定するのは、彼の言動に説得力があるからだ。


 力強く確信めいたその言葉は、差し迫った状況においてなお、希望を見せてくれる。


 そして事実、彼の導き出した論理が不浄の地の脱出に大きく貢献している。


 ミグはそこに、リネーシャ陛下に近しいカリスマ性を感じていた。



「まず考えを二段階に分けます! 前段として、前方の空気を取り込み、圧縮し後方へ放出します! これは問題ありませんか!?」



『それは、大丈夫!』

 


 鬼道の内側へ向かう性質に空気を乗せ、外へ逃げないよう術式を展開すればいい。



「圧縮することで空気の温度が上昇していますので、後段でさらに空気を加熱します! 炎の噴射でも爆発でも構いません。とにかく温度を上げてください! それを後方からのみ排出します! この時、排気口は小さいほど推進力が得られます!」



 取り込んだ空気を数倍の体積に拡張して押し出し、そのエネルギーによって推進力を得る。何という発想だ――ミグは至誠の世界に戦慄すら覚える。


 だが今すべきことは、彼の叡智を少しでも高精度で再現することだ。



『至誠、体を借りるよ!』



 そう宣言すると、体が己の意思に反して勝手に動き出す。

 と同時に、至誠の手の平や周囲に鬼道陣が出現したかと思うと、ミグはさらなる術式を足下に作っていく。



 鬼道による空気の圧縮。


 鬼道の基本は外から内へ向かう力だ。


 空気を大きな鬼道陣へ引き寄せると、その奥の一回り小さく引き寄せる力の強い陣へさらに引き寄せる。

 それを幾重にも繰り返し、小さく強力な陣へ集約させる。



『リッチェ! 杖を下向きにして!』



 リッチェは理解が及ばない表情だったが、躊躇なく指示に従った。

 この間にも怨人による襲撃が絶え間なく続いている。それを回避しつつの行動だったが、回避に影響は出なかった。


 リッチェの杖の先端が足下へ向けられると、ミグは再びテサロの体を使い魔法陣を構築する。


 その魔法術式は、炎を放出させる為のものだ。


 それ自体はリッチェの杖に組み込んであった火炎の魔法術式の流用だ。

 杖の術式を使わずとも構築は可能だが、すでに作ってある術式を流用することで時間を短縮させることが出来た。


 そして圧縮した空気を排出するすぐ後方に、炎の噴射術式を複数配置した。


 最後に空気の断絶を行う為の魔法術式を展開する。鬼道と魔法は直接触れあうと打ち消し合うので、魔法陣で形作る隔壁と鬼道陣は触れないように注意しなくてはならない。


 そして瓢箪ひょうたんのような空気の通り道が出来上がる。



 だが魔法の発動はまだだ。

 テサロの体で魔法を使うと治療術式が水の泡となる。



『リッチェ! 魔法術式を継承させる! タイミングを教えて!』


「はい!」


 二度の襲来を避けると、リッチェは声を上げる。


「今です!」



 襲来の隙を見て魔法を受け取ると、リッチェは魔法陣を発動させはじめる。



『まずは外枠から! 内部の術式はこっちと合わせて!』


「はい!」



 再三の襲来を避け、外殻となる魔法が構築される。



『次にあの怨人が後方から襲ってきたら、回避した直後に発動させるよ!』



 ミグの宣言後、すぐに怨人は後方から飛来する。


 それを回避し、リッチェは内部の火炎魔法を発動させる。

 同時にミグも至誠の体内から鬼道陣を発動させた。




 空気が取り込まれ始める。



 徐々に鬼道陣による空気の取り込み出力が向上していく。




 それに伴い、後方から排出される空気圧も勢いを増すと同時に圧縮された空気そのものが熱を帯びる。



 高温高圧で排出された空気は炎の魔法でさらに加熱され、急激に膨張した空気が、唯一の排気口である後方から我先にと飛び出していく。



「なっ、なにこれ……!」



 その加速装置はリッチェの杖の先端で構築されていた。

 杖から伝わる徐々に速度の上がっていく感覚に、リッチェは動揺にも似た言葉を漏らす。



 そして、飛翔は加速する。

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