[12]一挙両得
「一言で説明するなら――昨晩、空から
スティアは確信する。間違いない、例の逃亡者だ――と。
騎士として、この男を取り押さえる。それが自分の職責だとスティアは理解している。
だが目の前の男の発する気配はあまりにも不気味だった。
――この異質さ……まるで、あの
スティアは背後にいる兵士に「早く行け」と告げる。彼が情報を持ち帰る間に目の前の男を足止めする。それが自分の役目だ。たとえ命を
「ここで争いたくはありません。ひとまず話を聞いていただけないでしょうか?」
「いいだろう。私が話を聞こう」
だがこの兵士は行かせる。それを止めるつもりなら
直後、背後から
その音から、兵士が転倒したのだと察することは容易だった。
だがその後、起き上がる気配がまるでない。かといってシセイから視線を外すのは危険で、スティアには何が起こったのか把握できない。
そのことでわずかばかりの
「……何をした?」
さらに声のトーンを落としたスティアの質問には答えず、男は一方的に告げる。
「こちらの目的は
――やはり、レスティア皇国の関係者だったか。
今朝の会議でその可能性は浮上していた。
だが相手の主張を
「ですが、昨晩の
「事故? 事故だと? あれだけのことを引き起こしておいて、事故と言い張る気か?」
「己の未熟さには
声音に焦りと
――落ち着け。乗せられるな。
頭に血が上りそうになる自分に、スティアは言い聞かせる。
「……ならば、おとなしく投降するべきだ。これ以上の無駄な足掻きは自分の首を絞めることになる。詳しい
「その提案は
「多くの住人を殺しておいて、自分は身内を失うのは嫌だと?」
「スティアさんの心情はこの地に住まう者として極めて真っ当な感情です。僕としても大切な人たちを失いたくはありません。しかし、お互いにその感情でのみ突き進めば、その先にあるのは血で血を洗う争いです。こちらはこれ以上血が流れることを望んではいません」
スティアは
「黙れ。
スティアが
その身ひとつで全てを護ることができる騎士――それがスティアの理想とする騎士像であり、いつかその
しかし、最近の失敗続きでネガティブになっていた感情と、
スティアの
「それで割を食うのは善良な一般人です。そして僕らは怨人ではありません。理性的に、冷静に、平和的に話し合う機会をいただけないでしょうか?」
「投降した後に聞いてやろう。もしここで抵抗するというならば――」
――拘束させてもらう。
そう最後の警告を口にする途中で、言葉は
兵士が襲ってきた理由は分からないが、今優先するべきは目の前の男だ――と剣を抜く。
抜こうと試みる。
だが、なぜか身体は言うことを聞いてくれなかった。
それどころか勝手に臨戦態勢を解くと、何事もなかったかのように倒れた兵士に近づく。
「どうされましたか!?」
直後、奥に行っていたウエイトレスが物音を聞きつけ階段を駆け上がってくる。
「『おそらく過労だな。昨日からずっとまともな休息がなかったのだろう』」
スティアはウエイトレスにそう説明し、兵士を
「『すまないが店の奥で少し休ませてやってくれ』」
そう言ってスティアは、
「お客様、大変申し訳ないのですがこちらは
近くに座っていたシセイに対しウエイトレスが切り出したので、代わりにスティアが対応する。
「『すまないが、彼とは少しばかり話がある。大目に見てもらえないだろうか?』」
「さ、さようでございましたか。騎士スティア様がそう
そういってウエイトレスも下がっていった。
――違う。なんだこれは。
スティアは理解できなかった。自分が、自分の意志に反して行動している。指先一つ、鬼道の
――いったい何が、どうなっている?
スティアには理解できなかった。
だが周囲に人気がなくなると、自らの意志とは関係なくさらに口を開く。
「『どうだった? 手応えはあった?』」
「やはり、一筋縄ではいきませんね」
「『抑止力も見せ札もない現状、仕方ないよ。――
「そうですね」
「『実際、この子の言動は都市の安寧を司る騎士をしては当然だろうね。――念のために聞くけど、今ならまだ、逃亡する方針に変えても間に合うよ。それとも、交渉もウチがやる?』」
「いえ、このままでいきましょう。交渉については、もっとうまくできるよう頑張ります。全部任せしてしまうと負担が大きすぎると思いますし」
「『分かった。もしウチじゃないと分からないところがあったら合図を送ってね』」
「はい。――それで、スティアさんの方はどうですか?」
「『ゲーゴくんとは比べものにならないくらい良いよ。実年齢はたぶん二十歳前後かな? 若いのによく
「それは良かったです。強さの基準で言うとどのくらいですか?」
「『この子の素の実力だと、予想通り天才級かな。ウチが操れば、充分に英傑として振る舞えるよ』」
シセイと呼ばれた男とスティアはそんな会話が行き来する。
――なんだこれは!?
スティアはそう声を荒らげたかった。しかし自身の体はその意志を受け付けず、勝手に目の前の見知らぬ男と親しげに話している。
混乱のただ中にあるスティアに対し、シセイは「さてスティアさん――」と話の矛先を向ける。
「これからいくつか質問をしますので答えてください。――まず、そちらで捕らえている三人の内、すでに殺した、または死んでいる者はいますか?」
「『……この子の知る限り、いないみたい。大丈夫』」
スティアはその意志に関係なく、体は勝手に返答を口にする。同時にシセイの表情に安堵を浮かぶ。
「では次の質問ですが――」
――まずい!
スティアは心臓が締め付けられるほどの危機感を覚える。
「3人の居場所を知っていますか?」
「『んー、これは……判断が難しいね。聞き方を変えてみて』」
「となると――居場所を知っている人物と、そうでない人物がいる、ということでしょうか?」
「『うん、そうみたいだね』」
「なるほど。では、スティアさんが居場所を知っているのは、1人だけですか?」
「『いや、違うね』」
「2人ですか?」
「『……うん。おそらく、そう』」
「3人目は知らない?」
「『2人で間違いないみたい』」
――まずい! このままでは自分から致命的な量の情報が流出してしまう!
スティアはそう焦るが、それでもやはり抵抗する術が見つからない。
――何とか、何とかしなければ……。
そう考えを巡らせる間にも、質問は続く。
*
至誠とミグは、スティアから必要な情報を聞き出していく。
テサロとヴァルルーツはラザネラ教会に、リッチェはロゼス王国軍側に捕らえられているという新たな情報を得ることができた。合わせてゲーゴから聞き出した情報に食い違いがないかも確認していく。
どうやら、
スティアがベギンハイト家の
「他に確認しておくべきことはありますか?」
ここまで裏でミグに助言をもらいながら質問してきた。
ゲーゴの時のようにミグが至誠の体を動かして直接聞くこともできたが、今後の交渉に向けて慣らしておくためにも至誠が率先して対応している。
『あとは、そうだね……アーティファクト関連かな』
必要な知識をミグから聞きつつ問いかけるが、これといった情報は得られなかった。
『ないなら安心できるけど、知ってるのは上層部のみってこともあるし……警戒するにこしたことはない、か……』
ミグは自戒するように小言をこぼす。至誠への情報共有も兼ねているようだ。
一通りの質問を終えて一呼吸置き、ミグは『それで例の件だけど――』と改めて確認してくる。それが事前に伝えておいた「ある考え」に関することだと察した至誠は、うなずき肯定する。
至誠は一呼吸置き、ゆっくりと「さて、スティアさん――」と言葉を投げかける。
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