[1]ラザネラ教会1 緊急招集
世界の外側に
ごく一部、奇行に走る個体も存在しており、そういった個体は神託の地へ襲来してくることがある。全体の総数からしてみればごく一部に過ぎないが、怨人は個体数があまりに膨大のため、人類からすればそれなりの頻度でやってくるように感じる。
故に怨人が神託の地へ襲来することは決して珍しいことではない。
それらが内陸へ向かわないよう
不浄の地との
言うなればここは、人類の
前線に
そんな城塞都市ベギンハイトは3つの区画に分かれており、山頂の第一区には領主のベギンハイト家をはじめ有力貴族の屋敷が建ち並び、ロゼス王国軍の重要施設や、
*
その日――2月10日。東の空が闇を押しのけ
第一区にあるラザネラ教ベギンハイト支部の教会堂、その
「ベージェス団長!」
彼女は目の前を歩いていた人物に
「スティアか」
スティアと呼ばれた女性はその人物に追いつくと、青い炎のように鮮やかな色をした
「
スティアの
「第4騎士隊にもスティア自身にも課題は多い。だが
「……はいッ」
スティアは肩を落としながら、ベージェス団長の後ろを早足でついていく。
ついてこいと言われた訳ではないが目的地は同じだ。
ベギンハイト支部の教会堂は、ロゼス王国王都にある本部教会に比べればこぢんまりとしているものの、それでもベギンハイトの
今歩く
そんな廊下を進むと、両開きの扉と警備任務についている二人の騎士が見える。スティアにとっては彼らは同じ騎士団に所属している
そんな騎士たちはベージェスとスティアを前にして、即座に騎士団内で用いられる敬礼を
団長は軽く、スティアは
「楽に」
ベージェス団長が
この部屋は会議室と
スティアもまた自らの
長机には
上座に座るのはベギンハイト支部教会における
すでに双方合わせて三十名ほどが椅子に座っていたが司祭の姿はまだない。
ベージェスが椅子に腰を下ろすと、彼の目の前に座っている司祭補佐のシルグ・ヴィレタスが最初に口を開く。
「ミラティク様は準備がもう少々かかるご様子。今しばらくお待ちください」
そのシルグは少し
「
ベージェス団長が事務的に言葉を返すと、聖職者側に座っていた中年の兎人女性が待っていたと言わんばかりに口を開く。
「それはそうと団長殿、下のお子様が1歳になられたとのことで、まことにおめでとうございます。来年の
そんな
2時間ほど前、怨人の襲来が発生した。そこでスティアは致命的なほどの失態を犯してしまったからだ。
言い訳をするならば、昨晩のスティアは
例年2月9日は、午前中に2歳を迎えた子供を祝う幼年の儀、9歳を祝う少年の儀、そして午後からは16歳を祝う青年の儀、24歳を祝う成人の儀が行われる。
それらは元日に行われる新年の儀や2月22日に行われる
そしてそれは、スティアも同じだった。
すでに騎士を10年務めてきたスティアは身をもってその忙しさを知っていた。一介の騎士としてであれば、そつなく仕事をこなせる自信があった。
だがこれまでと違い、スティアは半年前から第4騎士隊の隊長たる「騎士長」の地位に就いている。言わば「騎士長見習い」ともいうべき立場になったばかりで、騎士長として大きな祭事に臨んだのは新年の儀以来、二度目だ。
一介の騎士であれば命令に従っていれば良かった。
だが騎士長ともなれば、上司という立場から部下の状況を
ベギンハイト支部の騎士団は4つの部隊で構成されている。
第1騎士隊は団長
第2騎士隊は副団長が指揮する部隊で、役目は規律と秩序の
第3騎士隊は信徒を脅威から守る矛であり盾としての実戦特化の部隊である。祭事では警護任務に注力している。
そしてスティアが指揮する第4騎士隊は、見習い騎士や新人が最初に配属される教育部隊だ。そして祭事においては雑務にあたる。手の足りないところに応援に行ったり、優先順位が低くベテランの騎士が対応するあまでもないような
実際、第4騎士隊の担当する事案は一件一件は大したことはないことが多く、重大な案件であればベテラン騎士に引き継いでもらえば良い。しかしその数があまりにも多い。なにせベギンハイトの人口はおよそ30万人で、外部から入ってくる商人や派兵された外国の兵士も入れればもっと多い。
スティアは一日必死になって部下に指示を送り続けた。加えてスティアはこの都市ではそれなりに名の知れた騎士だ。わざわざ
そんな多忙な一日の任務を終えたのが、日を
そして、そのわずか一時間後、怨人の襲来が発生した。
スティアの部下はいずれも
結局、第4騎士隊の準備が整ったのは怨人の討伐が終わった後のことだった。
――タイミングが悪かった。
それは否定はできない。
しかしスティアが自らそれを口にしてしまえば騎士長として失格だ。
第4騎士隊は教育部隊だ。そしてスティアもまた、人の上に立つための教育を受けるためにその地位に就いたのだと理解している。
