[8]『魔法』『鬼道』という技術基盤

「なぜ僕らは今、言葉が通じているんですか?」


 至誠の疑問に、リネーシャは「そういえば言及していなかったな」と一呼吸を置き、答えてくれる。


「会話に関しては通霊術つうれいじゅつという術式を用いて翻訳を行っている」


「つうれい、じゅつ――?」


「言葉が通じないもの同士で意思の疎通そつうを可能にする秘術だ。詳しい原理は難解な話なので割愛するが、つまるところ『異なる口語を自動で翻訳してくれる代物』だ。結果として、シセイの言葉は我々にはこちらの言語で聞こえ、君には全てが母国語で聞こえている」


 術式だの秘術だのはよく分からなかったが、ひとまず至誠は『会話を自動翻訳してくれる蒟蒻こんにゃく』のようなものだと理解する事にした。


「通霊術は便利だが注意点もある。まず、文字は適応外だ。例えばあそこにある本は、至誠には読むことはできないだろう?」


 そう指し示された先にあるのは書架だ。


「確かに……背表紙に何が書かれているかまったく分かりません」


「逆に、我々はシセイの母国語の文章を読むことはできない。ただし、書いている文字を誰かに読んでもらえば通霊術の適応でき、翻訳されて聞こえる」


 至誠は「なるほど」とつぶやきながら、通霊術の利点や欠点を覚えておくようしっかりと耳を傾ける。


「次に、固有名詞や同音異義語も注意が必要だ。通霊術は自動で翻訳されるが、翻訳精度の調整ができない。特に名詞や固有名詞の混同には注意が必要だ」


 至誠が「ああ、だから――」と納得した表情を浮かべると、リネーシャが気になるような素振りを見せる。至誠はメシロ茶の入ったコップを手に取り、理由を説明する。


「このメシロ茶の名前は地名から来ていると言ってましたが、日本語でメシロと言えば一般的にはメシロという種類の魚になります」


「既に混同が起きていたか……。もっと早く説明するべきだったな。すまない」


「いえ。いきなり説明されてもたぶん困惑して終わったと思いますし……」


「そうだな。――とはいえ、今後は固有名詞や同音異義語による語弊や齟齬により注意が必要だ。それを頭の片隅に置いておく必要があるだろう」


 至誠が「分かりました」と頷くと、リネーシャは少し体勢を崩しつつ言葉を続ける。


「通霊術についての大まかな説明は以上だ。何か質問は? なければ別のことでもいい」


 至誠は「そう、ですね……」とつぶやきながら、聞いておくべきことがないか思考を巡らせる。ひとまず通霊術とやらがどういう原理かまるで分からないものの、それを追及することの優先順位は低い気がした。


「通霊術に関してはひとまず大丈夫そうです。他に聞きたいこととなると――そうだ、『魔法』について聞かせてください」


「魔法の何が聞きたい?」


「何が、と言うより『魔法』そのものがよく分からず――魔法という言葉そのものは知っていますが、吸血鬼と同じで『日本においては空想の産物フィクションの用語』という認識でした」


 至誠の返答に、リネーシャは「もしかすると――」と何かに気がついた様子だ。


「『吸血鬼』も『魔法』も通霊術の影響かもしれんな。通霊術翻訳精度が調整できない。そのためこじつけのような翻訳ほんやくがされる場合がある。今回の場合だと『我々の知識』と『シセイの知る空想作品フィクションの用語』が強引に紐付けられている可能性がある」


「ということは、似ているだけで全く本質が異なる場合もある、ということですか?」


「その可能性もあるだろう。紐付けられている以上、最も近い概念だとは思うが」


 それを確かめるのは難しい――といった雰囲気を至誠も理解する。


 ――まぁ、全く話が通じないよりは圧倒的に助かるけれど。


 と思いつつ、リネーシャは「それで魔法についてだが――」と、話題を魔法に戻す。


「ひと言で言い表せば、社会を支える技術基盤のひとつだ」


「基盤――ということは、かなり浸透している技術ですか?」


「魔法そのものは全世界に浸透している。国家間の技術力に差はあるがな」


 その辺りは科学技術によって成り立っていた現代社会も同じだろうと至誠は思えた。


「魔法は古代の魔人が生み出したとされる技術で、今では軍事利用やインフラ、企業活動、日常生活――あらゆる場所で用いられる」


 ――現代社会における電気のように、社会にとって必要不可欠な存在が近いかな?


