[12]一挙両得

「一言で説明するなら――昨晩、空からちた者です。名を、シセイと申します」


 スティアは確信する。間違いない、例の逃亡者だ――と。

 騎士として、この男を取り押さえる。それが自分の職責だとスティアは理解している。


 だが目の前の男の発する気配はあまりにも不気味だった。


 ――この異質さ……まるで、あのケダモノバラギアのようだ。


 スティアは背後にいる兵士に「早く行け」と告げる。彼が情報を持ち帰る間に目の前の男を足止めする。それが自分の役目だ。たとえ命をしたとしても。


「ここで争いたくはありません。ひとまず話を聞いていただけないでしょうか?」


「いいだろう。私が話を聞こう」


 だがこの兵士は行かせる。それを止めるつもりなら容赦ようしゃはしない――そう含ませた返答をすると、シセイは「ありがとうございます」と笑顔を浮かべ、柔らかい口調で答える。


 直後、背後から甲冑かっちゅうの金属音が耳につく。

 その音から、兵士が転倒したのだと察することは容易だった。


 だがその後、起き上がる気配がまるでない。かといってシセイから視線を外すのは危険で、スティアには何が起こったのか把握できない。


 そのことでわずかばかりの焦燥感しょうそうかん動揺どうようを抱かせる。


「……何をした?」


 さらに声のトーンを落としたスティアの質問には答えず、男は一方的に告げる。


「こちらの目的は単純明快たんじゅんめいかいです。昨晩、離ればなれとなった3人の仲間と共に、レスティア皇国へ帰ることです」


 ――やはり、レスティア皇国の関係者だったか。


 今朝の会議でその可能性は浮上していた。

 だが相手の主張をみにするのは危険だ――と考えつつ、どうするのが最適なのか必死に頭を巡らせる。


「ですが、昨晩のかんがみれば、謝罪と補償ほしょうが必要であると理解しています」


 思慮しりょ最中さなかに耳についた言葉がスティアのかんさわる。


「事故? 事故だと? あれだけのことを引き起こしておいて、事故と言い張る気か?」


「己の未熟さには忸怩じくじたる思いを抱いています。ですが少なくとも、悪意ある犯行や、テロ攻撃ではありません」


 声音に焦りと苛立いらだちが募るスティアとは対照的に、シセイは変わらず冷静な口調で返す。まるで、その問答を事前に想定していたかのようだ。


 ――落ち着け。乗せられるな。


 頭に血が上りそうになる自分に、スティアは言い聞かせる。


「……ならば、おとなしく投降するべきだ。これ以上の無駄な足掻きは自分の首を絞めることになる。詳しい経緯いきさつは、それからゆっくり聞いてやろう」


「その提案はやぶさかではありません。ですが、もし仲間が不当に扱われていた場合に対応できないような状況に身を置くことはできません。少なくとも、仲間の内一人は早急に治療が必要な状態のはずです」


「多くの住人を殺しておいて、自分は身内を失うのは嫌だと?」


「スティアさんの心情はこの地に住まう者として極めて真っ当な感情です。僕としても大切な人たちを失いたくはありません。しかし、お互いにその感情でのみ突き進めば、その先にあるのは血で血を洗う争いです。こちらはこれ以上血が流れることを望んではいません」


 スティアは苛立いらだちを感じた。


「黙れ。御託ごたくはいい。今ここでお前が投降することが、最良の結果を生む」


 スティアが帯刀たいとうしていた剣のつかに手を添える。


 その身ひとつで全てを護ることができる騎士――それがスティアの理想とする騎士像であり、いつかその境地きょうちいたりたいと思っている。その理想は決して悪いことではない。それがあるからこそ、これまで愚直ぐちょくに騎士として精進しょうじんする原動力となっていた。


 しかし、最近の失敗続きでネガティブになっていた感情と、疲弊ひへいと睡眠不足によって論理的な思考が鈍ったスティアの脳内は、自分が今この場でシセイを取り押さえることができれば全て丸く収まる。それが騎士としての宿命だ――と、浅慮せんりょな結論に引っ張る原因となった。


 スティアの素振そぶりを見て、シセイはもの悲しげな表情を浮かべていた。


「それで割を食うのは善良な一般人です。そして僕らは怨人ではありません。理性的に、冷静に、平和的に話し合う機会をいただけないでしょうか?」


「投降した後に聞いてやろう。もしここで抵抗するというならば――」


 ――拘束させてもらう。


 そう最後の警告を口にする途中で、言葉はさえぎられた。後ろで倒れていたはずの兵士が気配を殺し起き上がると、飛びかかってきたからだ。


 華奢きゃしゃだった兵士の素手が、スティアの頭部を押さえつける。左手で口をふさぎ、右手が首元を絞める。首元にチクリとした痛みが走ったが、すぐに兵士を振りほどくと兵士は壁際まで軽々と転がっていった。


 兵士が襲ってきた理由は分からないが、今優先するべきは目の前の男だ――と剣を抜く。


 抜こうと試みる。


 だが、なぜか身体は言うことを聞いてくれなかった。


 それどころか勝手に臨戦態勢を解くと、何事もなかったかのように倒れた兵士に近づく。


「どうされましたか!?」


直後、奥に行っていたウエイトレスが物音を聞きつけ階段を駆け上がってくる。


「『おそらく過労だな。昨日からずっとまともな休息がなかったのだろう』」


 スティアはウエイトレスにそう説明し、兵士をかつぎ一階へと下ろす。


「『すまないが店の奥で少し休ませてやってくれ』」


 そう言ってスティアは、厨房ちゅうぼうから出てきた男たちに兵士を任せると、自らの席に戻る。


「お客様、大変申し訳ないのですがこちらは特別なおVIP席となっていまして――」


 近くに座っていたシセイに対しウエイトレスが切り出したので、代わりにスティアが対応する。


「『すまないが、彼とは少しばかり話がある。大目に見てもらえないだろうか?』」


「さ、さようでございましたか。騎士スティア様がそうおっしゃるのであれば――」


 そういってウエイトレスも下がっていった。


 ――違う。なんだこれは。


 スティアは理解できなかった。自分が、自分の意志に反して行動している。指先一つ、鬼道の一欠片ひとかけらすら動かせない。


 ――いったい何が、どうなっている?


