[2]ラザネラ教会2 騎士長の責務

「現代において魔女と言えば真っ先にマシリティ帝国、ひいてはマギ教が連想れんそうされます。なぜならそこに属さなかった魔女がことごとく不審死ふしんしげた歴史があるためです。しかしその毒牙どくがが及ばなかった国が2つあることを忘れてはなりません。我らが神聖ラザネラ帝国とレスティア皇国――覇権国家絡みの案件ともなれば、種族に対する印象だけで判断するのは非常に危ういことを理解しておくように。なにせことと次第によっては、我らがのですから。――ここまでで異論がある者はいますか?」


 その場で異論をとなえる者はおらず、ミラティク司祭はさらに言葉を続ける。


「それでは支部教会を預かる司祭として命じます。――副団長ロロベニカは現在行方の知れない『逃亡者』の捜索そうさく、その指揮しきるように。第2から1人、第3から3人、第4から2人の捜索班そうさくはんを複数編制へんせいし、ブリニーゼ歓楽街かんらくがいとその周辺から捜索そうさくを始めて下さい。第3騎士長ルグキスは第3騎士6名からなる小隊を複数編成し、捜索班の護衛、および捜索範囲の巡回を行うように」


 副団長のロロベニカと第3騎士の騎士長を務めるルグキスは「かしこまりました」と命令を受諾しつつ、ロロベニカはさらに言葉を続ける。


「第3騎士隊を重点配置すると言うことは、それだけ『脅威きょういを秘めている』と考えて差し支えないでしょうか?」


「状況証拠のみですが、英傑えいけつ級の実力を有している可能性があります。襲来した個体はすでにかなりのダメージを蓄積していました。しかしこちらで捕縛ほばくした2名はオドに浸食しんしょくされ、特に魔女の方は意識不明となってかなり時間が経過しているとおぼしき状態でした。王国軍側に捕縛された1名の詳細は分かりませんが、結果だけを見ればバラギアの一撃で沈んでいます」


 ミラティク司祭は、4人中3人の実力がそれほど高くなかった、あるいは動けなかった可能性を示唆しさする。


「すなわちくだんの『逃亡者』が4人の飛行を管理し、治療をほどこしつつ、さらに怨人に対し強力な攻撃を敢行かんこうしていた――という可能性があります。これほどのことを並行して行えるなれば英傑級の中でもさらに上位の評価は下らないでしょう。少なくとも襲来当時、侵入者たちは上空で散りましたが、怨人が最後まで追ったのはその『逃亡者』です」


 怨人には攻撃対象に明確な優先順位がある。植物より虫を、虫より動物を、動物より人類を優先して襲う。そして魔法や鬼道の術式じゅつしきによる気配を感じ取れ、同じ人類の中でも術式の出力が強い者を最優先に狙う習性がある。


 すなわち『4人の襲来者』の中で『現在逃亡中の人物』が最も術式の出力が高く、保有ほゆうする戦闘力が高い可能性が大きい。


「さらにはベージェス、バラギア両名の追跡ついせきいています。混乱と闇夜にじょうじたとはいえ、ロゼス王国が誇る3人の英傑の内2人から逃げ切る実力者ともなれば最大限の警戒を必要とするでしょう。人類は怨人とは違い、知性がありますからね」


「しかし、もしそれだけの実力者であれば既にベギンハイトから出ているのではありませんか?」


 ロロベニカの問いかけにミラティク司祭は「これは私の直感ですが――」と所感しょかんを述べる。


「ベージェスが捕らえた獣人は最後まで投降とうこうせず、仲間の安否あんぴを心配し、かつ合流しようとしていました。ベギンハイト上空で散ったのも『逃走者』が怨人を引きつけ仲間を逃がすためならばに落ちる点は多くあります。身内へのじょうに厚い人物ならば救出に動き出す可能性が高いでしょう」