「なんとなく……漠然としたイメージは分かりました。ですが、なんというか……具体的にどんな感じか想像がつきません」


「より理解するためには実演が必要だな。エルミリディナ、できるか?」


 リネーシャに頼まれたエルミリディナは「ええもちろんよ!」と喜気として承諾する。リネーシャに余計な口をきくなと釘をさされていたことで、出番が回ってきたことによる反動が大きそうだ。


 そんなエルミリディナは、配膳車の方にいたリッチェにスプーンをひとつ持ってくるように告げる。


「どうぞ」


 リッチェがスプーンを手渡すと、エルミリディナはそのまま円卓の上に置く。


 と、同時にエルミリディナは胸の高さで手のひらを開く。

 直後、手のひらの先に円形の図形が浮かび上がってくる。それは淡く発光しながら、円の内外にさらに複雑な模様を描いていく。


 それを至誠の知識で言い表すならば『魔法陣』だろう。

 手のひらサイズの小さな魔法陣は空中ですぐに完成し、光量が増えた途端、スプーンが宙に浮く。


「これが魔法よ。魔法は、体内にあるマナManaを使って術式を構築・処理して、ようやく発動できるものよ」


 そう言ってエルミリディナは空いている方の手で魔法陣を指差す。


「これは魔法の術式。術式はそのままだと意味なくて、それを処理する必要があるわ。どんな効力を持つかは術式次第で、結果の強弱や持続性については処理次第ね。――魔法を使うための流れはなんとなく分かったかしら?」


「あ、いや……」


 と、初めてのことに至誠は眉間に皺が寄る。


「えっと……ふんわりとした概要とか流れは分かりました。ただ、その、術式とやらがどういう仕組みかとか、そもそもなぜ術式を処理すると魔法が発動するのかとか、そういう本質的な部分がまだ全然……さっぱり――といった感じではありますが」


「それでいいわ。魔法の術式理論は一朝一夕で身につくものではないもの。人によっては、生涯をかけて研究するほど奥が深いのが術式ですもの」


 そう言われ、今すぐ魔法がなんたるかを理解するのは諦めた方が賢明だと至誠は察する。


「ちなみに――その、疑ってる訳じゃないですが……手品とか――見えない糸で吊ってるとかでは、ないですよね?」


「もちろんよ、触ってみる?」


 至誠は宙に浮くスプーンの上下左右に腕を伸ばしてみるが、確かに紐や支えなどは何もなかった。


 試しに軽くスプーンをつついてみると、スィーっと空中を横移動しはじめ、空気抵抗で減速し止まった。


「す、すごいですね」


「私たちにとっては当たり前のことなんだけど、そうおだてるように驚かれるとなんともむずがゆいわねぇ」


 とエルミリディナは微笑みをこぼす。まるで、小さな子供が新しい発見をして喜ぶ姿を見守るかのように見えた。


 そんな雰囲気に一抹の気恥ずかしさを覚えつつ、至誠は別の角度から魔法について質問する。


「魔法というのは誰でも使えるんですか?」

「『誰でも』という訳ではないわぁ」


 至誠の質問にエルミリディナが優しい口調で答え、理由を説明してくれる。


「魔法は『マナMana』を操作する必要があるわ。逆説的に、それができないと魔法は使えないの」


 エルミリディナは宙に浮くスプーンを魔法で踊らせながら言葉を続ける。


「そのマナはね――んー、なんと言うべきかしら……。無色透明、無味無臭のエネルギーなんだけど『体の中に存在している』って感覚があるのよ。でもこの感覚は個人差があって、中にはマナを感覚的に自覚できない人もいるの。そういう人は習得にすごく苦労するわねぇ」


