[7]狭く閉ざされたこの世界
話が一段落した後に「そういえば――」と、最初に口を開いたのはエルミリディナだった。
「シセイとしてはどこまで覚えているのかしら? なぜ地下深くで氷漬けになっていたのか、心当たりはあるの?」
至誠は改めて思い出せる限りの記憶を脳裏で整理するが、「いえ――」と首を振る。
「全く心当たりがありません。記憶もはっきりしないというか……昔のことは思い出せるんですが、高校生から――16歳ごろからの記憶がいくつか抜け落ちているような感覚があります。思い出せる限りで一番新しい記憶は17歳ですが、正直、ここで目覚める前のことはまったく……」
「なるほどねぇ。『なぜそこにシセイがいたのか』については、私たちも気になってるところだけれど、本人の記憶からのアプローチは難しそうねぇ」
人差し指で
「シセイが発見された時の映像を見せたら何か思い出すかしら?」
そのままエルミリディナは再び顔を近づけ
「見たい?」
「えっ――」
「かなりひどい状態だったわ。映像として見せることもできるけど、自分の
「えっと、はい。まずはそれでお願いします」
突然グロテスクな映像を見せられるのは
「まず、
「……えっ」
「内蔵も見えるくらい
「そ、そんなにひどい状態、だったんですか?」
「映像で見せなくて正解だったみたいねぇ」
もしそんなものをいきなり見せられていれば吐き気に襲われて大変なことになっていたかもしれない――と、それが回避できたことを喜びつつ、想像しただけで至誠の血の気が引いていく。
その間に、リネーシャが言葉を引き継ぐ。
「幸い脳や
人の、ましてや自分の
「記憶が無いのであれば
「僕の身に何が起こったか……は、正直、見当がつきません。……ただ、僕の知る限り、人を
「ぜひ聞かせてくれ」
メシロ茶を一口のみ呼吸を整え、至誠は言葉を続ける。
「日本では
至誠の説明に「ありえるかもねぇ」とエルミリディナが語る。
「『シセイに何かしらの不幸があって治療できないほどの重傷を負った結果、第三者が未来に
その説を聞いて、至誠自身も「確かに……」とその可能性が一番高そうな気がした。
その一方で「この件に関しては――」と口を挟む。
「現在並行して至誠の発見された地層の調査を進めている。今のところ他にめぼしい発見はないが、もしかすると状況を推測するモノが見つかるかもしれない。そちらの調査に区切りをつけた後で改めて検討することにしよう」
「わ、分かりました」
と同意し、至誠が再びメシロ茶に口をつけると飲み干してしまった。
すぐに執事のスワヴェルディが新しいものを煎れてくれる。その間に、エルミリディナが「というか――」と口を開く。
「リネーシャはどうしても『暗黒時代の住人説』をベースに考えがちだけど、私はどちらかと言えば『異なる世界から転移してきた説』の方を推したいわねぇ」
「それは――僕としても日本が太古に亡びたとするより、そっちの方が嬉しいですね」
「でしょう? それに異なる世界との交流が広がったりしたら素敵じゃない? この世界は狭く閉ざされてるしねぇ」
「狭く、閉ざされて……?」
至誠が首を
リッチェが壁に掛けられている額の中から1つの地図を取り出すと、その
それは彼女たちが部屋にやってくるまでの待ち時間に見た地図らしき絵画で、実際に地図で間違いなかったようだ。
「これは『神託の地』の
「えっと、その『不浄の地』というのは『
至誠が
「人や動物はおろか植物すら育たない『死の大地』という意味では同じだけれどね。でも砂漠と違って『不浄の地』がそうなっている原因はね、高濃度の『オド』が
「オド――」
先ほど聞いた、大気中に存在する有害物質。それに汚染された土地という。
そのままでは具体的なイメージはできなかったが、至誠は
――とはいえ実際のところ『オド』が『放射能』という可能性は低いだろう。体の免疫で放射能を分解しエネルギーを生成するというのはイメージしづらいし、何より放射能なら僕の体には無害というのはおかしい。
その間にリネーシャが言葉を引き継ぐ。
「これまで『不浄の地』に関する調査は数多く行われてきた。だが今のところ大きな
「――エンジン……というのは何ですか?」
車などに使われる部品ではないことは
と至誠が考えている間にリネーシャが答えを口にする。
「分かりやすく一言で表すならば『化け物』だ」
だがそれだけではよく分からなかった。猿人ならば人にとって代わり猿が
そもそも「化け物」という言い回しが
「えっと、『化け物』の定義についてですが、僕のいた世界のイメージでは吸血鬼も『化け物』に含まれていたと思います。これは人間よりも圧倒的に強い力を持つ存在のイメージが先行していたからなんですが――そういう認識の『化け物』で大丈夫ですか?」
「いや、認識にズレがあるな。吸血鬼は『そういう種族』というだけの話だ。――だが怨人は違う。怨人とは『
「怨人は
リネーシャは肩をすくめながら「まぁ、私が生まれた三千年前にはすでにそう呼ばれていて、誰が言い出したかは知らないが」と語りながら言葉を続ける。
「だが少なくとも怨人は、人に限らず動植物に至るまで全ての生物を
「それが
「両方だ。人の数倍――中には数百倍もの
想像していたよりも
「せめて
エルミリディナも、困ったものだわ――と言いたげに肩をすくめる。
「えっと……つまり怨人は『
