幕間「レスティア皇国」
[1]皇帝の勅命
ラザネラ暦6077年2月12日。
神託の地の中心にフォーギリア海と呼ばれる、世界最大の内海がある。
その内海には大小いくつかの島が点在しているが、これらは全てレスティア皇国の領土だ。その国土面積は他国と比較しても決して多いわけではないが、世界の中心たるフォーギリア海を実行支配しているために、物流における影響力は計り知れない。
加えて世界の最先端を行く技術立国でもある。武具や魔法・鬼道具、装飾品や消耗品に至るまで、レスティア皇国の一流の品々を求め世界中から商人が買い付けに来る。
さらに、世界最大級の軍事力をも持っている。そこに比肩する神聖ラザネラ帝国を除けば、世界中が束になったとしても
そんなレスティア皇国領中でもっとも大きな面積がある島に首都リエルキアがある。
首都で真っ先に目を引くのは森厳なる一本の巨大樹だ。雲を突き抜けることもある程に異質に巨大な大樹のことを、人々は世界樹アズネラと呼んでいる。
首都リエルキアはそんな世界樹の根元に広がる大都市だ。
そのあまりにも巨大な世界樹によって、根元に広がる都市には巨大な日陰が広がっている。本来であればジメジメとした空気が充満していてもおかしくはない。だが、首都リエルキアでは今もなお
それを可能としているのが、世界樹の周りを衛星の如く周回する巨大な設備だ。巨大なクリスタルの様相のそれは、日光を屈折させ首都に適度な恵みが降り注ぎ、光量を調整することで夏は涼しく、冬は暖かくする事に一役買っている。そしてそれを運用している技術がどうなっているのか、一般国民も外国からの入国者も理解が及ばない。それほど高度な技術が用いられている。
そして城下に広がる都市も繁栄を極め、世界経済の中心たる姿に恥じない活気にあふれている。
世界三大列強国の一角であるレスティア皇国の姿は超大国に
レスティア皇国をそんな超大国へと押し上げ、千年以上も皇帝として君臨するリネーシャ・シベリシスは皇国の民にとっては神にも等しい存在だ。
ただし、そこに宗教としての崇拝は存在しない。
それは彼女がそれを望まなかったからだ。
知らずに
寿命の
力を欲するものは敬拝するだろう。世界最高峰の軍事力を持つ皇国において、単身にして最高戦力と名高く、かつて魔王すら討ち取った
富を欲する者は嫉妬するだろう。物流の中心地として栄華を極め、世界のあらゆるモノが集まる仕組みを作った皇帝の手腕に。
名声と富、強さと権力、その全てを手にしたリネーシャだが、彼女はそれを誇示しない。民は
皇国では血筋ではなく、実力や能力、結果によって評価される。
元
「全員いるかしらぁ?」
エルミリディナは皇女として
玉座の間と呼ばれる一室がある。
皇帝の勅令や式典、来賓を迎える際に用いられる特別な一室だ。
目を覆いたくなるような精巧な装飾が彫り込まれた天井から間接光が降り注いでいるが、照明は
暗色で統一された室内には、深紅の生地に細密な紋章が黄金で描き出された
玉座の間は三つの区画に分けられる。
下層には多くのレスティア皇国の中枢を担う優秀な要人や職員が集められている。入り口に近いほど階級は低く、玉座に近いほど高い階級を示す。階級は低いと言っても、まずこの場に入れるだけでも極めて狭き門である。
中層は、下層と上層の間に設けられた踊り場だ。玉座の間を使用した集会において、この層に立てるのは基本的にリネーシャ陛下直属組織「
上層の最も高い位置に据えられた玉座は二つ。漆黒と
エルミリディナ皇女は最敬礼でもって迎え入れる配下の者たちに言葉を続ける。
「リネーシャが来る前に一つ言っておくわ」
そこに集まった全ての者たちがエルミリディナの言葉に耳を傾ける。
それは皇女が口を開いたからというだけではない。彼女が入室するより前から、異質な空気が部屋にはびこっていたからだ。
日頃の招集時には、皇帝が姿を現すまでは各員はその場で周囲の者と雑談し談義に花を咲かせるのが有り触れた光景だ。こういう場でなければ意見を交わす時間のない者もおり、気分転換としても有効だったために皇帝自身が認めていた。何らかの式典の時は当然
だが今日はそれがなく、重々しい異様な空気が玉座の間を支配していた。ヒソヒソとした声が局所的に発生しているが、さらに空気を重くするに一躍をかっただけだ。
そんな中での皇女の不穏な発言に、誰しもが傾聴する。
「リネーシャとは千年ちょっとの付き合いだけど、ここまで機嫌が悪いのは初めて見るわ」
この場に呼ばれた者であれば、すでにその情報を多かれ少なかれ耳にしていた。
リネーシャ皇帝の不機嫌さや
皇帝はとても温厚な人物というのは有名な話だ。
圧倒的強者故の余裕。
不老長寿による時間的余裕。
世界有数の超大国を築き上げた才覚故の余裕。
冗談を言い合える程の配下の者も大勢いる。この場にも。