「『マナ』そのものは、全員にあるんですか?」


「そこも個人差ね。体内に全くマナがない人もいて、そう言った場合はたいてい『鬼道』の方に適性があるわね」


「きどう――? それは魔法とは異なる技術ですか?」


「そうよ。『魔法』と似たような技術に『鬼道』があるわ。こっちも知らないかしら?」


 至誠が肯定すると、エルミリディナはリッチェにフォークを取ってこさせ円卓の上に置く。


 そして空いている方の腕を胸の高さに掲げ、同じように手を開く。と、その直後、もう一つの魔法陣が生成され、フォークも同じように宙に浮いた。


「スプーンが魔法で、フォークが鬼道を使って浮いているわ。違い、分かるかしら?」


「い、いえ――少し図形が違う、くらいでしょうか?」


「よく見てるわねぇ。偉いわぁ。そう、構築する術式理論が全く異なるの。でも魔法と鬼道は似たようなことができる、かがみ合わせのような技術なの」


「――?」


 そろそろ理解が追いつかなくなってきた至誠は首をひねる。


 魔法と鬼道の違いについてイメージを掴むため、至誠の知る知識の中で『同じような事ができるものの、根幹が異なるもの』がないか探す。


 ――例えば蛍光灯とLED照明とか?


 両者は発光するメカニズムは全く異なるが、双方とも室内を明るくするという機能は同じだ。


 ――あるいはガソリン車と電気自動車、AndroidスマホとiPhoneとか、そんな感じだろうか?


 と考えると、なんだか腑に落ちる気がした。

 双方とも結果として似たような事ができるが、過程や仕組みに互換性はない。魔法と鬼道もこんな感じなのだろう――と至誠は理解する。


「少し一度に説明しすぎたわね。要は、魔法と鬼道という2つの技術があって、それが私たちの日常生活から軍事技術まで幅広く使われているってことよ」


 そう言ってエルミリディナはその場で両手を握り込む。するとスプーンとフォークが一瞬にしてひしゃげ、パチンコ玉ほどの大きさに圧縮されてしまった。


「――!?」


 直接触れもせず金属が圧縮された様に、思わず目を見張り息を飲む。


 確かにこれは……使い方によっては凶器だ――と、軍事技術としても使われるという意味を至誠は否応でも理解できた。


 その間にリネーシャが補足を入れる。


「まとめると、魔人の生み出した技術が『魔法』、鬼人の生み出した技術が『鬼道』だ。だが人や獣人、亜人であっても習得できる。これらの技術が習得できるかは適性の問題で、人種よりも個人差が大きい。そして一般的には、どちらか適性のある技術のみを習得することになる」


「ひとりで両方は使わないんですか?」


「魔法の発動にはマナManaが必要なように、鬼道にもエスEsが必要になる。この2つは体内で混ざり合うと中和し打ち消し合う性質を持っている。故に、蓄積されるのは生成量の多いどちらか片方となり、基本的に、適性のある方しか使えない」


 ――マナはなんとなく聞いたことがあるけど、エスって何だろう? アルファベットの「S」ではないよね?


 と至誠は疑問に思うが、翻訳の関係でこじつけのようになることもあると言っていたことを思い出す。


 同時に、エスとはいったい何か――と考え、至誠はひとつの可能性に思い至る。


 ――もしかして『エスパー』とかの『エス』かな?