新人が多少の失敗をするのは仕方のないことだ。重要なのは反省し、そこから何を学び、次にどう生かしていくか――だろう。そのことは当然、スティアも理解している。
――頭では理解、している。
だが騎士長を拝命して半年、これまでにもいくつかの失態を重ねてきたスティアは、今回の失態が引き金となり「自分は人の上に立つ素質がないのではないだろうか?」と精神的に思い詰めていた。
そんな「心の未熟さ」を誰よりも一番自分が分かっていて、未熟な自分にさらに気持ちが落ち込んでいた。
そんな折りにベージェス団長の晴れ晴れとした功績を耳にすれば、いっそう気落ちしていくスティアだった。
*
それから少しして奥の扉が開き、ミラティク司祭が3人の主任聖職者を引き連れて入室する。
ミラティク司祭は
聖職者、騎士団員全てが起立し敬礼を向ける。
「待たせてしまいましたね」
ミラティク司祭は優しく柔らかい口調で語りかけ、敬礼に軽く手をあげ対応する。
上座に司祭が座るのを確認し、一緒に入ってきた主任聖職者も自分たちの下座についた。
「この非常時にわざわざ君たちを集めたのは他でもありません。先ほど発生した『怨人の襲来』に関連し、
ミラティク司祭から言葉を引き継いだシルグ司祭補佐は、報告書を片手に立ち上がり口を開く。
「本日午前4時21分、南西より怨人の襲来が発生し、第3区西にある
スティアは自分の失態を
それでも騎士として最低限の
「いやはや、ベージェス団長の
一人の主任聖職者が
「団長殿は
ベージェス団長とて疲労が
そんな団長は怨人の襲来が発生した直後、
部下が悪いのではない。隊長として未熟な自分が一番悪いのだ――団長の有能さと比較して自分の無力さを自覚していたスティアは、
「最新の被害状況はどうなっているのですか?」
別の主任聖職者が口を開くと、シルグ司祭補佐は手元の資料を
「現段階で死者数は64名、重傷者が54名、軽傷が246名。今なお倒壊した建物の下敷きになっていると
「何とも
そう言葉を漏らす主任聖職者を尻目に、副団長のロロベニカ・スタルーンはシルグ司祭補佐に問いかける。
「襲撃を受けたのは
「現在も王国軍側が確認を行っていますが、現時点で完了の見込みは立っておりません。死者が王国軍兵士の場合は確認が容易なのですが、
「確かに
ロロベニカ副団長は
「そこで、第2騎士隊および聖職者を現場に
「問題ありません。むしろ
「王国軍側では今なお指揮系統の混乱が解消していない様子です。
ロロベニカ副長が同意すると、シルグ司祭補佐は閑話休題と言葉を続ける。
「ご存じの通り、怨人の襲来は連鎖する場合がありますが、今のところは確認されていません」
シルグは一呼吸置くと、手元の資料を一瞥しながら「ただ――」と言葉を続ける。
「問題は、この度の怨人襲来の原因に関しまして――無論、もとより怨人の行動原理を理解することなど不可能でしょうが――今回に限って言えば、『
ざわりとした空気が会議室に
不浄の地に面している都市である以上、怨人の襲来のリスクはいついかなる時も発生しうる。むしろ内陸の都市部へ怨人が向かわないために、意図して境界ギリギリに大きな城塞都市を造り誘導、駆除しているのだから、襲来はむしろあって
だがもし怨人の襲来が自然発生ではなく、何者かが
「現在『獲物』の内、1名は王国軍側で、2名は我々の方で捕らえています」
「『小型の怨人』ではないのですか?」
人と変わらないサイズの小型の怨人も存在する。その可能性を懸念した主任聖職者の問いかけに、シルグは「いいえ」と首を振りながら説明を続ける。
「1人は狼系統の獣人でかつ魔法を使用していました。怨人は魔法を行使できる個体や獣人の特徴を持つ個体は確認されていませんので、その可能性は極めて低いでしょう」
ざわざわとした空気が、次の言葉でどよめきに変わる。
「――そして、もう1人の種族ですが……おそらく、魔女と見込まれています」
「まさか……マシリティ帝国か!?」
他の主任聖職者が
しかし「可能性は捨てきれない」といった意見や「
ラザネラ教とマギ教は対立関係にあり、その歴史は非常に長い。そしてマギ教の発祥の地にして元締めこそがマシリティ帝国であり、魔女によって建国されたことで有名な三大列強国の一角でもある。
そんな議論を止めたのはミラティク司祭だ。そのか細い手で、扉をノックするときのように机の上を軽く叩く。それが手を止めて自分に注目するように示した合図であることは、この場にいる全員が知っていた。
「
王国軍側で1人、教会で2人。すなわち、まだ1人捕まっていないことを理解した聖職者たちにどよめきが走る。
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