 スティアには理解できなかった。

 だが周囲に人気がなくなると、自らの意志とは関係なくさらに口を開く。


「『どうだった? 手応えはあった?』」


「やはり、一筋縄ではいきませんね」


「『抑止力も見せ札もない現状、仕方ないよ。――隠密おんみつ状態を解除して力量を誇示してやればもっと違った反応が返ってきたと思うけど、今それをすると他の騎士に見つかるかもだし』」


「そうですね」


「『実際、この子の言動は都市の安寧を司る騎士をしては当然だろうね。――念のために聞くけど、今ならまだ、逃亡する方針に変えても間に合うよ。それとも、交渉もウチがやる?』」


「いえ、このままでいきましょう。交渉については、もっとうまくできるよう頑張ります。全部任せしてしまうと負担が大きすぎると思いますし」


「『分かった。もしウチじゃないと分からないところがあったら合図を送ってね』」


「はい。――それで、スティアさんの方はどうですか?」


「『ゲーゴくんとは比べものにならないくらい良いよ。実年齢はたぶん二十歳前後かな? 若いのによく研鑽けんさんをつんでる。それも、ただ筋肉を付けただけじゃなくて実戦に即した体作りをしているのが高評価だね。ウチと同じで鬼道の適性が高いようだし、相性でいったら最良だよ』」


「それは良かったです。強さの基準で言うとどのくらいですか?」


「『この子の素の実力だと、予想通り天才級かな。ウチが操れば、充分に英傑として振る舞えるよ』」


 シセイと呼ばれた男とスティアはそんな会話が行き来する。


 ――なんだこれは!?


 スティアはそう声を荒らげたかった。しかし自身の体はその意志を受け付けず、勝手に目の前の見知らぬ男と親しげに話している。


 混乱のただ中にあるスティアに対し、シセイは「さてスティアさん――」と話の矛先を向ける。


「これからいくつか質問をしますので答えてください。――まず、そちらで捕らえている三人の内、すでに殺した、または死んでいる者はいますか?」


「『……この子の知る限り、いないみたい。大丈夫』」


 スティアはその意志に関係なく、体は勝手に返答を口にする。同時にシセイの表情に安堵を浮かぶ。


 表情それを見て、相手の術中にはまってしまったことをようやく理解した。


「では次の質問ですが――」


 ――まずい!


 スティアは心臓が締め付けられるほどの危機感を覚える。


「3人の居場所を知っていますか?」


「『んー、これは……判断が難しいね。聞き方を変えてみて』」


「となると――居場所を知っている人物と、そうでない人物がいる、ということでしょうか?」


「『うん、そうみたいだね』」


「なるほど。では、スティアさんが居場所を知っているのは、1人だけですか?」


「『いや、違うね』」


「2人ですか?」


「『……うん。おそらく、そう』」


「3人目は知らない?」


「『2人で間違いないみたい』」


 ――まずい! このままでは自分から致命的な量の情報が流出してしまう!


 スティアはそう焦るが、それでもやはり抵抗する術が見つからない。


 ――何とか、何とかしなければ……。


 そう考えを巡らせる間にも、質問は続く。




  *




 至誠とミグは、スティアから必要な情報を聞き出していく。


 テサロとヴァルルーツはラザネラ教会に、リッチェはロゼス王国軍側に捕らえられているという新たな情報を得ることができた。合わせてゲーゴから聞き出した情報に食い違いがないかも確認していく。


 どうやら、英傑えいけつ級の騎士は教会の守りを固めるために捜索そうさくに出ていないようだ。領主も王都に出向いていて不在であり、この情報が確かならば、至誠とミグが市中で英傑を二人以上同時に相手するような状況になる可能性は低い。


 スティアがベギンハイト家の血縁者けつえんしゃである情報にも間違いなかったが、教会に出家しゅっけした自分には人質としての価値がないと考えているようだ。


「他に確認しておくべきことはありますか?」


 ここまで裏でミグに助言をもらいながら質問してきた。


 ゲーゴの時のようにミグが至誠の体を動かして直接聞くこともできたが、今後の交渉に向けて慣らしておくためにも至誠が率先して対応している。


『あとは、そうだね……アーティファクト関連かな』


 必要な知識をミグから聞きつつ問いかけるが、これといった情報は得られなかった。


『ないなら安心できるけど、知ってるのは上層部のみってこともあるし……警戒するにこしたことはない、か……』


 ミグは自戒するように小言をこぼす。至誠への情報共有も兼ねているようだ。


一通りの質問を終えて一呼吸置き、ミグは『それで例の件だけど――』と改めて確認してくる。それが事前に伝えておいた「ある考え」に関することだと察した至誠は、うなずき肯定する。


 至誠は一呼吸置き、ゆっくりと「さて、スティアさん――」と言葉を投げかける。

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