巨人が世界に
「巨人は、亜人族に分類される『人よりも
思っていた以上のグロテスクな外観に、再びなんと言葉を返せば良いのか分からなくなる。
「それでいて翼がないのに謎の原理で空を飛ぶ個体や、エラも
「それが……
「そうよ。何百万、何千万……あるいは何億匹いるとも知れないわ。――ある程度の実力者なら巨大な怨人であろうと
「かつて
「シセイの反応から見て、ニホンでは怨人やそれと
「はい……
この世界がいかに狭く閉ざされているかの解説が一段落したところで、エルミリディナは「とどのつまり――」と話を戻す。
「『神託の地』という
その場合、現代日本を含む世界が『不浄の地』の
「ひとつ疑問に思ったのは――いや、疑問は尽きないですが、今の話を聞いた上で気になったのは――そもそもの話、『オド』とは何なんですか?」
例えば『
オドの立ち位置も似たようなモノだろうか――と考えて至誠は聞いてみる。
「よく使われる表現としては『
要約すると「正直よく分からん」と、そんなところらしい。
そんなものが世界中に
「逆に聞いておきたい。至誠の知る限り、ニホンにおいて『オド』の影響はあったか?」
その間にリネーシャが至誠へ問いかける。
「いえ……そもそも『オド』そのものがありませんでした。少なくとも、僕の知る限りでは、そう言った知識は持ち合わせていません」
「オドが……存在しないんですか?」
思わず声を上げるリッチェは、すぐにハッと
「いや、リッチェの
エルミリディナが「そういえば――」と、リネーシャに向けて口を開く。
「『オド』って神話絡みに仮説があったわよね?」
「『神の楽園』神話における『侵犯者』が『楽園を
「そう、それ。確か怨人も、楽園を滅ぼすために使われた生物兵器だって仮説もあったわよね?」
「いずれも仮説の域を出ていないがな。――だがもし、シセイが『暗黒時代』に生きていたとすれば、両者が存在しないこととも
オドや怨人の発生が楽園崩壊時であれば、楽園以前の時代には存在しなかったこととなる。
まるでBC兵器のようだ――と思っていると、後ろの方でリッチェが恐縮しながら発言を求める。
「あの、発言してもよろしいでしょうか?」
テサロが
「シセイ様がもし、オドや魔法、鬼道も存在せず、
「それは私も気になるな」
リッチェの発言にリネーシャが同調すると、視線は至誠に集中する。
「『基盤となる技術』ですか。……そう、ですね――」
だがおそらく、彼女たちの知りたいのはそこではない。
「石油やガスも重要でしたが……たぶん最も重要なのは電気だと思います。電気によって社会が支えられていました」
「ほぅ、電気か」
「電気ってあれよね。雷と同じエネルギー体のことよね。あれってかなり不安定じゃなかったかしら?」
リネーシャは興味深そうに、エルミリディナは
「僕は電気工学に詳しくないので仕組みまでは分からないですが、
「先ほどのスマホも、電気をエネルギー源として動きます。なので逆に電気がないとまったく使うことができません」
「実に興味深いな。電気工学に関しては可能な限り詳しく聞いておきたい――が、この話題を掘り下げていくとそれだけで夜が明けそうだな」
「そういえば、そろそろ日をまたぐ頃かしら?」
エルミリディナがスワヴェルディに視線を向けると、すでに腕時計を確認しており、すぐに答えてくれる。
「現在23時半を回ったところでございます」
「先に切り上げる時間を決めておきましょうか。
「そうだな。では0時――遅くとも1時までには一度切り上げよう。続きは本国に戻ってからの方が効率も良いだろうからな」
エルミリディナが「それがいいわぁ」と同意している間に、リネーシャは周りに
「だが、テサロとミグは先に休んで構わんぞ」
その言葉にミグは「いやいやいや――」と、ややオーバー気味に手を振りツッコミを入れる。
「ここまで面白そうな話聞いといて途中で寝ろとか、生殺しすぎるっしょ。ウチらも陛下と同じ穴の
「ええ、同じく」
ミグとテサロの意見に「なら好きにしろ」と
「それで、シセイの知る『電気工学』についてだが、シセイはどれほど知っている? 材料を用意すれば試作できるくらいの知識はあるか?」
「いえ、すみません……学校で習った範囲なら知識として持っていますが、実際に作るほどの知識や経験はありません」
「そうか……それは残念だな……」
「学校で習うような基本的な理論や、既製品からのアイデア提供くらいであればできると思いますが、例えば『スマホを作る』ようなことは不可能です」
「では基礎理論を中心に確認することにしよう。――だがこの場で聞くよりも、本国に戻った後に適正のありそうな研究者を同席させた上で行いたい。問題はないか?」
「が、学生知識でどれくらいお役に立てるかは分かりませんが、可能な限り頑張って思い出します」
自分よりはるかに頭がいいであろう研究職の人たちを大勢前にして高校で習う知識を
「他にも気になることは多々あるが……0時までに終わらせるとなると何を聞くべきか悩ましいな……。――逆にシセイの方から質問があれば聞くが、どうだ?」
「それは、こちらの世界に関すること――でも構いませんか?」
「今後のシセイの日常生活に関わることは帰国後に使用人をつけて
「では――」
と
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