 なるほど――とロロベニカは納得していたが、第3騎士長のルグキスは別の質問を投げかける。


「それほどの実力者が相手ならば団長が出た方が良いのでは?」


「ベージェスと第1騎士団は教会の守りを固めることを優先させざるを得ません。英傑級とまではいかないものの、獣人とて高い戦闘技能を有していました。彼が意識を取り戻した際に、押さえ込みつつ情報を聞き出せるほどの実力者が現場に必要です」


 ルグキスは納得しつつ、さらに別の質問を問いかける。


「ではなぜブリニーゼ歓楽街周辺から捜索するんです? あそこは怨人の襲来地点とはだいぶ離れてますが」


「体力的な疲弊ひへいやマナ・エスの消耗しょうもう心労しんろう考慮こうりょすれば、逃亡者が即座に動ける状況にないと見ています。そうでなければ、怨人が討伐とうばつされてすでに2時間が経過しようというのに一切の動きが見られないのは不自然です。もし回復をはかるならば、人混みに紛れて休息きゅうそくを取り、かつ物資ぶっし調達ちょうたつが行いやすい場所――夜通しにぎやかな繁華街はんかがいを有力だろうと推測しています」


「確かに……客が信徒かどうかなんて大衆向けの店ではいちいち確認しませんからね」


「加えて、逃亡した方向や怨人が襲来した地点からつかず離れず――それでいて混乱があまり伝わっていない立地となれば、ブリニーゼ歓楽街が最も有力です」


「戦力の分散をしないのは賛同します。ですが入れ違いに教会堂が襲われてはマズいのではないですか?」


「それもベージェスを教会にとどめておく理由のひとつですよ」


 ルグキスの疑問に答えつつも、ミラティク司祭はロロベニカ副団長に視線を移す。


教会こちらと捜索班の連絡はみつにとるようにしてください。もしも『逃亡者』が入れ違いに教会へ襲撃しゅうげきしてきた場合は徹底てっていして退路たいろつぶすように。自ら火中かちゅうに飛び込んできたのであれば、挟撃きょうげき包囲ほういします」


 ルグキスの疑問が解消されたところで、ミラティク司祭は現在捕らえている2人の処遇しょぐうについて触れる。


「さて魔女の処遇について――どのような立場かまだ不明ではありますが――すでにオドの汚染がひどく、このままでは長くは持たないでしょう。故に治療を最優先とします。獣人の方は意識が戻り次第、尋問じんもんする必要があるでしょう」


 担当する主任聖職者をそれぞれ指名し、続いて王国軍側で捕らえている1名について、シルグ司祭補佐へ向き直し告げる。


「シルグ、貴女あなたは王国軍との交渉こうしょうを」


 シルグは頭が良くいつも冷静沈着れいせいちんちゃくな女性だ。だがミラティク司祭の言葉で初めてその表情が曇った。


「それは、バラギア氏が捕らえている女性の件――で、お間違えないでしょうか」


「ええ。早急にこちらへ引き渡すように、と」


 シルグ助祭の表情に懸念けねんが浮かび上がる。


「彼はベギンハイト家当主の次男でありロゼス王国における三英傑の一人です。……今こじれると色々と厄介やっかいです……それに、バラギア氏が女性である私の言葉に耳を貸すとは思えませんが」


 シルグはバラギアのことを生理的に受け付けないようだ。その気持ちはスティアにも分かる。あの極端きょくたん男尊女卑だんそんじょひ主義者にして猟奇的りょうきてき嗜虐性愛者サディストと関わりたいと思う女性はいない。