これまでで皇帝が不機嫌になる事といえば、研究の成果が上がらない時だ。魔法、鬼道、霊術、そしてアーティファクト等――。
それも、自分の力不足による成果不足により自身に苛立つことがあっても、その苛立ちともまた違った雰囲気を多くの者が感じていた。
「いつもは分限に関わらず自由な発言を許してるけど、まぁ今日は、悪いことは言わないからやめときなさい」
皇女のこんな忠告は過去に例があっただろうか……招集が終わったら過去の議事録を確認してみたい――そんな考えを巡らせる者もいるほど異例な発言だった。
しばらくして重厚な扉が開かれると、リネーシャ・シベリシス皇帝が入室してくる。皇帝としての正装を身に
エルミリディナ第一皇女を含め、招集された全ての者は皇帝に皇国式の最敬礼を見せる。
跪き顔を差し出す姿は、立っているリネーシャがその首を切り落とし血を
皇帝が玉座に鎮座すると、続いてエルミリディナ第一皇女が敬礼を解き着席する。続き招集された者たちは順次顔を上げていく。
「まずは諸君、急な招集命令にも関わらず集まってくれたことに感謝する」
皇帝の言葉には、すでに
「先に諸君らには謝らねばなるまい。久しく感じていなかった
いつもとさして変わらない様子だ――そんな風に考えた者も少なくない。
「さて、ことの経緯を知らぬ者も多かろう。そこで、まずは情報の共有からだ。スワヴェルディ」
「ハッ」
中層に立つスワヴェルディは一歩前へ出ると、下層へ向き口を開く。
「それでは私の方から説明させていただきます。詳細は後ほど文章にてまとめたものを用意いたしますが、第二種機密文書の指定になりますのでご注意ください」
実際にまとめられた文章の表紙を見せつつ、説明を始める。
「事の発端は某王国にて、鉱石アーティファクトである『
スワヴェルディが指を鳴らしつつある術式を発動させると、玉座の間に一人の容姿が投影させる。
「発見当時は仮死状態ではありましたが、調査班はこれの
スワヴェルディが再度指を鳴らすと、投影術式は解除される。
「この人型アーティファクトを皇国へ移送予定でしたが、外的要因により調査班の一部と共に喪失する事態となりました。外的要因の詳細につきましてはまた別の問題と関係してきますのでこの場では伏せさせていただきますが、喪失至らしめた直接的な要因は別のアーティファクトの影響になります」
概要を告げ終わるとスワヴェルディは下がり、代わりにリネーシャが玉座から立ち上がる。
「人型アーティファクトは名を持っており、氏が『加々良』、名が『至誠』だ。この加々良至誠の喪失事案は、私自身の怠慢に他ならない。だが、今は教訓を得るために時間を割くべきタイミングではない。別のアーティファクトの効果で現在も生存していることが判明したためだ」
玉座の間にいる全員に声を届けるリネーシャに、エルミリディナが横やりを入れる。
「あら、生きてたのねぇ。他はどうなのかしら?」
リネーシャはエルミリディナ以外にも聞こえるよう術式によって声を届けながら答える。
「同時に喪失した調査班員の内、ミグ・レキャリシアルおよびリッチェ・リドレナの生存を確認した」
「テサロはダメだったのかしら?」
「ああ」
「
残念がるエルミリディナに、リネーシャもまた惜しい声で「そうだな……」と返し、一度話を切り本題に戻す。
さて諸君――とリネーシャは改めて配下の者たちに語りかける。
「君らを招集したのは他でもない。この人型アーティファクトについてだ。彼は今なお生きている。五体満足か、虫の息かは不明だ。だがまだ生き残っている」
「だったらやることは一つよねぇ」
エルミリディナの
「中央情報局の総力を挙げて加々良至誠の情報を集めよ」
二十代前半の女性と言った容姿のリンエは
「ご命令、承りました。生存が最良かと思われますが、対象の生死の推移に関わらずご命令は継続されるお考えでお間違いありませんでしょうか?」
「無論だ。可能ならば死亡したテサロ・リドレナの回収も行う」
「かしこまりました。万が一、他国が引き渡しを拒否した場合にはどのような対応をお考えでしょうか?」
「外交的、軍事的に解決する。加々良至誠の持つ
「承知いたしました。マシリティ帝国への対応についてはいかが致しましょう?」
「関係各位と連携し圧力をかけ、相応の報いを受けてもらわねばならん。だが最優先すべきは、該当アーティファクトであることを忘れるな」
「ご命令、確かに拝命いたしました」
リンエが下がると、リネーシャは再び全体に視線を戻しつつ、立ち上がると、さらに重厚さが増した幼い声で放つ。
「諸君らに命ずる。加々良至誠に関連する情報および疑わしき情報を得た者は、その
リネーシャの
「加々良至誠を
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