[3]不死者の戦い方

 至誠は思考が停止していた。

 目の前で凄惨な死体――それも殺される瞬間を目にするなど初めてのことだったからだ。


 しかしその間にも状況は否応にも進んでいく。


 不意に至誠の全身に軽い衝撃が走ると、周囲の光景が様変わりしていた。

 至誠の体は今、空中にいる。


 状況の変化についていけず、驚愕きょうがくと困惑を覚えた。


 至誠はリネーシャに抱えられている。

 彼女に抱えられ、元いた場所から大きく跳躍して空中にいた。


 突然目の前に広がったスプラッターに頭が真っ白になっていた至誠だったが、そのあまりにも現実離れした状況の移ろいと大きな衝撃によって、少しばかり思考力が回復しはじめていた。


 と同時に、雪原に地吹雪を巻き上げ着地する。


 積雪は少なくとも1メートル以上はある。しかし「雪がクッションになった」では説明できないほど、着地の衝撃はなかった。


 その後方でヴァルルーツを担いだエルミリディナと、テサロに首根を捕まれたリッチェも同様に着地する。リッチェは着地と共にテサロの手を離れるが、至誠とヴァルルーツは担がれたままだ。


 一行は雪原を駆ける。いや、駆けると評するのは適切ではない。リネーシャもエルミリディナもテサロもリッチェも、雪上をわずかに浮遊した状態で高速で移動している。


 それが以前テサロが使った飛翔魔法であることが、至誠には漠然と理解できた。


「で、この後どうするのかしらぁ? 私としてはいい暇つぶしになりそうだけど」


 エルミリディナは余裕そうにリネーシャに問いかける。


「残りの相手は英傑級。中には神格級に到達している者もいるやもしれん。勝つことはできても戦闘の余波で至誠が死ぬ恐れがある。それは避けねばならない」


「そうねぇ。自爆に巻き込む自信があるわぁ!」


 そんな会話をしている間に、後方で闇夜を払拭せんと言わんばかりの光彩が輝きはじめる。先ほどまでいた建物からだ。


 だがリネーシャもエルミリディナもまるで気にしている様子はない。


「陽動を兼ねて残るか?」


「あら、いいの?」


「ああ。盛大に暴れて敵の目をひきつけろ。本隊・・がそちらに向かえば全力で引っかき回してやれ。狙いがこちらなら、斥候から可能な限り情報を引き出せ」


 そんな会話の最中に、魔女の放った大魔法が地面を融解させ、衝撃波で周囲の積雪を根こそぎ吹き飛ばしながら到達しようとしていた。



  *



 魔法による攻撃には、マナを構築した術式を演算処理しなくてはならない。すなわち大規模な魔法になればなるほど、必要な術式の規模も、必要なマナの量も、現場で処理する労力も桁違いに増えてくる。故に大規模な魔法や鬼道は、専用の部隊を用意して分散処理させるのが軍隊運用の基本だ。


 だが魔女と思しき襲撃者は、通常ならば大隊規模の人員が時間をかけて構築する規模の術式を、たったの数人で、かつ、またたく間に発動させてしまった。あまりにも規格外。


 異様なまでの技量。

 異質なまでの熟練度。


 その事に、ヴァルルーツは恐怖すら感じる。


 ――これが近代に入って世界の三大列強にまで成り上がった国の兵士の技量か……。


 自国とのあまりの開きに、ヴァルルーツは思わず目を覆いたくなる気分にすらなる。


 だがそれ以上に異様なのは、レスティア皇国の皇帝も皇女もまるで意に介していないことだ。もし彼女らが部下であれば、状況を理解できているのかと叱責のひとつでも声を荒らげていたことだろう。


 だがレスティア皇国も三大列強の一角。それも、千年近くその席に座っている覇権国家だ。彼女らにとってはこのレベルが普通、あるいは取るに足らないレベルなのだと察し、ヴァルルーツは度肝を抜かされる。


 直後、大規模な魔法攻撃が放たれる。


 と同時にエルミリディナはヴァルルーツを抱えたまま、指を鳴らす。


 すると魔女の大魔法はまるで透明な壁に阻まれたように、いともやすく四方へ散っていった。


 散った魔法攻撃が降り注いだ地面はまたたく間に融解し、雪どころか地面すら溶かしている。


 エルミリディナは簡単に防いで見せたが、あの大魔法を都市に向かってなぎ払うように放たれれば、数千人規模の都市ならば一瞬で融解し消滅していたことは想像にかたくなかった。


 ――次元が、違いすぎる……。


 ヴァルルーツが息を飲んでいる間に、リネーシャとエルミリディナの会話が進む。


「スワヴェルディの方は?」


「スマホを確保して、今は瓦礫がれきの下で潜伏中ねぇ。今のところ気付かれてないし、スマホの特異性も観測してないわ。足下から急襲きゆうしゆうできるけど、どうする?」


彁依物アーティファクトの確実な確保を優先せよ。だが、好機があれば動いていい。塩梅は任せる」


「了解よ」


「お前も好きにしろ。だが優先順位を間違えるな」


「えぇもちろんよ。もし合流が必要な場合は言ってね。何もなければ情報収集しつつもてあそんでるから」


 彼女らの会話がよく分からないヴァルルーツだったが、直後に見た光景はさらに理解が及ばなかった。


 背後から魔女が追ってきている。それは想定できる事態だ。だが後方から雪上を駆けて追いかけてくる3人の魔女は、既に人型と呼ぶべきか疑わしい。いずれも頭部がなく、体はひどく損傷しており、すでに流れ出る血液すら残っていないほどの様相のそれは、先ほどリネーシャに殺されたはずの魔女だからだ。