「すでにガルフにはまわしをしています」


 ガルフ・ベギンハイトはバラギアの兄であり、ベギンハイト家の次期当主と目されている長男だ。


「女性を蔑視べっししているバラギアのことです。シルグが引き渡しを要求すれば直接乗り込んでくるでしょう。その後の対応はベージェスとガルフに引き継がせます」


 シルグは納得した様子で「かしこまりました」と答えると、ミラティク司祭は話をいったん区切り全員の顔を見渡す。


「さて、以上が司祭としての方針ですが、他に質問や意見がある者はいますか?」


 スティアは会議の行方を見守っていた。自分には発言すべきことが特に思いつかなかったからだ。


 ミラティク司祭が会議の出席者を見渡す。そのわずかな時間の中でベージェス団長の視線がスティアの方へ向いているのが分かった。


 何かを訴えるような視線に感じたが、その意図が分からないでいると、ミラティク司祭の視線もスティアへ向けられる。


「スティア」


「はっ、はい!」


 司祭の口調は少しばかり残念そうな空気をまとっていた。


「スティアからは何かありますか?」


「わ、私ですか……えー、いえ。その」


 歯切れが悪いスティアに全員の視線が向いている。スティアはさらに萎縮いしゅくしながら、何か言うべきか考えるが、何も思いつかず「特にございません」と返す。


 注目される視線に耐えられなくて口にした返事だったが、ミラティク司祭は少しガッカリしたような表情を浮かべている。


「『第4騎士隊は現在動かせる状況にある』と、判断して問題ありませんか?」


 具体的にそう問われ、ハッと気が付く。


「あっ……。……いえ……申し訳ございません。現在の疲弊ひへいを考えると、難しいと思います」


 スティアは胃がキリキリと痛むのを自覚する。


 一介の騎士であれば良かった。たとえ疲労困憊ひろうこんぱいであろうとも、有事ゆうじの際には命令に従い、ってでも任務をこなせば良かった。


 だが騎士長という立場になると部下をしっかりと管理しなくてはならなくなる。


 スティアのさらに上司が、こちらの都合など考えず無理難題を押しつけてくるだけならまだやりやすかっただろう。だが――余所よその教会はどうか知らないが――ここのベギンハイト支部教会ではそうではない。


 騎士長という騎士をまとめる立場になった以上は、その地位にさわしい判断力や、必要に応じて上の者に対してでも意見具申いけんぐしんを行うことが求められる。部下が使えない状況でそのまま使い潰せば、それはスティアの責任となる。


 第4騎士団の騎士長を拝命はいめいして半年。自信を喪失しかけていたスティアは先の怨人襲来で失態を犯し落ち込んでいた。そしてたった今も、必要な意見具申ができず、さらなる失態を重ねてしまったことが精神的に追い打ちをかける。


「それでは第4の中で見習いを卒業した新人は一時的に第一騎士隊こちら指揮下しきかに入れましょう。その方が彼らにとっても良い刺激しげきになるかと」


 スティアの歯切れの悪い説明を受けて、ベージェス団長が代わりに提案する。

 第1騎士隊の指揮下に入ると言うことは、実質的に教会で待機するに等しい。


 ミラティク司祭がうなずき肯定すると、ベージェス団長は続けてロロベニカ副団長に問いかける。


「捜索班について、第2騎士団から2名ずつ当てることは可能か?」


「可能です。しかし、遊廓街ゆうかくがいへの派遣も考えますと、人員をほとんど出払うことになりますので第2騎士団の予備兵力が残りません。その穴を第1騎士団の方で埋めてもらってもよろしいでしょうか?」


「問題ない。では第4騎士隊の見習い達については解散させ、十分な休息を取らせよう」


 スティアの失態を、ベージェス団長がすぐに穴埋めをする。第4騎士隊の動ける騎士は第1騎士隊が預かり、残りは解散。それはつまり、一時的とはいえスティアは隊長として指揮するべき部下が一人もいなくなったことを意味する。


「スティア、お前も今日はしっかりと休んでおけ」


 加えてベージェス団長はさらに気遣きづかいまでしてくれる。


「っ……。いえ、せめて捜索班に同行します。同行させて下さい」


 騎士長としては未熟もいいところだ。だが騎士としても動けないようでは、それこそスティアの騎士としての自信や自負が完全に崩れてしまいそうな恐怖を感じ、何とか同行を願い出る。


「……では、ロロベニカの指揮下に入れ」


 ベージェス団長はそう承諾してくれるが、ロロベニカ副団長の顔色がわずかに曇ったのに気がついた。

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