 であるならば意味は『Extra Sensory』……超感覚的知覚で、超能力や第六感が近いことになる。


 ――意訳するとエスは『異能的なエネルギー』とかかな? マナは『神秘的なエネルギー』とでも訳すといい感じに対比している気がする。


 などと曖昧な翻訳精度を頑張って補いつつ、至誠は魔法や鬼道への理解を深める。


「まぁ、今はなんとなく概要が理解できたらそれで大丈夫よ。また分からないことがあったら都度質問してちょうだい」


 エルミリディナの言葉に同意し、至誠は言葉を続ける。


「今はまず『魔法と鬼道という2つの技術がある』という事実だけ覚えようと思います。……えっと、2つだけってことでいいんですよね?」


 その疑問にはリネーシャが答えてくれた。


「概ね問題ない。正確には魔法と鬼道を組み合わせた『霊術』と呼ばれる技術もある。通霊術などはこの分野だが、極めて特殊な技術ため、一般的ではない」


「な、なるほど……」


 と、頭の片隅に留めておく程度の理解で話を進める。


「ちなみに、なんですが……魔法か鬼道って、僕にも使えますか?」


 これは必要かと言われるとそれほど優先順位は高くない質問だったが、至誠の中で好奇心が上回った。


「マナかエスの存在が感じられれば可能性はあるでしょうね。試してみましょうか?」


「はい、お願いします」


 そう言ってエルミリディナは至誠の手を取ると、そのまま数秒間の沈黙が流れる。


「……」


「どうかしら? 今シセイの右手からマナを送り込んでいるわ。肩を経由して左手から私に戻ってるけど、その循環じゅんかんを感じ取れるかしら?」


「……」


 正直、エルミリディナがいう循環とやらが全く実感できなかった。


 だが初めから諦めるのはダメだろうと、目をつむり両手に意識を集中してみる。


 ……。


 …………。


 しかし結果は変わらず、至誠は全くこれっぽっちも感じ取れなかった。


「すみません……分かりません」

「じゃあ次にエスを試すわよ」


 そう言われ再び意識を体内に集中してみるが、こちらもまるで何も分からなかった。


「残念だけど、シセイが習得するのは難しいでしょうね。全く認識できないものを精細にコントロールするのは無理だもの」


「確かに、そうですね……」


「まぁ、日常生活に関しては大きな支障はないはずよ。多少の不便はあっても、必要なら使用人や身辺護衛人ボディーガードやといえば済む話だし、そのくらいの面倒は私の国で見てあげるわ」


「ありがとうございます」


 至誠は手を離しつつ、マナとエスを試してくれたことと、エルミリディナの好意に感謝する。


「それでぇ、魔法や鬼道に関してはおおむね理解できたかしら?」


「はい、なんとなくは。ただ、日常生活において具体的どんな使われ方をしているかとかは、まだ、うまくイメージできてませんが――」


 至誠の理解度に、リネーシャも腕を組みながら少し頭をひねる。


「その辺りは実際に経験しないと理解しづらいだろうが――」


 と断りを入れつつ、リネーシャは魔法や鬼道の使い道について軽く触れる。


「初歩的な使い方としては、物を操作したり物質の強度を高めたりだ。あとは身体能力の強化も定番だな。軍事技術としては、遠距離への攻撃や、索敵――視界のはるか外側の状況を把握することもできる」


 リネーシャの補足に合わせエルミリディナは「例えばこういうこともできるわよぉ」と至誠の視線を引き付け、金属片となったスプーンとフォークを空中へ放り、指先を金属片に向けた。


 直後、指先からレーザー光線のような光が一瞬走ったかと思えば、金属片が打ち抜かれ跡形もなく消し飛んでいた。


「――ッ!?!?」


 突然の出来事に驚きながらも、1つの疑問が脳裏を過った。


「い……今のも、魔法ですか?」

「そうよ。男の子はこういうの、好きでしょう?」


 レーザー光線へのロマンは否定しないが、しかし至誠の脳裏に浮かんだ最大の疑問はそこではない。


「あの、今、術式の図形が見えませんでしたが――」


 先ほどスプーンやフォークを宙に浮かせて見せた時には、確かに手のひらの先に魔法陣らしき術式が浮かんでいた。しかし今回のレーザー光線ではそれらしき魔法陣は見えなかった。


「さっき術式を見せたのは『シセイに分かりやすく説明するため』よ。実際に軍事利用する際は、術式は見えないところで構築処理するのが定石ね」


 つまりこの世界では、前触れなく魔法攻撃が飛んでくるかもしれない――ということだ。


 その事に至誠は肝を冷やす。


 魔法や鬼道によって成り立つ世界が、銃社会と同じくらい恐ろしいものに感じられる。


「ちょっと刺激が強かったかしらぁ?」


 と、エルミリディナが申し訳無さそうに眉間に皺をよせている。


「あの、いえ――すみません」


 と、冷や汗をかきながらしどろもどろに答えると、リネーシャは話は席を立ち、「少し休憩にしよう」と話に区切りをつけた。

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