 まるで操られた人形のように、忌避感すら覚える挙動で走ってくる。


「あ、あいつらはいったい!」


 そんな状況を目にしたヴァルルーツはそう悲痛とも似た動揺を口にする。


「ヴァルルーツ王子ぃ」


 そんな事はどうでもいい――と言いたげな口調のエルミリディナに呼ばれ、返事する。


「このあと王子を盛大に放り投げるけれど、ひとりでバランス取れるかしら?」


「ば、バランスでございますか!?」


 何の話かわからない――そんな感情を含ませたヴァルルーツ復唱を無視し、エルミリディナは急減速すると、直前まで迫っていた異形の魔女の脇をすり抜け背後を取る。ヴァルルーツを担いだまま。


 同時に異形な魔女の足下に陣が浮かび上がる。間髪入れず、周囲の雪は大きく陥没する。落ちると言うよりは、上からたたき付けられたかのようなそれは、クレーターのように雪と地面を、そして魔女を巻き込み逃げる時間などなく圧縮する。


 頭部の無い魔女の一人が再び動かなくなった。


 残る2体の魔女の遺骸は、エルミリディナへ同時に飛びかかる。その体には、いびつな紋様が光を零しながら散見させながら。


 それが、とある彁依物アーティファクトによる影響によるものであると、ヴァルルーツは知らなかった。


 エルミリディナは足下に魔法陣が生成されると、飛びかかってきた魔女に攻撃を仕掛けようとする。


 しかしエルミリディナの行動を封じるかのように、別の魔女の攻撃が遠方より飛来する。


 エルミリディナにとって、その攻撃を受けきることは簡単だった。しかし担いだままのヴァルルーツは耐えられないと考え、「これは無理ねぇ」とぼやくと、術式を放棄して回避する。


 リネーシャの後を追うように再び駆けるエルミリディナだったが、すでにその距離はかなり開いてしまっている。


「じゃあね、ヴァルルーツ王子。また後で合流しましょう。後学のために間近で戦闘を見せててあげたけど、よければその感想でも聞かせてちょうだいね」


 エルミリディナはヴァルルーツに有無を言わせず放り投げる。その2メートルほどの巨体に加え、かっちゅうの重量が乗ったヴァルルーツを、軽々と遠投した。まるで子供用が小さな人形でも投げるかのように。


「うおおおおおッ――!?」


 王族らしからぬ声が漏れつつ、宙を舞った体は弧を描きながらリネーシャたち一行の近くにちてくる。


 ヴァルルーツは、何とか空中で体勢を立て直す。

 直後、テサロが魔法の範囲内にヴァルルーツを捕らえた。体をわずかに浮遊させ、集団で雪上を駆けるための飛翔術式の効果に加える。


 ヴァルルーツは体勢を整え、エルミリディナの方を一瞥いちべつする。


 その背中は華奢きゃしゃな少女のそれだったが、足下で展開される魔法と鬼道の混合術式は明らかに子供の――いや、人類の範疇はんちゆうを超えた出力を誇っていた。



  *



 エルミリディナはヴァルルーツを放り投げると、即座に新たな術式を展開する。


 異形の魔女はそのまま突撃するが、追ってきていた他の魔女たちは即座に散開し、防御と回避に専念する。


 足を開き腰を低く、まえかがみに腕を引き、力を両拳に集中させる。そうやってエルミリディナは即座に収束を終えると、全身を使い両腕を勢いよく前へ突き出す。


 合わせて発動する攻撃は、今まさに飛びかからんとする異形の魔女たちに向かって放たれる。


 業火ごうかが放たれ、その火焔かえんはまるで可燃性の気体に引火を繰り返すように、それでいて溶岩のように粘りけを持つ持ち、一瞬にして広範囲へと爆轟ばくごうが拡散する。そこに巻き込まれた異形の魔女は、即座に灰燼かいじんす。体内に埋め込まれた鉱石を除いて。


 エルミリディナが放ったのは広範囲だが指向性を有した超火力の火焔攻撃。


 攻撃性という一点において、この術式は非常にコスパがいい。

 しかしこの攻撃には致命的な欠点が2つある。1つは、発動中に身動きが取れなくなることだ。


 即座にその弱点に気が付いた1人の魔女が、業火の隙間を縫うように接近し、カウンター攻撃を仕掛ける。


 魔女の視線は、エルミリディナを確実にとらえていた。


 作戦成功――そう脳裏で確信した直後、魔女は気がつく。エルミリディナの視線がしっかりと魔女こちらへ向けられていることに。そして、愉悦で満悦な笑みを浮かべていることに。


 身動きの取れないと言う弱点を持つこの攻撃が、魔女を誘い込むためのわなだと気が付いたときには遅かった。


 エルミリディナの放った火焔は急速に術者の腕すら破壊しはじめる。


 その霊術は、既存の魔法や鬼道よりとは違う。

 物理的な防御どころか、魔法的な防御をも貫通する異質な火焔を生み出す霊術だ。


 代償として、発動中は身動きが取れなくなり、発動者を燃やし尽くさなければ止まらないという、いわく付きだ。


 そしてその火焔は、エルミリディナもろとも奇襲を仕掛けた魔女を巻き込み盛大に爆裂した。

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